残酷な描写あり
100.ムーア王国2
「くそっ!! またしてもしてやられた!」
力いっぱいに自分の膝を叩き、部屋全体に響くほどの大音量で悪態を吐くノウエル伯爵。
ノウエル伯爵は込み上げてくるストレスを抑えるために右手を骨が軋む音が鳴るくらい強く握りしめ、左手で自分の額を強く押さえつけてた。しかしそれでもノウエル伯爵のストレスは治まりを見せず、ぶつぶつと悪態の小言を垂れ流し続けた。
ノウエル伯爵がいる場所はドウェイン・ハッセ大公の屋敷にある談話室だ。会議の後ハッセ大公は、自分の屋敷に“王権派”の領主達を集め、会議で決まった内容に対して各々に意見を交換する場を設けていた。
談話室に集まった領主達はノウエル伯爵の悪態の内容にそれぞれ思うところがあるらしく、沈鬱の表情でお互いの顔を見合わせていた。
「落ち着くのだ、ノウエル伯爵」
ノウエル伯爵の奇行を見かねたハッセ大公が、冷静な口調で声をかけてノウエル伯爵を落ち着かせようとした。
「しかしハッセ大公、このままでは!」
「お主の気持ちはよく分かる。またしてもカンディの思惑通りに事が運んでしまったのだからな」
ハッセ大公のその言葉に、集まった貴族達は揃って口をつぐんで下を向いてしまった。
“王権派”の彼等はこれまで何度も意見を出してはカンディに却下され続けていた。今回もいつも通りだったと言えばそれまでなのだが、数えることも億劫になるほどの失敗が続けば気が滅入るのも当然の結果だった。
「しかし同時に、カンディの主張も理解できる。もし我々の主張があのまま通っていたならば、我々が自ら自分の首を絞めて後悔する結果になったことは間違いないだろうからな。
……悔しいことに我々は結果的に、あのカンディに救われたのだ……」
ありったけの怒りを滲ませていたノウエル伯爵もそのことは理解していた。……理解できてしまったからこそ、発散しようのないストレスに苦しんでいるのである。
「幸いにも我々の領地は貿易都市から遠いことを理由に、街道の整備を後回しにしてもらえることになったから、少しは余裕ができた。……しかしそれは、問題を先延ばしにしただけにすぎず、後々何らかの手を打たなければならないことに変わりはない」
ハッセ大公の言葉に、談話室の空気がさらに重くなる。
その空気を感じ取ったハッセ大公は思わず出そうになったため息をグッと堪え、ひとつの提案を提示することにした。
「しかしまあ、それは上手く手を打てば何とかなるだろう。カンディもそれを計算にいれているからこそ、あのような提案をしたのだろうからな。奴としても、我々が落ちぶれてしまうのは国の損失に繋がるから避けたいと思っているのは間違いない。
そこでだ、私はそれを利用しようと思っている」
ハッセ大公の言葉の真意を掴もうと、集まった貴族達はハッセ大公の顔を注視する。
「カンディは我々が落ちぶれることは避けたいはず。ならば、我々はある程度の資金を最低限集めておき、足りない分を国に請求して補わせるようにすればよいのだ。『頑張って集めたが目標額には達しなかった。足りない分は援助してほしい』とな。そうすればカンディも無視はできないから、必ず援助が来る。
ただ私は大公という立場上それが出来ないのが悔しいが、お主達はそうではない。利用できるものは利用すべきだ。それぞれの領地の状況もあるから私からこうしろとは言えないので、どのような調節をするかは各々の采配に任せようと思うが、よろしいかな?」
ハッセ大公の提案に談話室に集まった面々はざわつき始める。しかし、大半は概ね賛成の意思を示し、結果的に反対する者は一人も現れなかった。
「では任せるぞ。せいぜいカンディを苦しめてやるのだ」
「ところでハッセ大公。それはよろしいのですが、それよりも他に問題にすることがあるのではないですか?」
「『失踪者調査』の件だな、ウルマン伯爵」
談話室の空気が落ち着いた頃合いで、二人の男が声を挙げた。
二人とも歳はノウエル伯爵より若く、まだ青年の面影が残る凛々しく整た顔つきをしている。体つきや姿勢はノウエル伯爵と比べるべくもないほどシュッとしており筋肉質。まさに美男子と称するのが相応しかった。
「ああその通りだなクランツ公爵、ウルマン伯爵。むしろこっちの方が深刻な問題だ。
まさかこれほど早くブロキュオン帝国が動いてくるとは、正直予想外であった……」
二人の意見をハッセ大公は肯定する。それと同時に眉間をつまんで頭を悩ませる。
「フッ、流石に数百年生きている化け物なだけある。あの行動力の素早さは素直に称賛に値するものがある」
クランツ公爵は皮肉交じりにそう言って、軽く肩をすくめて見せる。
そのクランツ公爵の態度が気に障ったのか、ノウエル伯爵がストレスの矛先をクランツ公爵に向けた。
「何を余裕ぶっているかクランツ公爵! これがどういう事態か分かっているのか!」
「そうは言われてもなノウエル伯爵、父上の代ならいざ知らず、私とウルマン伯爵はこの件に今は関わっていないのは知っているだろう? つまり、無関係なのだよ」
「それは勿論知っている! 私が言っているのは、同じ“王権派”に所属し秘密を知っている以上、一蓮托生であることを忘れるなと言っているのだ!」
「そう声を荒げて心配しなくてもいいノウエル伯爵。利害が一致している以上、我々は裏切りはしない。“王権派”に入る時に名を掛けてそう約束したはずだが、まさか覚えていないとおっしゃるつもりかな?」
ノウエル伯爵の攻めを綺麗に受け流すクランツ公爵。一触即発の空気が漂い始めてきた。
しかし、その様を見かねたハッセ大公が間に入って来て二人を止める。
「そこまでにしろ、二人とも! その話は後でも出来るだろう。今は我々がどうするべきか、それを決めるのが優先だ」
ハッセ大公の剣幕に、クランツ公爵とノウエル伯爵は大人しく矛を収め、ハッセ大公に頭を下げて謝罪する。
しかし直後、ノウエル伯爵はストレスの矛先をブロキュオン帝国の皇帝に向け始めた。
「そもそもの話、何故我々があんな化け物の言うことを聞かなくてはいかんのだ! 私はそれが腹立たしくて仕方がないのだハッセ大公!」
「そうだそうだ!」
「ノウエル伯爵の言う通りだ!」
ノウエル伯爵の言葉に同調するように、他の貴族達も口々にブロキュオン帝国皇帝を罵倒するような発言を繰り出した。領主達の皇帝に対する不満は相当なものだったようで、差別的、侮蔑的、殺意的、侮辱的、中傷的などといった、ありとあらゆる軽蔑の感情に支配された発言のオンパレードだった。
先程までの重かった空気は既に消え去り、共通の敵を共感したことで貴族達は燃え上がり、発言はさらに過激になっていく。
「いい加減にするのだお前達!」
しかし歯止めなく暴走しかけていた貴族達を、またしてもハッセ大公が一声で鎮静化させる。
ハッセ大公はムーア王国の領地を治める貴族家の中でも、長年国を支え続けた実績で大きな力と発言権を持った大貴族である。そして爵位の階級も一番高く人望もあり、“王権派”を纏めて率いているのもハッセ大公である。
“王権派”の領主達がハッセ大公に逆らうことは実質的に不可能であり、ハッセ大公の言葉に素直に従うのは当然であった。
「熱くなるのは勝手だが、今はブロキュオン帝国の要求に対して我々がどう動くかを問題にしているのを忘れるな!」
ハッセ大公の強い口調に先程まで騒いでいた領主達は、まるで叱られた子供の様に身を小さくするしかなかった。
「よいか、我らは大義の為に行動している。それを達成するには少しでも火種は小さい方が良い。
ブロキュオン帝国が動いたとなれば、我等も大きく行動することが出来なったも同然だ。これからはブロキュオン帝国の目が逸れるまで、目立つ行動は控えるように各自徹底せよ!
それと、マッシュバーン侯爵。貴殿には引き続き連絡役を頼みたい。向こうにも既に情報は行っていると思うが一応、『くれぐれも慎重にお願いする』と伝えてくれ」
「はい、このマッシュバーンめに全てお任せ下さい!」
フェリックス・マッシュバーン侯爵の自信ある返事を聞き、ハッセ大公は満足そうに頷いた。
「では皆の者、今回はこれまでとしよう。……繰り返すが、事態が好転するまではくれぐれも慎重に行動するようにお願いする。“我ら大義の為に!”」
「「「「「“大義の為に!!!!!”」」」」」
ハッセ大公の後に続き、軍隊のような秩序ある動きで全員が同時に天井に向かって手を掲げ、祈りを込める聖職者の様に熱の篭った声を唱えた。
力いっぱいに自分の膝を叩き、部屋全体に響くほどの大音量で悪態を吐くノウエル伯爵。
ノウエル伯爵は込み上げてくるストレスを抑えるために右手を骨が軋む音が鳴るくらい強く握りしめ、左手で自分の額を強く押さえつけてた。しかしそれでもノウエル伯爵のストレスは治まりを見せず、ぶつぶつと悪態の小言を垂れ流し続けた。
ノウエル伯爵がいる場所はドウェイン・ハッセ大公の屋敷にある談話室だ。会議の後ハッセ大公は、自分の屋敷に“王権派”の領主達を集め、会議で決まった内容に対して各々に意見を交換する場を設けていた。
談話室に集まった領主達はノウエル伯爵の悪態の内容にそれぞれ思うところがあるらしく、沈鬱の表情でお互いの顔を見合わせていた。
「落ち着くのだ、ノウエル伯爵」
ノウエル伯爵の奇行を見かねたハッセ大公が、冷静な口調で声をかけてノウエル伯爵を落ち着かせようとした。
「しかしハッセ大公、このままでは!」
「お主の気持ちはよく分かる。またしてもカンディの思惑通りに事が運んでしまったのだからな」
ハッセ大公のその言葉に、集まった貴族達は揃って口をつぐんで下を向いてしまった。
“王権派”の彼等はこれまで何度も意見を出してはカンディに却下され続けていた。今回もいつも通りだったと言えばそれまでなのだが、数えることも億劫になるほどの失敗が続けば気が滅入るのも当然の結果だった。
「しかし同時に、カンディの主張も理解できる。もし我々の主張があのまま通っていたならば、我々が自ら自分の首を絞めて後悔する結果になったことは間違いないだろうからな。
……悔しいことに我々は結果的に、あのカンディに救われたのだ……」
ありったけの怒りを滲ませていたノウエル伯爵もそのことは理解していた。……理解できてしまったからこそ、発散しようのないストレスに苦しんでいるのである。
「幸いにも我々の領地は貿易都市から遠いことを理由に、街道の整備を後回しにしてもらえることになったから、少しは余裕ができた。……しかしそれは、問題を先延ばしにしただけにすぎず、後々何らかの手を打たなければならないことに変わりはない」
ハッセ大公の言葉に、談話室の空気がさらに重くなる。
その空気を感じ取ったハッセ大公は思わず出そうになったため息をグッと堪え、ひとつの提案を提示することにした。
「しかしまあ、それは上手く手を打てば何とかなるだろう。カンディもそれを計算にいれているからこそ、あのような提案をしたのだろうからな。奴としても、我々が落ちぶれてしまうのは国の損失に繋がるから避けたいと思っているのは間違いない。
そこでだ、私はそれを利用しようと思っている」
ハッセ大公の言葉の真意を掴もうと、集まった貴族達はハッセ大公の顔を注視する。
「カンディは我々が落ちぶれることは避けたいはず。ならば、我々はある程度の資金を最低限集めておき、足りない分を国に請求して補わせるようにすればよいのだ。『頑張って集めたが目標額には達しなかった。足りない分は援助してほしい』とな。そうすればカンディも無視はできないから、必ず援助が来る。
ただ私は大公という立場上それが出来ないのが悔しいが、お主達はそうではない。利用できるものは利用すべきだ。それぞれの領地の状況もあるから私からこうしろとは言えないので、どのような調節をするかは各々の采配に任せようと思うが、よろしいかな?」
ハッセ大公の提案に談話室に集まった面々はざわつき始める。しかし、大半は概ね賛成の意思を示し、結果的に反対する者は一人も現れなかった。
「では任せるぞ。せいぜいカンディを苦しめてやるのだ」
「ところでハッセ大公。それはよろしいのですが、それよりも他に問題にすることがあるのではないですか?」
「『失踪者調査』の件だな、ウルマン伯爵」
談話室の空気が落ち着いた頃合いで、二人の男が声を挙げた。
二人とも歳はノウエル伯爵より若く、まだ青年の面影が残る凛々しく整た顔つきをしている。体つきや姿勢はノウエル伯爵と比べるべくもないほどシュッとしており筋肉質。まさに美男子と称するのが相応しかった。
「ああその通りだなクランツ公爵、ウルマン伯爵。むしろこっちの方が深刻な問題だ。
まさかこれほど早くブロキュオン帝国が動いてくるとは、正直予想外であった……」
二人の意見をハッセ大公は肯定する。それと同時に眉間をつまんで頭を悩ませる。
「フッ、流石に数百年生きている化け物なだけある。あの行動力の素早さは素直に称賛に値するものがある」
クランツ公爵は皮肉交じりにそう言って、軽く肩をすくめて見せる。
そのクランツ公爵の態度が気に障ったのか、ノウエル伯爵がストレスの矛先をクランツ公爵に向けた。
「何を余裕ぶっているかクランツ公爵! これがどういう事態か分かっているのか!」
「そうは言われてもなノウエル伯爵、父上の代ならいざ知らず、私とウルマン伯爵はこの件に今は関わっていないのは知っているだろう? つまり、無関係なのだよ」
「それは勿論知っている! 私が言っているのは、同じ“王権派”に所属し秘密を知っている以上、一蓮托生であることを忘れるなと言っているのだ!」
「そう声を荒げて心配しなくてもいいノウエル伯爵。利害が一致している以上、我々は裏切りはしない。“王権派”に入る時に名を掛けてそう約束したはずだが、まさか覚えていないとおっしゃるつもりかな?」
ノウエル伯爵の攻めを綺麗に受け流すクランツ公爵。一触即発の空気が漂い始めてきた。
しかし、その様を見かねたハッセ大公が間に入って来て二人を止める。
「そこまでにしろ、二人とも! その話は後でも出来るだろう。今は我々がどうするべきか、それを決めるのが優先だ」
ハッセ大公の剣幕に、クランツ公爵とノウエル伯爵は大人しく矛を収め、ハッセ大公に頭を下げて謝罪する。
しかし直後、ノウエル伯爵はストレスの矛先をブロキュオン帝国の皇帝に向け始めた。
「そもそもの話、何故我々があんな化け物の言うことを聞かなくてはいかんのだ! 私はそれが腹立たしくて仕方がないのだハッセ大公!」
「そうだそうだ!」
「ノウエル伯爵の言う通りだ!」
ノウエル伯爵の言葉に同調するように、他の貴族達も口々にブロキュオン帝国皇帝を罵倒するような発言を繰り出した。領主達の皇帝に対する不満は相当なものだったようで、差別的、侮蔑的、殺意的、侮辱的、中傷的などといった、ありとあらゆる軽蔑の感情に支配された発言のオンパレードだった。
先程までの重かった空気は既に消え去り、共通の敵を共感したことで貴族達は燃え上がり、発言はさらに過激になっていく。
「いい加減にするのだお前達!」
しかし歯止めなく暴走しかけていた貴族達を、またしてもハッセ大公が一声で鎮静化させる。
ハッセ大公はムーア王国の領地を治める貴族家の中でも、長年国を支え続けた実績で大きな力と発言権を持った大貴族である。そして爵位の階級も一番高く人望もあり、“王権派”を纏めて率いているのもハッセ大公である。
“王権派”の領主達がハッセ大公に逆らうことは実質的に不可能であり、ハッセ大公の言葉に素直に従うのは当然であった。
「熱くなるのは勝手だが、今はブロキュオン帝国の要求に対して我々がどう動くかを問題にしているのを忘れるな!」
ハッセ大公の強い口調に先程まで騒いでいた領主達は、まるで叱られた子供の様に身を小さくするしかなかった。
「よいか、我らは大義の為に行動している。それを達成するには少しでも火種は小さい方が良い。
ブロキュオン帝国が動いたとなれば、我等も大きく行動することが出来なったも同然だ。これからはブロキュオン帝国の目が逸れるまで、目立つ行動は控えるように各自徹底せよ!
それと、マッシュバーン侯爵。貴殿には引き続き連絡役を頼みたい。向こうにも既に情報は行っていると思うが一応、『くれぐれも慎重にお願いする』と伝えてくれ」
「はい、このマッシュバーンめに全てお任せ下さい!」
フェリックス・マッシュバーン侯爵の自信ある返事を聞き、ハッセ大公は満足そうに頷いた。
「では皆の者、今回はこれまでとしよう。……繰り返すが、事態が好転するまではくれぐれも慎重に行動するようにお願いする。“我ら大義の為に!”」
「「「「「“大義の為に!!!!!”」」」」」
ハッセ大公の後に続き、軍隊のような秩序ある動きで全員が同時に天井に向かって手を掲げ、祈りを込める聖職者の様に熱の篭った声を唱えた。