残酷な描写あり
104.新発見1
淵緑の森。プアボム公国マイン領の西、ディヴィデ大山脈の麓に広がる深い緑に覆われた森の名称だ。地元の人間でも近づくことさえ拒むという、人が滅多に立ち入ることのない秘境中の秘境であるが、そんな淵緑の森の中に唯一存在している人工物があった。
「や、やったわ……、ついに見つけたああーー!!」
その日、その唯一の人工物であるセレスティアの屋敷にそんな声が木霊した。
◆ ◆
「セレスティア様、どうされましたか!?」
慌てた様子で扉を開けて、私の自室に飛び込んできたのはアインだ。赤毛の髪と同じ色のメイド服がトレードマークの我が家で働くの使用人の一人で、他の使用人達を纏めるリーダー役を務めてくれている娘だ。
アインは現在貿易都市に出稼に行って屋敷にいない他の使用人、ニーナ、サムス、クワトル、ティンクの四人の分まで働いている。最近は新しく使用人として迎え入れたモランとエイミーの二人に仕事を分配しているが、それでも全体の仕事の八割はまだアインが引き受けてくれている状況だ。
更に言えば、そんな中でも優先して私とミューダの世話をしてくれているので、アインの負担はかなり大きい。
アインが慌てた様子だったのは、さっきの私の大きな声を聞いて何かあったのではと心配して駆けつけてくれたのだろう。
こんな時は「心配ない」と一言言ってアインを落ち着かせたらいいのだけど、残念なことに今の私は興奮していてアイン以上に落ち着きを無くしていたので、そこまで気を配る余裕はなかった。
「アイン、丁度いいところに来たわ!」
満面の笑みで私が発した言葉を聞いた瞬間、アインの表情が何かを察した表情に変わり、一歩後ずさりした。
しかし私は素早く移動してアインの肩を掴むと、大きく前後に揺らして内から込み上げる興奮を爆発させる。
「聞いてアイン! ついに見つけたのよ!! これは世紀の大発見よ!!! 今までの説の大半が覆ることになるわよぉ!!!!」
「セセセ、セレスティア様、わ、分かりましたから、おお落ち着いてて、下さいいい!」
アインの必死の懇願で我に返ると、目の前には目の焦点が定まらず首をぐるぐる回すアインの頭があった。
冷静さを取り戻した私は、急いでアインの肩を掴んでいた手を放した。
「ご、ごめんなさい。大丈夫アイン?」
「え、ええ……大丈夫です。……それよりも、セレスティア様がそれほど興奮されるなんて、一体何を発見したのですか?」
アインが投げかけた疑問に、先程言おうとしていた事を思い出した私の内から再び抑え込んだはずの興奮が込み上げてきた。しかし先程と違って今の私は興奮よりも冷静さが勝っており、これから自分がするべき事を優先する思考に切り替わっていた。
「その説明は後よ! それよりもアイン、今すぐ倉庫に保管してある魔石を9割……いいえ、全て収納袋に詰めて用意して! 私は直ぐに貿易都市に出発するわ!」
「ぜ、全部ですか!?」
アインは明らかに困惑した顔をする。私はそれを無視してハッキリと断言した。
「そう、全部よ!」
「よろしいのですか? 魔石の在庫が無くなればセレスティア様とミューダ様の研究の一部にも支障が出ますし、屋敷にある魔石式の魔道具も今設置している魔石の魔力が切れたら使えなくなりますよ?」
アインの心配事は尤もであるが、今そんなことは些細なことだ。
「構わないわ! 足りなくなれば、また調達すればいいだけの話よ! 今はそれよりも、私の世紀の大発見を証明することが先決なの!!」
私の固い決意を聞いたアインは、悟った表情で頷いた。
「……分かりました。ミューダ様もそうですがセレスティア様もそういうお方でしたね」
アインとも長い付き合いだが、どうやらアインはまだ私という存在の深層を理解しきれていなかったようである。
「理解してくれたようで何よりだわ。それじゃあアイン、早速準備して頂戴!」
「畏まりました」
軽く一礼したアインは足早に倉庫へと向かう。その後ろ姿を見送った私も、すぐに準備に取り掛かった。
実験の所為で乱雑に散らかった机の上にある重要な物や機材だけをしっかりと片付け、白衣を脱ぎ棄て衣装ダンスから外出用の商人風衣装を取り出して素早く着替える。そして廊下を挟んで向かいにあるミューダの自室の扉を開け、ミューダが何かを言う暇を与えず「貿易都市に行ってくるわ!」と一言だけ告げた私は玄関ホールへ急いだ。
玄関ホールでは、私が準備しているものの数分の間に手早く準備を整え終えていたアインが既に指定した荷物と共に待っていた。
私はアインから荷物を受け取るとホールの中央に立ち、魔力を流して貿易都市の拠点に通じる転移魔法の魔法陣を起動させた。
「それじゃあ行ってくるわ! 留守は任せたわよ、アイン!」
「はい、お任せを」
アインとの短いやり取りを終えると転移魔術が発動し、私の視界は浮遊感と共に暗転した。
視界の暗転はほんの一瞬で、次に私の目に映ったのは飾り気の一切ない、というより家具等が一つも置かれていない殺風景な見覚えのある室内だった。
この物寂しい部屋は貿易都市の拠点に数ある部屋の一室で、私の屋敷とこの拠点とを繋ぐ転移魔術の魔法陣を設置した部屋だ。
私は転移が完了したことを確信すると、荷物を担いで部屋を出て拠点の玄関へと真っ直ぐ向かった。
貿易都市で購入したこの拠点は、私の屋敷より少し大きくて広い。そして先程の魔法陣を設置した部屋は玄関から最も遠い部屋なので、玄関に移動するまでは少し時間が掛かる。私は玄関に辿り着くまでの間の時間を使って、現在貿易都市で活動しているニーナと連絡を取った。
ニーナは貿易都市では美化清掃員として働いているが、そこが休みの日はこの拠点の警備をしてくれている。私の記憶と日付感覚が正確なら、ニーナは今日屋敷にいるはずだ。
(ニーナ、聞こえるかしら?)
(はい、聞こえておりますわ)
(今こっちに来たのだけど、すぐに玄関まで来てくれるかしら?)
(畏まりましたわ! すぐに向かいます!)
元気のいい返事とともに通信が切れるのとほぼ同時に、私は玄関に到着した。そしてその直後にニーナが急ぎ足で階段を下りてくる姿が見え、ニーナは私の前にやって来ると綺麗な一礼をして私を出迎えてくれた。
相当に急いで来たようだが、綺麗な青い髪と、髪と同じ青色のメイド服は少しも乱れておらず、まさに完璧なメイドの立ち振る舞いだった。
「お待たせしましたセレスティア様」
「それほど待ってないわ。それより、仕事中に急に呼び出して悪かったわねニーナ」
「いえ、二階の掃除と片づけをしていただけですので問題ありませんわ。それよりも、セレスティア様こそ急にこちらに来られて、一体どうしたのですか?」
小さく首を傾げて疑問を提示したニーナに、私は手にしていた荷物を見せて答えた。
勿論、アインの時と同じ轍を踏まないように、湧き出る興奮をしっかり抑えてだ。
「これをカグヅチさんに渡しに行くのよ」
「これは、新しい魔石ですか……? でもセレスティア様、魔石なら数日前に持っていきましたわよね? また持って行くにはタイミングが早すぎませんか?」
カグヅチさんへの素材提供は定期的にしており、前回の素材提供はニーナの言った通り数日前にしたばかりだった。まだ事情を知らないニーナが、このタイミングでまた魔石を持ってきた私の行動を不思議に思うのは当然だった。
「ふっふっふ、それはねニーナ、驚きなさい! 私はついに魔石の新しい秘密を発見したのよ!!」
「おお、おめでとうございますセレスティア様!」
誇るようなドヤ顔で私がそう言うと、ニーナは心の底から喜びの声を上げて私の偉業を祝福してくれた。頭が良くて勘の良いアインと違って、ニーナは素直にリアクションしてくれるので話すこっちも気持ちがいい。
「というわけで、私はすぐにでもカグヅチさんの所に向かうけど、ニーナには一つ頼みたいことがあるの」
「何でございますか?」
「サムスからユノを預かって来て頂戴」
ニーナは目を見開いて私の顔を見る。
「セレスティア様、という事はまさか!?」
どうやらニーナはその一言だけで、私がこれからしようとしていることを正確に理解してくれたようだ。
「ニーナの考えている通りよ! ……それじゃあ私はカグヅチさんの所に行くから、頼んだわよニーナ!」
「はい、お任せくださいセレスティア様!」
頭を下げて見送るニーナを背に、私は高揚した気分に歩調を合わせてカグヅチさんの工房に向かった。
「や、やったわ……、ついに見つけたああーー!!」
その日、その唯一の人工物であるセレスティアの屋敷にそんな声が木霊した。
◆ ◆
「セレスティア様、どうされましたか!?」
慌てた様子で扉を開けて、私の自室に飛び込んできたのはアインだ。赤毛の髪と同じ色のメイド服がトレードマークの我が家で働くの使用人の一人で、他の使用人達を纏めるリーダー役を務めてくれている娘だ。
アインは現在貿易都市に出稼に行って屋敷にいない他の使用人、ニーナ、サムス、クワトル、ティンクの四人の分まで働いている。最近は新しく使用人として迎え入れたモランとエイミーの二人に仕事を分配しているが、それでも全体の仕事の八割はまだアインが引き受けてくれている状況だ。
更に言えば、そんな中でも優先して私とミューダの世話をしてくれているので、アインの負担はかなり大きい。
アインが慌てた様子だったのは、さっきの私の大きな声を聞いて何かあったのではと心配して駆けつけてくれたのだろう。
こんな時は「心配ない」と一言言ってアインを落ち着かせたらいいのだけど、残念なことに今の私は興奮していてアイン以上に落ち着きを無くしていたので、そこまで気を配る余裕はなかった。
「アイン、丁度いいところに来たわ!」
満面の笑みで私が発した言葉を聞いた瞬間、アインの表情が何かを察した表情に変わり、一歩後ずさりした。
しかし私は素早く移動してアインの肩を掴むと、大きく前後に揺らして内から込み上げる興奮を爆発させる。
「聞いてアイン! ついに見つけたのよ!! これは世紀の大発見よ!!! 今までの説の大半が覆ることになるわよぉ!!!!」
「セセセ、セレスティア様、わ、分かりましたから、おお落ち着いてて、下さいいい!」
アインの必死の懇願で我に返ると、目の前には目の焦点が定まらず首をぐるぐる回すアインの頭があった。
冷静さを取り戻した私は、急いでアインの肩を掴んでいた手を放した。
「ご、ごめんなさい。大丈夫アイン?」
「え、ええ……大丈夫です。……それよりも、セレスティア様がそれほど興奮されるなんて、一体何を発見したのですか?」
アインが投げかけた疑問に、先程言おうとしていた事を思い出した私の内から再び抑え込んだはずの興奮が込み上げてきた。しかし先程と違って今の私は興奮よりも冷静さが勝っており、これから自分がするべき事を優先する思考に切り替わっていた。
「その説明は後よ! それよりもアイン、今すぐ倉庫に保管してある魔石を9割……いいえ、全て収納袋に詰めて用意して! 私は直ぐに貿易都市に出発するわ!」
「ぜ、全部ですか!?」
アインは明らかに困惑した顔をする。私はそれを無視してハッキリと断言した。
「そう、全部よ!」
「よろしいのですか? 魔石の在庫が無くなればセレスティア様とミューダ様の研究の一部にも支障が出ますし、屋敷にある魔石式の魔道具も今設置している魔石の魔力が切れたら使えなくなりますよ?」
アインの心配事は尤もであるが、今そんなことは些細なことだ。
「構わないわ! 足りなくなれば、また調達すればいいだけの話よ! 今はそれよりも、私の世紀の大発見を証明することが先決なの!!」
私の固い決意を聞いたアインは、悟った表情で頷いた。
「……分かりました。ミューダ様もそうですがセレスティア様もそういうお方でしたね」
アインとも長い付き合いだが、どうやらアインはまだ私という存在の深層を理解しきれていなかったようである。
「理解してくれたようで何よりだわ。それじゃあアイン、早速準備して頂戴!」
「畏まりました」
軽く一礼したアインは足早に倉庫へと向かう。その後ろ姿を見送った私も、すぐに準備に取り掛かった。
実験の所為で乱雑に散らかった机の上にある重要な物や機材だけをしっかりと片付け、白衣を脱ぎ棄て衣装ダンスから外出用の商人風衣装を取り出して素早く着替える。そして廊下を挟んで向かいにあるミューダの自室の扉を開け、ミューダが何かを言う暇を与えず「貿易都市に行ってくるわ!」と一言だけ告げた私は玄関ホールへ急いだ。
玄関ホールでは、私が準備しているものの数分の間に手早く準備を整え終えていたアインが既に指定した荷物と共に待っていた。
私はアインから荷物を受け取るとホールの中央に立ち、魔力を流して貿易都市の拠点に通じる転移魔法の魔法陣を起動させた。
「それじゃあ行ってくるわ! 留守は任せたわよ、アイン!」
「はい、お任せを」
アインとの短いやり取りを終えると転移魔術が発動し、私の視界は浮遊感と共に暗転した。
視界の暗転はほんの一瞬で、次に私の目に映ったのは飾り気の一切ない、というより家具等が一つも置かれていない殺風景な見覚えのある室内だった。
この物寂しい部屋は貿易都市の拠点に数ある部屋の一室で、私の屋敷とこの拠点とを繋ぐ転移魔術の魔法陣を設置した部屋だ。
私は転移が完了したことを確信すると、荷物を担いで部屋を出て拠点の玄関へと真っ直ぐ向かった。
貿易都市で購入したこの拠点は、私の屋敷より少し大きくて広い。そして先程の魔法陣を設置した部屋は玄関から最も遠い部屋なので、玄関に移動するまでは少し時間が掛かる。私は玄関に辿り着くまでの間の時間を使って、現在貿易都市で活動しているニーナと連絡を取った。
ニーナは貿易都市では美化清掃員として働いているが、そこが休みの日はこの拠点の警備をしてくれている。私の記憶と日付感覚が正確なら、ニーナは今日屋敷にいるはずだ。
(ニーナ、聞こえるかしら?)
(はい、聞こえておりますわ)
(今こっちに来たのだけど、すぐに玄関まで来てくれるかしら?)
(畏まりましたわ! すぐに向かいます!)
元気のいい返事とともに通信が切れるのとほぼ同時に、私は玄関に到着した。そしてその直後にニーナが急ぎ足で階段を下りてくる姿が見え、ニーナは私の前にやって来ると綺麗な一礼をして私を出迎えてくれた。
相当に急いで来たようだが、綺麗な青い髪と、髪と同じ青色のメイド服は少しも乱れておらず、まさに完璧なメイドの立ち振る舞いだった。
「お待たせしましたセレスティア様」
「それほど待ってないわ。それより、仕事中に急に呼び出して悪かったわねニーナ」
「いえ、二階の掃除と片づけをしていただけですので問題ありませんわ。それよりも、セレスティア様こそ急にこちらに来られて、一体どうしたのですか?」
小さく首を傾げて疑問を提示したニーナに、私は手にしていた荷物を見せて答えた。
勿論、アインの時と同じ轍を踏まないように、湧き出る興奮をしっかり抑えてだ。
「これをカグヅチさんに渡しに行くのよ」
「これは、新しい魔石ですか……? でもセレスティア様、魔石なら数日前に持っていきましたわよね? また持って行くにはタイミングが早すぎませんか?」
カグヅチさんへの素材提供は定期的にしており、前回の素材提供はニーナの言った通り数日前にしたばかりだった。まだ事情を知らないニーナが、このタイミングでまた魔石を持ってきた私の行動を不思議に思うのは当然だった。
「ふっふっふ、それはねニーナ、驚きなさい! 私はついに魔石の新しい秘密を発見したのよ!!」
「おお、おめでとうございますセレスティア様!」
誇るようなドヤ顔で私がそう言うと、ニーナは心の底から喜びの声を上げて私の偉業を祝福してくれた。頭が良くて勘の良いアインと違って、ニーナは素直にリアクションしてくれるので話すこっちも気持ちがいい。
「というわけで、私はすぐにでもカグヅチさんの所に向かうけど、ニーナには一つ頼みたいことがあるの」
「何でございますか?」
「サムスからユノを預かって来て頂戴」
ニーナは目を見開いて私の顔を見る。
「セレスティア様、という事はまさか!?」
どうやらニーナはその一言だけで、私がこれからしようとしていることを正確に理解してくれたようだ。
「ニーナの考えている通りよ! ……それじゃあ私はカグヅチさんの所に行くから、頼んだわよニーナ!」
「はい、お任せくださいセレスティア様!」
頭を下げて見送るニーナを背に、私は高揚した気分に歩調を合わせてカグヅチさんの工房に向かった。