残酷な描写あり
105.新発見2
拠点を出た私は、貿易都市北側の『工業区画』へと向かった。
工業区画の大通りをしばらく歩いたところで脇道に入り、更に何度か角を曲がって、馬車がギリギリ通れる道幅の道を奥に向かって進む。
大通りから外れたこの辺りは、個人で経営している小さな工房が数多く建ち並んでいる。私はその数ある工房の中から目的の店を見つけ、入り口の扉にかけられた札を見る。そこには『休憩中』の文字がはっきりと書かれていて、今が丁度お昼時だったことを思い出したが、私は迷うことなく扉を開けて店に入った。
カランカランっとドアベルが景気の良い音を鳴り響かせ、店内に来客が来たことを知らせる。
意気揚々と店に入ると、直ぐに視線が突き刺さったのを感じた。視線を辿って目線を動かすと、店の奥のカウンターから私を見る二人の人物と目が合った。
一人はよく見知った人物だ。スキンヘッドの頭に、額から反り返るように生える鬼人族を象徴する二本の角。2メートル近い身長に筋骨粒々の肉体をした人こそ、この工房の店主で今回の目的の人物であるカグヅチさんだ。
そしてもう一人は、一度だけ顔を合わせたことがある人物だ。白髪の老練な男で、白銀の鎧を身に纏い、腰には二本の刀をぶら下げている。白銀の鎧には貿易都市を警備している『警備隊』の象徴である火を纏った女性の紋章が描かれており、この老人が何者であるかを周知させていた。今現在、私達が貿易都市で活動する際に最も警戒している組織『八柱』に所属し、貿易都市警備隊の総隊長を務めるイワンだった。
「おお、ミーティアさん! いらっしゃい!」
私がいつもここに来る時は必ず客のいない休憩時を狙って来ていたので、もうその事に違和感が無くなったカグヅチさんは私の来訪を歓迎してくれた。
「ミーティアさん、今日はなんのようなんだ? 素材ならこの前受け取ったばかりだぜ?」
ニーナと同じ疑問を投げ掛けるカグヅチさん。その疑問に答えるのは簡単だけと、その前に私は疑問を一つ解決する必要があった。
「その前に私も聞きたいのだけど、先約がいるんじゃない?」
私はイワンに目配せをする。
「イワンさんもこの時間にここに来てるということは、カグヅチさんに何か用事があるのでしょう?」
聞き出すように質問はしてみたけど、これの答えは聞くまでもないと思う。何故なら、店に入る直前に中から二人の話し声が聞こえたからだ。
内容までは聞き取れなかったのでただの雑談だった可能性は捨てきれないけど、警備隊の総隊長であるイワンの立場を考えれば以前会った時のように非番でもない限り、ここに来て暇を潰せる余裕なんて無いはずである。
「ミーティアさんは鋭いですな。確かに儂はカグヅチに用事があってここに来てますぞ」
どうやら私の予想は的中したようだ。となれば、私が取るべき選択肢は、自ずと一つに絞られる。
「だったら順番を飛ばすわけにはいかないわ。私の用事はイワンさんの用事が済んでからにさせてもらうわ」
いつもの私なら自分の都合を何よりも優先して行動するところだけど、警戒対象であるイワンの前で私が見つけた新発見を話してしまうと、「どうやってそれを見つけたのか?」とかの面倒な追及が来るのは確実だ。だから今は湧き上がる自分の欲求を抑え込み、イワンがさっさと用事を終えて帰ってくれるように祈りながら待つしかない。
「すまねぇ、ミーティアさん。すぐ終わらすから、少し店の中でも見て待っててくれ」
それから私はカグヅチさんとイワンの話し合いが終わるまで、店の中を物色して時間を潰す。カグヅチさんの店に並ぶ商品は、以前に来た時よりも様変わりしていた。
前回来たときは武器・防具の割合が多く日用品が少なくという感じだったが、今は日用品の割合いがまた増えたようで武器・防具と同等ぐらいになっていた。そしてその種類と量はかなり増えていて、商品が商品棚いっぱいに無造作に陳列され、収まりきらなかったものは商品棚の隣やカウンター裏に置かれた籠に詰め込まれていた。
その変わり様を見た私は、カグヅチさんの仕事がサムスの報告通り順調だという事を再確認した。
そして物色をしながら、カグヅチさんとイワンの話に耳を傾けて情報を得ることも忘れない。警戒人物のイワンがカグヅチさんにどんな用事があって来たのか、そこから得られるかもしれない新情報を聞き逃さないように一字一句の言葉に耳を澄ませて集中する。
二人の話の内容はこうだ。
イワンが身に着けている装備品一式はカグヅチさんが手掛けたものである。そして最近カグヅチさんの仕事が捗っているのを知ったイワンは、その腕を見込んで新しい警備隊専用装備の製作をカグヅチさんに依頼しに来たらしい。
これは警備隊からの直接委託であり、つまりカグヅチさんは独占契約を持ち掛けられているという事だ。商いをする者からすると大きな組織との独占契約というものは、巨大な金とコネが同時に手に入る最上級の魅力的な商談である。
私は話の内容の大きさに思わず驚いたけど、その後、更に私を驚愕させる出来事が起こった。なんとカグヅチさんが、「今は他に手を回す余裕が無い」と言ってその絶好の商機を断ったのだ。
これにはこの大きな商談を断られると思っていなかったイワンも、私と同様に口を大きく開けてカグヅチさんの返答を思考の渦に放り込むのに数秒の時間を必要とすることになった。
その後、何度も説得を試みたイワンだったが、カグヅチさんは頑なに理由を付けて首を縦に振らなかった。結局、根負けしたイワンが引く結果になったが、「後日また話を持ってきますぞ!」と諦めていない様子でそう言って店を後にして行った。
「……本当に良かったのカグヅチさん? イワンさんの話はかなり価値のあるものだったと思うけど?」
「確かに独占委託は価値のある話なんだが、イワンにも言ったようにそれは大抵大量生産を必要とする内容が多い。現に今、警備隊の装備生産委託をされているのは、この都市一番の大手工房だ。
つまり従業員を多く雇っている大きな商会や工房ならともかく、俺の様に一人で経営してしている工房じゃ確実に手が回らなくなって品質低下の原因になる。品質を落とすのは、俺の意思に反するからな」
カグヅチさんの言う通り今回の様に警備隊の専用装備を製作するとなると、製作以外にも修繕や改良等のメンテナンスの仕事も必然的に請け負う必要がある。いくらカグヅチさんの腕が鍛冶師として一流だとしても、流石に仕事の量が多すぎて手が回らなくなるのは目に見えていた。
その問題を解決するには従業員を増やすか、あえて造りを簡素にして品質を落とし大量生産と修繕をし易くしなくてはいけなくなる。
しかし従業員を増やすにはカグヅチさんの工房は狭すぎるので大きしなくてはいけないし、新しい従業員を育てないといけないので、準備をするのに大量の先行投資と時間が必要になってしまう。
そしてあえて品質を落とすというのも、より良い物を作ろうとする職人気質のカグヅチさんにとっては決して受け入れがたい選択肢だったのだ。
しかしそれよりも、イワンが私に絡むことなく大人しく帰って行ったのは少し驚いた。
イワンが所属している八柱は私達を警戒して監視してきていたので、てっきり何かしらの接触を試みてくるものだと思っていた。……そういえば、最近監視の目が無くなったとティンクが報告していたけど、何か関係があるのかな?
……もしかしたらオリヴィエが言っていたように、オリヴィエのサインが印された私の商人証明書が効果を発揮したのかもしれない。
工業区画の大通りをしばらく歩いたところで脇道に入り、更に何度か角を曲がって、馬車がギリギリ通れる道幅の道を奥に向かって進む。
大通りから外れたこの辺りは、個人で経営している小さな工房が数多く建ち並んでいる。私はその数ある工房の中から目的の店を見つけ、入り口の扉にかけられた札を見る。そこには『休憩中』の文字がはっきりと書かれていて、今が丁度お昼時だったことを思い出したが、私は迷うことなく扉を開けて店に入った。
カランカランっとドアベルが景気の良い音を鳴り響かせ、店内に来客が来たことを知らせる。
意気揚々と店に入ると、直ぐに視線が突き刺さったのを感じた。視線を辿って目線を動かすと、店の奥のカウンターから私を見る二人の人物と目が合った。
一人はよく見知った人物だ。スキンヘッドの頭に、額から反り返るように生える鬼人族を象徴する二本の角。2メートル近い身長に筋骨粒々の肉体をした人こそ、この工房の店主で今回の目的の人物であるカグヅチさんだ。
そしてもう一人は、一度だけ顔を合わせたことがある人物だ。白髪の老練な男で、白銀の鎧を身に纏い、腰には二本の刀をぶら下げている。白銀の鎧には貿易都市を警備している『警備隊』の象徴である火を纏った女性の紋章が描かれており、この老人が何者であるかを周知させていた。今現在、私達が貿易都市で活動する際に最も警戒している組織『八柱』に所属し、貿易都市警備隊の総隊長を務めるイワンだった。
「おお、ミーティアさん! いらっしゃい!」
私がいつもここに来る時は必ず客のいない休憩時を狙って来ていたので、もうその事に違和感が無くなったカグヅチさんは私の来訪を歓迎してくれた。
「ミーティアさん、今日はなんのようなんだ? 素材ならこの前受け取ったばかりだぜ?」
ニーナと同じ疑問を投げ掛けるカグヅチさん。その疑問に答えるのは簡単だけと、その前に私は疑問を一つ解決する必要があった。
「その前に私も聞きたいのだけど、先約がいるんじゃない?」
私はイワンに目配せをする。
「イワンさんもこの時間にここに来てるということは、カグヅチさんに何か用事があるのでしょう?」
聞き出すように質問はしてみたけど、これの答えは聞くまでもないと思う。何故なら、店に入る直前に中から二人の話し声が聞こえたからだ。
内容までは聞き取れなかったのでただの雑談だった可能性は捨てきれないけど、警備隊の総隊長であるイワンの立場を考えれば以前会った時のように非番でもない限り、ここに来て暇を潰せる余裕なんて無いはずである。
「ミーティアさんは鋭いですな。確かに儂はカグヅチに用事があってここに来てますぞ」
どうやら私の予想は的中したようだ。となれば、私が取るべき選択肢は、自ずと一つに絞られる。
「だったら順番を飛ばすわけにはいかないわ。私の用事はイワンさんの用事が済んでからにさせてもらうわ」
いつもの私なら自分の都合を何よりも優先して行動するところだけど、警戒対象であるイワンの前で私が見つけた新発見を話してしまうと、「どうやってそれを見つけたのか?」とかの面倒な追及が来るのは確実だ。だから今は湧き上がる自分の欲求を抑え込み、イワンがさっさと用事を終えて帰ってくれるように祈りながら待つしかない。
「すまねぇ、ミーティアさん。すぐ終わらすから、少し店の中でも見て待っててくれ」
それから私はカグヅチさんとイワンの話し合いが終わるまで、店の中を物色して時間を潰す。カグヅチさんの店に並ぶ商品は、以前に来た時よりも様変わりしていた。
前回来たときは武器・防具の割合が多く日用品が少なくという感じだったが、今は日用品の割合いがまた増えたようで武器・防具と同等ぐらいになっていた。そしてその種類と量はかなり増えていて、商品が商品棚いっぱいに無造作に陳列され、収まりきらなかったものは商品棚の隣やカウンター裏に置かれた籠に詰め込まれていた。
その変わり様を見た私は、カグヅチさんの仕事がサムスの報告通り順調だという事を再確認した。
そして物色をしながら、カグヅチさんとイワンの話に耳を傾けて情報を得ることも忘れない。警戒人物のイワンがカグヅチさんにどんな用事があって来たのか、そこから得られるかもしれない新情報を聞き逃さないように一字一句の言葉に耳を澄ませて集中する。
二人の話の内容はこうだ。
イワンが身に着けている装備品一式はカグヅチさんが手掛けたものである。そして最近カグヅチさんの仕事が捗っているのを知ったイワンは、その腕を見込んで新しい警備隊専用装備の製作をカグヅチさんに依頼しに来たらしい。
これは警備隊からの直接委託であり、つまりカグヅチさんは独占契約を持ち掛けられているという事だ。商いをする者からすると大きな組織との独占契約というものは、巨大な金とコネが同時に手に入る最上級の魅力的な商談である。
私は話の内容の大きさに思わず驚いたけど、その後、更に私を驚愕させる出来事が起こった。なんとカグヅチさんが、「今は他に手を回す余裕が無い」と言ってその絶好の商機を断ったのだ。
これにはこの大きな商談を断られると思っていなかったイワンも、私と同様に口を大きく開けてカグヅチさんの返答を思考の渦に放り込むのに数秒の時間を必要とすることになった。
その後、何度も説得を試みたイワンだったが、カグヅチさんは頑なに理由を付けて首を縦に振らなかった。結局、根負けしたイワンが引く結果になったが、「後日また話を持ってきますぞ!」と諦めていない様子でそう言って店を後にして行った。
「……本当に良かったのカグヅチさん? イワンさんの話はかなり価値のあるものだったと思うけど?」
「確かに独占委託は価値のある話なんだが、イワンにも言ったようにそれは大抵大量生産を必要とする内容が多い。現に今、警備隊の装備生産委託をされているのは、この都市一番の大手工房だ。
つまり従業員を多く雇っている大きな商会や工房ならともかく、俺の様に一人で経営してしている工房じゃ確実に手が回らなくなって品質低下の原因になる。品質を落とすのは、俺の意思に反するからな」
カグヅチさんの言う通り今回の様に警備隊の専用装備を製作するとなると、製作以外にも修繕や改良等のメンテナンスの仕事も必然的に請け負う必要がある。いくらカグヅチさんの腕が鍛冶師として一流だとしても、流石に仕事の量が多すぎて手が回らなくなるのは目に見えていた。
その問題を解決するには従業員を増やすか、あえて造りを簡素にして品質を落とし大量生産と修繕をし易くしなくてはいけなくなる。
しかし従業員を増やすにはカグヅチさんの工房は狭すぎるので大きしなくてはいけないし、新しい従業員を育てないといけないので、準備をするのに大量の先行投資と時間が必要になってしまう。
そしてあえて品質を落とすというのも、より良い物を作ろうとする職人気質のカグヅチさんにとっては決して受け入れがたい選択肢だったのだ。
しかしそれよりも、イワンが私に絡むことなく大人しく帰って行ったのは少し驚いた。
イワンが所属している八柱は私達を警戒して監視してきていたので、てっきり何かしらの接触を試みてくるものだと思っていた。……そういえば、最近監視の目が無くなったとティンクが報告していたけど、何か関係があるのかな?
……もしかしたらオリヴィエが言っていたように、オリヴィエのサインが印された私の商人証明書が効果を発揮したのかもしれない。