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作者: 山のタル
残酷な描写あり
110.新しい肉体2
「……では、始めるぞ……」
 
 ユノの醜態を無視してミューダは魔術を発動させた。ミューダが足元に展開させた魔法陣から強い光が溢れ出し周囲を明るく照らす。すると懐中時計から光る球体ユノの魂が飛びだし、魔石の器に吸い込まれて入った。
 ……シモンとチェリーの時と比べて、ずいぶん手荒い魂の移植の仕方だった。……よっぽど早く手元から離れてほしかったのね……。
 
 と、ともかく、ユノの魂が器に移ったことで、器の変化が始まった。
 ユノの魔力が器になっている魔石の魔力を侵食し塗り替えていくと同時に、ユノの魂と器の親和性が高まっていく。
 
「ミューダ」
「分かっておる」
 
 変化の途中だったけど、ミューダは懐からおもむろにナイフを取り出し自分の指先を軽く切った。そして指先から出てきた血でユノの器の胸元に小さな魔法陣を描く。そしてミューダは描いた魔法陣に魔力を流すと、魔法陣は一瞬だけ発光して器の中に沈むようにして消えていった。
 それを見届けたミューダは手にしたナイフを私に渡す。
 
「次はお前の番だ」
「ええ」
 
 ミューダと入れ替わるように今度は私が変化中の器の前に立った。そして私はミューダから受け取ったナイフを強く握りしめ、自分の左手を勢いよく貫いた。
 
 グサッ!
 
「くッ――!」
 
 突き刺さったナイフは左手を貫通し、剣先から血がしたたり落ちた。私は痛みを堪えてナイフを引っこ抜くと、穴の開いた左手から大量の血が勢いよく溢れ出して床に大きな血だまりが形成される。
 
「……このくらいで十分ね」
 
 かなりの血が流れ出たタイミングで、私は錬金術を発動した。
 
 『止血。細胞増殖。傷口修復。血液増殖』
 
 止血で流れ出る血を止め、細胞を増やして傷口を綺麗に塞ぎ、最後に失った血液を増やして体を元通りに戻した。左手を動かして問題が無いことを確認する。
 
「大丈夫ですかセレスティア様?」
 
 私を心配してアインが声をかける。私は治った左腕を振りながらアインに答えて安心させてあげる。
 
「大丈夫、傷もちゃんと塞いでこの通り元通りよ。……少し疲労感はあるけどね」
 
 安堵するアインの顔を見て、私は笑みで返した。
 そして私はすぐに正面の器に向き直り、気持ちを切り替える。私にはまだやることがあるのだ。
 
 次に私は、床に溜まった大量の血液に向かって錬金術を発動させる。
 
 『器と癒着』
 
 錬金術の発動と同時に床の血液が意志を持ったように動き出し、器全体を隙間なくコーティングする様に張り付いていく。
 
 『物質変質、肉体生成』
 
 次に張り付いた血液を変質させて、肉体の元になる物質に変える。これで全ての準備が整った。
 
「さあユノ、これが貴女の新しい肉体よ! 受け入れなさい!!」
 
 私のその言葉に呼応するように器に張り付いた生々しい赤色の血液が、次第に肌色の綺麗な肉体へと変化していく。それと同時に手足の先には指が生え、頭部には雪の様な純白のきめ細かな髪が伸び、耳と尻尾にも髪と同じ色をした短くふさふさの毛が生え揃っていく。
 そしてそれらの変化は、たった数秒で全てが完了した。
 
 先程まで魔石特有の真っ黒い光沢を放っていた器の面影は跡形もなく消え失せ、その代わりに一糸纏わぬ美しい肌を晒す少女の姿がそこにはあった。
 
「アイン」
「はい、こちらを」
 
 私はアインから大きな白い布を受け取って裸になっているユノの全身を布で包み、錬金術で布を即席の服に変えてあげる。そのついでに身体の状態も確認する。
 
「……特に問題はなさそうね。ユノ、起きなさい」
「……う、う~ん……?」
 
 目を瞑ったまま立っているユノに声をかけると、ユノは私の声に反応してゆっくりと目を開ける。
 透き通るような赤い瞳と目が合った。
 
「セ、レスティア、さん……?」
 
 ユノは私の顔を見つめてそう言った。
 
「そうよ。気分はどうかしら? 身体に不具合はない?」
 
 私に言われてユノは、全身をくまなく動かしてしっかりと状態を確かめる。
 
「どこも問題はないみたいです」
 
 確認を終えたユノの言葉を聞いて、私は無事に成功したことに安堵した。
 
「でもしばらく身体が無かったせいか、身体を動かす感覚に違和感を感じますね」
「それはまあ仕方ないでしょう。すぐに慣れると思うわ」
 
 ミューダの話ではユノが身体を失ってから数百年は経っているらしいので、すぐに感覚を取り戻せるとは思っていない。一応身体は生前と同じ体格にしてあるから慣れるまでにそう時間は掛からないと思うけど、慣れきるまでの間は無理せず様子を見ていた方がよさそうだ。
 
「師匠、どうですか私の新しい身体は?」
 
 その場で少しよろめきながらもクルリと回って、ミューダに全身を見せて感想を求めるユノ。
 
「うむ、実に懐かしいな。雪のように白い毛、磨かれた宝石の様な赤い目、子供の様な愛らしい体格。どれも昔の記憶そのままだ」
 
 記憶の中のユノと目の前のユノをしっかりと比べながら、ミューダにしては珍しく褒めた感想をする。
 
「ああぁ! 『愛らしい』なんて、そんな褒められ方されたら私……たぎって我慢できないいいッ!!」
 
 すると突然、ユノが発狂したようにミューダに襲い掛かった。
 以前ューダとユノが再会した時と同じ光景が目に浮かんだが、あの時と違ってミューダが動く気配はない。それどころか、ユノの行動を見て不敵な笑みさえ浮かべていた。
 
「見事に掛かってくれたなユノよ! 『我に触れるな!』」
「そんなこと言っても私の愛は止めれま――」
 
 ミューダが呪文のように魔力を乗せた言葉を発したと同時にユノの胸元に魔法陣が浮かび上がり、ミューダに襲い掛かろうとしていたユノの身体はまるで時間を止められたかのように突然動かなくなった。
 
「――えっ? な、何これ!?」
 
 自分の意思に反して固まり動かなくなった身体にユノは大混乱だ。そんなユノに向かってミューダは得意げな顔を作りネタバラシを始めた。
 
「ふん、お前が肉体を得たらそういう行動にでることを予測するのは赤子の手を捻るより簡単なことよ。だから事前に、お前の身体に細工をさせてもらったぞ」
「ま、まさかこれって、師匠が私の魂を移した後に施していた魔法陣!?」
「そうだ。あれは“隷属れいぞくくさび”という魔術でな、簡単に説明すれば術者が相手を言霊ことだまで縛る魔術だ。つまりユノ、お前はもう我の言葉に逆らえない! 今後は我を力でどうこう出来るとは思わんことだな」
「そ、そんなぁ~……」
 
 ユノはガクンッと力無くその場に崩れ落ちた。
 ミューダがネタばらしした“隷属の楔”だが、肉体を得たユノが今後勝手に暴走しないようにするための抑制装置だ。この魔術を施すことは事前に私とミューダがユノに内緒で決めていた。この術があったからこそ、ユノが襲い掛かって来てもミューダは余裕の態度を崩さず堂々としていられたのだ。
 まあユノには気の毒かもしれないが、ミューダとユノが再会した時の応接室の被害とサムスの無言で突き刺す視線を思い出せば必要な当然の処置だった。
 
「…………」
「まあ、ユノ、そう落ち込まないで。“隷属の楔”は強制力が強い魔術だけど、『命を絶て』とかの非人道的な命令には逆らえるようにきちんと細工はしてるから安心して。ミューダもそこまで鬼じゃないわ」
「……ふ、ふふふ……」
「ユノ?」
 
 落ち込むユノを慰めていたのに、突然ユノは口角を釣り上げて不敵な笑みを浮かべると怪しく笑いだした。先程まで崩れ落ちるくらい落ち込んでいたとは思えない急激な態度の変化に、私は背中が凍えるほどの悪寒を感じて身震いした。
 
「ふふ……隷属の楔? 師匠の言葉に逆らえない? それってつまり、私はもう師匠の所有物ってことじゃない!!
 ああ、これから私は師匠の操り人形! 師匠は私が逆らえないことをいいことに、私に様々な無理難題を強いて甚振いたぶり、なぶり、しいたげ、はずかしめるんだわ!
 はあ、はあ……でも、師匠から奴隷や所有物みたいな扱いを受けるのも、悪くないッ!! いいえ、むしろ最高よッ!!!」
「「「「うわぁ…………」」」」
 
 これには流石にミューダも声を出して引いていた。
 
 
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