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作者: 山のタル
残酷な描写あり
番外編1-2 ユノの過去
 これは世界大戦が勃発するよりも数百年前の話。
 
 私はとある森の近くにあったそこそこ大きな村に生まれた。
 父さんと母さんの顔はもう覚えていないけど、私は一人っ子だったこともあり沢山の愛情を注がれて育った。家庭環境は至って普通で、家族三人が生活するには十分な経済力はあった。おかげで何不自由することなく私はすくすくと成長した。……ただ、私には普通じゃない特徴が二つあった。
 一つは私は生まれた時から高い魔力を持っていたことだ。両親は共に魔力の量は平凡だったが、私の魔力は生まれた時から両親二人分よりも高い魔力量を持っていた。
 ただ、これは悪い事じゃなかった。低い確率ではあるけど、時々両親よりも高い魔力を持った子供が産まれることは過去にもあったからだ。むしろ私は将来優秀な魔術師になれると、周りから期待されていたほどだった。
 しかし、もう一つの特徴は私の人生を大きく狂わせた。それが、生物の魂を見ることのできる不思議な眼だった。物心ついた時から既に、私には人や動物や植物に様々な色の塊が見えていた。それが生物の魂だったことは後に分かったことだが、とにかく私はおそらく生まれた時からこの能力も身に着けていたのだろう。
 
 魂には色々な色があった。赤から青に白に黒、複数の色が混ざったマーブル柄なんかもあった。子供だった私はその色の違いについて考えもせずに漠然と過ごしてしまった。……私は大切なものを失ってから、魂の色の違いを考えなかったことを死ぬほど後悔することになった……。
 
 それは私が8歳の時のことだった。私の村はそこそこの大きさがあり、有名ではないけど特産物なんかもあり交易が盛んな方だった。何人もの商人が数日おきに村を訪れ、その度に村人全員が商人から品物を買い漁る光景は、もはや村の日常の一部になっていた。
 そんなある日、いつもの様に村に商人がやって来た。その日は珍しく複数の商人が団体で村に来ていた。そしてもっと珍しかったのは、その商人達は初めて村に来る新しい人達で更に護衛を多く引き連れていたことだ。
 その商人達はその事を村人にこう説明していた。「最近王都の近くで強力な魔物が複数目撃されていてこれはその対策です」と。実際魔物の目撃情報は村にも届いていたこともあって、その説明を疑う村人は誰もいなかった。
 
 私も両親に連れられてその商人達の所に行っていた。そして見たのは、血の様な赤と何も映らない漆黒が混ざり合った気味の悪い色をした魂だった。私はそんな色を見るのは初めてだったが、今までいろんな色を見てきたこともあって特に気にしなかった。その商人達は日が落ちかけていたこともあって、その日は村に泊まることになった。
 そしてその夜、事件は起きた。
 
 月が空の頂点に登りきった静かな夜、私はたまたま目を覚ましてトイレの中にいた。半分寝ぼけながらも用を足していると、突然周囲が騒がしくなった。そしてその音は時間が経つごとに大きくなり、遂には私の家にまでやって来た。
 私はその音が怖くてトイレの中に震えながら引きこもっていた。しばらくすると、音はどこかに去って行ったが、遠くの方ではまだ聞こえていて完全に消えたわけではなかった。
 
 私は恐る恐るトイレから出て、父さんと母さんが待つ自室に戻った。そして目にしたのは、見るも無残に荒らされた部屋だった。
 家具は倒れ、床は泥だらけでいろんな物があちこちに散乱していた。そしてその中に、全身から血を流している父さんを見つけた……。
 私は慌てて駆け寄って、何度も父さんの名前を呼んで体を揺すった。しかし父さんはぐったりしたまま何も反応を示さなかった。そしてその時、父さんの中にあったはずの綺麗な光を放っていた魂が無くなっていることに気付いた。……私はその時、父さんが既に死んでいることを悟った。
 私は動揺して母さんを探した。でも部屋の中に母さんの姿はなかった。私は家を飛びだして母さんを探した。目指したのはまだ音がしている方向だった。そこには間違いなく誰かがいるのを分かっていたからだ。もしかしたら母さんがいるかもしれない。もしいなくても、誰か助けてくれるかもしれない。私は走って、急いで走って音のしていた場所、村の中央広場に辿り着いた。
 
 ……そこには、父さんが死んでいた部屋以上の惨状が広がっていた。
 沢山の見知った村の人達が父さんと同じように血を流して倒れていた。そして父さんと同じく魂の色が無くなっていた。その数は8歳の私が数え切れる限界を遥かに超えていた。
 そしてその向こうには、例の商人達が乗ってきた何台もの大きな馬車の周りに護衛と一緒に集まっていた。そして奴らは、駆けてやって来た私の姿を目にしてこう言った。
 
「おやおやぁ~、まだこんなところにガキが残っているじゃねえか!」
 
 下劣な笑みを浮かべて一人の護衛が私に近づいてきた。
 私は底知れない恐怖を感じて、逃げることもできずにその場に座り込んでしまった。
 
「ほほう、まだしょんべん臭えガキだが上玉になりそうだな!」
 
 目踏みするようないやらしい視線で私にそんな評価を下して、護衛の男はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべた。
 
「ひぃ!」
「そう怖がらなくてもいいぜ。お前達はこれから新しい人生を歩むことになるんだからなぁ。まあここよりいい生活ができるかは運が必要になるが、お前なら間違いなく高く売れるからいい生活ができる可能性は他の奴より高いぞぉ~」
 
 男が何を言っているのか、この時の私は全く理解できなかった。
 
「さあ来い!」
 
 そして男は私の腕を乱暴に掴んで引っ張った。
 
「い、いや、やめてぇ!!」
 
 私は必死に抵抗した。このまま連れて行かれたら、きっとよくないことが起きる。それだけは何となく分かったからだ。
 必死に足掻いて言う事を聞かない私に、短気だった護衛の男はすぐにキレて手を挙げた。
 
「このガキ、さっさと大人しくしやがれ!」
「うぐぅ!?」
 
 護衛の男は私の顔を思いっきり殴り飛ばした。その反動で私は男の拘束から逃れることができたが、あまりの痛みに動くことができなかった。
 
「おいおい、あまり商品を乱暴に扱うなよ」
「でも旦那、こいつがよぉ」
「言い訳はいい。お前さんは少々短気が過ぎる。いいから早く持ってこい」
「へいへ~い」
 
 商人に注意された男は、私を捕まえるためにまた近づいてきた。
 
「い、いや……」
 
 捕まりたくない。何とかしないと。いつの間にか私の思考は、母さんを探すよりも逃げることでいっぱいになっていた。
 護衛の男の足音と姿が近づいてくるのが怖かった。でもそれよりも、血のような赤と漆黒が混ざり合った気味の悪いその魂が近づいてくることが一番の恐怖だった。
 
「ほら、こっちに来い!」
 
 護衛の男が動けない私を捕まえるために手を伸ばした。私は捕まりたくない一心で必死に力の限り叫んだ。
 
「こ、来ないで! 私の前から消えてーー!!」
「――あっ?」
 
 護衛の男は、突然間抜けな声を上げた。そしてそのまま倒れて動かなくなった。
 
「……えっ?」
 
 私は状況を理解できなかった。それは離れた場所から見ていた商人達も同様で、突然倒れた男を見て状況が読み込めず固まっていた。
 私は何とか立ち上がって倒れた護衛の男を見た。すると、先程まであった気味の悪い魂が消えていた。私はその時、護衛の男が死んだということを認識した。
 動かない男を心配して、男の仲間が集まって倒れた男を起こす。そして男の反応と脈がないのを確認して、仲間達も男が死んでいることを認識した。
 
 男の仲間達もそうだが、私も混乱していた。誰もが何が起きたのか理解できなかったからだ。
 そして理解の矛先は、当然のことながら男のすぐ近くにいた私へと向いた。
 
「ガ、ガキ! お前何しやがった!?」
 
 そんなこと言われても私にも分からなかった。私が口をパクパクさせて何も言えずにいると、頭に血が上った男が手を振り上げた。
 私はまた殴られると思い、咄嗟に叫んだ。
 
「こっちに来ないでえー!!」
「えっ――?」
 
 すると手を挙げた男は突然振り返って、私ではなく近くにいた仲間を殴った。
 
「いてぇ!? 何すんだてめぇ!?」
「えっ、い、いや、俺じゃねぇ!」
「何言ってんだ! 殴ったのはお前じゃねえか!!」
「落ち着けお前ら!」
 
 突然の仲間の奇行に、商人達は大混乱であった。その様子を見て、子供ながら私はある証拠の無い確証を感じていた。
 死んだ男も仲間を殴った男も、私の言葉を切っ掛けに私の言葉通りに動いていた。……もしかしてこれは私がやったのか? 原理は分からないけどもしそうだったなら、私がこいつらを何とか出来るかもしれない!
 子供ながらそう短絡的に考えた私は、自分の未知の力を信じて行動することにした。
 
 こいつらは父さんや村の人達に酷いことをした。ただで済ますわけにはいかない! みんな、父さんと同じ目に遭うべきだ! こいつらは私が裁かないと!!
 目の前にはびこる悪党を自分が一掃するという、子供らしい無責任な正義感の赴くままに私は叫んだ。
 
「みんな、消えちゃえええーーーー!!!!!」
 
 今までに出したことがない私の大声は、空気を震わせて村全体に響き渡った。必死に大きな声を出したせいで、喉が赤く腫れてしまいかなり痛かった。
 ゴホゴホと咳き込みながら、私は目を開けた。目の前には誰も立っていなかった。男達は全員地に伏せ、気味の悪い魂はどこにも見当たらなかった。
 
「……や、やったの?私が、やったの? ほんとに? ……や、やった、やったよお父さん! 私が悪い奴みんなやっつけたよ!!」
 
 実感は遅れてやって来た。父さんや村人達を殺した悪人を、私の手で私がやっつけた。何とも言えない正義感が私の勝利を祝福してくれた。村の危機を私が救ったのだ。村を守った、その事実が私はすごく嬉しかった。
 そして一頻ひとしきり喜んだあと、私は母さんを探していたことを思い出した。
 
「そうだ、お母さんはどこ?」
 
 私は辺りを見渡して、先程まで商人達が集まっていた沢山の馬車が怪しいと思った。
 私はすぐに馬車に駆け寄って荷台の中を覗いた。そこには沢山の人影があった。馬車の中は暗かったので必死に目を凝らして見ると、見知った顔が沢山あった。村の人達だった。ほとんどが女性や私みたいな小さな子供達で、みんな体を寄せ合ってくっついていた。きっとみんな、私と一緒で不安だったんだ。
 そう思って更に中を探すと、荷台の奥に母さんの姿があった。
 
「お母さん!」
 
 私は荷台に駆けあがると、母さんに駆け寄って抱き付いた。
 
「お母さん! よかった、無事でよかった!」
 
 私は母さんが見つかった事に安堵して、一気に気が緩んで涙が溢れてきた。
 
「お母さん、私、怖かったよ!お父さんや村の人達が大勢死んでて……、私も怖い人に殴られて連れて行かれそうになって……。
 でも安心して、私がみんなやっつけたよ! 悪いことした奴らみんなやっつけたよ! だからもう大丈夫だよお母さん!」
 
 私は早口で母さんに何があったかを説明した。母さんやみんなに「もう大丈夫だよ」って痛む喉を気にも留めずに大きな声で説明した。
 
「…………」
「……お母さん?」
 
 不思議なことにお母さんは何も言わなかった。それどころか抱き付く私を抱き返しもしなかった。いつもだったら母さんは、私が抱き付くと必ず優しく抱き返してくれたのに……。
 
 ……そこで私はようやくおかしな事に気が付いた。
 私の説明を聞いても母さんどころか周りにいるみんなも、それに対して一言も何も言わずに異様なまでに静かにしていた。
 私は一気に不安になった。そして、ゆっくりと周りを見渡した。荷台の中は相変わらず暗くてよく見えず、そして静寂に包まれていた。
 ……おかしい、何かがおかしい。暗い夜中で灯りの無い荷台の中だから、暗いのは当たり前なのだ。でも私は、私だけはその光景に強い違和感を感じた。そして「あり得ない」と、私の直感がそう告げていた。
 
 あり得ない。何が? 
 分からない……。本当に?
 暗くちゃいけない。どうして? 
 暗いのは当たり前? ……ううん、そうじゃない。私には暗く見えちゃいけないはずなんだ!
 
 そこで私はようやく違和感の正体に気が付いた。……気が付いてしまった。荷台の中に、魂の色が無いことに……。
 
「……うそ、よね」
 
 私は慌てて母さんの方に振り返った。母さんの体は暗かった。いつもは太陽の様に明るい光を放っていたはずの母さんの魂が、消えていた。
 
「う……そ、嘘だ……、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!」
 
 私は目の前の光景から目を逸らすように叫んだ。だってあり得なかった。ここにいる全員が、既に死んでいるなんて。
 嘘であってほしかった。幻であってほしかった。現実じゃなくてほしかった。
 しかし何度確認しても、魂の色は見えなかった。
 
「……そうだ、他の馬車は!?」
 
 商人達の馬車はまだ他にもある。他の馬車にも誰か乗せられているかもしれない。
 私は急いで他の馬車の荷台も確認した。……結果はどこも同じだった。
 予想した通り、全ての馬車の荷台には他の村人が乗せられていた。でも、全員ピクリとも動かず魂の色も見えなかった。
 
「……誰か、誰かいないの……?」
 
 馬車は全滅。じゃあ他は……?
 私は小さな希望を探すように、村の中に生き残りがいないかを確認して回った。
 
「誰か……、だれかぁ~……」
 
 喉の痛みと涙を堪え、私は声を絞り出した。
 ……でも、誰も生きてる人はいなかった。
 父さんのように切られて家の中に倒れている人がいた。私のように物陰に隠れている人もいた。……でも、全員等しく死んでいた。
 更に不思議だったのは、人だけじゃなくて馬車に繋がれた馬や、村で飼っていた家畜まで全部死んでいたことだった。
 
「…………」
 
 私はそこで小さな希望が潰えたのだと痛感した。そしていつの間にか、放心状態で村の中央広場に戻って来ていた。
 既に太陽は顔を出していて、辺りはすっかり明るくなっていた。
 
「……なんで、……なんでみんな、死んでるの……?」
 
 私は純粋な疑問を、自分に投げかけるように呟いた。
 あの商人達は私の事を「商品」と言っていた。護衛の男は「高く売れる」とも言っていた。おそらく馬車に乗せられた村人たちは、私と同じ売られるために連れ出される予定だったはずだ。
 
 ……じゃあなんで、あの商人達は全員殺していたの?
 
 明らかに矛盾していた。あの商人達の口ぶりから、私や他のみんなを売ろうとしていたことは確実だ。だったら殺すはずがない。……でも現実は一人残らず死んでいた。
 それにもう一つおかしなことがあった。父さんや広場に倒れていたみんなは、鋭い刃物で切られて血まみれで死んでいた。でも、馬車に乗っていたみんなや、家の物陰に隠れていた人は切られた痕も無ければ血も流さず綺麗な状態で死んでいた。
 どうして殺し方が違うのだろう? どうしてわざわざ、殺し方を分けたのだろう?
 
「……そもそもどうやって、傷を付けずに殺したの?」
 
 私はその疑問の答えを探すように、倒した商人達の死体を見た。
 
「……えっ? ……ま、まさか……!?」
 
 そして私はあることに気付いた。それを確かめる様に商人達の死体に駆け寄って、その死体を確かめた。 
 ……商人達の死体は、傷一つ無い綺麗な状態だった。そう、馬車に乗せられた村人達と同じように。
 そして私は、信じたくない答えに辿り着いた。
 
「もしかして、私が……? 私が、みんなを、殺したの……?」
 
 私は商人達を倒す時に叫んだ言葉を思い出した。私はあの時確かに『みんな、消えちゃえ』と言っていた。
 そのみんなとは一体誰の事? どこからどこまでの範囲の人? ……私は、その指定をしていなかった。
 私の未知の力が『みんな』という言葉を、商人達じゃなく、村にいた全員を『みんな』と認識して力を振るった。……それ以外に、この状況を説明できることができなかった。
 
「わた、わたし、わたしがぁ! ……みん、なを、みんなを殺しちゃったの?」
 
 辿り着いた事実はあまりにも残酷で、幼い私が受け入れるにはあまりにも巨大すぎた。
 
「いや、いやあぁ、いやああああああああああああ!!!!!!!!」
 
 そして私は絶望に沈んだ。
 
 
 
 そこから先はよく覚えていない。
 気が付いた時には、私は血豆だらけの手でスコップを握り締めながら、沢山の墓を前にして倒れていた。
 
 あれから何日経ったのか、それともまだ日付が変わっていないのか? それすらも分からない。感じたのはひどい疲れと空腹感、そしてなぜか悲鳴を上げている全身の筋肉だった。
 
「……ああ、そうだった。……みんなのお墓を、作ったんだっけ……」
 
 朧げな記憶の中に、穴を掘って死体を埋める私がいた。
 どうやら私は墓を作ったみたいだ。でも実感はないし、正直その事自体はどうでもいい事だった。
 耐えきれない空腹感でお腹が大きな音を出すが、私にはもう動く気力すら残っていなかった。
 
「……私、このまま死ぬのかな……?」
 
 それも悪くないと思った。私が不可抗力とはいえ母さんや村のみんなを殺してしまったのだ。私は、その現実をこの先も背負っていける自信もなく、未来も見えなかった。
 
「……もう、どうでもいいか」
 
 私は仰向けになり空を見上げた。そこには青い空が――
 
「何がどうでもよいのだ?」
 
 ――無かった。
 そこには倒れる私を覗き込む背の高い見知らぬ人がいた。
 止まろうとしていた私の心臓が飛び上がって早鐘を打つ。
 
「だ、だ、誰ですか!?」
 
 火事場の馬鹿力というやつだろうか? それとも防衛本能だろうか? 動かなかった私の身体は無意識のうちに動いて、見知らぬ人から距離を取っていた。
 
「そう驚くな。我はただの旅の魔術師だ」
「ま、魔術師様……?」
「そうだ。2日前の夜にこの辺りから凄まじい魔力を感じて足を運んだのだが……、村人はお前だけか?」
 
 私は無言で頷いていた。
 
「ふむ……」
 
 魔術師は私の全身をじっくり見てから、周囲の状況を確かめる様にぐるりと見まわしていた。
 魔術師は全身黒づくめのローブで身を包んでいて、怪しさしか感じなかった。でも何故か、あの商人達のように敵意は感じなかった。
 この魔術師が何者なのか、何をしにここに来たのか、私の疑問は尽きなかった。
 
「……えっ?」
 
 私はその時、おかしなことに気が付いた。そして自分の目を疑った。
 
「なんで……、なんで魔術師様は、魂が無いの……?」
 
 魔術師は私の目の前で動いて、確実に生きている人だ。でも、その魂は死人と同じように見えなかった。
 
「ん? それはどういう意味だ?」
 
 私の呟いた言葉が聞こえたようで、魔術師は私の方を向いて質問してきた。
 私は警戒しながらも、魔術師に説明した。私は生物の魂が見えること、村に悪者が来たこと、その悪者を退治したら間違って村の人達も殺してしまったことを……。
 誰かに気持ちを打ち明けたかったのか、私は思い出して涙を流し嗚咽しながらも、私の事とこの村であった事件の全てを魔術師に話した。
 魔術師は私の話を遮ることなく、全てをしっかり聞いてくれた。私の気持ちが少し軽くなったのは、多分気のせいじゃないはずだ。
 
「成る程な、それは災難だったな。そうか、あの時感じた凄まじい魔力の正体はお前だったのか。それに、魂を見れるというその眼、そして原理不明の不思議な力、か……」
 
 魔術師は私の話を聞いて、腕を組んで考え込み始めた。そしてしばらく経った後、突拍子もなくこう言ってきた。
 
「お前、我の弟子にならんか?」
「えっ?」
 
 予想外の言葉に、私は無意識に間抜けな声を出していた。
 
「我は魔術の研究をしながら旅をしているが、お前の力に非常に興味が湧いた。是非その力を、間近で研究させてくれ!」
 
 魔術師はそう言いながら、ぐいぐいと私に迫ってきた。
 
「ちょっ、ちょっと待ってください!? 私の力は私もよく分かっていませんし、制御できるかも分かりませんし、そもそもどんなものかも分からないんですよ! 危険なんです! もしかしたら魔術師様も、……こ、殺してしまうかもしれないんですよ!?」
「それがどうした?」
「ふぇ!?」
 
 魔術師は全く動じていなかった。
 
「いいか小娘よ、よく聞け。新しい技術や知識の確立には必ず危険が付き物なのだ。それを恐れていては、いつまで経っても前には進まん。
 お前は知りたくないのか? 自分の力が何なのか、それで何ができるのかを? それを理解せぬまま死んで、お前は本当に後悔しないのか? 我だったら後悔する。後悔して死ぬものも死に切れないから、生き返って解明してから死ぬ。それが我という存在が生きる理由だ!
 どうせ捨てる命だというなら、我が拾ってやる。それまで勝手に死ぬことは我が許さん。そして我が研究を終えたその時に、自分の命をどうするかお前自身が決めるがよい」
 
 そう言って魔術師は私に手を差し出した。私はその手から目を離せなかった。
 かっこいいと思った。この人なら私の力を正しくしてくれる、そんな確定的な予感がした。
 そして気付けば、私は魔術師の手を取っていた。
 
「よし、これからよろしく頼むぞ!」
 
 魔術師は私の手を引き寄せて、そのまま流れる様な動作で私を背負った。
 その背中は、父さんよりもずっとずっと大きかった。
 
「そういえば自己紹介がまだだったな。我の名は、ミューダだ」
「ユノ、です。よろしくお願いします……」
 
 これが、私と師匠の出会いだった。
 
 
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