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作者: 山のタル
残酷な描写あり
118.証人召喚2
「ではもう一人も紹介します。ユノさん、お願いします」
「ええ、任せて。『挨拶しなさい!』」
 
 ユノの言葉に従って、素朴な男は八柱のメンバーに向かって一礼した。
 
「初めまして八柱の皆さん、僕はリチェと申します。サピエル法国教皇親衛隊の一人です。どうぞよろしくお願いします」
「教皇親衛隊ですと!?」
 
 リチェの発した“教皇親衛隊”という単語を聞いたイワンが、驚愕して立ち上がった。そして他の八柱メンバーもリアクションの差こそあれど、驚愕の表情を浮かべていた。
 
「あら、皆さん教皇親衛隊について知っているのですね」
「まあ、僕らのような地位にいる人物なら他国の重要人物の情報は大抵把握しています。教皇親衛隊はサピエル7世直属の護衛部隊ですから、その重要性は言わずもがなという訳です」
「なるほどね~」
 
 八柱のメンバーは各国の宰相と貿易都市の代表で構成されている。言い換えれば全員が超重要人物だ。つまりラルセットの言う通り、全員が他国の情報に精通している者達である。当然、教皇親衛隊の情報を持っていても何ら不思議ではない。
 逆に一般人の枠組みに編入されるユノやセレスティアがその手の情報を入手できるわけがなく、その辺りの知識に疎いのも当然であった。
 ……まあそれ以前に、ユノやセレスティアは政治関係に毛ほどの興味も無かったので、例え情報を入手できる機会があったとしても情報を得ようともしなかっただろう。
 
「しかしいくら僕達でも教皇親衛隊という存在と特徴は知っていますが、どんな人物がその教皇親衛隊なのかという情報まで得ることが出来ていません。それほど教皇親衛隊というのは秘匿性の高い存在だったのです」
「それはマイン公爵も?」
「ええ」
 
 ラルセットの説明を聞いて、八柱達がリチェの登場にマイン公爵と同様の異常なまでの驚きを見せたことに、ユノはようやく納得がいった。
 今まで概要だけしか知られておらず謎に包まれていた教皇親衛隊が、突然目の前に現れて堂々と名乗りを上げたのだ。驚かない方に無理があるだろう。
 そしてユノとラルセットがそんな会話をしている間にも、イワン達によって話は進んでいた。
 
「パンドラ、今一度確認しますが、この男が教皇親衛隊の一人というのは本当なのですな?」
「……本当よ」
 
 リチェが教皇親衛隊であることは、リチェが登場した時のパンドラの反応からも明らかだったのだが、念のためにイワンはパンドラからの言質をしっかり取った。
 
「……それで“並立ラルセット”、その二人が証人という事だったが、現状では正直言って二人の関係性が全く見えないし状況も理解不能だ」
「安心してください“隠者ツキカゲ”、その辺りの事情も全て話させますから」
「……期待しておこう」
「……私からも一ついいでしょうか?」
 
 ツキカゲに続いて発言をしたのはパンドラだった。
 
「証言の前にリチェに色々と聞きたいことがあるのだけど……?」
 
 事情を知っているメルキーとラルセット以外が混乱しているこの状況下で、最も混乱しているのはパンドラだ。自国に宣戦布告をしてきた相手が用意した証人の一人が自国の重要人物だったのだから、聞きたいことは山ほどあるのは想像に難くない。
 しかしメルキーとラルセットは軽く目合わせした後、パンドラの要望を拒否した。
 
「パンドラ、悪いけどそういう個人的なことは証言が終わってからにしてくれないかしら? ……それに、貴女の聞きたいことの大半はリチェの証言の中にあるはずだしね」
「……分かりました」
 
 メルキーの言い分にパンドラは渋々と言った様子で引き下がった。
 
「それではユノさん、お願いします」
「分かりました。『サピエル法国が今までしてきたことを、嘘偽りなくこの場で全て話しなさい!』」
「はい!」
 
 元気よく返事を返したリチェは、セレスティアやマイン公爵に話したのと同じ、サピエル法国がこれまで行ってきた悪事の数々を打ち明けた。
 ストール鉱山での魔獣事件の真相。
 サピエル法国による粛清と称した亜人狩りの歴史。
 ブロキュオン帝国の失踪者増加事件の真相。
 他国に対する工作行為の詳細。
 侵略による大陸の統一計画。
 それら全ては、サピエル7世の“神に至る”という最終目標の足掛かりだという事。
 
 そして最後にリチェは、教皇の命令により淵緑の魔女の調査に向かったが逆に返り討ちにされ、ユノの洗脳を受けて従僕になった経緯を話して、今の自分の立ち位置を説明した。その際にユノは所々で細かい説明を挟み、セレスティアの名前とミューダの名前を出さないように話の内容に若干の脚色を加えていた。
 
 リチェの証言を聞くにつれて、八柱達の表情は驚きを通り越し、正に開いた口が塞がらない状態にまで陥ることになった。
 唯一それと違ったリアクションをしていたのはパンドラだった。リチェの証言を聞くにつれて顔から血の気が引いて蒼白になり、他の八柱が証言の内容に質問や疑問を飛ばしてそれにリチェがペラペラと何の抵抗もせずに素直に答えていくと徐々に視線は足元に下がっていった。
 
 こうしてリチェの証言が全て終わり、ブロキュオン帝国とプアボム公国が宣戦布告をした理由を全員が正確に理解することになった。
 そして必然的に八柱達の次の標的は、これまでに隠れて非道徳的な活動をしてきたサピエル法国の宰相であるパンドラへと変更された。
 
「さて“忠国パンドラ”、私と“並立ラルセット”が提出した証拠に対して何か申し開きの言葉はあるかしら?」
「…………」
 
 パンドラは視線を下げたまま口を開こうとしない。その振る舞いが、何よりの答えだった。
 
「“忠国パンドラ”! なぜこんな事態になるまで放置したのですかな!? お主は誰よりもサピエル法国をより良い方向に導こうとしていたはずですぞ! そのお主が、こんな蛮行を見逃すなんてありえないはずですぞ!」
 
 パンドラにそう叫ぶイワンの言葉には、怒りの感情が露になっていた。しかしその怒りの裏には、パンドラを信頼しているからこそ心配しているような複雑な感情が言葉の抑揚に混ざっていた。
 イワン達にとってパンドラは他国の宰相ではあったが、共に平和を築き上げようと協力し合ってきた八柱の仲間でもある。パンドラの普段の言動から、パンドラがいかにサピエル法国の未来を想い、平和を願っていたかを十分に理解していた。だからこそイワン達は、パンドラがサピエル法国の非道徳的な行為を見逃してきたという事実が信じられなかったのだ。
 パンドラの事を仲間として信じたい気持ち、裏切られたことを信じたくない気持ち、証言とパンドラの反応から事実を受け入れがたい気持ちがイワン達の心の中に渦巻いていた。
 その気持ちを払拭する為には、パンドラからの答えを得るしかなかった。それがどちらに転ぶとしても……。
 
「……答えてください“忠国パンドラ”。お主は、どちらの味方なのですかな?」
「…………」
 
 イワンの質問にパンドラは変わらず口を開こうとしなかった。何かまだ答える決意が固まっていないのか、それとも答えたら不味いから答えないのか……。
 いずれにしても、パンドラから直接聞かないことにはイワン達は納得することが出来そうになかった。だからパンドラが答えてくれるのを信じて黙って待った。
 
「どちらの味方ですか、なかなかに残酷な質問をなさるのですね」
 
 しかし、答えたのはパンドラではなかった。
 イワン達が声のした方に目を向けると、この状況を作り出した張本人であるリチェがいた。
 
「残酷とは、一体どういう意味ですかな?」
 
 イワンは静かな怒りを露にしてリチェを睨みつける。しかしリチェはそれに全く動じる様子はなく飄々ひょうひょうとした態度を崩さなかった。
 
「そのままの意味ですよ。パンドラはサピエル法国の味方であり同時に八柱の味方なのですから、どちらか一方に選択肢を絞ることが残酷ではなく何と言うのですか?
 それにどうやら、あなた方は前提を勘違いをされているようですね。パンドラは口を開く気が無いようなので代わりに僕が言いますが、僕が先程証言した事はパンドラは一切知りませんし認知すらしていません。パンドラの耳や目に情報を入れない様に内密に行えと、教皇様から厳命されていましたからね。
 更に言えばパンドラは宰相の地位に就いていますが、その実権は教皇様により取り上げられていて、ほぼ無いに等しいです」
「なんですと!?」
 
 全員が一斉にパンドラの方に振り向いた。
 
「……全部、リチェの言う通りよ。私は、何も知らされていなかったの……」
 
 この事実には誰もが驚愕した。国の宰相という地位に就く人物が、国内部の動向を知らないなんてことは普通あり得ない。
 しかし先に答えを言ってしまえば、本当にパンドラは何も知らなかったのだ。というよりリチェの証言通り、サピエル法国全体が意図的にパンドラに情報を与えていなかった。
 その理由は単純で、パンドラがサピエル法国内の嫌われ者だったからである。
 
 パンドラは100年前の世界対戦終結後に結ばれた『4ヶ国協力平和条約』を重要視し、その条約を利用して“人間至上主義”の思想が深く根付いていたサピエル法国をより良い豊かな国に変革させようとしていた。その為に宰相の地位に立候補したのである。
 しかしそんなパンドラの行動を快く思わなかった当時の第5代教皇により、宰相の地位は低いものに下げられてしまった。それからも第6代教皇、そして現教皇の第7代教皇も第5代教皇の考えをならうように宰相の地位を下げ続けた。その結果サピエル法国の宰相という地位は、最低限の権力と発言力だけ残した名前だけの役職に成り下がっていたのだ。
 パンドラ自身もサピエル法国内で自分がどう思われ、どう扱われているかを自覚していた。しかし同時に、それを言ったところでどうにもならないことも理解していた。
 
「私の地位や発言力は歴代の教皇様達によって次第に下げられて、今ではサピエル法国と八柱とを繋ぐ連絡役程度のものしか残されていないの……。
 今まで黙っていたことは申し訳なかったと思っているわ……。でも私は、八柱という今の立場を降りるわけにはいかないの!」
 
 もしパンドラの立場が無きに等しいものだと知られてしまえば、パンドラは八柱としての実権不足として地位を剥奪され、サピエル法国で強い実権を握る者が新しい八柱として再編成される可能性があった。
 だが今のサピエル法国内には、パンドラ以上に八柱として他国との橋渡しを円満にできる人材がいないのだ。もしそうなれば、今の関係性が崩れるのは簡単に想像にできた。
 だからこそパンドラは自分の理想のために、絶対に八柱の地位を失うわけにはいかなかった。
 
「……成る程、事情は理解しましたぞ。しかし“忠国パンドラ”、これだけは答えてください。貴女の志は今、どこに向いているのですかな?」
「変わらず、安寧秩序」
 
 即答するパンドラの表情や目には、一切の迷いは無かった。イワン達八柱にとってはそれだけで十分であった。
 
「……分かりました、“忠国パンドラ”を信じましょう。異議のある者はいますかな?」
「私はありません」
「……右に同じ」
「ありませんね~」
「ないわ」
「ありません」
「僕もありません」
 
 パンドラを信じると言った彼等の言葉には、立場は違えど長年共に同じ仕事をこなしてきた仲間に対する厚い信頼の気持ちが込められていた。
 
「……ありがとうございます、みんな……!」
 
 八柱協議が始まってからずっと思いつめた様に厳しい表情しかしていなかったパンドラが、その日初めて顔を綻ばせた。
 
 
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