残酷な描写あり
134.王都陥落4
「お、王位を譲った……ですと!? そのような重大な決定を、我等に相談も無しに行ったと言うのですか!?」
ムーア王国は国王を権力の頂点とする『王権』体制である。つまり国王の発言力が最も強く、あらゆる決定権は国王が握っている。
しかしだからと言って国王一人に全ての判断と決定を任せれば、それはブロキュオン帝国の様な絶対君主制の苗床となるだろう。
だからそれを防止するために、ムーア王国の貴族達には国王に対して意見を出せる権利が存在している。
国王が王位を譲るともなれば、普通であれば事前に全貴族達に通達をしてからその賛否を問い、十分な話し合いがなされてから実行されるはずであった。
なので事前の通達も無しに国王が王位を譲っていたことに対して、ハッセ大公が驚愕と異論の声を上げるのは至極当然であった。
しかしそれに対するムーア44世の返答は、ハッセ大公達をさらに驚愕させるものだった。
「相談も何も、元々王国を乗っ取る気でおったお主達に、このような重要な決定を事前に伝える訳がなかろう?」
「なッ――!?」
「まさか私が知らぬとでも思っていたか? 私の事を裏で『優柔不断な王』等と称していたようだが……まあそれは否定しない。しかしだからと言って、私が無能で御しやすいと考えていたのは愚かであったな。
サピエル法国と秘密裏に亜人を取引して資金を蓄え、ゆくゆくは私を傀儡としてムーア王国の実権を握ろうとしてるお主達の目的など疾うに見抜いておるわ。
……先に言っておくが、言い訳など無意味だぞ? 既に証拠は揃っておるし、裏取りも済ませてある。言い訳など通用しないと知れ!」
ハッセ大公は、まるで幻を見ているかのような気分に陥った。何故ならそこには、今まで見たことがないほどの覇気を纏ったムーア44世がいたからだ。その姿には正しく王に相応しい迫力と重圧があり、先程までの頼りなさそうなムーア44世の面影など残っていなかった。
ハッセ大公はこの時ようやく、ムーア44世という人物の本質を見誤っていたことを思い知らされた。
ムーア44世が優柔不断であったのは間違いない。しかしムーア44世はそんな自分の欠点を利用して、その裏に王としての器を隠していたのだ。国の権力を握ろうと画策していた“王権派”を欺くために……。
「……まさか、先程から王城に人の気配を感じないのは?!」
「そのまさかよ」
「くそッ! カンディ、貴様の入れ知恵だな!?」
「ど、どういうことですかハッセ大公!?」
突然何かに気付き感情を露わにしたハッセ大公に、未だ状況が呑み込めていないノウエル伯爵が疑問を投げた。
「まだ分からんのか! 我々はムーア44世とカンディの策略にまんまと嵌められたのだ! 王城に入城してから近衛兵や王城で働く者達の姿が見えなかったのは、王位をルーカス様に譲られたからだ! 近衛兵や王城で働いていた者達は、新たに誕生した国王の元に既に向かったのだ!」
「で、では何故、ムーア44世とカンディはこの場に残っているのですか?!」
「ただの時間稼ぎだ! 新たな王の元に向かった者達が王都から十分に離れるためのな!」
「……お見事。その通りだハッセ大公」
カンディは小さく拍手をして、ハッセ大公の推測を裏付ける。
「貴様ッ……!」
カンディは素直に誉めたつもりだったのだろうが、ハッセ大公からすればその態度は小馬鹿にされたようにしか思えず、怒りに顔を歪めた。
「さあどうするハッセ大公? 新たな国王となったルーカスは既に王都を離れておる。今お主の前にいるのは何の力も持たないただの老いぼれよ。
……言っておくが、ルーカスは私とカンディが次期国王にするためにしっかりと育てあげた。そしてお主達の企みも知っておる。私のように容易に手玉にとれると思わぬことだ」
「ぐうッ……!?」
“王権派”貴族達にとって、これはまさに最悪の状況であった。
密かに進めていたはずの計画は看破されており、知らぬ間にその対策も打たれていた。
傀儡とするつもりだったムーア44世は既にその権力を手放し、新国王となったルーカスは王都を離れている。
そして例え今から追いかけてルーカスの身柄を確保したとしても、“王権派”の計画を知っているルーカスが素直に傀儡になる可能性は限りなく低い。
手詰まりに近い状況を理解した“王権派”貴族達の顔は次々に青ざめ、打開策はないのかとざわめきだした。
「落ち着けお主等!」
醜態にも近い見苦しさを見せた貴族達を、ハッセ大公は一喝して鎮めてみせる。
「貴族たる者がそのように取り乱すではない!」
「し、しかしハッセ大公!?」
「私に任せろ……まだ、策はある」
ハッセ大公はそう言うと徐に立ち上がり、腰の剣を抜いてその剣先をムーア44世へと向けた。
「こうなっては仕方ありません。……国王陛下、申し訳ありませんが、大人しく我々に従っていただきます。
王国に仕える貴族である我々への相談なく王位を譲るなど本来あり得ないこと、到底認めるわけにはいきませんからな!」
それは現状の数の有利を利用した実力行使で、到底策と呼べるものではなかった。
しかしハッセ大公達に残された手段は、最早これしかなかったのも事実である。
「貴方にはまだまだ国王としてその権力を所持していただきます!」
「……無駄なことだなハッセ大公。既に王位はルーカスに譲り、その事実はお主達以外の者は既に承知していることだ。
今更お主達が私をどうこうしたところで、誰もお主達の言い分に耳を貸さぬだろう」
「確かに、その通りでしょう。……ですので残念ですが、ルーカス様にはお隠れになってもらうことにします。そうすれば必然的に王位は貴方に帰することになるでしょう!」
「……成る程、王位継承権を利用してくるか……」
現在ムーア王国の王位はムーア44世の息子であるルーカス・ムーアに継承された。しかしルーカスはまだ若く、王子でありながら王国騎士団の一団長兼任していたため、未だに独身で王位の継承者となる子供がいない。
つまりルーカスをハッセ大公達が始末してしまえば、王位継承権は王族でありルーカスの父であるムーア44世に帰化することになる。
だが、こんなことをすれば王族に害を加える重罪となるだろう。しかしハッセ大公達が生き残り己が目的を達成するためには、最早この方法しか残されていないのである。
「ならば、こちらも覚悟を決めるしよう……。カンディ」
「ハッ!」
その短い言葉だけでムーア44世の意思を正確に汲み取ったカンディが、剣を抜き、ムーア44世を庇う様な位置に立った。
「……カンディ、その忠誠心は見事なものだ。そこだけは私も共感できる部分である。……しかし、この状況で、たった一人で国王陛下を守れると思っているのか?
……正直、お主のその知謀には何度も苦虫を噛みしめられたものだ。だがしかし、ルーカス様の元に全兵力を送ったのは失敗だったと言わざるを得ないだろう! いくら王位を譲ったとはいえ、大切な要人である王族を警護する人材を一人も残さないなど、愚の骨頂だったな!」
カンディはムーア王国の知恵者としてムーア44世の傍にいるイメージが強い。しかしあまり知られていないが、人一人を守れるほどの剣の腕はあるのだ。
ハッセ大公はその事を知っていたが、警護をする人材がいない現状では数の不利を覆すことは難しく、カンディ一人を恐れる必要はない。
その揺ぎ無い優位性があったからこそ、ハッセ大公もこの最終手段ともいえる行動の成功率を計算することが出来たのだろう。
……しかしその計算には、一つだけ誤算があった。
「どうやら誤解してるようだなハッセ大公」
「……なんだと?」
「ワシのこの剣は、こう使うのだ!」
ザシュッ!
「――えっ?」
抜けたような声が漏れた。それはハッセ大公のものだったのか、それとも他の貴族達のものだったのか、はたまた全員だったのかは分からない。
しかしその声の主が誰であろうと、目の前の光景を見たのなら誰でも同じ声を出したことだろう。
そこには、手にしていた剣でムーア44世の胸を貫くカンディの姿があったのだから。
ムーア王国は国王を権力の頂点とする『王権』体制である。つまり国王の発言力が最も強く、あらゆる決定権は国王が握っている。
しかしだからと言って国王一人に全ての判断と決定を任せれば、それはブロキュオン帝国の様な絶対君主制の苗床となるだろう。
だからそれを防止するために、ムーア王国の貴族達には国王に対して意見を出せる権利が存在している。
国王が王位を譲るともなれば、普通であれば事前に全貴族達に通達をしてからその賛否を問い、十分な話し合いがなされてから実行されるはずであった。
なので事前の通達も無しに国王が王位を譲っていたことに対して、ハッセ大公が驚愕と異論の声を上げるのは至極当然であった。
しかしそれに対するムーア44世の返答は、ハッセ大公達をさらに驚愕させるものだった。
「相談も何も、元々王国を乗っ取る気でおったお主達に、このような重要な決定を事前に伝える訳がなかろう?」
「なッ――!?」
「まさか私が知らぬとでも思っていたか? 私の事を裏で『優柔不断な王』等と称していたようだが……まあそれは否定しない。しかしだからと言って、私が無能で御しやすいと考えていたのは愚かであったな。
サピエル法国と秘密裏に亜人を取引して資金を蓄え、ゆくゆくは私を傀儡としてムーア王国の実権を握ろうとしてるお主達の目的など疾うに見抜いておるわ。
……先に言っておくが、言い訳など無意味だぞ? 既に証拠は揃っておるし、裏取りも済ませてある。言い訳など通用しないと知れ!」
ハッセ大公は、まるで幻を見ているかのような気分に陥った。何故ならそこには、今まで見たことがないほどの覇気を纏ったムーア44世がいたからだ。その姿には正しく王に相応しい迫力と重圧があり、先程までの頼りなさそうなムーア44世の面影など残っていなかった。
ハッセ大公はこの時ようやく、ムーア44世という人物の本質を見誤っていたことを思い知らされた。
ムーア44世が優柔不断であったのは間違いない。しかしムーア44世はそんな自分の欠点を利用して、その裏に王としての器を隠していたのだ。国の権力を握ろうと画策していた“王権派”を欺くために……。
「……まさか、先程から王城に人の気配を感じないのは?!」
「そのまさかよ」
「くそッ! カンディ、貴様の入れ知恵だな!?」
「ど、どういうことですかハッセ大公!?」
突然何かに気付き感情を露わにしたハッセ大公に、未だ状況が呑み込めていないノウエル伯爵が疑問を投げた。
「まだ分からんのか! 我々はムーア44世とカンディの策略にまんまと嵌められたのだ! 王城に入城してから近衛兵や王城で働く者達の姿が見えなかったのは、王位をルーカス様に譲られたからだ! 近衛兵や王城で働いていた者達は、新たに誕生した国王の元に既に向かったのだ!」
「で、では何故、ムーア44世とカンディはこの場に残っているのですか?!」
「ただの時間稼ぎだ! 新たな王の元に向かった者達が王都から十分に離れるためのな!」
「……お見事。その通りだハッセ大公」
カンディは小さく拍手をして、ハッセ大公の推測を裏付ける。
「貴様ッ……!」
カンディは素直に誉めたつもりだったのだろうが、ハッセ大公からすればその態度は小馬鹿にされたようにしか思えず、怒りに顔を歪めた。
「さあどうするハッセ大公? 新たな国王となったルーカスは既に王都を離れておる。今お主の前にいるのは何の力も持たないただの老いぼれよ。
……言っておくが、ルーカスは私とカンディが次期国王にするためにしっかりと育てあげた。そしてお主達の企みも知っておる。私のように容易に手玉にとれると思わぬことだ」
「ぐうッ……!?」
“王権派”貴族達にとって、これはまさに最悪の状況であった。
密かに進めていたはずの計画は看破されており、知らぬ間にその対策も打たれていた。
傀儡とするつもりだったムーア44世は既にその権力を手放し、新国王となったルーカスは王都を離れている。
そして例え今から追いかけてルーカスの身柄を確保したとしても、“王権派”の計画を知っているルーカスが素直に傀儡になる可能性は限りなく低い。
手詰まりに近い状況を理解した“王権派”貴族達の顔は次々に青ざめ、打開策はないのかとざわめきだした。
「落ち着けお主等!」
醜態にも近い見苦しさを見せた貴族達を、ハッセ大公は一喝して鎮めてみせる。
「貴族たる者がそのように取り乱すではない!」
「し、しかしハッセ大公!?」
「私に任せろ……まだ、策はある」
ハッセ大公はそう言うと徐に立ち上がり、腰の剣を抜いてその剣先をムーア44世へと向けた。
「こうなっては仕方ありません。……国王陛下、申し訳ありませんが、大人しく我々に従っていただきます。
王国に仕える貴族である我々への相談なく王位を譲るなど本来あり得ないこと、到底認めるわけにはいきませんからな!」
それは現状の数の有利を利用した実力行使で、到底策と呼べるものではなかった。
しかしハッセ大公達に残された手段は、最早これしかなかったのも事実である。
「貴方にはまだまだ国王としてその権力を所持していただきます!」
「……無駄なことだなハッセ大公。既に王位はルーカスに譲り、その事実はお主達以外の者は既に承知していることだ。
今更お主達が私をどうこうしたところで、誰もお主達の言い分に耳を貸さぬだろう」
「確かに、その通りでしょう。……ですので残念ですが、ルーカス様にはお隠れになってもらうことにします。そうすれば必然的に王位は貴方に帰することになるでしょう!」
「……成る程、王位継承権を利用してくるか……」
現在ムーア王国の王位はムーア44世の息子であるルーカス・ムーアに継承された。しかしルーカスはまだ若く、王子でありながら王国騎士団の一団長兼任していたため、未だに独身で王位の継承者となる子供がいない。
つまりルーカスをハッセ大公達が始末してしまえば、王位継承権は王族でありルーカスの父であるムーア44世に帰化することになる。
だが、こんなことをすれば王族に害を加える重罪となるだろう。しかしハッセ大公達が生き残り己が目的を達成するためには、最早この方法しか残されていないのである。
「ならば、こちらも覚悟を決めるしよう……。カンディ」
「ハッ!」
その短い言葉だけでムーア44世の意思を正確に汲み取ったカンディが、剣を抜き、ムーア44世を庇う様な位置に立った。
「……カンディ、その忠誠心は見事なものだ。そこだけは私も共感できる部分である。……しかし、この状況で、たった一人で国王陛下を守れると思っているのか?
……正直、お主のその知謀には何度も苦虫を噛みしめられたものだ。だがしかし、ルーカス様の元に全兵力を送ったのは失敗だったと言わざるを得ないだろう! いくら王位を譲ったとはいえ、大切な要人である王族を警護する人材を一人も残さないなど、愚の骨頂だったな!」
カンディはムーア王国の知恵者としてムーア44世の傍にいるイメージが強い。しかしあまり知られていないが、人一人を守れるほどの剣の腕はあるのだ。
ハッセ大公はその事を知っていたが、警護をする人材がいない現状では数の不利を覆すことは難しく、カンディ一人を恐れる必要はない。
その揺ぎ無い優位性があったからこそ、ハッセ大公もこの最終手段ともいえる行動の成功率を計算することが出来たのだろう。
……しかしその計算には、一つだけ誤算があった。
「どうやら誤解してるようだなハッセ大公」
「……なんだと?」
「ワシのこの剣は、こう使うのだ!」
ザシュッ!
「――えっ?」
抜けたような声が漏れた。それはハッセ大公のものだったのか、それとも他の貴族達のものだったのか、はたまた全員だったのかは分からない。
しかしその声の主が誰であろうと、目の前の光景を見たのなら誰でも同じ声を出したことだろう。
そこには、手にしていた剣でムーア44世の胸を貫くカンディの姿があったのだから。