残酷な描写あり
135.王都陥落5
「……ありがとう、カンディ。……すまなか、ったな………………」
ムーア44世の声はとても小さいものだったが、静寂と化した玉座の間を響かせるには十分だった。
その言葉を最後にムーア44世の全身から力が抜け、玉座にダラリとその身を預けた。
ハッセ大公は自分が目にしている光景に唖然とするしかなかった。
カンディはムーア44世のお気に入りで、信頼の厚い忠臣で、誰よりもムーア44世の事を考えていた人物だった。敵対心こそ抱いていたものの、その忠臣としての理想的なあり方は尊敬してもいた。
だからこそ、そのカンディが自らの手でムーア44世を殺めるなど、簡単に信じれるわけがなかった。
しかしカンディが引き抜いた剣先から滴る鮮血が、無情なる現実を強く証明していた。
それを見てようやく、ハッセ大公の思考は呼び戻された。
「カ、カンディ! 貴様、何て事をッ!?」
ハッセ大公の怒号にカンディは振り返る。忠誠を誓っていたムーア44世をその手で殺めたというのに、その表情はいつもと変わらず冷然としたものだった。
悲しみも哀れみも後悔も悲愴も辛さも何も無い、何の感情も表現していない冷たい表情。いつもの見慣れた表情であるはずなのに、ハッセ大公は底知れぬ恐怖を感じて身震いした。
「何を驚いている? これはムーア44世……いや、ランディ様が自ら望んだことだ。わしはその望みに従ったまでだ」
「なんだと……!?」
カンディが何を言っているか、ハッセ大公を含めた誰も分からなかった。
その様子を見兼ねたのか、カンディはムーア44世、ランディ・ムーアが何を考えていたのかをハッセ大公達に説明し始めた。
「……ランディ様は、ムーア王国の未来を常に考え、そして愁いていた。自らがムーア王国の未来への足枷になっていることを自覚しておられたからだ。
だからこそランディ様はルーカス様に王位を譲った際には、全ての身分と地位を捨てて隠居なさるおつもりだったのだ。
……しかしお主達が事を急いだ所為でそれも叶わなくなった。だからランディ様はムーア王国の未来の為に、自らの命を使って裏切り者のお主達の足止めをすることを決めたのだ!」
カンディの説明を聞いてハッセ大公達は絶句した。
ムーア44世が命を落とす原因を作ったのは、図らずも自分達の裏切り行為が切っ掛けだったのだ。
自分達が生き延びる為に決起した行為が、結果的に計画の要であったムーア44世の自殺に繋がってしまったのである。
「……欲を言えば、もっと多くの時間を稼ぎたかったが、これ以上は難しい。だがそれでも、十分な時間は稼げた。……わし達の役目もここまでだ」
カンディはムーア44世の命を奪った剣を、今度は自分へと向けた。
「ランディ様、貴方を一人にはさせません……。わしも今、そちらに参ります」
「ま、待て! カンディ!?」
グサッ――――!
ハッセ大公の呼び止めの言葉も虚しく、カンディは自らの胸に剣を深く突き立てた。
そしてカンディは、力無くその場に倒れた。
怒涛の出来事を前にして、ハッセ大公達は愕然とした沈黙と共にその場で立ち尽くすしかなかった……。
◆ ◆
国王陛下とカンディが死んでからしばらくした後、何とか落ち着きを取り戻した私達は王城の会議室に集まっていた。
落ち着きを取り戻したと言っても、会議室の空気は依然重く落ち込んでおり、置かれた状況がいかに最悪であるかを物語ていた……。
「皆、これから我々はどうすべきだと考える……?」
「「「「「…………………」」」」」
自分で言っておかしな気分になった。
その答えを簡単に出せるのなら、会議室でこんな重たい空気を出したりはしない。
平静を装ってはいるが、未だ私の頭の中も皆と同様に考えが纏まらず混乱が渦巻いている。
だから誰かが意見を述べてくれるのを願ってはいたが、誰も口を開かないのを見て当然だと思う自分もいた。
「ハッセ大公、私に考えがあります」
その時、一人が手を挙げた。私は縋るような気持ちで声のした方向に顔を向けた。
声の主はクランツ公爵だった。
実の父親を手に掛けて当主の座を手に入れた男だが、当主の座を手に入れてから領地の内政を素早く立て直し、瞬く間に当主としての実力を見せつけた優秀な男である。
他の者が表情を暗くする中、私を真っ直ぐに見るクランツ公爵の表情は険しくも凛々しいもので、何処か自信がありげなようにも見える。
「何か策があるのか!?」
「はい」
即答で返すクランツ公爵を見て、周りの者も期待感が膨らみ表情が少し明るくなった。
普段はクランツ公爵に嫉妬心を抱いているノウエル伯爵も、プライドに囚われず期待の眼差しを向けているのだから、皆がどれ程気が滅入っていたのかが伺えるだろう。
「単刀直入に言って、我々には取れる選択肢は一つしかないでしょう。
傀儡として最適だったムーア44世が亡くなり、そのご子息で新国王となられたルーカス様は名君と言える程の器量の持ち主で我々の言葉に簡単に耳を貸すとは思えません。……しかし、そのルーカス様をどうにかしないことには我々の目的が達成されないことも事実です。
であれば! 我々が成すべきことは王城を離れたルーカス様が他の国に亡命するよりも前に確保し、どんな手を使ってでも我々の傀儡とする。これしかありません!」
力強く自らの考えを語ったクランツ公爵。しかしその考え自体は私も考えていたものだった。だからこそ私はクランツ公爵に自分の意見を伝えた。
「クランツ公爵それは私も考えた。……しかしルーカス様がいつ王都を離れ、何処へ向かわれたかも分かってはいないのが現状だ……。
それにもし例え、お主の言う通りルーカス様に追いつき確保したとしても、どうやってルーカス様を我々の傀儡するかの問題もある。ルーカス様はムーア44世と違って聡明なお方だ。下手をすれば、ムーア44世と同じ結論を選びかねない……」
「それはそうかもしれません。ですが、傀儡とする方法は確保してから考えればいいだけのことです! 何をするにしても、他国へ亡命される前にルーカス様を確保することが最重要なのです! それが出来なければ、我々の計画は今度こそ本当に破綻を迎えるだけでしょう!」
クランツ公爵の言っていることは正論だ。唯一の王族となったルーカス様を手中に収めないことには、計画を進めることは出来ない。
しかし問題はまだある。
「だが、ルーカス様が何処に向かわれたのか分からないのだぞ? サピエル法国と協力している以上、我々が闇雲に兵を動かすことは出来ない。どうやってルーカス様を探すつもりだ?」
「それに関しては、既に手は打ってあります」
「なんだと!?」
「実はムーア44世がお亡くなりになってから、私とウルマン伯爵とでルーカス様が何処へ向かわれたかの情報を集めました」
「私達が集めた情報によれば、昨日ルーカス様が率いる第一騎士団が北門から出て行くのを見た者がおりました。おそらくルーカス様はプアボム公国へと向かったのでしょう」
「プアボム公国方面は“新権派”の貴族達が領地を治めています。追撃の可能性を考えれば、亡命までの時間稼ぎをしてくれる味方のいる場所を通過しようと考えるのは妥当と言えるでしょう」
クランツ公爵とウルマン伯爵の説明は納得できるものだった。
ルーカス様が亡命するとすれば、選択肢はプアボム公国か貿易都市しかない。兵力や防衛能力的に考えれば貿易都市に向かうのが得策だが、貿易都市に向かう街道には小さな町や村しかなく、移動中の背後の守りは心許ないと言わざるを得ない。
逆にプアボム公国に向かう街道近くには、“新権派”の貴族達の領主邸がいくつもある。ルーカス様の命があれば、彼等は喜んでルーカス様を逃がす時間稼ぎに買って出るだろう。
「とにかくハッセ大公、今は時間がありません。ルーカス様は私とウルマンが先行して追いかけますので、その間にハッセ大公にはサピエル法国軍にこの事を伝えて兵力を分けて頂く交渉と、出撃の準備をお願いしてもよろしいですか?」
「……うむ、分かった。ルーカス様の事はお主達に任せよう」
「「はっ!!」」
クランツ公爵の言う通り、今は時間が惜しい。ここは二人の提案に従うのが上策だ。
「ま、待ってくださいハッセ大公!」
早速行動に移ろうとした時、ノウエル伯爵が呼び止めた。
嫌な予感がする……。時間が惜しいが、しかし聞かないわけにもいかない。
「……どうしたノウエル伯爵?」
「ルーカス様を追う役目、若いクランツ公爵とウルマン伯爵だけでは荷が重いでしょう。ですのでこの私も同行したく思います! 人手が多いに越したことはないでしょうからな!」
先程の暗く沈んでいた雰囲気はどこへやら、ノウエル伯爵は謎の自信に満ち溢れた表情で突然的外れなことを言い出した。
時間が惜しいというのに余計なことを言わないで欲しいと強く思った。
何を考えてそんなことを言っているのか理解する方が難しい。しかし、いつも通り欲のままに動いたのは丸わかりだ。どうせ、手柄を独り占めされるとでも思ったのだろう……。
「いや、ここはクランツ公爵とウルマン伯爵の二人に行ってもらうのが得策だ。ノウエル伯爵は私と残ってもらう」
「な、何故ですかハッセ大公!?」
断られると思っていなかったのか、本気で驚いた声を上げるノウエル伯爵。
「分かりませんかノウエル伯爵? 先行して追いかけるということは、何よりも迅速さが要求されるのです。
私とウルマン伯爵は領地での問題を処理していた関係で遅れて出撃した為、二人合わせても騎馬兵を200名程しか用意できませんでした。しかしその分、我々が所有する軍馬の中でも足の速い馬で出撃して来たのです! 200名という少数と行軍の早さを考えれば、ルーカス様を追いかけるのにこれ以上に適した条件はないでしょう」
クランツ公爵の言う通りだ。二人は出撃が遅れた為に十分な兵力を用意できなかったが、私達に追いつく為に機動力に優れた少数精鋭の部隊でやって来た。機動力だけで言えば、間違いなく二人が一番だ。
一方でノウエル伯爵の兵は歩行兵が多くを占め、機動力が十分とはとても言えない。クランツ公爵とウルマン伯爵と共に行動すれば、置いて行かれて足手まといになるのは確実であった。
「そう言う訳だノウエル伯爵。手柄が欲しいのは分かるが、少しは状況を冷静に分析する事を心掛けよ!」
「ぐぬぬぬぬッ!!」
明らかに悔しそうな顔をして唸り声を上げるノウエル伯爵だったが、私に言い返せる度胸があるわけなく、後ろ髪を引かれながら引き下がって行った。
「では皆の者、時間が惜しい。早速だが行動に移るぞ!」
こうして次の作戦が開始される事になった。
私は急いで王城の外で次の出撃に向けて再編成をしているサピエル法国軍に、新たな作戦の詳細の説明と、その助力を請いに向かった。
ムーア44世の声はとても小さいものだったが、静寂と化した玉座の間を響かせるには十分だった。
その言葉を最後にムーア44世の全身から力が抜け、玉座にダラリとその身を預けた。
ハッセ大公は自分が目にしている光景に唖然とするしかなかった。
カンディはムーア44世のお気に入りで、信頼の厚い忠臣で、誰よりもムーア44世の事を考えていた人物だった。敵対心こそ抱いていたものの、その忠臣としての理想的なあり方は尊敬してもいた。
だからこそ、そのカンディが自らの手でムーア44世を殺めるなど、簡単に信じれるわけがなかった。
しかしカンディが引き抜いた剣先から滴る鮮血が、無情なる現実を強く証明していた。
それを見てようやく、ハッセ大公の思考は呼び戻された。
「カ、カンディ! 貴様、何て事をッ!?」
ハッセ大公の怒号にカンディは振り返る。忠誠を誓っていたムーア44世をその手で殺めたというのに、その表情はいつもと変わらず冷然としたものだった。
悲しみも哀れみも後悔も悲愴も辛さも何も無い、何の感情も表現していない冷たい表情。いつもの見慣れた表情であるはずなのに、ハッセ大公は底知れぬ恐怖を感じて身震いした。
「何を驚いている? これはムーア44世……いや、ランディ様が自ら望んだことだ。わしはその望みに従ったまでだ」
「なんだと……!?」
カンディが何を言っているか、ハッセ大公を含めた誰も分からなかった。
その様子を見兼ねたのか、カンディはムーア44世、ランディ・ムーアが何を考えていたのかをハッセ大公達に説明し始めた。
「……ランディ様は、ムーア王国の未来を常に考え、そして愁いていた。自らがムーア王国の未来への足枷になっていることを自覚しておられたからだ。
だからこそランディ様はルーカス様に王位を譲った際には、全ての身分と地位を捨てて隠居なさるおつもりだったのだ。
……しかしお主達が事を急いだ所為でそれも叶わなくなった。だからランディ様はムーア王国の未来の為に、自らの命を使って裏切り者のお主達の足止めをすることを決めたのだ!」
カンディの説明を聞いてハッセ大公達は絶句した。
ムーア44世が命を落とす原因を作ったのは、図らずも自分達の裏切り行為が切っ掛けだったのだ。
自分達が生き延びる為に決起した行為が、結果的に計画の要であったムーア44世の自殺に繋がってしまったのである。
「……欲を言えば、もっと多くの時間を稼ぎたかったが、これ以上は難しい。だがそれでも、十分な時間は稼げた。……わし達の役目もここまでだ」
カンディはムーア44世の命を奪った剣を、今度は自分へと向けた。
「ランディ様、貴方を一人にはさせません……。わしも今、そちらに参ります」
「ま、待て! カンディ!?」
グサッ――――!
ハッセ大公の呼び止めの言葉も虚しく、カンディは自らの胸に剣を深く突き立てた。
そしてカンディは、力無くその場に倒れた。
怒涛の出来事を前にして、ハッセ大公達は愕然とした沈黙と共にその場で立ち尽くすしかなかった……。
◆ ◆
国王陛下とカンディが死んでからしばらくした後、何とか落ち着きを取り戻した私達は王城の会議室に集まっていた。
落ち着きを取り戻したと言っても、会議室の空気は依然重く落ち込んでおり、置かれた状況がいかに最悪であるかを物語ていた……。
「皆、これから我々はどうすべきだと考える……?」
「「「「「…………………」」」」」
自分で言っておかしな気分になった。
その答えを簡単に出せるのなら、会議室でこんな重たい空気を出したりはしない。
平静を装ってはいるが、未だ私の頭の中も皆と同様に考えが纏まらず混乱が渦巻いている。
だから誰かが意見を述べてくれるのを願ってはいたが、誰も口を開かないのを見て当然だと思う自分もいた。
「ハッセ大公、私に考えがあります」
その時、一人が手を挙げた。私は縋るような気持ちで声のした方向に顔を向けた。
声の主はクランツ公爵だった。
実の父親を手に掛けて当主の座を手に入れた男だが、当主の座を手に入れてから領地の内政を素早く立て直し、瞬く間に当主としての実力を見せつけた優秀な男である。
他の者が表情を暗くする中、私を真っ直ぐに見るクランツ公爵の表情は険しくも凛々しいもので、何処か自信がありげなようにも見える。
「何か策があるのか!?」
「はい」
即答で返すクランツ公爵を見て、周りの者も期待感が膨らみ表情が少し明るくなった。
普段はクランツ公爵に嫉妬心を抱いているノウエル伯爵も、プライドに囚われず期待の眼差しを向けているのだから、皆がどれ程気が滅入っていたのかが伺えるだろう。
「単刀直入に言って、我々には取れる選択肢は一つしかないでしょう。
傀儡として最適だったムーア44世が亡くなり、そのご子息で新国王となられたルーカス様は名君と言える程の器量の持ち主で我々の言葉に簡単に耳を貸すとは思えません。……しかし、そのルーカス様をどうにかしないことには我々の目的が達成されないことも事実です。
であれば! 我々が成すべきことは王城を離れたルーカス様が他の国に亡命するよりも前に確保し、どんな手を使ってでも我々の傀儡とする。これしかありません!」
力強く自らの考えを語ったクランツ公爵。しかしその考え自体は私も考えていたものだった。だからこそ私はクランツ公爵に自分の意見を伝えた。
「クランツ公爵それは私も考えた。……しかしルーカス様がいつ王都を離れ、何処へ向かわれたかも分かってはいないのが現状だ……。
それにもし例え、お主の言う通りルーカス様に追いつき確保したとしても、どうやってルーカス様を我々の傀儡するかの問題もある。ルーカス様はムーア44世と違って聡明なお方だ。下手をすれば、ムーア44世と同じ結論を選びかねない……」
「それはそうかもしれません。ですが、傀儡とする方法は確保してから考えればいいだけのことです! 何をするにしても、他国へ亡命される前にルーカス様を確保することが最重要なのです! それが出来なければ、我々の計画は今度こそ本当に破綻を迎えるだけでしょう!」
クランツ公爵の言っていることは正論だ。唯一の王族となったルーカス様を手中に収めないことには、計画を進めることは出来ない。
しかし問題はまだある。
「だが、ルーカス様が何処に向かわれたのか分からないのだぞ? サピエル法国と協力している以上、我々が闇雲に兵を動かすことは出来ない。どうやってルーカス様を探すつもりだ?」
「それに関しては、既に手は打ってあります」
「なんだと!?」
「実はムーア44世がお亡くなりになってから、私とウルマン伯爵とでルーカス様が何処へ向かわれたかの情報を集めました」
「私達が集めた情報によれば、昨日ルーカス様が率いる第一騎士団が北門から出て行くのを見た者がおりました。おそらくルーカス様はプアボム公国へと向かったのでしょう」
「プアボム公国方面は“新権派”の貴族達が領地を治めています。追撃の可能性を考えれば、亡命までの時間稼ぎをしてくれる味方のいる場所を通過しようと考えるのは妥当と言えるでしょう」
クランツ公爵とウルマン伯爵の説明は納得できるものだった。
ルーカス様が亡命するとすれば、選択肢はプアボム公国か貿易都市しかない。兵力や防衛能力的に考えれば貿易都市に向かうのが得策だが、貿易都市に向かう街道には小さな町や村しかなく、移動中の背後の守りは心許ないと言わざるを得ない。
逆にプアボム公国に向かう街道近くには、“新権派”の貴族達の領主邸がいくつもある。ルーカス様の命があれば、彼等は喜んでルーカス様を逃がす時間稼ぎに買って出るだろう。
「とにかくハッセ大公、今は時間がありません。ルーカス様は私とウルマンが先行して追いかけますので、その間にハッセ大公にはサピエル法国軍にこの事を伝えて兵力を分けて頂く交渉と、出撃の準備をお願いしてもよろしいですか?」
「……うむ、分かった。ルーカス様の事はお主達に任せよう」
「「はっ!!」」
クランツ公爵の言う通り、今は時間が惜しい。ここは二人の提案に従うのが上策だ。
「ま、待ってくださいハッセ大公!」
早速行動に移ろうとした時、ノウエル伯爵が呼び止めた。
嫌な予感がする……。時間が惜しいが、しかし聞かないわけにもいかない。
「……どうしたノウエル伯爵?」
「ルーカス様を追う役目、若いクランツ公爵とウルマン伯爵だけでは荷が重いでしょう。ですのでこの私も同行したく思います! 人手が多いに越したことはないでしょうからな!」
先程の暗く沈んでいた雰囲気はどこへやら、ノウエル伯爵は謎の自信に満ち溢れた表情で突然的外れなことを言い出した。
時間が惜しいというのに余計なことを言わないで欲しいと強く思った。
何を考えてそんなことを言っているのか理解する方が難しい。しかし、いつも通り欲のままに動いたのは丸わかりだ。どうせ、手柄を独り占めされるとでも思ったのだろう……。
「いや、ここはクランツ公爵とウルマン伯爵の二人に行ってもらうのが得策だ。ノウエル伯爵は私と残ってもらう」
「な、何故ですかハッセ大公!?」
断られると思っていなかったのか、本気で驚いた声を上げるノウエル伯爵。
「分かりませんかノウエル伯爵? 先行して追いかけるということは、何よりも迅速さが要求されるのです。
私とウルマン伯爵は領地での問題を処理していた関係で遅れて出撃した為、二人合わせても騎馬兵を200名程しか用意できませんでした。しかしその分、我々が所有する軍馬の中でも足の速い馬で出撃して来たのです! 200名という少数と行軍の早さを考えれば、ルーカス様を追いかけるのにこれ以上に適した条件はないでしょう」
クランツ公爵の言う通りだ。二人は出撃が遅れた為に十分な兵力を用意できなかったが、私達に追いつく為に機動力に優れた少数精鋭の部隊でやって来た。機動力だけで言えば、間違いなく二人が一番だ。
一方でノウエル伯爵の兵は歩行兵が多くを占め、機動力が十分とはとても言えない。クランツ公爵とウルマン伯爵と共に行動すれば、置いて行かれて足手まといになるのは確実であった。
「そう言う訳だノウエル伯爵。手柄が欲しいのは分かるが、少しは状況を冷静に分析する事を心掛けよ!」
「ぐぬぬぬぬッ!!」
明らかに悔しそうな顔をして唸り声を上げるノウエル伯爵だったが、私に言い返せる度胸があるわけなく、後ろ髪を引かれながら引き下がって行った。
「では皆の者、時間が惜しい。早速だが行動に移るぞ!」
こうして次の作戦が開始される事になった。
私は急いで王城の外で次の出撃に向けて再編成をしているサピエル法国軍に、新たな作戦の詳細の説明と、その助力を請いに向かった。