残酷な描写あり
143.進化
会議が終わり、ようやく解放された私はすぐに屋敷へと戻った。
そして真っ直ぐにミューダの自室を訪れる。
「ミューダ、少しいいかしら?」
ノックして部屋に入ると、丁度本から視線を外したミューダと目が合った。
「どうしたセレスティア?」
「ちょっと話があるの。時間、いいかしら?」
私の言葉にミューダは本を閉じて頷く。
私の自室と同じくらい散らかっている床の物を踏まない様に気を付けて、私とミューダは向かい合う様に椅子に腰かけた。
「それで話とはなんだ?」
私は先程の会議で聞いた話を全てミューダに話した。
会議の内容を聞いていてふと気になった事があったので、ミューダに意見を聞こうと思ったのだ。
私の話を聞いたミューダの表情は、少し険しいものに変わっていった。
「――ということなんだけど、この魔術師についてどう思う?」
「なるほどな……」
私の問いにミューダは少し考え、こう言った。
「少なくとも我はそんな魔術師がいることを把握していない。もし、そんな魔術師が隠れ住んでいたとしても、スぺチオの目を誤魔化すことは不可能だ。そしてスぺチオからそんな話を聞いたことがない」
「やっぱり、そうよね……」
ミューダの回答を聞いて、私が気になっていたことが改めて確信へと変わった。
ムーア王国の王都を陥落させた謎の魔術師は、少なくとも私と同等以上の魔力を所有している。
もしそんな魔術師がミューダの知らない所で隠れ住んでいたとしても、スぺチオさんの目を逃れることは出来ない。
スぺチオさんは生態系の頂点に君臨する“竜種”と呼ばれる種族で、色々と規格外の存在だ。
その規格外の力の一つが、『異常なまで広範囲の正確な魔力探知』である。その探知範囲はほぼ世界全域に及び、精度は正確無比だ。
私とミューダがスぺチオさんと知り合ったのも、その魔力探知で見つけられたのが切っ掛けだった。
ミューダがスぺチオさんからそんな魔術師の情報を聞いていない以上、今までそんな魔術師が存在しなかったと考えてほぼ間違いないだろう。……そうなれば、考えられる結論は一つしかない。
「つまり、サピエル法国の強力な4人の魔術師の誰かが『進化』した、と……」
「おそらく間違いないだろうな」
どうやらミューダも私と同じ結論に辿り着いていたようだ。
『進化』。それは生物が自らの種族の限界を突破し、上位種族へと至ることだ。
進化と一括りに言っても、進化の仕方はその種族によって大きく異なる。
例えば“ワイバーン”なら“ワイバーンキング”、もしくは“ワイバーンクイーン”へと進化する。これは見た目が大きく変わるので一目で分かりやすい。
一方で“人”は“仙人”へ進化するのだが、こちらは見た目の変化は殆どなく一目では分からない。
……しかし進化にはどの種族にも共通している特徴がある。それは『魔力量の増大』と『長寿命化』である。
そして特に顕著なのは魔力量の増大だ。
では、そもそも魔力とは何か?
簡単に一言で説明してしまうなら、生物が内包している生命エネルギーのことである。
植物であれ動物であれ、生物は魔力を消費しながら生きている。そして生物には消費した魔力を補う為に、大気中に漂う魔素を魔力に変換する基本的な機構が備わっているのだ。
しかし生物が長く生きるにつれ、その変換効率は次第に低下していってしまう。すると最終的に魔素の変換量より魔力の消費量が上回ってしまい、魔力が無くなった生物は死を迎える。これが、寿命を迎えるということである。
……極論を言ってしまうなら、魔力量が多ければ多いほど生物は長寿になる。つまり進化して魔力量が増大すれば、増大した分に比例して寿命が延びるのだ。
話を戻すと、ムーア王国の王都を陥落させた『スーパーノヴァ』という魔術は、その強大な威力に見合う膨大な魔力を消費する魔術だ。
サピエル法国にいるという強力な4人の魔術師はおそらく全員が“仙人”だったと考えていいと思う。
しかし“仙人”レベルの魔力では『スーパーノヴァ』を単独で発動することは出来ない。
……出来るとすれば、“仙人”の更に上位の種族、ミューダと同じ“神人”ぐらいだ……。
「セレスティア、もし我らの予測が的中していれば……いや、おそらく間違いないと思うが、厄介なことだぞ?
それこそ我らも傍観者の立場ではいられなくなる」
……ミューダの言いたいことは分かる。
もし本当にサピエル法国に“神人”が誕生していたなら、ブロキュオン帝国も貿易都市もプアボム公国も相手にはならい。
……それこそ相手をできるのは私やミューダ、最低でもティンクじゃないと無理だ。
「……覚悟は決めておけってことね……?」
「そうだ。これまでの出来事の流れから考えても、サピエル法国の存在が我らの障害になることは間違いない。
我らの目的を邪魔する敵であるなら、排除するしかあるまい?」
ミューダの目は真っ直ぐに私を見ていた。それは決意をした目だった。
どうやら選択の余地はないみたいだ……。
「……分かった。もしもの時は、私も覚悟を決めるわ」
「うむ」
それから私とミューダはこれからの方針について話し合った。
今までの出来事から情報を整理した結果、ムーア王国の王都を落したサピエル法国は次にプアボム公国かブロキュオン帝国軍の集まる貿易都市に攻め込むはずだ。
問題は、どちらかを先に攻めるのか、それとも同時に攻めるのかだ。
私とミューダは研究者であって戦略家ではない。軍隊の運用の常識なんてものは知らないから、サピエル法国の動きを予測するのは難しい……。
それで結局出した結論が、『両方を見張る』という安直で確実なものだった。
「とりあえず私は貿易都市に戻るから、そこで様子を見るわ」
「ならば我はプアボム公国の方を監視していよう。……丁度試したいこともあることだしな」
「試したいこと?」
「なに、少し前からこっそり進めていたことがあってな。成功したらセレスティアにも見せてやろう」
何やらミューダには思惑があるみたいだ。
私に隠れてこっそり進めているなんて不愉快だが、後で見せてくれるというならその時までの楽しみにしておこう。
「それじゃあ私はそろそろ戻るわ」
「うむ。気を付けろよ」
「ミューダもね」
そうして私はまた貿易都市へと戻り、準備に取り掛かった。
そして真っ直ぐにミューダの自室を訪れる。
「ミューダ、少しいいかしら?」
ノックして部屋に入ると、丁度本から視線を外したミューダと目が合った。
「どうしたセレスティア?」
「ちょっと話があるの。時間、いいかしら?」
私の言葉にミューダは本を閉じて頷く。
私の自室と同じくらい散らかっている床の物を踏まない様に気を付けて、私とミューダは向かい合う様に椅子に腰かけた。
「それで話とはなんだ?」
私は先程の会議で聞いた話を全てミューダに話した。
会議の内容を聞いていてふと気になった事があったので、ミューダに意見を聞こうと思ったのだ。
私の話を聞いたミューダの表情は、少し険しいものに変わっていった。
「――ということなんだけど、この魔術師についてどう思う?」
「なるほどな……」
私の問いにミューダは少し考え、こう言った。
「少なくとも我はそんな魔術師がいることを把握していない。もし、そんな魔術師が隠れ住んでいたとしても、スぺチオの目を誤魔化すことは不可能だ。そしてスぺチオからそんな話を聞いたことがない」
「やっぱり、そうよね……」
ミューダの回答を聞いて、私が気になっていたことが改めて確信へと変わった。
ムーア王国の王都を陥落させた謎の魔術師は、少なくとも私と同等以上の魔力を所有している。
もしそんな魔術師がミューダの知らない所で隠れ住んでいたとしても、スぺチオさんの目を逃れることは出来ない。
スぺチオさんは生態系の頂点に君臨する“竜種”と呼ばれる種族で、色々と規格外の存在だ。
その規格外の力の一つが、『異常なまで広範囲の正確な魔力探知』である。その探知範囲はほぼ世界全域に及び、精度は正確無比だ。
私とミューダがスぺチオさんと知り合ったのも、その魔力探知で見つけられたのが切っ掛けだった。
ミューダがスぺチオさんからそんな魔術師の情報を聞いていない以上、今までそんな魔術師が存在しなかったと考えてほぼ間違いないだろう。……そうなれば、考えられる結論は一つしかない。
「つまり、サピエル法国の強力な4人の魔術師の誰かが『進化』した、と……」
「おそらく間違いないだろうな」
どうやらミューダも私と同じ結論に辿り着いていたようだ。
『進化』。それは生物が自らの種族の限界を突破し、上位種族へと至ることだ。
進化と一括りに言っても、進化の仕方はその種族によって大きく異なる。
例えば“ワイバーン”なら“ワイバーンキング”、もしくは“ワイバーンクイーン”へと進化する。これは見た目が大きく変わるので一目で分かりやすい。
一方で“人”は“仙人”へ進化するのだが、こちらは見た目の変化は殆どなく一目では分からない。
……しかし進化にはどの種族にも共通している特徴がある。それは『魔力量の増大』と『長寿命化』である。
そして特に顕著なのは魔力量の増大だ。
では、そもそも魔力とは何か?
簡単に一言で説明してしまうなら、生物が内包している生命エネルギーのことである。
植物であれ動物であれ、生物は魔力を消費しながら生きている。そして生物には消費した魔力を補う為に、大気中に漂う魔素を魔力に変換する基本的な機構が備わっているのだ。
しかし生物が長く生きるにつれ、その変換効率は次第に低下していってしまう。すると最終的に魔素の変換量より魔力の消費量が上回ってしまい、魔力が無くなった生物は死を迎える。これが、寿命を迎えるということである。
……極論を言ってしまうなら、魔力量が多ければ多いほど生物は長寿になる。つまり進化して魔力量が増大すれば、増大した分に比例して寿命が延びるのだ。
話を戻すと、ムーア王国の王都を陥落させた『スーパーノヴァ』という魔術は、その強大な威力に見合う膨大な魔力を消費する魔術だ。
サピエル法国にいるという強力な4人の魔術師はおそらく全員が“仙人”だったと考えていいと思う。
しかし“仙人”レベルの魔力では『スーパーノヴァ』を単独で発動することは出来ない。
……出来るとすれば、“仙人”の更に上位の種族、ミューダと同じ“神人”ぐらいだ……。
「セレスティア、もし我らの予測が的中していれば……いや、おそらく間違いないと思うが、厄介なことだぞ?
それこそ我らも傍観者の立場ではいられなくなる」
……ミューダの言いたいことは分かる。
もし本当にサピエル法国に“神人”が誕生していたなら、ブロキュオン帝国も貿易都市もプアボム公国も相手にはならい。
……それこそ相手をできるのは私やミューダ、最低でもティンクじゃないと無理だ。
「……覚悟は決めておけってことね……?」
「そうだ。これまでの出来事の流れから考えても、サピエル法国の存在が我らの障害になることは間違いない。
我らの目的を邪魔する敵であるなら、排除するしかあるまい?」
ミューダの目は真っ直ぐに私を見ていた。それは決意をした目だった。
どうやら選択の余地はないみたいだ……。
「……分かった。もしもの時は、私も覚悟を決めるわ」
「うむ」
それから私とミューダはこれからの方針について話し合った。
今までの出来事から情報を整理した結果、ムーア王国の王都を落したサピエル法国は次にプアボム公国かブロキュオン帝国軍の集まる貿易都市に攻め込むはずだ。
問題は、どちらかを先に攻めるのか、それとも同時に攻めるのかだ。
私とミューダは研究者であって戦略家ではない。軍隊の運用の常識なんてものは知らないから、サピエル法国の動きを予測するのは難しい……。
それで結局出した結論が、『両方を見張る』という安直で確実なものだった。
「とりあえず私は貿易都市に戻るから、そこで様子を見るわ」
「ならば我はプアボム公国の方を監視していよう。……丁度試したいこともあることだしな」
「試したいこと?」
「なに、少し前からこっそり進めていたことがあってな。成功したらセレスティアにも見せてやろう」
何やらミューダには思惑があるみたいだ。
私に隠れてこっそり進めているなんて不愉快だが、後で見せてくれるというならその時までの楽しみにしておこう。
「それじゃあ私はそろそろ戻るわ」
「うむ。気を付けろよ」
「ミューダもね」
そうして私はまた貿易都市へと戻り、準備に取り掛かった。