残酷な描写あり
144.新たな作戦
貿易都市のシンボルである中央塔。高さにして約55メートル、貿易都市全域でその姿を確認できる巨大な塔である。
中央塔は有名な観光名所であり、同時に貿易都市の管理運営をする重要施設の役割もある。
その中央塔の二階には会議室があり、毎日そこでは様々なことが話し合われている。
そして今日も、昨日と同じくその会議室に物々しい雰囲気の人達が集まっていた。軍服を着ている人、武装で身を固めている人、厳粛な礼服を着ている人と、集まっている人達の服装の統一性はまるで無い。
まあ、集まっている人達は人種も違えば立場も違い、更に言えば所属している国も違うのだ。統一性が無くて当たり前である。
「全員集まったね?」
集まった人達全員の顔を見回しながらそう口を開いたのは、ブロキュオン帝国皇帝の“エヴァイア・ブロキュオン”だ。
「皆を集めたのは他でもない、今朝伝えた出撃の中止についてだ」
昨日の会議でムーア王国の王都を襲撃したサピエル法国軍を討伐する為に、現在貿易都市に集まっている討伐軍が今日にも出撃することが決まっていた。それが今朝になって当然、何の詳細説明も無しに出撃の中止が言い渡されたのだ。
普通そんな曖昧な中止命令が突然出されれば内部に混乱が起きやすいものなのだが、実際にはたいして大きな混乱は起きなかった。その理由は、討伐軍の大部分がブロキュオン帝国軍で占められている事、そして中止命令がブロキュオン帝国皇帝であるエヴァイアの直接通告だったからに他ならない。
しかし、今は既に昼を回っていた。
流石にこの時間になってもまだしっかりとした説明がされていないのでは、ブロキュオン帝国軍以外の者から不安の声が上がり始める頃であった。
「昨日の夜遅く、ムーア王国王都での最新の戦況情報が届いた。出撃の中止はその情報を聞いての事であり、皆への説明が遅れたのはその情報の信憑性を調査していたからだ。その結果、情報の信憑性は十分だということが確認できた」
「それで、その情報とは一体何なのですか?」
急かすような口調でそう聞いたのはムーア王国軍の一人の男だった。
彼の名前は“ラウル・レヴェル”。ムーア王国軍第4騎士団の団長を務める男だ。
12あるムーア王国軍の騎士団で、貿易都市に援軍要請に来たのは第4~第6騎士団だった。彼はその代表として昨日の会議に続きこの場に出席している。
実はエヴァイアのいうムーア王国王都の戦況の最新情報は、彼の耳には届いていなかった。自国の事に関する情報ならいち早くその情報を伝えてくれてもよかったはずなのに、そうしてくれなかったエヴァイアにラウルは多少不満げな様子であった。
しかし現状でムーア王国の危機的状況を打開できる手段と軍事力を有しているのはブロキュオン帝国である為に、面と向かって不平を垂れたりすることはできなかった。
「ラウル、ムーア王国に関する情報を真っ先に君たちに教えなかったことは謝罪する。しかし情報が情報だった為に、こちらもしっかりと確認を取っておきたかったということを理解して欲しい。
……さて、ムーア王国の情報についてだったけど、単刀直入に言おう。ムーア王国の王都が陥落したそうだ。それも一日と持たずにね」
「な、なんですって!?」
会議室は大きなざわめきに包まれた。
特にムーア王国の人間にとってその衝撃は計り知れないものだった。
「そんなバカなことが!?」
「残念ながら事実だよ。その証拠に、この情報を持って来たのは王国軍第7騎士団団長の“ローソン”という男だ。同じ王国軍の君なら名前に聞き覚えはあるだろう?」
「ローソンが……!?」
ローソンの名を聞いた瞬間、ラウルは目を見開いて驚いた。
ローソンとラウルは同じ王国軍に所属し騎士団を率いる団長同士であり、更に言うと二人は血の繋がった兄弟でもあるのだ。
そしてローソンが率いる第7騎士団といえば、予定通りなら今頃王都の防衛をしているはずであった。
その第7騎士団の団長であるローソンが直接情報を持って来たというなら、王都が陥落した情報の信憑性は一気に増すというものだ。
「この情報を伝える為に急いでここまでやって来たのだろう、辿り着いた時彼は満身創痍だったよ」
「ローソンは無事なのですか!?」
「安心してくれ。多少の怪我はあったが、今は治療部隊に預けて安静にしている。すぐにでも回復するだろう」
「そうですか……。ありがとうございます……」
ラウルは弟のローソンの無事を知ると、ホッと胸を撫で下ろした。それは家族の、弟の無事に安堵する優しい兄の顔であった。
しかし次の瞬間、その表情は険しいものへと切り替わった。それは先程までの家族に対するものではなく、騎士団の団長としての使命を帯びた表情であった。
こうした心の切り替えの早さも、騎士団を率いる団長として必要な心構えの一つなのである。
「王都が陥落した……とても信じがたいですが、皇帝陛下がこの場で虚偽を述べる理由もないので事実なのでしょう……。
しかしそうなれば、敵は一体どうやって、あの堅牢な王都を一日と掛けずに陥落させたというのでしょうか?」
ラウルのこの疑問は、この会議室にいる全員が共有している疑問だ。
ムーア王国の王都は、『大陸屈指の難攻不落の首都』として有名である。
王都全域をぐるっと取り囲む城壁は、崖の様に高く、岩盤の様に分厚く、外からのありとあらゆる障害を悉く防ぐ。その堅牢さは、かつての世界大戦時に強大な戦力を率いた帝国軍の怒涛の侵攻を防ぎ切った事で証明されている。
それが一日も経たずに陥落してしまうなど、一体誰に想像できただろうか?
いっそ、目立ちたがりな狂言者が口から出任せで言いふらしている情報だと言われた方がまだ信用できるというものだ。
「それについてはローソンから詳細な話を聞いている。……ただ、説明したところで荒唐無稽に聞こえてしまうかもしれないけどね……」
そう分かりやすい前置きをしてから、エヴァイアはローソンから聞いた情報を脚色することなく会議室に集まった全員に伝えた。
エヴァイアの話が進むにつれ会議室の面々の表情が次第に曇りはじめ、そして話を聞き終わる頃には沈黙と静寂が会議室を支配した。
エヴァイアが前置きで述べていた通り、エヴァイアの話した内容は普通の常識で考えればとても信じられる内容ではない。しかし同時にその話が嘘ではないことは全員が理解していた。
その常識と非常識の狭間で揉まれる様な感覚に、全員が頭を悩ませた。
そんな中で唯一表情を変化させていなかった貿易都市警備隊・総隊長のイワンが、会議室の静寂を切り裂いた。
「皆様、ここで頭を悩ませて下を向くのは簡単。しかし今、我々は前を見てこの先の事を考えねばなりませんぞ!」
イワンはこの中で唯一事前にこの話を聞いていたので、今更頭を抱えたりはしない。
イワンの言う通り、今ここで起きた事に頭を悩ます時間は彼等にはない。王都が既に陥落している以上、サピエル法国の動きは既に想定を超えている為、早急にそれに対応する動きをしなければそれこそ後手に回ることになる。
戦争において、想定を超える動きをする相手に後手に回ることほど致命的なことはない。
……だがそんなことは、イワンに指摘されるまでもなくこの場の全員が理解していた。ここに集まっているのは軍事関係者、つまりその手の事を専門にする人たちなのだから。
「……イワン殿の言いたいことは分かる。しかし、あの王都の城壁を簡単に破壊できる魔術を行使してくる相手に、一体どんな戦い方をすればいいというのだ?」
彼等が頭を悩ませているのはその対処戦略だ。
堅牢で有名だった王都の城壁を、『たった一撃』で破壊する魔術。今まで見たことも聞いたことも無い、非常識的な破壊力を持つ魔術。
そんな物に対処する戦略など、一体誰に練る事が出来ると言うのだろうか?
「…………」
そしてその気持ちはイワンも同じだった。
イワンもセレスティアから魔術の詳細を聞いたとはいえ、それに対処できる戦略など思いつきもしていなかった。
しかしイワンが他の人達と違い冷静だったのは、その対処方法を思いついている人物に心当たりがあるからだった。
この会議が始まってから一度も表情を変えることなく、冷静さを欠くことなく、落ち着いた様子で会議を進めていた。その人物にイワンは目線を向ける。
その人物、エヴァイアはイワンの視線に気付いて口を開いた。
「皆の言いたいことは分かる。……だが安心して欲しい! 敵の強力な魔術に対処する戦略、僕に考えがある!」
中央塔は有名な観光名所であり、同時に貿易都市の管理運営をする重要施設の役割もある。
その中央塔の二階には会議室があり、毎日そこでは様々なことが話し合われている。
そして今日も、昨日と同じくその会議室に物々しい雰囲気の人達が集まっていた。軍服を着ている人、武装で身を固めている人、厳粛な礼服を着ている人と、集まっている人達の服装の統一性はまるで無い。
まあ、集まっている人達は人種も違えば立場も違い、更に言えば所属している国も違うのだ。統一性が無くて当たり前である。
「全員集まったね?」
集まった人達全員の顔を見回しながらそう口を開いたのは、ブロキュオン帝国皇帝の“エヴァイア・ブロキュオン”だ。
「皆を集めたのは他でもない、今朝伝えた出撃の中止についてだ」
昨日の会議でムーア王国の王都を襲撃したサピエル法国軍を討伐する為に、現在貿易都市に集まっている討伐軍が今日にも出撃することが決まっていた。それが今朝になって当然、何の詳細説明も無しに出撃の中止が言い渡されたのだ。
普通そんな曖昧な中止命令が突然出されれば内部に混乱が起きやすいものなのだが、実際にはたいして大きな混乱は起きなかった。その理由は、討伐軍の大部分がブロキュオン帝国軍で占められている事、そして中止命令がブロキュオン帝国皇帝であるエヴァイアの直接通告だったからに他ならない。
しかし、今は既に昼を回っていた。
流石にこの時間になってもまだしっかりとした説明がされていないのでは、ブロキュオン帝国軍以外の者から不安の声が上がり始める頃であった。
「昨日の夜遅く、ムーア王国王都での最新の戦況情報が届いた。出撃の中止はその情報を聞いての事であり、皆への説明が遅れたのはその情報の信憑性を調査していたからだ。その結果、情報の信憑性は十分だということが確認できた」
「それで、その情報とは一体何なのですか?」
急かすような口調でそう聞いたのはムーア王国軍の一人の男だった。
彼の名前は“ラウル・レヴェル”。ムーア王国軍第4騎士団の団長を務める男だ。
12あるムーア王国軍の騎士団で、貿易都市に援軍要請に来たのは第4~第6騎士団だった。彼はその代表として昨日の会議に続きこの場に出席している。
実はエヴァイアのいうムーア王国王都の戦況の最新情報は、彼の耳には届いていなかった。自国の事に関する情報ならいち早くその情報を伝えてくれてもよかったはずなのに、そうしてくれなかったエヴァイアにラウルは多少不満げな様子であった。
しかし現状でムーア王国の危機的状況を打開できる手段と軍事力を有しているのはブロキュオン帝国である為に、面と向かって不平を垂れたりすることはできなかった。
「ラウル、ムーア王国に関する情報を真っ先に君たちに教えなかったことは謝罪する。しかし情報が情報だった為に、こちらもしっかりと確認を取っておきたかったということを理解して欲しい。
……さて、ムーア王国の情報についてだったけど、単刀直入に言おう。ムーア王国の王都が陥落したそうだ。それも一日と持たずにね」
「な、なんですって!?」
会議室は大きなざわめきに包まれた。
特にムーア王国の人間にとってその衝撃は計り知れないものだった。
「そんなバカなことが!?」
「残念ながら事実だよ。その証拠に、この情報を持って来たのは王国軍第7騎士団団長の“ローソン”という男だ。同じ王国軍の君なら名前に聞き覚えはあるだろう?」
「ローソンが……!?」
ローソンの名を聞いた瞬間、ラウルは目を見開いて驚いた。
ローソンとラウルは同じ王国軍に所属し騎士団を率いる団長同士であり、更に言うと二人は血の繋がった兄弟でもあるのだ。
そしてローソンが率いる第7騎士団といえば、予定通りなら今頃王都の防衛をしているはずであった。
その第7騎士団の団長であるローソンが直接情報を持って来たというなら、王都が陥落した情報の信憑性は一気に増すというものだ。
「この情報を伝える為に急いでここまでやって来たのだろう、辿り着いた時彼は満身創痍だったよ」
「ローソンは無事なのですか!?」
「安心してくれ。多少の怪我はあったが、今は治療部隊に預けて安静にしている。すぐにでも回復するだろう」
「そうですか……。ありがとうございます……」
ラウルは弟のローソンの無事を知ると、ホッと胸を撫で下ろした。それは家族の、弟の無事に安堵する優しい兄の顔であった。
しかし次の瞬間、その表情は険しいものへと切り替わった。それは先程までの家族に対するものではなく、騎士団の団長としての使命を帯びた表情であった。
こうした心の切り替えの早さも、騎士団を率いる団長として必要な心構えの一つなのである。
「王都が陥落した……とても信じがたいですが、皇帝陛下がこの場で虚偽を述べる理由もないので事実なのでしょう……。
しかしそうなれば、敵は一体どうやって、あの堅牢な王都を一日と掛けずに陥落させたというのでしょうか?」
ラウルのこの疑問は、この会議室にいる全員が共有している疑問だ。
ムーア王国の王都は、『大陸屈指の難攻不落の首都』として有名である。
王都全域をぐるっと取り囲む城壁は、崖の様に高く、岩盤の様に分厚く、外からのありとあらゆる障害を悉く防ぐ。その堅牢さは、かつての世界大戦時に強大な戦力を率いた帝国軍の怒涛の侵攻を防ぎ切った事で証明されている。
それが一日も経たずに陥落してしまうなど、一体誰に想像できただろうか?
いっそ、目立ちたがりな狂言者が口から出任せで言いふらしている情報だと言われた方がまだ信用できるというものだ。
「それについてはローソンから詳細な話を聞いている。……ただ、説明したところで荒唐無稽に聞こえてしまうかもしれないけどね……」
そう分かりやすい前置きをしてから、エヴァイアはローソンから聞いた情報を脚色することなく会議室に集まった全員に伝えた。
エヴァイアの話が進むにつれ会議室の面々の表情が次第に曇りはじめ、そして話を聞き終わる頃には沈黙と静寂が会議室を支配した。
エヴァイアが前置きで述べていた通り、エヴァイアの話した内容は普通の常識で考えればとても信じられる内容ではない。しかし同時にその話が嘘ではないことは全員が理解していた。
その常識と非常識の狭間で揉まれる様な感覚に、全員が頭を悩ませた。
そんな中で唯一表情を変化させていなかった貿易都市警備隊・総隊長のイワンが、会議室の静寂を切り裂いた。
「皆様、ここで頭を悩ませて下を向くのは簡単。しかし今、我々は前を見てこの先の事を考えねばなりませんぞ!」
イワンはこの中で唯一事前にこの話を聞いていたので、今更頭を抱えたりはしない。
イワンの言う通り、今ここで起きた事に頭を悩ます時間は彼等にはない。王都が既に陥落している以上、サピエル法国の動きは既に想定を超えている為、早急にそれに対応する動きをしなければそれこそ後手に回ることになる。
戦争において、想定を超える動きをする相手に後手に回ることほど致命的なことはない。
……だがそんなことは、イワンに指摘されるまでもなくこの場の全員が理解していた。ここに集まっているのは軍事関係者、つまりその手の事を専門にする人たちなのだから。
「……イワン殿の言いたいことは分かる。しかし、あの王都の城壁を簡単に破壊できる魔術を行使してくる相手に、一体どんな戦い方をすればいいというのだ?」
彼等が頭を悩ませているのはその対処戦略だ。
堅牢で有名だった王都の城壁を、『たった一撃』で破壊する魔術。今まで見たことも聞いたことも無い、非常識的な破壊力を持つ魔術。
そんな物に対処する戦略など、一体誰に練る事が出来ると言うのだろうか?
「…………」
そしてその気持ちはイワンも同じだった。
イワンもセレスティアから魔術の詳細を聞いたとはいえ、それに対処できる戦略など思いつきもしていなかった。
しかしイワンが他の人達と違い冷静だったのは、その対処方法を思いついている人物に心当たりがあるからだった。
この会議が始まってから一度も表情を変えることなく、冷静さを欠くことなく、落ち着いた様子で会議を進めていた。その人物にイワンは目線を向ける。
その人物、エヴァイアはイワンの視線に気付いて口を開いた。
「皆の言いたいことは分かる。……だが安心して欲しい! 敵の強力な魔術に対処する戦略、僕に考えがある!」