残酷な描写あり
幕間5-2.蘇る魂2
「その目は……!?」
「これが私の秘密。私はこの目で未来の情景を覗き見る事が出来るの」
「……つまりおぬしは今まで、その目で見た未来の情景通りになるように行動していた。そして、こうして蘇る事も初めから知っていたという事か!?」
ノルンは迷うことなく頷いて肯定する。しかしスぺチオは、その事実を飲み込むのに少しの時間を必要とした。
ノルンの未来を見るという能力。これがどれだけ異常で異端な能力なのかを、スぺチオは正確に理解してしまったからだ。
だからこそスぺチオはこのノルンの能力について、ひとつの確認をしなければいけなかった。
「……ひとつだけ教えてくれ。その能力で見た未来は、変化することはあるのか?」
「あるわ」
「……そうか。つまりおぬしは、こうなる事を初めから仕組んでおったのじゃな……」
スぺチオはノルンという存在を、初めて心の底から恐ろしいと思った。
能力で見た未来は変化することがあることをノルンは認めた。……つまり、未来を知る事が出来るノルンは、未来を自分の思い通りになるように誘導して変化させる事が出来るという事に他ならない。
ノルンは自分が死ぬことも、そしてこのタイミングで蘇る事も初めから知っていて、この結果に繋がる未来へ意図的に誘導していたのだ。
「おぬしの能力はよく分かった。その危険性もな……。だからこそ、おぬしにはもう1つ確認せねばならぬことができた」
「何かしら?」
「未来が見えていたのなら、何故おぬしは死ぬ必要があったのじゃ? 何の為におぬしは一度死ななければならなかったのじゃ?」
これはスペチオがノルンの話を聞いていて、唯一納得できなかった部分だ。
未来が見え、その未来を変化させることが可能だと分かっていたのなら、ノルンは自分が一度死ぬ未来も簡単に回避できたはずだ。それにも拘らず、ノルンは入念に蘇る準備をしたうえで死んだ。
となるとそこには、そうしなければならない確固たる理由があったはずだ。
ノルンがそこまでして死ぬことを選んだ納得のいく理由を、スペチオにはどうしても思い付けなかった。
「……私が自分の死を選んだ理由はたったひとつ、セレスティアの為よ。あの子の成長、そして幸せな未来の為に私は一度死んで、あの子の前から完全に消える必要があったの」
「セレスティアの幸せの為に、おぬしはわざと死んだというのか……?」
「そうよ。子供の幸せを一番に願うのは、親として当然でしょう?」
そう言われてしまえば、スペチオには返す言葉がなかった。スペチオもティンクの幸せの為なら、どんなことでもする覚悟があるからだ。
実際にスペチオもティンクの成長の為と考え、セレスティアにティンクを預けた。育児の自信がなかったこともそうだが、何より自分といるよりもセレスティアに預けた方が色々な知識と経験が身に付くと思ったからだ。
ある意味でスペチオも子供の未来の為に、自ら子供と離れることを選択できるノルンと同類の親だった。
「私がいなくなって一人になることで、あの子はより錬金術の研究に没頭して、更なる力を身に付けることになる。そしてセレスティアは研究に何処までも打ち込める内向型の性格をしていたから、ひとりになってもそのことをあまり気にしないでしょうし、新しい誰かと暮らそうなんて考えもしないでしょうね」
「確かに、その通りじゃったな」
ひとりになったセレスティアが屋敷に引きこもって研究に明け暮れていた姿を、スペチオは懐かしそうに思い出す。
それこそ文字通り、外部との繋がりを断つくらいの勢いで研究に熱中していて、流石のスペチオも心配してしまった程だった。
「だからこそ新しい家族を得ることは、そんなセレスティアの思考を変えるいい起爆剤になったの。そして私の狙い通りに、研究に没頭するセレスティアをスペチオさんやミューダ、そしてマイン公爵が心配してくれた。その結果、セレスティアは今の新しい『家族』を得ることになって、セレスティアの錬金術は更なる成長を遂げることになったわ」
実際にセレスティアは、新しい家族と暮らし始めたことで新しい着想を得て、錬金術を発展させ更なる力を手に入れることになった。特殊ゴーレム化の技術がそのいい例だろう。
「そして新しい家族を得たことは、セレスティアが外の世界との大きな繋がりを持つ切っ掛けも作ることになったの」
「……まさか、研究資金が無くなりかけて外へ稼ぎに出掛けたことが、それじゃと言うのか!」
セレスティアは新しい家族を得て、特殊ゴーレム化の技術も身に付けて、錬金術の研究は更に進展した。
しかしその結果、潤沢だった研究資金を急速に消費した。そして追い打ちをかける様にミューダが居候したことで、予想よりも早く研究資金が無くなる事になった。
そしてセレスティアは研究資金を稼ぐ為に、屋敷の外の世界に足を踏み出したのだ。
「あの子の思い描いた通りじゃなかったかもしれないけど、結果としてセレスティアは様々な人と知り合い、外との繋がりを沢山持つ事になった。そのお陰で研究資金が長期的に集まる十分な環境も整ったわ。これで、その環境が失われる時まで、あの子は何不自由無く幸せに暮らしていけるでしょう」
……凄い覚悟だと、スペチオは思った。
ノルンはこの未来が見えていた。セレスティアの為、そして蘇れる事が分かっていたからこそ、安心して死を選ぶ事が出来た。
……そんな訳がないと、スペチオは心の中で否定する。
ノルンは未来が見えることと同時に、見た未来が変化する可能性があることも認めている。
つまり、ノルンが死んでから蘇るまでの数百年の間に、未来が変わる何かが起きる可能性も十分あったということだ。
未来に意図的に干渉できるのは、未来を見ることが出来るノルンだけだ。しかし死んでいる間はそれが出来ない。物理的に不可能なのだ。
ほんの僅かだったかもしれない。しかしその可能性がある以上、ノルンが蘇れなくなる未来もあったかもしれない。
そしてその事に気付けないほど、ノルンは間抜けな人物ではないのをスぺチオは知っている。
……果たして子を持つ親として、同じような覚悟が出来るだろうかと、スペチオは自分に問い掛けてみる。
我が子の為に死を選び、確定する保証の無い数百年先の未来に全てを託すことが出来るだろうかと……。
(……我ながらこれは無意味な問いじゃな。これは未来を知ることが出来る者にしか答えは出せん。未来を知ることが出来ないワシには、ノルンの覚悟を計り知ろうとすることそのものが意味の無いことじゃ)
ノルンに何が見え、どんな覚悟をしたのかは、スペチオには解らない。
しかし同じく子を持つ親として、ノルンの覚悟は眩しいくらい尊敬に値いするものだと、スペチオは素直に心の中で称賛するのだった。
スペチオの質問が全て終わると、交代するように今度はノルンがスペチオに色々な質問を投げ掛けた。
その内容は、ノルンが死んでいる間に世界がどのように変化したのかという質問が殆どだった。
ノルン曰く、未来を見ることが出来ても、本当に全てが見た通りの未来になっているのかを確かめたいということらしい。
そしてスぺチオから一通りの話を聞き終えたノルンは、安堵のため息を漏らした。どうやら、見た通りの未来になっていたようだ。
「それで、おぬしはこれからどうするつもりじゃ?」
「そうね~。世界を回りながら魔術の研究でもしようかしら」
顔に手を当てながら軽い口調でそう言ったノルンに、スぺチオはひとつの疑問を投げかけた。
「……せっかく蘇れたというのに、セレスティアには会わぬのか?」
ノルンの魂が人形に移り、倒れたセレスティアが目覚めた時、ノルンはいつでもセレスティアに正体を明かす事が出来た。
しかしノルンはスペチオに黙っているようにお願いしてまで、自分が蘇ったことをセレスティアに伝えようとしなかったのだ。
自分の命を捨てる事が出来るくらい大事に思っているはずなのに、何故かノルンは蘇ったことをセレスティアに隠そうとしている。スペチオにはそれがどうしても疑問で仕方なかった。
もしも自分がノルンの立場だったなら、迷うこと無く正体を明かして親子水入らずの感動の再開に歓喜し合いたいと、スペチオは確信を持って言い切れる自信があった。
「会いたいのは山々だけど……今はまだ、我慢しておくわ」
「今はまだ……か」
ノルンのその言い方にはどこか含みがあった。そしてこれまでの話を聞いていたスぺチオには、それだけで十分だった。
「さてと、久々の肉体の扱いも慣れてきた事だし……“あれ”を済ませちゃいましょうか」
そう言って立ち上がったノルンは、自分の胸に手を添えて魔力を込める。
するとノルンを中心に複雑怪奇な魔法陣が沢山現れ、それが連結して何重にも織り重なっていく。
重なった魔法陣はノルンの全身を覆い包み込む様なドーム状へと変形していき、ノルンの魔力が魔法陣全体に行き渡ると魔術が発動した。
魔法陣の中でノルンを中心にして魔力が急激に渦巻きだす。その動きに呼応するかのように、ノルンの身体が強い光に包まれる。
その状態が数十秒続くと、ノルンを包んでいた光は次第に消えていき、同時に魔法陣も消滅していった。
「――よし、無事に完了したわ」
ノルンは自分の身体を確かめながらそう言った。しかしノルンの見た目が何処か変化したかと言われれば、特に変化したところはない。
だがその様子を静かに見守っていたスぺチオは、ノルンが発動した魔術に心当たりがあった。
「もしや、今のが『輪廻逆転』か?」
「ええそうよ。そういえばスぺチオさんに見せるのは初めてだったかしら?」
「ああ。ワシにも魔術の知識はあるが、あれほど高度で複雑な魔法陣は見たことがない。真似をしようとする気も失せるほどじゃ」
スペチオはノルンから『輪廻逆転』という魔術の話は聞いていた。しかし、実際にその魔術を直接目にする機会は今まで一度もなかったのだ。
そして今回初めてそれを目にして、目の前に立つノルンという魔術師がミューダに匹敵する偉大な魔術師なのだと、スペチオは改めて認識するのだった。
「……それじゃあ、私はそろそろ行くわ」
「ああ、気を付けてな。それと、たまにでいいから顔を見せに来こい。話ぐらいは聞いてやるぞ?」
「ええ、その時はお言葉に甘えさせてもらうわ」
クスッと口元を綻ばせて、ノルンは笑顔を見せる。
そして空間魔術を使い、目の前の空間に穴を開けた。
空間の中を見れば、こことは全く違う別の風景が映っている。
どうやらノルンは空間を捻じ曲げることで、この場所と世界の何処かにある別の場所とを繋いだようだ。
「――じゃあまたね、スペチオさん」
ノルンは惜しむ様子もなく短い別れの言葉を告げると、スぺチオに軽く手を振りながら空間の穴の中に消えて行った。
スペチオは一言も発することなく、ノルンが開けた空間の穴が完全に消えるまで静かに見守り、旧友の新しい門出を見送るのだった。
「……さて、次にノルンと会うときが楽しみじゃな!」
この世界の何処かに旅立った旧友と再会する日。それがいつになるかは、未来を見る事が出来ないスぺチオには分らない。
だけど、きっとまたいつか再開する。そしてそれは、今回よりも近い日になるに違いないだろう。……そんな不思議な確信をスぺチオは感じていた。
その時が来れば今度はどんな話をしてやろうかと思案しながら、スぺチオは楽しそうに喉を鳴らして笑うのだった。
「これが私の秘密。私はこの目で未来の情景を覗き見る事が出来るの」
「……つまりおぬしは今まで、その目で見た未来の情景通りになるように行動していた。そして、こうして蘇る事も初めから知っていたという事か!?」
ノルンは迷うことなく頷いて肯定する。しかしスぺチオは、その事実を飲み込むのに少しの時間を必要とした。
ノルンの未来を見るという能力。これがどれだけ異常で異端な能力なのかを、スぺチオは正確に理解してしまったからだ。
だからこそスぺチオはこのノルンの能力について、ひとつの確認をしなければいけなかった。
「……ひとつだけ教えてくれ。その能力で見た未来は、変化することはあるのか?」
「あるわ」
「……そうか。つまりおぬしは、こうなる事を初めから仕組んでおったのじゃな……」
スぺチオはノルンという存在を、初めて心の底から恐ろしいと思った。
能力で見た未来は変化することがあることをノルンは認めた。……つまり、未来を知る事が出来るノルンは、未来を自分の思い通りになるように誘導して変化させる事が出来るという事に他ならない。
ノルンは自分が死ぬことも、そしてこのタイミングで蘇る事も初めから知っていて、この結果に繋がる未来へ意図的に誘導していたのだ。
「おぬしの能力はよく分かった。その危険性もな……。だからこそ、おぬしにはもう1つ確認せねばならぬことができた」
「何かしら?」
「未来が見えていたのなら、何故おぬしは死ぬ必要があったのじゃ? 何の為におぬしは一度死ななければならなかったのじゃ?」
これはスペチオがノルンの話を聞いていて、唯一納得できなかった部分だ。
未来が見え、その未来を変化させることが可能だと分かっていたのなら、ノルンは自分が一度死ぬ未来も簡単に回避できたはずだ。それにも拘らず、ノルンは入念に蘇る準備をしたうえで死んだ。
となるとそこには、そうしなければならない確固たる理由があったはずだ。
ノルンがそこまでして死ぬことを選んだ納得のいく理由を、スペチオにはどうしても思い付けなかった。
「……私が自分の死を選んだ理由はたったひとつ、セレスティアの為よ。あの子の成長、そして幸せな未来の為に私は一度死んで、あの子の前から完全に消える必要があったの」
「セレスティアの幸せの為に、おぬしはわざと死んだというのか……?」
「そうよ。子供の幸せを一番に願うのは、親として当然でしょう?」
そう言われてしまえば、スペチオには返す言葉がなかった。スペチオもティンクの幸せの為なら、どんなことでもする覚悟があるからだ。
実際にスペチオもティンクの成長の為と考え、セレスティアにティンクを預けた。育児の自信がなかったこともそうだが、何より自分といるよりもセレスティアに預けた方が色々な知識と経験が身に付くと思ったからだ。
ある意味でスペチオも子供の未来の為に、自ら子供と離れることを選択できるノルンと同類の親だった。
「私がいなくなって一人になることで、あの子はより錬金術の研究に没頭して、更なる力を身に付けることになる。そしてセレスティアは研究に何処までも打ち込める内向型の性格をしていたから、ひとりになってもそのことをあまり気にしないでしょうし、新しい誰かと暮らそうなんて考えもしないでしょうね」
「確かに、その通りじゃったな」
ひとりになったセレスティアが屋敷に引きこもって研究に明け暮れていた姿を、スペチオは懐かしそうに思い出す。
それこそ文字通り、外部との繋がりを断つくらいの勢いで研究に熱中していて、流石のスペチオも心配してしまった程だった。
「だからこそ新しい家族を得ることは、そんなセレスティアの思考を変えるいい起爆剤になったの。そして私の狙い通りに、研究に没頭するセレスティアをスペチオさんやミューダ、そしてマイン公爵が心配してくれた。その結果、セレスティアは今の新しい『家族』を得ることになって、セレスティアの錬金術は更なる成長を遂げることになったわ」
実際にセレスティアは、新しい家族と暮らし始めたことで新しい着想を得て、錬金術を発展させ更なる力を手に入れることになった。特殊ゴーレム化の技術がそのいい例だろう。
「そして新しい家族を得たことは、セレスティアが外の世界との大きな繋がりを持つ切っ掛けも作ることになったの」
「……まさか、研究資金が無くなりかけて外へ稼ぎに出掛けたことが、それじゃと言うのか!」
セレスティアは新しい家族を得て、特殊ゴーレム化の技術も身に付けて、錬金術の研究は更に進展した。
しかしその結果、潤沢だった研究資金を急速に消費した。そして追い打ちをかける様にミューダが居候したことで、予想よりも早く研究資金が無くなる事になった。
そしてセレスティアは研究資金を稼ぐ為に、屋敷の外の世界に足を踏み出したのだ。
「あの子の思い描いた通りじゃなかったかもしれないけど、結果としてセレスティアは様々な人と知り合い、外との繋がりを沢山持つ事になった。そのお陰で研究資金が長期的に集まる十分な環境も整ったわ。これで、その環境が失われる時まで、あの子は何不自由無く幸せに暮らしていけるでしょう」
……凄い覚悟だと、スペチオは思った。
ノルンはこの未来が見えていた。セレスティアの為、そして蘇れる事が分かっていたからこそ、安心して死を選ぶ事が出来た。
……そんな訳がないと、スペチオは心の中で否定する。
ノルンは未来が見えることと同時に、見た未来が変化する可能性があることも認めている。
つまり、ノルンが死んでから蘇るまでの数百年の間に、未来が変わる何かが起きる可能性も十分あったということだ。
未来に意図的に干渉できるのは、未来を見ることが出来るノルンだけだ。しかし死んでいる間はそれが出来ない。物理的に不可能なのだ。
ほんの僅かだったかもしれない。しかしその可能性がある以上、ノルンが蘇れなくなる未来もあったかもしれない。
そしてその事に気付けないほど、ノルンは間抜けな人物ではないのをスぺチオは知っている。
……果たして子を持つ親として、同じような覚悟が出来るだろうかと、スペチオは自分に問い掛けてみる。
我が子の為に死を選び、確定する保証の無い数百年先の未来に全てを託すことが出来るだろうかと……。
(……我ながらこれは無意味な問いじゃな。これは未来を知ることが出来る者にしか答えは出せん。未来を知ることが出来ないワシには、ノルンの覚悟を計り知ろうとすることそのものが意味の無いことじゃ)
ノルンに何が見え、どんな覚悟をしたのかは、スペチオには解らない。
しかし同じく子を持つ親として、ノルンの覚悟は眩しいくらい尊敬に値いするものだと、スペチオは素直に心の中で称賛するのだった。
スペチオの質問が全て終わると、交代するように今度はノルンがスペチオに色々な質問を投げ掛けた。
その内容は、ノルンが死んでいる間に世界がどのように変化したのかという質問が殆どだった。
ノルン曰く、未来を見ることが出来ても、本当に全てが見た通りの未来になっているのかを確かめたいということらしい。
そしてスぺチオから一通りの話を聞き終えたノルンは、安堵のため息を漏らした。どうやら、見た通りの未来になっていたようだ。
「それで、おぬしはこれからどうするつもりじゃ?」
「そうね~。世界を回りながら魔術の研究でもしようかしら」
顔に手を当てながら軽い口調でそう言ったノルンに、スぺチオはひとつの疑問を投げかけた。
「……せっかく蘇れたというのに、セレスティアには会わぬのか?」
ノルンの魂が人形に移り、倒れたセレスティアが目覚めた時、ノルンはいつでもセレスティアに正体を明かす事が出来た。
しかしノルンはスペチオに黙っているようにお願いしてまで、自分が蘇ったことをセレスティアに伝えようとしなかったのだ。
自分の命を捨てる事が出来るくらい大事に思っているはずなのに、何故かノルンは蘇ったことをセレスティアに隠そうとしている。スペチオにはそれがどうしても疑問で仕方なかった。
もしも自分がノルンの立場だったなら、迷うこと無く正体を明かして親子水入らずの感動の再開に歓喜し合いたいと、スペチオは確信を持って言い切れる自信があった。
「会いたいのは山々だけど……今はまだ、我慢しておくわ」
「今はまだ……か」
ノルンのその言い方にはどこか含みがあった。そしてこれまでの話を聞いていたスぺチオには、それだけで十分だった。
「さてと、久々の肉体の扱いも慣れてきた事だし……“あれ”を済ませちゃいましょうか」
そう言って立ち上がったノルンは、自分の胸に手を添えて魔力を込める。
するとノルンを中心に複雑怪奇な魔法陣が沢山現れ、それが連結して何重にも織り重なっていく。
重なった魔法陣はノルンの全身を覆い包み込む様なドーム状へと変形していき、ノルンの魔力が魔法陣全体に行き渡ると魔術が発動した。
魔法陣の中でノルンを中心にして魔力が急激に渦巻きだす。その動きに呼応するかのように、ノルンの身体が強い光に包まれる。
その状態が数十秒続くと、ノルンを包んでいた光は次第に消えていき、同時に魔法陣も消滅していった。
「――よし、無事に完了したわ」
ノルンは自分の身体を確かめながらそう言った。しかしノルンの見た目が何処か変化したかと言われれば、特に変化したところはない。
だがその様子を静かに見守っていたスぺチオは、ノルンが発動した魔術に心当たりがあった。
「もしや、今のが『輪廻逆転』か?」
「ええそうよ。そういえばスぺチオさんに見せるのは初めてだったかしら?」
「ああ。ワシにも魔術の知識はあるが、あれほど高度で複雑な魔法陣は見たことがない。真似をしようとする気も失せるほどじゃ」
スペチオはノルンから『輪廻逆転』という魔術の話は聞いていた。しかし、実際にその魔術を直接目にする機会は今まで一度もなかったのだ。
そして今回初めてそれを目にして、目の前に立つノルンという魔術師がミューダに匹敵する偉大な魔術師なのだと、スペチオは改めて認識するのだった。
「……それじゃあ、私はそろそろ行くわ」
「ああ、気を付けてな。それと、たまにでいいから顔を見せに来こい。話ぐらいは聞いてやるぞ?」
「ええ、その時はお言葉に甘えさせてもらうわ」
クスッと口元を綻ばせて、ノルンは笑顔を見せる。
そして空間魔術を使い、目の前の空間に穴を開けた。
空間の中を見れば、こことは全く違う別の風景が映っている。
どうやらノルンは空間を捻じ曲げることで、この場所と世界の何処かにある別の場所とを繋いだようだ。
「――じゃあまたね、スペチオさん」
ノルンは惜しむ様子もなく短い別れの言葉を告げると、スぺチオに軽く手を振りながら空間の穴の中に消えて行った。
スペチオは一言も発することなく、ノルンが開けた空間の穴が完全に消えるまで静かに見守り、旧友の新しい門出を見送るのだった。
「……さて、次にノルンと会うときが楽しみじゃな!」
この世界の何処かに旅立った旧友と再会する日。それがいつになるかは、未来を見る事が出来ないスぺチオには分らない。
だけど、きっとまたいつか再開する。そしてそれは、今回よりも近い日になるに違いないだろう。……そんな不思議な確信をスぺチオは感じていた。
その時が来れば今度はどんな話をしてやろうかと思案しながら、スぺチオは楽しそうに喉を鳴らして笑うのだった。