残酷な描写あり
151.サピエル法国VSプアボム公国連合軍1
ノウエル伯爵の処刑が行われた翌日の早朝。先に動きを見せたのはプアボム公国軍の方だった。
クランツ公爵とウルマン伯爵が率いる騎馬部隊を先頭にして、続々と出陣し戦闘体勢を整えていた。
それを見たサピエル法国軍もすぐに反応した。“王権派”の貴族軍を出陣させ、分厚い防御陣形を形成して迎撃体勢を整えたのである。
先陣に立つクランツ公爵とウルマン伯爵は、その分厚い防御陣形を冷静に分析していた。
「前方の敵は“王権派”の貴族軍のみで、指揮を取っているのはダジンスキー公爵のようだ。敵は俺達の騎馬突撃に対抗するために、徹底的な防御陣形を形成している」
「なるほど、あの『石頭のダジンスキー』か。確かに、こちらの戦力に合わせた戦術通りの対処法を構築している辺り、奴らしい」
ダジンスキー公爵の名前を聞いたクランツ公爵は鼻で笑い、そう評価を下した。
その様子を見て、ウルマン伯爵は少し真面目な口調で釘を刺す。
「だけど油断は出来ないぞ。戦術通りということは、それだけ正攻法では攻略しにくいということだ」
「ああ、分かっている。ちゃんと対策をしているとは言え、作戦が成功するまで気を緩めたりはしないさ。……それよりも、気を付けないといけないのは、サピエル法国軍の動向だ」
ウルマン伯爵はクランツ公爵の言葉に頷き、二人は“王権派”貴族軍の更に奥、サピエル法国軍がいる敵陣に目線を伸ばした。
「カールステン殿の偵察によれば、敵の主力であるサピエル法国軍は、未だ敵陣の中で待機しているようだ。……しかし戦闘準備は既に完了しているようで、いつ出撃して来てもおかしくないらしい。……全くもって不気味なものだな」
「ああ。おそらく“王権派”の連中に相手をさせて、俺達の動向や考えを見る魂胆なんだろう。サピエル法国軍にとって、今や“王権派”の連中は顎で使えるいい駒だからな。使わない手はない」
「なるほど、俺達と同じということか」
ウルマン伯爵がほくそ笑みながらそんな冗談を言うと、クランツ公爵も笑いながら言葉を返した。
「早々に手柄を立てて信頼を得る必要があると言う点では、確かに俺達と似たようなものだ。……だがなウルマン、俺達と奴らでは一つだけ決定的に違うところがあるぞ?」
「ん?」
「俺達は背後から刺される心配をしなくていい」
「ふっ、確かにその通りだな。……ではそろそろ、後ろを気にせずに存分に暴れるとするか!」
「ああ!」
馬に跨がった二人は手綱を強く握り直して、大声で号令を発した。
「「突撃ッ!!」」
◆ ◆
「敵騎馬部隊接近! 率いているのはクランツ公爵とウルマン伯爵の模様です!」
斥候からの報告を聞き、“王権派”貴族軍の指揮官を任されたダジンスキー公爵は、苦虫を噛み潰したような表情をしながら命令を下した。
「裏切り者めがッ……! 実親を殺しただけでは飽きたらず、次は“王権派”に残れるように便宜を図ってやった我々も手に掛けるつもりか!? くそぅ……全軍、全力で迎え撃てぇ! 我々の名誉に掛けて、絶対に奴等をこの先へ行かせるな!!」
“王権派”貴族軍の前衛は、パイク兵と重装甲兵と、大量に設置された拒馬から形成されている。
拒馬とは、移動式の馬防柵のことだ。それを迷路の壁のように設置することで、突撃してくる騎馬兵の進路を制限する。そこにパイク兵と重装甲兵を適所に配置することで、騎馬兵の要である強力な突貫力を削いで受け止める戦略であった。
「しかし、この防御陣形を見て騎馬兵のみで突撃してくるとは、奴等は戦術というものが分かっていないのか? ……だがまあ、それはそれで好都合だ。
弓兵射撃用意! 敵が前衛と接触したら弓矢の雨を浴びせてやるのだ!」
ダジンスキー公爵の命令に従い、中衛に配置された多数の弓兵達が、斜め上方向に弓を構えて合図を待つ。
計算上では構えた角度で放たれた弓矢は放物線を描き、前衛の前方付近に降り注ぐことになる。
前衛で突貫力を失い渋滞した敵騎馬兵は、まさに『都合のいい的』となるだろう。
ダジンスキー公爵の組んだ陣形は、鉄壁の前衛と後方射撃を上手く組み合わせたものだ。これを騎馬兵のみで突破することは、至難の業である。
「よぉし、もう少しだ……。もっと近付いて来い……」
敵との間合いを見ながら、ダジンスキー公爵は射撃合図のタイミングを計る。
そして敵が射程距離に入ろうとしたその時。
「……えっ?」
ダジンスキー公爵の目に、予想外の光景が飛び込んできた。
一直線に向かってきた敵が突如進路を変えて直角に曲がり、左右に分かれ始めたのだ。
そして敵はそのまま横一列の隊列を形成すると、その場で進軍を停止した。
「て、敵は進軍を止めて、弓兵の射程ギリギリのところで停止しました……。ダジンスキー公爵様、これは一体、どういうことでしょうか……?」
「どういうこと、だと……?」
副官の質問に、ダジンスキー公爵は頭に血管を浮き上がらせて吠えた。
「そんなこと私の方が知りたいわッ! おいお前、あれは何だ!? 奴等は何を考えている! 私に説明しろ!!」
「そ、そう申されましても……」
ダジンスキー公爵は答えを求めるように周りの人間に目線を撒き散らすが、誰もが副官と同じく首を横に振るのみだった。
それがダジンスキー公爵の怒りに、更に油を注ぐことになる。
「ええい、どいつもこいつも役立たずがッ!」
罵倒を吐き散らし、ダジンスキー公爵は考える。
そしてすぐに、新たな命令を下す。
「……射程ギリギリで止まったというなら、こちらから奴等を射程に入れるまでだ! 弓兵を前衛の背後まで前進させよ! そこで奴等を今度こそ射抜いてやれ!」
「し、しかし、弓兵をそこまで前進させて大丈夫でしょうか……? もし敵が再び突撃してきたら――」
心配する副官の言葉を、ダジンスキー公爵は鼻で笑い一蹴する。
「ふん、例え敵が再び突撃を開始しても、前衛の守りを突破するには時間が掛かる。その間に弓兵を徐々に後退させながら、前衛の掩護射撃をすればよい! さっさと命令通りにせんか!!」
「は、はい! 弓兵、前進せよ!!」
ダジンスキー公爵の命令通りに弓兵達は前進し、前衛の背後で隊列を整えた。
それを確認したダジンスキー公爵は、再び命令を下した。
「よし、奴等に矢の雨を浴びせてやれ! 弓兵、射撃か――」
ダジンスキー公爵が射撃開始の合図をしようとした、まさにその時であった。
ドーン、ドカーンッ!!
突然前方で大きな爆発音が鳴り響いた。
「な、何だ!?」
突然の事態に、ダジンスキー公爵達は動揺する。
その一瞬の間にも爆発の数は増え続け、何度も何度も連続して爆音と衝撃を撒き散らす。
“王権派”の軍勢は、あっという間にパニックに陥った。
状況を把握しようと、ダジンスキー公爵は爆発と衝撃が飛んで来る前衛に目を向ける。
……しかしそこには、木製の拒馬が燃えて出た黒煙と爆発の衝撃で巻き上げられた砂塵が合わさって巨大な煙幕が形成されており、とても状況を把握できる状態ではなかった。
更に悪いことに、爆発と炎と煙から逃れようとして慌てて後退した前衛が、前衛の背後まで前進していた弓矢部隊とぶつかって入り乱れる事態になった。その所為で“王権派”の軍勢の混乱は、加速度的に広がってしまう。
「お、落ち着けお前達! 持ち場を離れるな! 陣形を崩すんじゃないッ!!」
ダジンスキー公爵がそう叫んでも、阿鼻叫喚の様相を呈してきている現状を収拾させるのは、最早不可能だった。
「も、申し上げます、ダジンスキー公爵様!」
「お前は確か……」
そんな混乱の最中名前を呼ばれその方向を見ると、そこには前衛にいた斥候の一人が膝を付いて、ダジンスキー公爵に頭を垂れていた。
直感的に、この状況を把握できる情報を持って来たのだと察したダジンスキー公爵は、内心慌てながらも冷静さを装った声色で斥候を急かした。
「これは一体どういう状況なのだ? 前線で何が起こった?」
「魔術師です、大勢の魔術師の物量による遠距離範囲波状攻撃により、設置した拒馬と最前線の部隊が吹き飛ばされました!」
「大勢の魔術師、だと……?! バカなッ! 敵は騎馬兵だけだったではないか!? 一体何処から魔術師が湧いてきたと言うのだ!?」
ダジンスキー公爵が聞いた最初の斥候の報告では、敵は騎馬兵で構成されているという話だった。そこに魔術師がいるなんて話は一切なかった。
「そ、それが……敵は騎馬に魔術師を同乗させて運んでいた模様です」
「なんだと!?…………しまった、そういうことか! つまり敵は、騎馬兵で突撃すると見せかけて、実は我々の目を欺いて魔術師を最速で前線に運んでいたという訳か!?」
斥候は無言で頷いた。
この時ようやくダジンスキー公爵達は、自分達の陥った状況を理解した。敵の奇策に気付くことなくまんまと嵌まり、壊滅的な先手を取られたのだ。
戦場の流れは既に敵の手中にあり、混乱が広がり続けているこの状況でそれを取り返すのはとてつもない難題だった。
「ダジンスキー公爵様、どうしますか……?」
青ざめた顔で副官がそんなことを尋ねてきた。
「『どうしますか?』だと……? 馬鹿者、今すぐ後退だッ!」
「し、しかし、このまま一度も敵と剣を交えずに撤退すれば、セリオ殿がなんと言うか――」
弱々しく震えた声でそんなことを言ってきた副官の胸ぐらを掴んで引き寄せ、ダジンスキー公爵は頭を赤くしながら怒鳴った。
「誰が撤退すると言ったか!? 貴様はこの混乱した戦線で『敵と戦え!』と、私に愚かな命令させる気か!?」
胸ぐらを掴んだ手を離して副官を解放してやると、ダジンスキー公爵は急いで馬に跨がる。
「いいか? この様な奇策を用いる敵が、ただ魔術師を運搬するだけに騎馬兵を使うと思うか?! 恐らく敵はもうすぐ、我々が混乱している隙を突く為に、この巨大な煙幕に紛れて騎馬兵を突撃させてくるはずだ!
何をしている、全軍速やかに後退するのだッ! 脱兎のようでもいい。今は最速で後退することのみを考えよ! 後退した先で軍を再編成し、そこに新たな防衛線を構築するのだ!! 愚図愚図するな! 遅れた者は置いていくぞ!!」
少しでも多くの兵士に聞こえるように最大音量でそう叫び、ダジンスキー公爵は脇目も振らずに全速力で後退を開始した。
その様を見た兵士達は、一人、また一人と、芋づる式にダジンスキー公爵の後を追いかけて後退を開始した。
そしてダジンスキー公爵の読み通りに、敵の騎馬兵が煙幕の中から現れたのはそのすぐ後の出来事だった。
クランツ公爵とウルマン伯爵が率いる騎馬部隊を先頭にして、続々と出陣し戦闘体勢を整えていた。
それを見たサピエル法国軍もすぐに反応した。“王権派”の貴族軍を出陣させ、分厚い防御陣形を形成して迎撃体勢を整えたのである。
先陣に立つクランツ公爵とウルマン伯爵は、その分厚い防御陣形を冷静に分析していた。
「前方の敵は“王権派”の貴族軍のみで、指揮を取っているのはダジンスキー公爵のようだ。敵は俺達の騎馬突撃に対抗するために、徹底的な防御陣形を形成している」
「なるほど、あの『石頭のダジンスキー』か。確かに、こちらの戦力に合わせた戦術通りの対処法を構築している辺り、奴らしい」
ダジンスキー公爵の名前を聞いたクランツ公爵は鼻で笑い、そう評価を下した。
その様子を見て、ウルマン伯爵は少し真面目な口調で釘を刺す。
「だけど油断は出来ないぞ。戦術通りということは、それだけ正攻法では攻略しにくいということだ」
「ああ、分かっている。ちゃんと対策をしているとは言え、作戦が成功するまで気を緩めたりはしないさ。……それよりも、気を付けないといけないのは、サピエル法国軍の動向だ」
ウルマン伯爵はクランツ公爵の言葉に頷き、二人は“王権派”貴族軍の更に奥、サピエル法国軍がいる敵陣に目線を伸ばした。
「カールステン殿の偵察によれば、敵の主力であるサピエル法国軍は、未だ敵陣の中で待機しているようだ。……しかし戦闘準備は既に完了しているようで、いつ出撃して来てもおかしくないらしい。……全くもって不気味なものだな」
「ああ。おそらく“王権派”の連中に相手をさせて、俺達の動向や考えを見る魂胆なんだろう。サピエル法国軍にとって、今や“王権派”の連中は顎で使えるいい駒だからな。使わない手はない」
「なるほど、俺達と同じということか」
ウルマン伯爵がほくそ笑みながらそんな冗談を言うと、クランツ公爵も笑いながら言葉を返した。
「早々に手柄を立てて信頼を得る必要があると言う点では、確かに俺達と似たようなものだ。……だがなウルマン、俺達と奴らでは一つだけ決定的に違うところがあるぞ?」
「ん?」
「俺達は背後から刺される心配をしなくていい」
「ふっ、確かにその通りだな。……ではそろそろ、後ろを気にせずに存分に暴れるとするか!」
「ああ!」
馬に跨がった二人は手綱を強く握り直して、大声で号令を発した。
「「突撃ッ!!」」
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「敵騎馬部隊接近! 率いているのはクランツ公爵とウルマン伯爵の模様です!」
斥候からの報告を聞き、“王権派”貴族軍の指揮官を任されたダジンスキー公爵は、苦虫を噛み潰したような表情をしながら命令を下した。
「裏切り者めがッ……! 実親を殺しただけでは飽きたらず、次は“王権派”に残れるように便宜を図ってやった我々も手に掛けるつもりか!? くそぅ……全軍、全力で迎え撃てぇ! 我々の名誉に掛けて、絶対に奴等をこの先へ行かせるな!!」
“王権派”貴族軍の前衛は、パイク兵と重装甲兵と、大量に設置された拒馬から形成されている。
拒馬とは、移動式の馬防柵のことだ。それを迷路の壁のように設置することで、突撃してくる騎馬兵の進路を制限する。そこにパイク兵と重装甲兵を適所に配置することで、騎馬兵の要である強力な突貫力を削いで受け止める戦略であった。
「しかし、この防御陣形を見て騎馬兵のみで突撃してくるとは、奴等は戦術というものが分かっていないのか? ……だがまあ、それはそれで好都合だ。
弓兵射撃用意! 敵が前衛と接触したら弓矢の雨を浴びせてやるのだ!」
ダジンスキー公爵の命令に従い、中衛に配置された多数の弓兵達が、斜め上方向に弓を構えて合図を待つ。
計算上では構えた角度で放たれた弓矢は放物線を描き、前衛の前方付近に降り注ぐことになる。
前衛で突貫力を失い渋滞した敵騎馬兵は、まさに『都合のいい的』となるだろう。
ダジンスキー公爵の組んだ陣形は、鉄壁の前衛と後方射撃を上手く組み合わせたものだ。これを騎馬兵のみで突破することは、至難の業である。
「よぉし、もう少しだ……。もっと近付いて来い……」
敵との間合いを見ながら、ダジンスキー公爵は射撃合図のタイミングを計る。
そして敵が射程距離に入ろうとしたその時。
「……えっ?」
ダジンスキー公爵の目に、予想外の光景が飛び込んできた。
一直線に向かってきた敵が突如進路を変えて直角に曲がり、左右に分かれ始めたのだ。
そして敵はそのまま横一列の隊列を形成すると、その場で進軍を停止した。
「て、敵は進軍を止めて、弓兵の射程ギリギリのところで停止しました……。ダジンスキー公爵様、これは一体、どういうことでしょうか……?」
「どういうこと、だと……?」
副官の質問に、ダジンスキー公爵は頭に血管を浮き上がらせて吠えた。
「そんなこと私の方が知りたいわッ! おいお前、あれは何だ!? 奴等は何を考えている! 私に説明しろ!!」
「そ、そう申されましても……」
ダジンスキー公爵は答えを求めるように周りの人間に目線を撒き散らすが、誰もが副官と同じく首を横に振るのみだった。
それがダジンスキー公爵の怒りに、更に油を注ぐことになる。
「ええい、どいつもこいつも役立たずがッ!」
罵倒を吐き散らし、ダジンスキー公爵は考える。
そしてすぐに、新たな命令を下す。
「……射程ギリギリで止まったというなら、こちらから奴等を射程に入れるまでだ! 弓兵を前衛の背後まで前進させよ! そこで奴等を今度こそ射抜いてやれ!」
「し、しかし、弓兵をそこまで前進させて大丈夫でしょうか……? もし敵が再び突撃してきたら――」
心配する副官の言葉を、ダジンスキー公爵は鼻で笑い一蹴する。
「ふん、例え敵が再び突撃を開始しても、前衛の守りを突破するには時間が掛かる。その間に弓兵を徐々に後退させながら、前衛の掩護射撃をすればよい! さっさと命令通りにせんか!!」
「は、はい! 弓兵、前進せよ!!」
ダジンスキー公爵の命令通りに弓兵達は前進し、前衛の背後で隊列を整えた。
それを確認したダジンスキー公爵は、再び命令を下した。
「よし、奴等に矢の雨を浴びせてやれ! 弓兵、射撃か――」
ダジンスキー公爵が射撃開始の合図をしようとした、まさにその時であった。
ドーン、ドカーンッ!!
突然前方で大きな爆発音が鳴り響いた。
「な、何だ!?」
突然の事態に、ダジンスキー公爵達は動揺する。
その一瞬の間にも爆発の数は増え続け、何度も何度も連続して爆音と衝撃を撒き散らす。
“王権派”の軍勢は、あっという間にパニックに陥った。
状況を把握しようと、ダジンスキー公爵は爆発と衝撃が飛んで来る前衛に目を向ける。
……しかしそこには、木製の拒馬が燃えて出た黒煙と爆発の衝撃で巻き上げられた砂塵が合わさって巨大な煙幕が形成されており、とても状況を把握できる状態ではなかった。
更に悪いことに、爆発と炎と煙から逃れようとして慌てて後退した前衛が、前衛の背後まで前進していた弓矢部隊とぶつかって入り乱れる事態になった。その所為で“王権派”の軍勢の混乱は、加速度的に広がってしまう。
「お、落ち着けお前達! 持ち場を離れるな! 陣形を崩すんじゃないッ!!」
ダジンスキー公爵がそう叫んでも、阿鼻叫喚の様相を呈してきている現状を収拾させるのは、最早不可能だった。
「も、申し上げます、ダジンスキー公爵様!」
「お前は確か……」
そんな混乱の最中名前を呼ばれその方向を見ると、そこには前衛にいた斥候の一人が膝を付いて、ダジンスキー公爵に頭を垂れていた。
直感的に、この状況を把握できる情報を持って来たのだと察したダジンスキー公爵は、内心慌てながらも冷静さを装った声色で斥候を急かした。
「これは一体どういう状況なのだ? 前線で何が起こった?」
「魔術師です、大勢の魔術師の物量による遠距離範囲波状攻撃により、設置した拒馬と最前線の部隊が吹き飛ばされました!」
「大勢の魔術師、だと……?! バカなッ! 敵は騎馬兵だけだったではないか!? 一体何処から魔術師が湧いてきたと言うのだ!?」
ダジンスキー公爵が聞いた最初の斥候の報告では、敵は騎馬兵で構成されているという話だった。そこに魔術師がいるなんて話は一切なかった。
「そ、それが……敵は騎馬に魔術師を同乗させて運んでいた模様です」
「なんだと!?…………しまった、そういうことか! つまり敵は、騎馬兵で突撃すると見せかけて、実は我々の目を欺いて魔術師を最速で前線に運んでいたという訳か!?」
斥候は無言で頷いた。
この時ようやくダジンスキー公爵達は、自分達の陥った状況を理解した。敵の奇策に気付くことなくまんまと嵌まり、壊滅的な先手を取られたのだ。
戦場の流れは既に敵の手中にあり、混乱が広がり続けているこの状況でそれを取り返すのはとてつもない難題だった。
「ダジンスキー公爵様、どうしますか……?」
青ざめた顔で副官がそんなことを尋ねてきた。
「『どうしますか?』だと……? 馬鹿者、今すぐ後退だッ!」
「し、しかし、このまま一度も敵と剣を交えずに撤退すれば、セリオ殿がなんと言うか――」
弱々しく震えた声でそんなことを言ってきた副官の胸ぐらを掴んで引き寄せ、ダジンスキー公爵は頭を赤くしながら怒鳴った。
「誰が撤退すると言ったか!? 貴様はこの混乱した戦線で『敵と戦え!』と、私に愚かな命令させる気か!?」
胸ぐらを掴んだ手を離して副官を解放してやると、ダジンスキー公爵は急いで馬に跨がる。
「いいか? この様な奇策を用いる敵が、ただ魔術師を運搬するだけに騎馬兵を使うと思うか?! 恐らく敵はもうすぐ、我々が混乱している隙を突く為に、この巨大な煙幕に紛れて騎馬兵を突撃させてくるはずだ!
何をしている、全軍速やかに後退するのだッ! 脱兎のようでもいい。今は最速で後退することのみを考えよ! 後退した先で軍を再編成し、そこに新たな防衛線を構築するのだ!! 愚図愚図するな! 遅れた者は置いていくぞ!!」
少しでも多くの兵士に聞こえるように最大音量でそう叫び、ダジンスキー公爵は脇目も振らずに全速力で後退を開始した。
その様を見た兵士達は、一人、また一人と、芋づる式にダジンスキー公爵の後を追いかけて後退を開始した。
そしてダジンスキー公爵の読み通りに、敵の騎馬兵が煙幕の中から現れたのはそのすぐ後の出来事だった。