残酷な描写あり
152.サピエル法国VSプアボム公国連合軍2
「よし、魔術師部隊攻撃止めッ! これより作戦の第二段階に移る。騎馬兵第一陣、突撃せよ!」
クランツ公爵の号令で、騎馬兵の一部が煙幕の先へと突撃していく。
ダジンスキー公爵が率いていた“王権派”軍は、先程の魔術師部隊の攻撃で大混乱となった。
今突撃させた騎馬兵は、大混乱に陥っている“王権派”軍への追い撃ちを掛けるためのものだ。
「とりあえず、作戦の第一段階は成功だな」
近寄ってきたウルマン伯爵が、安心した様子でクランツ公爵に声を掛けた。
「ああ。魔術師部隊による広範囲弾幕攻撃で敵の前衛を破壊して、ついでに巻き上げた煙幕で視界も遮り、俺達の動きを隠すことで敵に恐怖を与える。恐怖で混乱した敵は陣形を維持できなくなり、そこに騎馬兵で追い撃ちをかける。……正直言って、ここまで上手く事が運ぶと清々しいものだな」
「それには同感だ。……だが問題はこれからだぞ?」
「分かっているさ」
ウルマン伯爵の注意する言葉に気を引き締めた顔で答え、クランツ公爵は徐々に晴れていく煙幕を見る。
「……ダジンスキー公爵は賢い男だが、型に填まろうとし過ぎる節がある。今回はそこを上手く突けたが……こちらの意図が分かってしまえば、ダジンスキー公爵はすぐに対応してくるだろう」
クランツ公爵の言葉に同意する様に、ウルマン伯爵は静かに頷く。
「ノウエル伯爵亡き今、“王権派”の連中を統率できる能力を持つのは、最早ハッセ大公かダジンスキー公爵の二人しかいない。その内の一人であるハッセ大公は、今尚も王都のご機嫌取りで忙しい。だからこそ、今ここでダジンスキー公爵を倒しておきたいが――」
そう希望を語るウルマン伯爵が、晴れた煙幕の先に見た光景は、その希望とは違ったものだった。
ダジンスキー公爵の軍勢は既に大半が敵陣付近まで撤退した後で、突撃させた騎馬兵は事前の命令通りに深追いはせず、逃げ遅れた敵の掃討に移っていた。
「――何事も上手く行きすぎることは無いみたいだな」
「そのようだな。……どうするウルマン? 更に追撃を仕掛けるか?」
クランツ公爵の提案にウルマン伯爵は首を振って即答する。
「冗談はよせクランツ。お前も分かってるだろう? ここで追撃を仕掛けたら、今度は俺達がダジンスキー公爵と同じ轍を踏むだけだ」
ウルマン伯爵のいう事は正しい。
撤退したダジンスキー公爵の軍勢は脱兎の様に統率無く撤退したので、陣形と戦力の再編に時間が掛かる。その隙を突いて追撃を仕掛ければ、クランツ公爵達が戦闘を有利に進められることは間違いない。
……しかしそれは、敵陣付近まで接近することを意味する。つまりそうなれば、当然敵陣に控えている無傷のサピエル法国軍が出撃し、今度はクランツ公爵達が大打撃を受ける事は想像に難くない。
クランツ公爵もそれは当然分かっているので言い返しはしない。
先程の提案は、いつものただの冗談であった。
「それに、俺達に与えられた役目はもう十分に果たした。これ以上の手柄を求めるのは、欲深すぎると言うものだろう?」
「ふっ、そうだな。全くその通りだ。……では、引き揚げるとするか」
「ああ」
こうして二人は速やかに撤退命令を出し、自陣へと帰還して行く。
背後から襲われる心配をしなくてよかったからか、帰還するその姿は実に堂々としたものであった。
◆ ◆
「……今回は敵の戦略を見抜けなかった私の責任だ……申し訳なかった、セリオ殿……」
そう言って私はセリオ殿に向かって深々と頭を下げる。
今回の戦闘は、悔しいことに完敗だった……。
敵が若造のクランツ公爵とウルマン伯爵だったから、何処か気持ちの奥で油断していたのかもしれない。
敵の戦略はとても常識的とは思えない“奇策”であったが、敵の戦力に対して完璧に対策した私の陣形にそのまま突撃してくる事自体が不自然であった。
(……今になって冷静に考えると、もっと用心して行動すべきであったな……。ノウエル伯爵が死に、失敗は許されないと、私は焦っていたのだな……)
頭に冷や水を浴びせられたような敗北を期し、そんな簡単なことに今更気付いた自分が恥ずかしくなり、後悔したくなる。
……しかし、いくら後悔したとて、結果は変わらない。相応の処罰が下ることは、既に覚悟している。
であれば、せめてムーア王国の公爵貴族としての誇りを失わず、名誉ある最期を迎えられる事を祈る。私の中にあるのは、最早それだけであった……。
「…………」
「…………」
天幕の中に、沈黙が流れる。
頭を下げたままの私を、セリオ殿は一体どのような表情で見ているのだろうか?
ノウエル伯爵を処刑した時の様な、殺気に満ちているのだろうか?
それとも無能な私を、呆れた目で見下しているのだろうか?
……いずれにしても、頭を下げているままの私に、それを確かめる術は無い。
しばらく沈黙は続き、先にその沈黙を破ったのはセリオ殿だった。
「……いつまで頭を下げているつもりだ、ダジンスキー公爵? ずっとそのような体勢でいられたら、何も話が出来ないではないか」
「……は?」
私は思わず間抜けな声を出し、無意識に顔を上げていた。
セリオ殿の表情には殺気も呆れも現れてなかった。そこには何かを確信したような、余裕の決意が現れていた。
相応の処罰が下されるものだと覚悟していたのに、セリオ殿の予想外の言葉と表情は、私の思考を一瞬混乱させるのに十分であった。
だからなのか、次の瞬間、私の口からは特に考えもせずに言葉が漏れていた。
「しょ、処罰しないのですか……?」
……もし今の言葉を冷静な私が聞いていたなら、きっとその間抜け具合に呆れていただろう。
「私が何でもかんでも、ノウエル伯爵の様に処罰するとでも思っているのか? 確かにダジンスキー公爵は先の戦闘で敗北した。しかし、あの状況から兵力の損害を最小限に抑えられたのも、ダジンスキー公爵の手腕だ。そこだけは誇ってもよいだろう」
「は、はあ……」
褒められたのか貶されたのかよく分からない言葉を貰い、私は反応に困る。
「それに、ダジンスキー公爵が一戦交えてくれたおかげで、奴等の真の狙いがある程度見えてきた。これは多少の兵力を失った以上の収穫だ。……処罰しない理由としては十分だろう?」
「奴等の、“真の狙い”ですと……?」
それは聞き捨てならない言葉だった……。
敵の狙い……それはつまり、敵がこの戦いの勝利条件を何処に置いているのかということだ。
敵はプアボム公国とムーア王国の混成軍だ。奴等の目的を考えれば、現在はムーア王国の王都奪還を目標としているのは間違いない。
その為敵はすぐに攻めて来ずに、十分に戦力を整えていると私達は結論を付けていたはずだ。
……だがセリオ殿の言い方だと、敵の狙いはその結論とは違うということなのか!?
「そう。奴等は今、王都の奪還の兵力を集める為に、全面攻勢を避けている。しかし、いくら兵力を集めたところで、私に“数”で勝つことは出来ない。……となれば――」
「――奴等には、“数”以外の方法でセリオ殿を倒す手段があり、今はそれの準備が整うのを待っている。ということか?!」
「察しが良いなダジンスキー公爵。その通りだ。恐らく先程の戦闘はただの牽制。その証拠に、奴等はダジンスキー公爵を深追いせず、戦線を押し上げることもしなかった」
……確かに、セリオ殿の“力”を見た後だと、セリオ殿にいくら数をぶつけても無意味なのは簡単に想像がつく。そうなるとセリオ殿を倒すには、“数”以外の方法しかない。
……だが同時に、『そんな方法が本当にあるのか?』という疑問が私の頭の中を埋め尽くす。
セリオ殿の強さは規格外だ。それは一目見ただけで理解させられた。恐らく、“王権派”の全戦力をぶつけても、セリオ殿一人に勝つことは不可能だろう。まさに化け物だ……。
そんなセリオ殿を倒せる方法があるとは、正直に言って想像できない。
……しかし、セリオ殿がその可能性を自ら口にしたということは、信じられないことにその方法があるということの何よりの証明だ。
「俄には信じがたいと言った顔だな。まあ、この件に関しては私に考えがあるから任せておけ。……それよりも、ダジンスキー公爵は早急に“王権派”軍の再編に集中してしてもらおうか? 私の希望としては明日までに終わらせてほしいのだが、出来そうか?」
……わざわざそこを強調してくるということは、拒否させる気はないようだな。
まあ元々、今の私達はセリオ殿の要求を断れる立場にないのだがな……。
心の中で小さなため息を吐き、私は背筋をピンッと伸ばして二つ返事で答えた。
「わかりました。必ず明日までに軍の再編を完了させましょう!」
「期待しているぞ?」
「はっ! では、早速取り掛かるので、失礼します」
そうして天幕を出た私は、急いで軍の再編に取り掛かった。
……余談だが、先の敗北で意気消沈していた貴族達が、「セリオ殿からの命令だ」と言った瞬間に、人が変わったように積極的に再編に協力し始めた。
その様はなんとも滑稽に思えて、私は自虐心から、またため息を吐くのだった。
クランツ公爵の号令で、騎馬兵の一部が煙幕の先へと突撃していく。
ダジンスキー公爵が率いていた“王権派”軍は、先程の魔術師部隊の攻撃で大混乱となった。
今突撃させた騎馬兵は、大混乱に陥っている“王権派”軍への追い撃ちを掛けるためのものだ。
「とりあえず、作戦の第一段階は成功だな」
近寄ってきたウルマン伯爵が、安心した様子でクランツ公爵に声を掛けた。
「ああ。魔術師部隊による広範囲弾幕攻撃で敵の前衛を破壊して、ついでに巻き上げた煙幕で視界も遮り、俺達の動きを隠すことで敵に恐怖を与える。恐怖で混乱した敵は陣形を維持できなくなり、そこに騎馬兵で追い撃ちをかける。……正直言って、ここまで上手く事が運ぶと清々しいものだな」
「それには同感だ。……だが問題はこれからだぞ?」
「分かっているさ」
ウルマン伯爵の注意する言葉に気を引き締めた顔で答え、クランツ公爵は徐々に晴れていく煙幕を見る。
「……ダジンスキー公爵は賢い男だが、型に填まろうとし過ぎる節がある。今回はそこを上手く突けたが……こちらの意図が分かってしまえば、ダジンスキー公爵はすぐに対応してくるだろう」
クランツ公爵の言葉に同意する様に、ウルマン伯爵は静かに頷く。
「ノウエル伯爵亡き今、“王権派”の連中を統率できる能力を持つのは、最早ハッセ大公かダジンスキー公爵の二人しかいない。その内の一人であるハッセ大公は、今尚も王都のご機嫌取りで忙しい。だからこそ、今ここでダジンスキー公爵を倒しておきたいが――」
そう希望を語るウルマン伯爵が、晴れた煙幕の先に見た光景は、その希望とは違ったものだった。
ダジンスキー公爵の軍勢は既に大半が敵陣付近まで撤退した後で、突撃させた騎馬兵は事前の命令通りに深追いはせず、逃げ遅れた敵の掃討に移っていた。
「――何事も上手く行きすぎることは無いみたいだな」
「そのようだな。……どうするウルマン? 更に追撃を仕掛けるか?」
クランツ公爵の提案にウルマン伯爵は首を振って即答する。
「冗談はよせクランツ。お前も分かってるだろう? ここで追撃を仕掛けたら、今度は俺達がダジンスキー公爵と同じ轍を踏むだけだ」
ウルマン伯爵のいう事は正しい。
撤退したダジンスキー公爵の軍勢は脱兎の様に統率無く撤退したので、陣形と戦力の再編に時間が掛かる。その隙を突いて追撃を仕掛ければ、クランツ公爵達が戦闘を有利に進められることは間違いない。
……しかしそれは、敵陣付近まで接近することを意味する。つまりそうなれば、当然敵陣に控えている無傷のサピエル法国軍が出撃し、今度はクランツ公爵達が大打撃を受ける事は想像に難くない。
クランツ公爵もそれは当然分かっているので言い返しはしない。
先程の提案は、いつものただの冗談であった。
「それに、俺達に与えられた役目はもう十分に果たした。これ以上の手柄を求めるのは、欲深すぎると言うものだろう?」
「ふっ、そうだな。全くその通りだ。……では、引き揚げるとするか」
「ああ」
こうして二人は速やかに撤退命令を出し、自陣へと帰還して行く。
背後から襲われる心配をしなくてよかったからか、帰還するその姿は実に堂々としたものであった。
◆ ◆
「……今回は敵の戦略を見抜けなかった私の責任だ……申し訳なかった、セリオ殿……」
そう言って私はセリオ殿に向かって深々と頭を下げる。
今回の戦闘は、悔しいことに完敗だった……。
敵が若造のクランツ公爵とウルマン伯爵だったから、何処か気持ちの奥で油断していたのかもしれない。
敵の戦略はとても常識的とは思えない“奇策”であったが、敵の戦力に対して完璧に対策した私の陣形にそのまま突撃してくる事自体が不自然であった。
(……今になって冷静に考えると、もっと用心して行動すべきであったな……。ノウエル伯爵が死に、失敗は許されないと、私は焦っていたのだな……)
頭に冷や水を浴びせられたような敗北を期し、そんな簡単なことに今更気付いた自分が恥ずかしくなり、後悔したくなる。
……しかし、いくら後悔したとて、結果は変わらない。相応の処罰が下ることは、既に覚悟している。
であれば、せめてムーア王国の公爵貴族としての誇りを失わず、名誉ある最期を迎えられる事を祈る。私の中にあるのは、最早それだけであった……。
「…………」
「…………」
天幕の中に、沈黙が流れる。
頭を下げたままの私を、セリオ殿は一体どのような表情で見ているのだろうか?
ノウエル伯爵を処刑した時の様な、殺気に満ちているのだろうか?
それとも無能な私を、呆れた目で見下しているのだろうか?
……いずれにしても、頭を下げているままの私に、それを確かめる術は無い。
しばらく沈黙は続き、先にその沈黙を破ったのはセリオ殿だった。
「……いつまで頭を下げているつもりだ、ダジンスキー公爵? ずっとそのような体勢でいられたら、何も話が出来ないではないか」
「……は?」
私は思わず間抜けな声を出し、無意識に顔を上げていた。
セリオ殿の表情には殺気も呆れも現れてなかった。そこには何かを確信したような、余裕の決意が現れていた。
相応の処罰が下されるものだと覚悟していたのに、セリオ殿の予想外の言葉と表情は、私の思考を一瞬混乱させるのに十分であった。
だからなのか、次の瞬間、私の口からは特に考えもせずに言葉が漏れていた。
「しょ、処罰しないのですか……?」
……もし今の言葉を冷静な私が聞いていたなら、きっとその間抜け具合に呆れていただろう。
「私が何でもかんでも、ノウエル伯爵の様に処罰するとでも思っているのか? 確かにダジンスキー公爵は先の戦闘で敗北した。しかし、あの状況から兵力の損害を最小限に抑えられたのも、ダジンスキー公爵の手腕だ。そこだけは誇ってもよいだろう」
「は、はあ……」
褒められたのか貶されたのかよく分からない言葉を貰い、私は反応に困る。
「それに、ダジンスキー公爵が一戦交えてくれたおかげで、奴等の真の狙いがある程度見えてきた。これは多少の兵力を失った以上の収穫だ。……処罰しない理由としては十分だろう?」
「奴等の、“真の狙い”ですと……?」
それは聞き捨てならない言葉だった……。
敵の狙い……それはつまり、敵がこの戦いの勝利条件を何処に置いているのかということだ。
敵はプアボム公国とムーア王国の混成軍だ。奴等の目的を考えれば、現在はムーア王国の王都奪還を目標としているのは間違いない。
その為敵はすぐに攻めて来ずに、十分に戦力を整えていると私達は結論を付けていたはずだ。
……だがセリオ殿の言い方だと、敵の狙いはその結論とは違うということなのか!?
「そう。奴等は今、王都の奪還の兵力を集める為に、全面攻勢を避けている。しかし、いくら兵力を集めたところで、私に“数”で勝つことは出来ない。……となれば――」
「――奴等には、“数”以外の方法でセリオ殿を倒す手段があり、今はそれの準備が整うのを待っている。ということか?!」
「察しが良いなダジンスキー公爵。その通りだ。恐らく先程の戦闘はただの牽制。その証拠に、奴等はダジンスキー公爵を深追いせず、戦線を押し上げることもしなかった」
……確かに、セリオ殿の“力”を見た後だと、セリオ殿にいくら数をぶつけても無意味なのは簡単に想像がつく。そうなるとセリオ殿を倒すには、“数”以外の方法しかない。
……だが同時に、『そんな方法が本当にあるのか?』という疑問が私の頭の中を埋め尽くす。
セリオ殿の強さは規格外だ。それは一目見ただけで理解させられた。恐らく、“王権派”の全戦力をぶつけても、セリオ殿一人に勝つことは不可能だろう。まさに化け物だ……。
そんなセリオ殿を倒せる方法があるとは、正直に言って想像できない。
……しかし、セリオ殿がその可能性を自ら口にしたということは、信じられないことにその方法があるということの何よりの証明だ。
「俄には信じがたいと言った顔だな。まあ、この件に関しては私に考えがあるから任せておけ。……それよりも、ダジンスキー公爵は早急に“王権派”軍の再編に集中してしてもらおうか? 私の希望としては明日までに終わらせてほしいのだが、出来そうか?」
……わざわざそこを強調してくるということは、拒否させる気はないようだな。
まあ元々、今の私達はセリオ殿の要求を断れる立場にないのだがな……。
心の中で小さなため息を吐き、私は背筋をピンッと伸ばして二つ返事で答えた。
「わかりました。必ず明日までに軍の再編を完了させましょう!」
「期待しているぞ?」
「はっ! では、早速取り掛かるので、失礼します」
そうして天幕を出た私は、急いで軍の再編に取り掛かった。
……余談だが、先の敗北で意気消沈していた貴族達が、「セリオ殿からの命令だ」と言った瞬間に、人が変わったように積極的に再編に協力し始めた。
その様はなんとも滑稽に思えて、私は自虐心から、またため息を吐くのだった。