残酷な描写あり
162.神都奇襲作戦4
「お、お前ら……!?」
「お、お前達は!?」
言葉は違っても、クワトルとティンクを挟む双方の陣営から発せられた感情は同一のものだった。
つまり、『驚愕』だ。そしてその意味も、おおよそ同じものだった。
「何でお前ら、平然としてるんだよ!?」
「なぜここに!? いやそれよりも、なぜ私の強化された魔力操作の中を動けている!?」
サジェスはまだ魔力操作を解除していない。その証拠にカルナ達は立ち上がるどころか、まだ体を動かせずに倒れ続けている。
にも拘らずクワトルとティンクの二人は、まるで何事の影響も受けていない様に平然とした様子で立っていた。
いやそれだけではない。クワトルとティンクは普通に歩いて姿を現していた。
その理由をこの場にいる敵味方双方の誰もが理解できずに困惑するしかない。
そんな場の空気感を察したのか、クワトルが双方に聞こえるように口を開いた。
「私達がどうして平然としているかですか? 答えは簡単です。そちらの魔力操作の影響を受けていないからですよ」
「そんなことは見れば分かる! 私が聞いているのは、何故影響を受けずにいられるのかを聞いているんだッ!」
サジェスの言葉にその場の誰もが心の中で頷いて同意する。その瞬間だけは、全員の敵味方の区別は消失していたようだった。
「それをあなたに答える義理は私にはありませ――」
「ふふん、それはこれのおかげだよ!」
敵に情報を与えないつもりだったクワトルの言葉を遮って、ティンクは身に着けていた新緑色のローブをわざと大きく翻してネタばらしを始めた。
これには流石のクワトルも呆れて頭を抱える。
「ティンク……あなたという子は……」
「あっ、ごめんクワトル。つい……」
「つい、ではありませんよ。これはあまり知られていい代物ではないのは理解っているでしょう?」
「ううっ……」
クワトルの説教に言い訳の言葉も浮かばずに意気消沈して下を向くティンク。
驚く相手を更に驚かせてやろうと思った子供特有のちょっとしたいたずら心のつもりだったのに、ティンクは無自覚にとんでもない失態を犯してしまった事実に後悔して泣きそうになる。
しかし後悔しても、時既に遅しであった。その情報は耳を欹てていた人達にしっかりと聞かれてしまったのだから。
「そんな何の変哲もないローブがこの私の魔術操作を打ち消しているというのか!? あり得ない!」
サジェスは声を大にしてティンクの言葉を否定する。
それはそうだ。サジェスは自身の魔力操作がティンクと初邂逅した時よりも強力になっていると実感しているし、自身の力の絶大さに絶対の自信をもっていた。
今の力なら、初邂逅の時に唯一行動不能にできなかったティンクの事すらも行動不能にできると……。
しかし現実はティンクどころか、その相方のクワトルにも力が通用しなかった。
しかもその理由がたった一枚の、何の変哲の無い新緑色のローブに防がれてしまったなんて……サジェスにとっては屈辱以外の何物でもなかった。
そんなサジェスの心境を知ってか知らずか、ティンクは無言で「そんなこと言われてもなー……」と言いたげな表情をサジェスに向ける。
結果的にそれがサジェスの怒りに更に油を注ぐことになってしまった。
「――ッ!? ……いいでしょう。だったら話は簡単です。お前達からそのローブを剥ぎ取れば済む話です。その上で今度こそ、私の前に跪かせてあげましょうッ! ヘルムクート、全ての魔獣を開放しなさい!」
「す、全てだって!? 出来なくはないがそこまでする必要は――」
「私とマターから話は聞いているでしょう。あの小娘は全力を持って排除するべきです!」
「俺も賛成だ旦那。あいつは徹底的に叩きのめさないと気が済まない! それにサジェスと話していて感じたが、あいつの底は未だに計り知れない。俺達の全力を持って対処するべきだぜ!」
「……わかった。おい、残りの檻の鍵を全て開けろ!」
二人の説得に応じたヘルムクートは全ての檻の鍵を外し、残りの魔獣を解き放った。
ヘルムクートの周囲に集結した五匹の魔獣達は、低い唸り声を響かせてクワトルとティンクを威嚇する。
災害と呼ばれる魔獣が五匹、それも全てが明確な敵意を向けているこの状況はあまりにも絶望的過ぎた。
正確にいうと敵意はクワトルとティンクに向けられていたのだが、その背後にいるブロキュオン帝国の兵士達にとってはそんな細かいことは関係ない。
魔獣の放つ強圧な敵意の余波に当てられただけで失神する者、狂ったような大声で泣き喚くもの、ひたすらに祈りの言葉を捧げる者、声を発する余裕もなく顔面蒼白になる者。
その殆どが戦意を根こそぎ刈り取られ、先程まで最高潮に高まっていた士気と熱気は最早跡形もなく消失していた。
まさに阿鼻叫喚。いくら優秀な指揮官であろうとも士気の立て直しなど望めない程に絶望的な状況となり果てていた。
しかしそのような状況の中心……いや、最前線に置かれていても尚、クワトルとティンクの表情だけは一切の揺らぎなく眼前の敵を静かに見つめていた。
「……魔獣五体を相手ですか、少々骨が折れそうですね」
「どれだけいても関係ないよクワトル。ティンク達の役目は何も変わらない。立ち塞がる敵がいればすべて吹き飛ばすだけだよ!」
圧倒的不利な状況でも決して折れることの無く武器を構える姿勢。それは正にカルナとオイフェが理想とする強者としてのあるべき姿だった。
そんな二人の強い背中を見たカルナとオイフェは、何も力になれない己の無力さを悔やみ歯軋りする。
そしてそんな二人に対して、醜くも嫉妬して嫌味を言っていた自分自身の心の弱さを強く恥じた。
「くそっ! このまま私達は見ているだけしか出来ねぇのかよッ!!」
「……ッ!」
しかしいくら悔しさに苛まれても、二人の身体が自由になるわけではなかった。
物語であればここで悔しさをバネにした二人の力が覚醒して大逆転したりするのだろうが、現実はいつも誰に対しても対等に無常なのだ。
その事実を無慈悲に突き付けられた二人の頬を涙が伝う。
だが状況はそんな二人の気持ちなど無視して勝手に進行していく。
「勿論これだけではありませんよ! 魔獣五体、そして私とマターが同時に相手をしてあげましょう!」
「2対7。過剰戦力かもしれないが、お前達を確実に殺す為だ。むしろ俺達がここまで本気を出して殺してやるんだから、光栄に思うんだな!」
魔術が通用しない魔獣が五体もいる時点で厄介なのに、そこに実力者のサジェスとマターの二人が加わると言うのだ。
最早それは過剰戦力という言葉で収めていいレベルを遥かに超えていた。
これにはクワトルも流石に表情を変えざるを得なかった。
「2対7ですか……これは、不味いですね。いくらティンクと二人掛でも、あの7体の敵を同時に相手するのは骨が折れるどころではないですよ。それに……」
クワトルはチラリと背後を見る。
そこには倒れるブロキュオン帝国の兵士達の姿があった。
「彼等を守りながらとなると……」
クワトルとティンクがエヴァイアに頼まれた役目はブロキュオン帝国軍の補佐、つまり今回の奇襲作戦において不測の事態が発生した際の保険役としての同行を頼まれたのだ。
現状はエヴァイアの言う不測の事態に該当するので助けに入った。ここまでいい。
しかしエヴァイアの頼みを完遂する為には、当然ブロキュオン帝国の兵士達の無事が条件だ。つまり、クワトル達はブロキュオン帝国軍を守りながら戦わないといけないのだ。
単純に7体の敵の相手だけを意識して戦うなら何とかなるだろう。
だが、動けなくなったブロキュオン帝国軍を守りながらとなれば話は変わってくる。
もし戦闘中にクワトル達がブロキュオン帝国軍を守りながら戦っていると悟られれば、数の力で突破されてブロキュオン帝国軍を人質に取られる可能性がある。
そうなれば事実上クワトル達に成す術は無くなってしまい、ブロキュオン帝国軍諸共拘束されたうえで殺されることは明白だ。
(……考えなければ。敵にブロキュオン帝国軍を守りながら戦っていることを悟られずに乗り切れる方法を!)
クワトルは冷静な表情を崩さないようにしながら必死に頭を捻った。
勝利条件の難しさを相手に悟られない様に、そして戦いの流れの主導権を相手に渡さない様にする方法を。
……しかしいくら考えても、中々いいアイディアが浮かばない。だけどそれは仕方ないことだ。
何故ならクワトルの本業はセレスティアの屋敷の『料理長』だ。間違えても『一流の剣士』じゃない。
セレスティアにゴーレム化してもらい驚異的な身体能力を得た事と、料理で鍛えた刃物捌きを武器にしてなんとか剣士のフリが出来ていただけなのだ。
クワトルに実戦経験などというものが積み上げられたのは、セレスティアの計画でハンターとして活動する事になったここ数ヵ月……つまりはつい最近の事だ。
戦いについての知識と経験が乏しい素人同然のクワトルに、この状況を好転させるアイディアを閃かせるなんて無理な話だった。
――だからこそ、そういった事はその筋の専門家に任せるのが最適解なのだ。
「――クワトル。ここはティンクに任せてくれないかな?」
ティンクはそう呟くと、徐に身に纏っていたローブを脱ぎ始めた。
「ティンク、一体何を……!?」
ティンクのこの突然の行動には流石のクワトルもビックリして声を大きくした。
しかし更に驚いたのは、ティンクがローブだけではなく両手に装着していたガントレットも外して、ついでに愛用の杖もまとめてクワトルに手渡してきたのだ。
「……クワトルの考えていることぐらい分かるよ。だからここはティンク一人で何とかする。クワトルはブロキュオン帝国軍の人達を守る事だけに専念して」
「しかしいくらティンクでも、一人で7体を同時に相手するのは分が悪いでしょう!」
クワトルは決してティンクが負けるとは考えていなかった。
ティンクの正体を知っているからこそ、苦戦はしても負ける事は無いと確信はしていた。
……だけど、それでティンクが無事に勝てるかは分からなかった。少なくとも何かしらの怪我は負うかもしれない。
そうなればハンター活動をする際に、セレスティアにティンクの事を任されていたクワトルの面目が立たない。
クワトルはそれが怖かった。セレスティアに仕える一人として、セレスティアからの信頼を裏切ってしまう行為だけは受け入れられなかった。
だからこそハンターとして活動している時は、ティンクが無茶をしない様に常に気を付けて目を光らせていたのだ。
……しかしそれでも、ティンクの決意は揺るがない。
「大丈夫だよクワトル、心配しないで。約束する、ティンクは無傷で勝ってみせるよ。その為にもこれを預かっていて欲しいの。大事なものだからね」
ティンクはそう言って再び、強く押し付けるようにして自分の装備をクワトルに預けた。
そして敵の方へ向かいながらボソッと一言、クワトルに呟いた。
「……本気出すから、しっかりと離れててね」
「――っ!?」
その言葉を聞き、クワトルはティンクが何もしようとしているのかを察した。
ティンクの言う「本気」。その意味が理解できないクワトルではなかった。
「……分かりました。敵は任せましたよ」
「うん!」
ティンクの言う通りに、クワトルは踵を返してブロキュオン帝国軍の方へと向かう。
その際にクワトルがチラリと見たティンクの表情は……笑っていた。
「お、お前達は!?」
言葉は違っても、クワトルとティンクを挟む双方の陣営から発せられた感情は同一のものだった。
つまり、『驚愕』だ。そしてその意味も、おおよそ同じものだった。
「何でお前ら、平然としてるんだよ!?」
「なぜここに!? いやそれよりも、なぜ私の強化された魔力操作の中を動けている!?」
サジェスはまだ魔力操作を解除していない。その証拠にカルナ達は立ち上がるどころか、まだ体を動かせずに倒れ続けている。
にも拘らずクワトルとティンクの二人は、まるで何事の影響も受けていない様に平然とした様子で立っていた。
いやそれだけではない。クワトルとティンクは普通に歩いて姿を現していた。
その理由をこの場にいる敵味方双方の誰もが理解できずに困惑するしかない。
そんな場の空気感を察したのか、クワトルが双方に聞こえるように口を開いた。
「私達がどうして平然としているかですか? 答えは簡単です。そちらの魔力操作の影響を受けていないからですよ」
「そんなことは見れば分かる! 私が聞いているのは、何故影響を受けずにいられるのかを聞いているんだッ!」
サジェスの言葉にその場の誰もが心の中で頷いて同意する。その瞬間だけは、全員の敵味方の区別は消失していたようだった。
「それをあなたに答える義理は私にはありませ――」
「ふふん、それはこれのおかげだよ!」
敵に情報を与えないつもりだったクワトルの言葉を遮って、ティンクは身に着けていた新緑色のローブをわざと大きく翻してネタばらしを始めた。
これには流石のクワトルも呆れて頭を抱える。
「ティンク……あなたという子は……」
「あっ、ごめんクワトル。つい……」
「つい、ではありませんよ。これはあまり知られていい代物ではないのは理解っているでしょう?」
「ううっ……」
クワトルの説教に言い訳の言葉も浮かばずに意気消沈して下を向くティンク。
驚く相手を更に驚かせてやろうと思った子供特有のちょっとしたいたずら心のつもりだったのに、ティンクは無自覚にとんでもない失態を犯してしまった事実に後悔して泣きそうになる。
しかし後悔しても、時既に遅しであった。その情報は耳を欹てていた人達にしっかりと聞かれてしまったのだから。
「そんな何の変哲もないローブがこの私の魔術操作を打ち消しているというのか!? あり得ない!」
サジェスは声を大にしてティンクの言葉を否定する。
それはそうだ。サジェスは自身の魔力操作がティンクと初邂逅した時よりも強力になっていると実感しているし、自身の力の絶大さに絶対の自信をもっていた。
今の力なら、初邂逅の時に唯一行動不能にできなかったティンクの事すらも行動不能にできると……。
しかし現実はティンクどころか、その相方のクワトルにも力が通用しなかった。
しかもその理由がたった一枚の、何の変哲の無い新緑色のローブに防がれてしまったなんて……サジェスにとっては屈辱以外の何物でもなかった。
そんなサジェスの心境を知ってか知らずか、ティンクは無言で「そんなこと言われてもなー……」と言いたげな表情をサジェスに向ける。
結果的にそれがサジェスの怒りに更に油を注ぐことになってしまった。
「――ッ!? ……いいでしょう。だったら話は簡単です。お前達からそのローブを剥ぎ取れば済む話です。その上で今度こそ、私の前に跪かせてあげましょうッ! ヘルムクート、全ての魔獣を開放しなさい!」
「す、全てだって!? 出来なくはないがそこまでする必要は――」
「私とマターから話は聞いているでしょう。あの小娘は全力を持って排除するべきです!」
「俺も賛成だ旦那。あいつは徹底的に叩きのめさないと気が済まない! それにサジェスと話していて感じたが、あいつの底は未だに計り知れない。俺達の全力を持って対処するべきだぜ!」
「……わかった。おい、残りの檻の鍵を全て開けろ!」
二人の説得に応じたヘルムクートは全ての檻の鍵を外し、残りの魔獣を解き放った。
ヘルムクートの周囲に集結した五匹の魔獣達は、低い唸り声を響かせてクワトルとティンクを威嚇する。
災害と呼ばれる魔獣が五匹、それも全てが明確な敵意を向けているこの状況はあまりにも絶望的過ぎた。
正確にいうと敵意はクワトルとティンクに向けられていたのだが、その背後にいるブロキュオン帝国の兵士達にとってはそんな細かいことは関係ない。
魔獣の放つ強圧な敵意の余波に当てられただけで失神する者、狂ったような大声で泣き喚くもの、ひたすらに祈りの言葉を捧げる者、声を発する余裕もなく顔面蒼白になる者。
その殆どが戦意を根こそぎ刈り取られ、先程まで最高潮に高まっていた士気と熱気は最早跡形もなく消失していた。
まさに阿鼻叫喚。いくら優秀な指揮官であろうとも士気の立て直しなど望めない程に絶望的な状況となり果てていた。
しかしそのような状況の中心……いや、最前線に置かれていても尚、クワトルとティンクの表情だけは一切の揺らぎなく眼前の敵を静かに見つめていた。
「……魔獣五体を相手ですか、少々骨が折れそうですね」
「どれだけいても関係ないよクワトル。ティンク達の役目は何も変わらない。立ち塞がる敵がいればすべて吹き飛ばすだけだよ!」
圧倒的不利な状況でも決して折れることの無く武器を構える姿勢。それは正にカルナとオイフェが理想とする強者としてのあるべき姿だった。
そんな二人の強い背中を見たカルナとオイフェは、何も力になれない己の無力さを悔やみ歯軋りする。
そしてそんな二人に対して、醜くも嫉妬して嫌味を言っていた自分自身の心の弱さを強く恥じた。
「くそっ! このまま私達は見ているだけしか出来ねぇのかよッ!!」
「……ッ!」
しかしいくら悔しさに苛まれても、二人の身体が自由になるわけではなかった。
物語であればここで悔しさをバネにした二人の力が覚醒して大逆転したりするのだろうが、現実はいつも誰に対しても対等に無常なのだ。
その事実を無慈悲に突き付けられた二人の頬を涙が伝う。
だが状況はそんな二人の気持ちなど無視して勝手に進行していく。
「勿論これだけではありませんよ! 魔獣五体、そして私とマターが同時に相手をしてあげましょう!」
「2対7。過剰戦力かもしれないが、お前達を確実に殺す為だ。むしろ俺達がここまで本気を出して殺してやるんだから、光栄に思うんだな!」
魔術が通用しない魔獣が五体もいる時点で厄介なのに、そこに実力者のサジェスとマターの二人が加わると言うのだ。
最早それは過剰戦力という言葉で収めていいレベルを遥かに超えていた。
これにはクワトルも流石に表情を変えざるを得なかった。
「2対7ですか……これは、不味いですね。いくらティンクと二人掛でも、あの7体の敵を同時に相手するのは骨が折れるどころではないですよ。それに……」
クワトルはチラリと背後を見る。
そこには倒れるブロキュオン帝国の兵士達の姿があった。
「彼等を守りながらとなると……」
クワトルとティンクがエヴァイアに頼まれた役目はブロキュオン帝国軍の補佐、つまり今回の奇襲作戦において不測の事態が発生した際の保険役としての同行を頼まれたのだ。
現状はエヴァイアの言う不測の事態に該当するので助けに入った。ここまでいい。
しかしエヴァイアの頼みを完遂する為には、当然ブロキュオン帝国の兵士達の無事が条件だ。つまり、クワトル達はブロキュオン帝国軍を守りながら戦わないといけないのだ。
単純に7体の敵の相手だけを意識して戦うなら何とかなるだろう。
だが、動けなくなったブロキュオン帝国軍を守りながらとなれば話は変わってくる。
もし戦闘中にクワトル達がブロキュオン帝国軍を守りながら戦っていると悟られれば、数の力で突破されてブロキュオン帝国軍を人質に取られる可能性がある。
そうなれば事実上クワトル達に成す術は無くなってしまい、ブロキュオン帝国軍諸共拘束されたうえで殺されることは明白だ。
(……考えなければ。敵にブロキュオン帝国軍を守りながら戦っていることを悟られずに乗り切れる方法を!)
クワトルは冷静な表情を崩さないようにしながら必死に頭を捻った。
勝利条件の難しさを相手に悟られない様に、そして戦いの流れの主導権を相手に渡さない様にする方法を。
……しかしいくら考えても、中々いいアイディアが浮かばない。だけどそれは仕方ないことだ。
何故ならクワトルの本業はセレスティアの屋敷の『料理長』だ。間違えても『一流の剣士』じゃない。
セレスティアにゴーレム化してもらい驚異的な身体能力を得た事と、料理で鍛えた刃物捌きを武器にしてなんとか剣士のフリが出来ていただけなのだ。
クワトルに実戦経験などというものが積み上げられたのは、セレスティアの計画でハンターとして活動する事になったここ数ヵ月……つまりはつい最近の事だ。
戦いについての知識と経験が乏しい素人同然のクワトルに、この状況を好転させるアイディアを閃かせるなんて無理な話だった。
――だからこそ、そういった事はその筋の専門家に任せるのが最適解なのだ。
「――クワトル。ここはティンクに任せてくれないかな?」
ティンクはそう呟くと、徐に身に纏っていたローブを脱ぎ始めた。
「ティンク、一体何を……!?」
ティンクのこの突然の行動には流石のクワトルもビックリして声を大きくした。
しかし更に驚いたのは、ティンクがローブだけではなく両手に装着していたガントレットも外して、ついでに愛用の杖もまとめてクワトルに手渡してきたのだ。
「……クワトルの考えていることぐらい分かるよ。だからここはティンク一人で何とかする。クワトルはブロキュオン帝国軍の人達を守る事だけに専念して」
「しかしいくらティンクでも、一人で7体を同時に相手するのは分が悪いでしょう!」
クワトルは決してティンクが負けるとは考えていなかった。
ティンクの正体を知っているからこそ、苦戦はしても負ける事は無いと確信はしていた。
……だけど、それでティンクが無事に勝てるかは分からなかった。少なくとも何かしらの怪我は負うかもしれない。
そうなればハンター活動をする際に、セレスティアにティンクの事を任されていたクワトルの面目が立たない。
クワトルはそれが怖かった。セレスティアに仕える一人として、セレスティアからの信頼を裏切ってしまう行為だけは受け入れられなかった。
だからこそハンターとして活動している時は、ティンクが無茶をしない様に常に気を付けて目を光らせていたのだ。
……しかしそれでも、ティンクの決意は揺るがない。
「大丈夫だよクワトル、心配しないで。約束する、ティンクは無傷で勝ってみせるよ。その為にもこれを預かっていて欲しいの。大事なものだからね」
ティンクはそう言って再び、強く押し付けるようにして自分の装備をクワトルに預けた。
そして敵の方へ向かいながらボソッと一言、クワトルに呟いた。
「……本気出すから、しっかりと離れててね」
「――っ!?」
その言葉を聞き、クワトルはティンクが何もしようとしているのかを察した。
ティンクの言う「本気」。その意味が理解できないクワトルではなかった。
「……分かりました。敵は任せましたよ」
「うん!」
ティンクの言う通りに、クワトルは踵を返してブロキュオン帝国軍の方へと向かう。
その際にクワトルがチラリと見たティンクの表情は……笑っていた。