残酷な描写あり
163.ティンクの本気
……身体が、重い。凄い圧迫感だ。
とてつもない力が、わたしの全身を地面に無理矢理押し付けようとしている。
足を一歩踏み出すだけでも、かなり力を入れないといけないほどだ。
だけど、ブロキュオン帝国軍の人達みたいに動けなくなるほどじゃない。
前に遭遇した時からそれほど時間は経っていないのに、どうやってこれほど力を強く出来たのかは分からない。
だけど、わたしの動きを鈍らせる程の力なんて初めてだ。
……この力を野放しにしたら危険だ。そう直感した。
ブロキュオン帝国軍の人達はみんな動けない。ミューダ様の特製ローブを着ているクワトルは動けるけど、流石に魔獣5体を同時に相手するのは無理だ。
だから、わたしがやらないと!
……でも今のままじゃ駄目だ。魔術師としてのわたしじゃ、魔力を吸収する魔獣相手に不利すぎる。
錬金術を使えば魔獣を相手にできるけど、魔獣五体とサジェスとマターの二人も同時に相手するには、まだまだわたしの錬金術の練度が足りない。
魔術も駄目、錬金術も駄目。……残った手段は、わたしが本気を出すしかない。
でもわたしの本気の力は簡単に見せていいものじゃない。
だけどセレスティア様は「もしもの時は躊躇い無く使いなさい」って言っていた。……うん、何度考えても、やっぱり今がその時だ!
本気を出すのに邪魔な装備品はクワトルに預けた。
何かあればブロキュオン帝国軍の人達を守ってとも頼んだ。
これで心置きなく本気で戦える!
わたしは久しぶりの解放感に心踊らせ、パシッと拳を叩いて気合いを入れた。
そして敵の正面に立つ。
「……まさか装備を外しても尚、まだ私の魔力操作の中を動けるとは。底が見えないと思っていたが……これほどとはな。しかし、どういうつもりだ小娘? まさかそんな丸腰で私達と戦うなんて言うつもりか?」
「そうだよ。ティンク達が勝つにはこれしかないからね」
「舐めるのもいい加減にしろ! 魔術師が丸腰で戦うなどと、貴様はどこまで私達を馬鹿にすれば気が済むんだ!!」
サジェスが強烈な怒りと敵意を向けてきた。
別に馬鹿にしてるつもりはないんだけどな……。
むしろわたしが本気を出すしかない状況を作ったのは凄いことなのに……。
でもそれをわざわざ指摘しても意味がないと思って、特に言葉は返さなかった。
だってどっちにしても、これからわたしが本気を出して戦うことに変わりはない。
その時に嫌でもわたしの本気の力を知ることになるはずだ。
「そろそろいいかな? ――本気で行くよ!」
わたしは今まで押さ込んでいた魔力を解放した。
魔力を解放した瞬間、わたしを押さえつけようとしていた圧迫感が無くなって身体が軽くなる。魔力量が増大したことで、サジェスの魔力操作の影響を受けなくなったからだ。
――これだ。この感覚だ!
押さえ込んでいた魔力が暴れるように、わたしの全身を駆け巡る。その流れに同調するみたいに、血が滾って身体が熱くなる。
心の底から沸き上がる高揚感に、わたしは胸を躍らせた。
久しぶりに自分の力の全てを解き放つ解放感がわたしの本能を刺激して、ついつい口元が緩んでしまう。
「な、なんだ、何が起きている……!?」
「サジェス、旦那! 何か不味い! 今すぐ攻撃するぞ!」
わたしの解放した魔力の圧を感じて、サジェス達は慌てた様子で攻撃を仕掛けてくる。
サジェスは無数の鋭い魔力弾をわたしの全方位に展開して発射し、マターは沢山のナイフをわたし目掛けて的確に投げまくり、ヘルムクートは五体の魔獣を同時に操り一斉に突撃させてきた。
なりふり構わない一斉攻撃。わたしを殺そうとする本気の力が容赦なく襲い掛かってくる。
……でも遅い。そして、弱い。
「『竜化』!」
解放した魔力の循環を更に加速させて、身体の隅々にまで行き渡らせる。
全身を活性化させることで、わたしは本来の姿に戻る。
肌は竜の鱗のように硬くなって、両手の爪は鋭く伸び、歯は鋭利に尖る。
そして竜種の特徴である角が頭に、翼が背中から生えた。
でもそれ以外は、人の姿のままだ。だけどわたしの竜化はこれで完了している。
私の『竜化』はお父さんのように完全な竜になることは出来ない。
その理由はわたしが竜種と人間の間に産まれた子供、つまり『ハーフ』だからだ。
お父さんが言うには、人間の血を半分引いているわたしは竜種と人間の特徴が混ざった姿になるみたいで、完全な竜になることは出来ないらしい。
でも『竜化』をすることで、竜種の力は十分に引き出せているらしい。
実際『竜化』したわたしは、身体の中から湧き上がってきて溢れ出る力を懐かしく感じていた。
まるで、これがわたしの本来の姿と力だよと訴え掛けてきているみたいな感覚だ。
『竜化』によるパワーアップは凄まじく、あらゆる能力が大幅に向上しているのが分かる。
その証拠に、わたしに向かって来ているはずの魔力弾やナイフや魔獣達の動きが、竜化前と違って本当に止まっている様に見えているからだ。
何も慌てる必要はない。全ての攻撃の動きが手に取るように分かる。
わたしは冷静に落ち着いて、攻撃を一つずつ的確に対処していく。
一番最初に飛んできたのはサジェスの魔力弾だ。
わたしは翼を動かして魔力を放出することで、全方位から飛んできたサジェスの魔力弾を相殺して消し飛ばす。
次に飛んで来たのはマターが投げた沢山のナイフだ。僅かにだけど、ナイフから変なニオイが漂ってきた。多分だけど、あのナイフ全てに猛毒が仕込まれているんだ。
ナイフの数は多いけど全部躱すのは簡単だ。だけど、一本でも後ろにいるクワトル達の方に飛んでいって、もしもの事があったら大変だ。
だからわたしは飛んできた全てのナイフを、爪を振り回して正確に叩き落とした。
竜化して強固に伸びた爪なら、ナイフ程度で傷はつかない。つまり毒も効かないってことだ。
魔力弾とナイフの対処が終わったら、次は魔獣達だ。
襲い掛かってくる五体の魔獣達は、ほぼ同時にわたしに近付いて来ている。
魔獣達はそれぞれ大きさも違えば形も違う。範囲攻撃で一度に纏めて倒そうにも、魔獣は魔力を吸収してしまうから魔術は通用しない。
でもなるべく速やかに、そして一気に倒さないと、面倒になるのは間違いない。
「――だったら、ほぼ同時になるくらい素早く倒せばいい!」
そう決めるとわたしは脚に力を込めて、一気に踏み込んで加速した。
音を置き去りにして移動したわたしは、一瞬で熊のような姿をした魔獣の懐に潜り込む。そして拳を握り締めて、熊の魔獣目掛けて全力で振り抜いた。
わたしの動きを追えなかった熊の魔獣は、わたしの攻撃に対処することも出来ずに、胴体に巨大な穴が開いて前のめりに倒れた。
「次っ!」
次にわたしが狙ったのは、鹿のような姿をした魔獣だ。
わたし目掛けて突っ込んできた激しく分かれた枝のような鋭い角を躱して掴み、隣にいた亀のような姿の魔獣の甲羅に狙いを定めて、甲羅の上から地面までをその角で突き刺して貫いた。
鹿の魔獣は無理矢理角を掴まれて頭を動かされた衝撃で頭が胴体から千切れ、首から血を勢いよく噴き出して動かなくなる。
そして甲羅を角で突き刺された亀の魔獣は、わたしの力に耐え切れなかった甲羅と心臓が粉々に粉砕して絶命した。
「あと2匹!!」
残ったのは蟷螂のような姿の魔獣と、鷹のような姿の魔獣だけだ。
近くで暴れるわたしにようやく気付いた二匹は、向きを変えてわたしに襲い掛かってくる。
挟み撃ちされる形になったけど、わたしは上空に飛び上がって二匹の突進を躱す。
二匹のうち面倒なのは、空を高速で飛べる鷹の魔獣だ。
現に蟷螂の魔獣は地上に残って何も出来ないでいるのに、鷹の魔獣は上空にいるわたしをすぐさま追いかけて来た。
わたしも翼があるので制空権を取られることはないけど、空中戦はあまりしたことがなくてまだ慣れていない。
なので先に鷹の魔獣を倒さないと、無駄に時間を使ってしまうかもしれない。
わたしは翼を羽ばたかせて飛び上がった勢いを殺すと同時に、上昇して向かって来る鷹の魔獣に向かって一直線に加速して脚を突き出す。
鷹に向かって降下するわたしに重力の力が加わって、その速度は上昇して来る鷹の魔獣の速度を遥かに凌駕する。
すると、わたしの脚の先端が前方の空気を圧縮して強烈な熱と赤い光を帯び始めた。
その現象を見た時にふと、セレスティア様から錬金術関連の勉強を受けた時の事を思い出した。
そしてわたしの脳裏にピコンッと言葉が浮かんできた。直感でその言葉を気に入ったわたしは、思わずその言葉を大声で叫ぶ。
「『シューティングスター・キィィィィック!!』」
わたしの新しい必殺技が完成した瞬間だった。
鷹の魔獣は超高速に加速したわたしから繰り出された『シューティングスター・キック』を躱すことが出来ずに直撃して、わたしと一緒に地上へ落下していく。……そしてその着地点には、蟷螂の魔獣がいた。
ドゴォォオオオオンン!!!!
地上に落下した瞬間、凄まじい轟音が周囲へ響き渡って大量の砂塵が舞い上がる。
とんでもない勢いで落下した衝撃で、鷹の魔獣と蟷螂の魔獣は地面と一緒に砕けて細かい粒子になって跡形もなく飛び散った。
とりあえずこれで面倒な魔獣は全部倒した。時間もほんの数秒くらいしか掛かっていないから上出来だと思う。
残りはサジェス達、サピエル法国軍だ。
わたしは魔力と気配を感じ取って、それを頼りに視界の無い砂塵の中を駆けた。
まず目指したのは最も魔力量が多い人物……サジェスだ。あの男を何とかしない限りブロキュオン帝国軍の人達は動くことが出来ない。
わたしと同じく相手の魔力を感じ取れるサジェスは、わたしが接近して来るのを感じ取ったようで、咄嗟に魔術を放って応戦して来た。
どんな魔術が放たれているのか、目視が出来ないので判別することが出来ない。
……でもそんなことは関係ない。魔獣がいなくなったのでわたしも自由に魔術を使えるからだ。
「『マジックシールド』!」
わたしが発動したのは、全身を魔力の膜で守る防御魔術だ。物理的な攻撃に対する防御力は無いけど、魔術に対する防御力を大幅に上げることが出来る。これで大抵の魔術はわたしに効かなくなった。
わたしの魔力を頼りに正確に飛んで来たサジェスの魔術は、マジックシールドの効力でわたしに直撃すると同時に四散して消滅する。
(『ライトアロー』に『アイスランス』に『魔力弾』。……すごい、『カマイタチ』に『火炎弾』も同時に発動していたんだ!)
驚いたことに、サジェスは五つの魔術を同時に発動していた。
それも『初級攻撃魔術』三つと、『中級攻撃魔術』二つを同時にだ。
今のサジェスの魔術師としての実力は、間違いなくこの大陸で5本の指に入っていると思う。
「まあ、そこにミューダ様とセレスティア様とティンクは含んでないけどね」
サジェスの魔術を体当たりで弾きながら砂塵を抜け出したわたしは、あっという間にサジェスの目の前に辿り着いた。
「――なっ!?」
「じゃあね」
そしてわたしの振り抜いた爪が、サジェスの身体を呆気なく切断する。
感触としては、熱したナイフでバターを切った時の様だった。
サジェスは最後まで何が起きたのか理解しきることは無かっただろう。
「サジェス!?」
サジェスの最後を目撃したマターが、驚愕に見開いた目でわたしを見てくる。
驚愕で動きが一瞬止まっているのをチャンスだと思って、わたしは次の標的をマターにすることにした。
わたしはマターの懐に一瞬で踏み込むと、マターの顎目掛けて素早く拳を振り抜いた。
「うがっ――!?」
わたしの素早い動きに全く反応できなかったマターは、一瞬で気を失ってその場に崩れ落ちる。
ついでに同じく近くにいたヘルムクートにも、マターにしたのと同じことをして意識を奪っておく。
「……よし、とりあえずこれで皇帝のお願い通りには出来たかな?」
わたしとクワトルが皇帝からお願いされた内容は、今回の作戦で不測の事態が起きた時の保険役の他にもう一つあった。
それがマターとヘルムクートの捕獲だ。皇帝は出来る限り殺さずに捕まえて欲しいと言っていた。
『竜化』した状態で手加減するなんて、今までやったことがなかった。ぶっつけ本番になったから上手くできるか不安だったけど、とりあえずは二人とも殺さずに上手く気絶させることが出来て良かった。
わたしはホッと安堵の溜め息を吐いて胸を撫で下ろす。
……でもまだ気は抜けない。まだやることは残っている。
わたしは気持ちを再びグッと引き締めて、トンネルの方向に向き直る。
そこにはわたしに視線を固定したまま恐怖と驚愕の表情を浮かべて、ブルブルと身体を震わせているサピエル法国軍の兵士達が残っていた。
「本当はブロキュオン帝国軍の人達に任せてもいいんだけど、ここまでやったならティンクが最後までやった方がいいよね? それに、そっちの方が確実だし早く終わると思うし。……うん、その方が絶対にいい!」
けっして、まだ動き足りないとかそんなことじゃない。……ホントウダヨ?
……とにかく、わたしは早速残った敵の殲滅を開始した。
と言っても戦意喪失した敵なんて今のわたしの相手になるわけがなく、巻き上がっていた砂塵が晴れるころには残った敵の殲滅は完了してしまった。
とてつもない力が、わたしの全身を地面に無理矢理押し付けようとしている。
足を一歩踏み出すだけでも、かなり力を入れないといけないほどだ。
だけど、ブロキュオン帝国軍の人達みたいに動けなくなるほどじゃない。
前に遭遇した時からそれほど時間は経っていないのに、どうやってこれほど力を強く出来たのかは分からない。
だけど、わたしの動きを鈍らせる程の力なんて初めてだ。
……この力を野放しにしたら危険だ。そう直感した。
ブロキュオン帝国軍の人達はみんな動けない。ミューダ様の特製ローブを着ているクワトルは動けるけど、流石に魔獣5体を同時に相手するのは無理だ。
だから、わたしがやらないと!
……でも今のままじゃ駄目だ。魔術師としてのわたしじゃ、魔力を吸収する魔獣相手に不利すぎる。
錬金術を使えば魔獣を相手にできるけど、魔獣五体とサジェスとマターの二人も同時に相手するには、まだまだわたしの錬金術の練度が足りない。
魔術も駄目、錬金術も駄目。……残った手段は、わたしが本気を出すしかない。
でもわたしの本気の力は簡単に見せていいものじゃない。
だけどセレスティア様は「もしもの時は躊躇い無く使いなさい」って言っていた。……うん、何度考えても、やっぱり今がその時だ!
本気を出すのに邪魔な装備品はクワトルに預けた。
何かあればブロキュオン帝国軍の人達を守ってとも頼んだ。
これで心置きなく本気で戦える!
わたしは久しぶりの解放感に心踊らせ、パシッと拳を叩いて気合いを入れた。
そして敵の正面に立つ。
「……まさか装備を外しても尚、まだ私の魔力操作の中を動けるとは。底が見えないと思っていたが……これほどとはな。しかし、どういうつもりだ小娘? まさかそんな丸腰で私達と戦うなんて言うつもりか?」
「そうだよ。ティンク達が勝つにはこれしかないからね」
「舐めるのもいい加減にしろ! 魔術師が丸腰で戦うなどと、貴様はどこまで私達を馬鹿にすれば気が済むんだ!!」
サジェスが強烈な怒りと敵意を向けてきた。
別に馬鹿にしてるつもりはないんだけどな……。
むしろわたしが本気を出すしかない状況を作ったのは凄いことなのに……。
でもそれをわざわざ指摘しても意味がないと思って、特に言葉は返さなかった。
だってどっちにしても、これからわたしが本気を出して戦うことに変わりはない。
その時に嫌でもわたしの本気の力を知ることになるはずだ。
「そろそろいいかな? ――本気で行くよ!」
わたしは今まで押さ込んでいた魔力を解放した。
魔力を解放した瞬間、わたしを押さえつけようとしていた圧迫感が無くなって身体が軽くなる。魔力量が増大したことで、サジェスの魔力操作の影響を受けなくなったからだ。
――これだ。この感覚だ!
押さえ込んでいた魔力が暴れるように、わたしの全身を駆け巡る。その流れに同調するみたいに、血が滾って身体が熱くなる。
心の底から沸き上がる高揚感に、わたしは胸を躍らせた。
久しぶりに自分の力の全てを解き放つ解放感がわたしの本能を刺激して、ついつい口元が緩んでしまう。
「な、なんだ、何が起きている……!?」
「サジェス、旦那! 何か不味い! 今すぐ攻撃するぞ!」
わたしの解放した魔力の圧を感じて、サジェス達は慌てた様子で攻撃を仕掛けてくる。
サジェスは無数の鋭い魔力弾をわたしの全方位に展開して発射し、マターは沢山のナイフをわたし目掛けて的確に投げまくり、ヘルムクートは五体の魔獣を同時に操り一斉に突撃させてきた。
なりふり構わない一斉攻撃。わたしを殺そうとする本気の力が容赦なく襲い掛かってくる。
……でも遅い。そして、弱い。
「『竜化』!」
解放した魔力の循環を更に加速させて、身体の隅々にまで行き渡らせる。
全身を活性化させることで、わたしは本来の姿に戻る。
肌は竜の鱗のように硬くなって、両手の爪は鋭く伸び、歯は鋭利に尖る。
そして竜種の特徴である角が頭に、翼が背中から生えた。
でもそれ以外は、人の姿のままだ。だけどわたしの竜化はこれで完了している。
私の『竜化』はお父さんのように完全な竜になることは出来ない。
その理由はわたしが竜種と人間の間に産まれた子供、つまり『ハーフ』だからだ。
お父さんが言うには、人間の血を半分引いているわたしは竜種と人間の特徴が混ざった姿になるみたいで、完全な竜になることは出来ないらしい。
でも『竜化』をすることで、竜種の力は十分に引き出せているらしい。
実際『竜化』したわたしは、身体の中から湧き上がってきて溢れ出る力を懐かしく感じていた。
まるで、これがわたしの本来の姿と力だよと訴え掛けてきているみたいな感覚だ。
『竜化』によるパワーアップは凄まじく、あらゆる能力が大幅に向上しているのが分かる。
その証拠に、わたしに向かって来ているはずの魔力弾やナイフや魔獣達の動きが、竜化前と違って本当に止まっている様に見えているからだ。
何も慌てる必要はない。全ての攻撃の動きが手に取るように分かる。
わたしは冷静に落ち着いて、攻撃を一つずつ的確に対処していく。
一番最初に飛んできたのはサジェスの魔力弾だ。
わたしは翼を動かして魔力を放出することで、全方位から飛んできたサジェスの魔力弾を相殺して消し飛ばす。
次に飛んで来たのはマターが投げた沢山のナイフだ。僅かにだけど、ナイフから変なニオイが漂ってきた。多分だけど、あのナイフ全てに猛毒が仕込まれているんだ。
ナイフの数は多いけど全部躱すのは簡単だ。だけど、一本でも後ろにいるクワトル達の方に飛んでいって、もしもの事があったら大変だ。
だからわたしは飛んできた全てのナイフを、爪を振り回して正確に叩き落とした。
竜化して強固に伸びた爪なら、ナイフ程度で傷はつかない。つまり毒も効かないってことだ。
魔力弾とナイフの対処が終わったら、次は魔獣達だ。
襲い掛かってくる五体の魔獣達は、ほぼ同時にわたしに近付いて来ている。
魔獣達はそれぞれ大きさも違えば形も違う。範囲攻撃で一度に纏めて倒そうにも、魔獣は魔力を吸収してしまうから魔術は通用しない。
でもなるべく速やかに、そして一気に倒さないと、面倒になるのは間違いない。
「――だったら、ほぼ同時になるくらい素早く倒せばいい!」
そう決めるとわたしは脚に力を込めて、一気に踏み込んで加速した。
音を置き去りにして移動したわたしは、一瞬で熊のような姿をした魔獣の懐に潜り込む。そして拳を握り締めて、熊の魔獣目掛けて全力で振り抜いた。
わたしの動きを追えなかった熊の魔獣は、わたしの攻撃に対処することも出来ずに、胴体に巨大な穴が開いて前のめりに倒れた。
「次っ!」
次にわたしが狙ったのは、鹿のような姿をした魔獣だ。
わたし目掛けて突っ込んできた激しく分かれた枝のような鋭い角を躱して掴み、隣にいた亀のような姿の魔獣の甲羅に狙いを定めて、甲羅の上から地面までをその角で突き刺して貫いた。
鹿の魔獣は無理矢理角を掴まれて頭を動かされた衝撃で頭が胴体から千切れ、首から血を勢いよく噴き出して動かなくなる。
そして甲羅を角で突き刺された亀の魔獣は、わたしの力に耐え切れなかった甲羅と心臓が粉々に粉砕して絶命した。
「あと2匹!!」
残ったのは蟷螂のような姿の魔獣と、鷹のような姿の魔獣だけだ。
近くで暴れるわたしにようやく気付いた二匹は、向きを変えてわたしに襲い掛かってくる。
挟み撃ちされる形になったけど、わたしは上空に飛び上がって二匹の突進を躱す。
二匹のうち面倒なのは、空を高速で飛べる鷹の魔獣だ。
現に蟷螂の魔獣は地上に残って何も出来ないでいるのに、鷹の魔獣は上空にいるわたしをすぐさま追いかけて来た。
わたしも翼があるので制空権を取られることはないけど、空中戦はあまりしたことがなくてまだ慣れていない。
なので先に鷹の魔獣を倒さないと、無駄に時間を使ってしまうかもしれない。
わたしは翼を羽ばたかせて飛び上がった勢いを殺すと同時に、上昇して向かって来る鷹の魔獣に向かって一直線に加速して脚を突き出す。
鷹に向かって降下するわたしに重力の力が加わって、その速度は上昇して来る鷹の魔獣の速度を遥かに凌駕する。
すると、わたしの脚の先端が前方の空気を圧縮して強烈な熱と赤い光を帯び始めた。
その現象を見た時にふと、セレスティア様から錬金術関連の勉強を受けた時の事を思い出した。
そしてわたしの脳裏にピコンッと言葉が浮かんできた。直感でその言葉を気に入ったわたしは、思わずその言葉を大声で叫ぶ。
「『シューティングスター・キィィィィック!!』」
わたしの新しい必殺技が完成した瞬間だった。
鷹の魔獣は超高速に加速したわたしから繰り出された『シューティングスター・キック』を躱すことが出来ずに直撃して、わたしと一緒に地上へ落下していく。……そしてその着地点には、蟷螂の魔獣がいた。
ドゴォォオオオオンン!!!!
地上に落下した瞬間、凄まじい轟音が周囲へ響き渡って大量の砂塵が舞い上がる。
とんでもない勢いで落下した衝撃で、鷹の魔獣と蟷螂の魔獣は地面と一緒に砕けて細かい粒子になって跡形もなく飛び散った。
とりあえずこれで面倒な魔獣は全部倒した。時間もほんの数秒くらいしか掛かっていないから上出来だと思う。
残りはサジェス達、サピエル法国軍だ。
わたしは魔力と気配を感じ取って、それを頼りに視界の無い砂塵の中を駆けた。
まず目指したのは最も魔力量が多い人物……サジェスだ。あの男を何とかしない限りブロキュオン帝国軍の人達は動くことが出来ない。
わたしと同じく相手の魔力を感じ取れるサジェスは、わたしが接近して来るのを感じ取ったようで、咄嗟に魔術を放って応戦して来た。
どんな魔術が放たれているのか、目視が出来ないので判別することが出来ない。
……でもそんなことは関係ない。魔獣がいなくなったのでわたしも自由に魔術を使えるからだ。
「『マジックシールド』!」
わたしが発動したのは、全身を魔力の膜で守る防御魔術だ。物理的な攻撃に対する防御力は無いけど、魔術に対する防御力を大幅に上げることが出来る。これで大抵の魔術はわたしに効かなくなった。
わたしの魔力を頼りに正確に飛んで来たサジェスの魔術は、マジックシールドの効力でわたしに直撃すると同時に四散して消滅する。
(『ライトアロー』に『アイスランス』に『魔力弾』。……すごい、『カマイタチ』に『火炎弾』も同時に発動していたんだ!)
驚いたことに、サジェスは五つの魔術を同時に発動していた。
それも『初級攻撃魔術』三つと、『中級攻撃魔術』二つを同時にだ。
今のサジェスの魔術師としての実力は、間違いなくこの大陸で5本の指に入っていると思う。
「まあ、そこにミューダ様とセレスティア様とティンクは含んでないけどね」
サジェスの魔術を体当たりで弾きながら砂塵を抜け出したわたしは、あっという間にサジェスの目の前に辿り着いた。
「――なっ!?」
「じゃあね」
そしてわたしの振り抜いた爪が、サジェスの身体を呆気なく切断する。
感触としては、熱したナイフでバターを切った時の様だった。
サジェスは最後まで何が起きたのか理解しきることは無かっただろう。
「サジェス!?」
サジェスの最後を目撃したマターが、驚愕に見開いた目でわたしを見てくる。
驚愕で動きが一瞬止まっているのをチャンスだと思って、わたしは次の標的をマターにすることにした。
わたしはマターの懐に一瞬で踏み込むと、マターの顎目掛けて素早く拳を振り抜いた。
「うがっ――!?」
わたしの素早い動きに全く反応できなかったマターは、一瞬で気を失ってその場に崩れ落ちる。
ついでに同じく近くにいたヘルムクートにも、マターにしたのと同じことをして意識を奪っておく。
「……よし、とりあえずこれで皇帝のお願い通りには出来たかな?」
わたしとクワトルが皇帝からお願いされた内容は、今回の作戦で不測の事態が起きた時の保険役の他にもう一つあった。
それがマターとヘルムクートの捕獲だ。皇帝は出来る限り殺さずに捕まえて欲しいと言っていた。
『竜化』した状態で手加減するなんて、今までやったことがなかった。ぶっつけ本番になったから上手くできるか不安だったけど、とりあえずは二人とも殺さずに上手く気絶させることが出来て良かった。
わたしはホッと安堵の溜め息を吐いて胸を撫で下ろす。
……でもまだ気は抜けない。まだやることは残っている。
わたしは気持ちを再びグッと引き締めて、トンネルの方向に向き直る。
そこにはわたしに視線を固定したまま恐怖と驚愕の表情を浮かべて、ブルブルと身体を震わせているサピエル法国軍の兵士達が残っていた。
「本当はブロキュオン帝国軍の人達に任せてもいいんだけど、ここまでやったならティンクが最後までやった方がいいよね? それに、そっちの方が確実だし早く終わると思うし。……うん、その方が絶対にいい!」
けっして、まだ動き足りないとかそんなことじゃない。……ホントウダヨ?
……とにかく、わたしは早速残った敵の殲滅を開始した。
と言っても戦意喪失した敵なんて今のわたしの相手になるわけがなく、巻き上がっていた砂塵が晴れるころには残った敵の殲滅は完了してしまった。