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作者: 山のタル
残酷な描写あり
186.ヨウコウと貿易都市2
「セレスティアさんに私の正体を知っていただけたことですし、これでようやくお願いが出来そうです」
 
 お茶のお代わりを私のカップに注ぎ終えたヨウコウがそんなことを言ってくる。
 
「それは私の力が必要な事?」
「ええと、厳密には『ミーティアの工房』の力ですかね」
 
 ミーティアの工房の経営者は私になっている。と言っても私は経営の経験など無いから、あくまでも名前だけのお飾り経営者に過ぎない。
 実情は代表者のイワンさんと工場長のカグヅチさんが私の代わりに頑張ってくれている。
 一応私からの意見は伝えられるけど、それで実際に経営ができるかどうかは二人が判断することになる。
 その事実をヨウコウに教えたのだが、ヨウコウは当然その辺りの事情も把握していたようで「問題ないです」と返されてしまった。
 
「お願い自体は大したものではないので、あの二人に任せれば大丈夫だと思います。あくまでも経営者のセレスティアさんから提案されたという建前を作る為に、セレスティアさんから二人にお願いして頂きたいというだけです」
 
 どうやらヨウコウは経営者の私が仕事をしている体裁を作れる事も考えてくれていたようだ。
 研究生活をしている私は貿易都市にいる事がほとんどない。だけど経営者が仕事をしている素振りを殆ど見せなければ怪しまれてしまうかもしれない。ヨウコウはその辺りの事を考慮してくれているのだろう。
 
「分かったわ。それで、その肝心なお願いって何かしら?」
「それは、この貿易都市にもっと沢山の人々が集まる様にミーティアの工房を経営して欲しいのです」
「もっと人々が集まる様に……ってどういう意味?」
「人々は行き先を選択する時、向かう先の『価値』を選択材料の一つにするものです。私はミーティアの工房がそのような価値の付くものになってほしいと思っています」
「つまり、ミーティアの工房の存在価値を高めて、人々が集まってくるような経営をしてほしいということね?」
「その通りです」
 
 ヨウコウは貿易都市評議会議長になった。おそらく貿易都市を発展させていくのも議長としての仕事のひとつなのだろう。
 発展させる為には、今よりもっと沢山の人を貿易都市に集める手段が必要になってくる。ヨウコウはその手段の一つに、ミーティアの工房を利用しようとしているのだ。
 それにミーティアの工房は将来的に貿易都市の運営事業の一つになる予定だと、以前にイワンさんが言っていたのを思い出した。つまりヨウコウにとってミーティアの工房は、とても都合のいい存在だという訳だ。
 これに関して私には特に思う所はない。何故なら私にとってミーティアの工房は、研究資金を都合よく稼げる存在でしかないからだ。資金稼ぎに影響が出ないのなら特に口を出すつもりはない。
 
 ……しかし、どうにも何かが引っ掛かる。
 ヨウコウの言っていることに、何もおかしな所はない。貿易都市評議会議長という立場になったのだから、貿易都市の発展を考えてこんなお願いをしてくるのは当然だろう。
 ……だけどこれは、わざわざ自分の正体を明かしてまでするお願いなのだろうか?
 ミーティアの工房の経営方針に介入するだけなら、わざわざこの談話室に連れ込んで自分の正体が『神』だと明かす必要は全くない。
 
「……ヨウコウ、あなたは人を集めて何をしようとしているの?」
「それは勿論、貿易都市の発展の為ですが……聞きたい答えはこれではないのですよね」
 
 私の質問の意味をヨウコウはすぐに察したようだ。
 ……いや、多分ヨウコウはこれも最初から私に話すつもりだったのだろう。私に正体を明かしたことがその何よりの証拠だ。
 
「私が貿易都市に沢山の人々を集めようとする本当の理由は、人々から『信仰』を集める為です」
「信仰……新しい宗教でも始めるつもりなの?」
 
 神と信仰とくれば宗教がすぐに思い浮かんだ。そして宗教と言えばサピエル7世の事を連鎖的に思い出す。……正直あまり思い出したくない程の嫌な記憶しかないが。
 
「安心してください、私に宗教を開くつもりはありません。私が信仰を集めようとする目的は、私が『神』だということに関係するのです」
「どういうこと?」
「先程私が神だと証明するためにしたことを思い出してください」
 
 思い出さないといけない程、あれをすぐに忘れたりなんて出来ない。
 ヨウコウは自分が神だと証明するために、不可能な早さで魔力量を変化させたり自身の魔力を完全にゼロにしてみせたりして、自分が生物の枠組みに収まらない存在だと証明してみせた。
 その様を今思い出しても、鳥肌が立ってしまいそうだ。
 
「あれを見て既にお察しかと思いますが、『神』とは生物の枠組みを超えた存在で、他の生物と違って生きる為に魔力を必要としません。……では、『神』は生きる為に何を必要としていると思いますか?」
 
 ……流石にそこまで言われれば、ヨウコウが何を言いたいのか察するのは容易だった。
 
「つまりそれが『信仰』という訳なのね……」
「その通りです。神にとって自身に向けられる信仰は、存在を維持する上で欠かせないものなのです」
 
 神様と信仰。確かにこの二つは世界中の神話や宗教の文献などでも、必ずと言っていいほど密接に関わっている話だ。
 まさか過去にミューダやスペチアさんが面白半分で集めて来た本や文献を、一時いっときの興味で読んでいた事がヨウコウの話の信憑性を高めることになるとは思わなかった。
 
「でも待って、だったら宗教を始めないと言ったのは何故? 信仰を集めるなら、ヨウコウを主神とする宗教でも作ったほうが効率的じゃないの?」
「勿論普通なら宗教を作る事が信仰を集めるのに一番効率的です。ですがつい半年前に、宗教国家が戦争を起こしたばかりのこのタイミングで新しい宗教など立ち上げてしまえばどうなるか、想像に難くないと思いませんか?」
 
 ……そういえばそうだった。たった半年前にサピエル法国という宗教国家が戦争を引き起こし、自ら悪評を世界中にバラ撒いたばかりだった。
 宗教というものの信用が下落した今の状況では、例え本物の神が新しい宗教を立ち上げたとしても、一度下落した信用を復活させるのは容易じゃないことぐらい私にも分かる。
 
「それに私の場合は宗教に頼らなくても、人を集めるだけで信仰を得ることは可能なのです」
「どういうこと?」
「私はディヴィデ大山脈の守り神です。守り神とは言い換えれば自身が守護する場所の化身……その場所の存在そのものと言ってもいい存在です。つまり私はこのディヴィデ大山脈そのものであり、デイヴィデ大山脈は私の一部になります。そしてディヴィデ大山脈の中にあるこの貿易都市もまた、私の一部ということになるのです」
 
 た、確かに……ヨウコウの言う通り守り神が守護する場所の化身と考えるなら、そういうことになるのか!?
 貿易都市はディヴィデ大山脈の中にあるから、ヨウコウの守護する対象の一部と判定する事が出来る。
 ……だけど正直なところ、デイヴィデ大山脈と貿易都市がヨウコウそのものと言われても、話の規模が大きすぎる。信じきるにはもう少し時間が必要かもしれない……。
 
「そして信仰とは、神聖だと感じたものを信じ尊ぶことです。ですがこれは実際には言葉ほど厳格なものではありません。大切だと感じた対象を信じ信頼し好意を抱く事もまた信仰なのです。つまり、人々が私の一部であるこの貿易都市の事を大切に思ってくれて好きになってくれたなら、その気持ちは信仰となって私の糧となるというわけです」
 
 なるほど。だからヨウコウはミーティアの工房の存在価値を高めて人々が集まってくるような経営をしてほしいなんてお願いをしてきた訳ね。
 ミーティアの工房の価値に引き寄せられた人達は、様々な形でミーティアの工房を利用する。すると必然的にミーティアの工房がある貿易都市も同じような価値を感じるようになり、貿易都市も大切な存在だと思うようになるだろう。
 そうなればヨウコウの説明通り、その気持ちが信仰となってヨウコウに集まるというわけだ。
 
「もちろんこれは守り神の特性を利用するから出来る裏技的な集め方です。サピエル7世が目指したような人神では、このやり方を真似ても信仰を集めることは出来ません」
「なるほどね。つまりヨウコウは、貿易都市の立地と守り神の特性を上手に利用して信仰を集めたいのね」
「そういうことです」
「……分かった。私からイワンさんとカグヅチさんにそれとなく提案してみるわ」
「よろしくお願いしますね!」
 
 まあ私としてはヨウコウが信仰を集めようとしていることに何かを言うつもりはない。いや、それ以前にヨウコウの存在維持に関わることだから、私には最初からその権利自体無いのだろう。
 そんな事より私が気にしなくてはいけないのは、ミーティアの工房が私の研究生活継続の要になっている限り、ヨウコウとの関係は非常に重要だということだ。
 だったら私に出来ることは、こちら側に不利益が生じない限り、ヨウコウとは対等で良好な関係を維持し続けるしかない。
 
「さて、無事にお願いも出来たことですし、この場での私の用件はこれで終わりですが……セレスティアさんの方から何か質問や聞いておきたいことなどありますか? 大抵の事なら何でも答えますよ!」
 
 ヨウコウは用事を終えて、気前が良さそうな感じでそんなことを言ってきた。
 ヨウコウからこう言ってきたのだから、折角だし私はここに来てからずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
 
「じゃあひとつだけ……ヨウコウとエヴァイアの関係を教えてほしいわ」
「私とエヴァイアとの関係ですか?」
 
 私の質問が予想外だったようで、ヨウコウはキョトンとした表情をする。
 ヨウコウとエヴァイアの関係性は、ここに来てからずっと気になっていた。ヨウコウから色々話を聞いた今でも、その関係性にはまだ疑問が残っている。
 いくらヨウコウが神様だとしても役職は貿易都市の評議会議長で、立場的にはブロキュオン帝国の皇帝であるエヴァイアが上のはずだ。
 にも関わらず、ヨウコウは明らかにエヴァイアを上の立場の人として扱っている感じはないし、エヴァイアもその事に納得して何も言わないでいる様子だった。
 となると、そこには必ず何か理由があるはずだ。
 
「そうですね……」
 
 ヨウコウとエヴァイアはお互いに目を合わせる。
 そしてすぐに頷き合い結論を出した。
 
「分かりました、お話しましょう。ですか、ちょっと複雑な話ですので少し長くなりますが、よろしいですか?」
「構わないわ。今は急ぐ用事も無いからね」
 
 時間があるのは本当だ。ここ半年ほど屋敷に引きこもるしかなかったから、やらなければいけないことの殆どはその間に終らせてしまったからだ。
 
「それではお話ししますね。まず、私達の関係を話す上で、私達の出会いから話さなければなりません」
「二人の出会い?」
「はい。あれは今から100年程前の事です」
「丁度、『世界大戦』の真っ最中だった時の事だ。僕達は文字通りのここ、この場所で出会ったんだ」
 
 そう言ってエヴァイアは足元を指差す。
 そこには床しかないけど、エヴァイアが言いたいのはそういうことじゃないことくらい分かる。
 
「つまりこの場所、今僕達のいる中央塔がある場所さ。……ただし、当時ここには今とは別の違うものがあったけどね」
「別のものって何?」
「大樹だよ。勿論、只の大樹じゃない。他の木と比べても何十倍も太い幹、天にも届きそうなほど高い背を持っていた。まさに他に類を見ないほどの規格外の大きさをした巨大な大樹だったんだ」
「私は当時、その大樹に封印されていました。そしてその封印を解いたのが、エヴァイアだったのです」
 
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