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作者: 山のタル
残酷な描写あり
187.ヨウコウと貿易都市3
 ……ちょっと待って、今さらっととんでもない事を言ってなかった!?
 
「ま、待って! 封印されてたってどういうこと!?」
「ああ……そうですね、まずはその事からお話しましょうか」
 
 ヨウコウは話題を変える為に、コホンと一度咳払いする。
 
「あれは私がディヴィデ大山脈の守り神になってから数百年経った後の頃でした。突然、世界中の竜種達が竜種の覇権を巡って各地で激しい争いを始めたのです」
「ええ、その話なら聞いたことがあるわ」
 
 昔、スぺチオさんがこの話をしてくれたことがあった。何を隠そうスぺチオさんはその争いの当事者の一人で、その激しい争いを生き残った力のある竜種だ。
 スぺチオさんの話によれば、この争いが原因で竜種のほとんどが死んでしまい、竜種の数が激減してしまうことになったらしい。
 
「竜種達の争いは文字通り世界中で繰り広げられたのです。そして迷惑な事に、このディヴィデ大山脈もその争いに巻き込まれてしまいました」
 
 確かスペチオさんの話では、争いが原因で地形が変わってしまった場所が世界中に数多くあるとかも言ってたような……。
 もし本当にその通りなら、ヨウコウからすれば本当に迷惑な話だったのだろう。
 
「まあ、私の守護領域であるこの山て暴れることなんて許せませんでしたから、この山で暴れた竜種は片っ端からボコボコにして二度と来ないように言って追い返してやりました」
 
 竜種をボコボコにしたと簡単に話すヨウコウに、私は驚きを通り越して恐怖すら感じた。
 ヨウコウが魔力量のコントロールを披露した時にスペチオさんの魔力を軽く上回っていた事から、竜種より強いと確信はしていた。だけどヨウコウの口ぶりからすると、ヨウコウにとって竜種はそもそも相手にもならない存在だと思っているように感じる。そして実際にそうなのだろう。
 まあ生物の枠組みから外れた神という存在なのだから当然なのかもだけど、多分本当に敵に回してはいけない相手というのはこういう存在の事を言うのだろう。
 
「追い返したってことは、殺さなかったの?」
「勿論手加減せずに殺してしまったほうが楽だったのですが、そうするとこの山に手を出したらどうなるかを竜種達に知らしめる事が出来ないじゃないですか」
「……なるほど。恐怖を広める為の生き証人にしたのね」
「その通りです。私としては竜種をわざわざ殺す理由はありませんでしたし、デイヴィデ大山脈で暴れないのであれば竜種の争い自体に興味がありませんでした」
 
 ヨウコウはデイヴィデ大山脈の平穏を守ることが、神としての役目だと言っていた。多分ヨウコウにとっては本当にそれだけが全てなのだ。
 だからデイヴィデ大山脈に関係すること以外に、興味を持つことがなかったのだろう。
 
「……ですが、結果的にそれは間違いでした。追い返した竜種たちは私に恐怖するどころか、むしろ逆に私に強い憎しみを抱きました。そして私は数多くの竜種から恨まれることになったのです」
 
 ……まあ、何となく想像はつく。
 スぺチオさん曰く、竜種のほとんどは実力に見合った高いプライドを持っていたそうで、竜種達の争いもその高すぎたプライドが原因だったと言っていた。
 そんなプライドの塊のような竜種が簡単にボコボコにされて追い返されてしまったとなれば、おそらくお湯が沸く速度よりも早く怒り狂ったことだろう。
 
「私に負けた竜種達の恨みはとても強かったようで、わざわざ争いを中断し、同盟を組んで協力してまで私に復讐してくる程でした」
「それはなんと言うか……大変だったのね」
 
 同盟を組んで襲ってくる竜種とか、聞いただけでも恐怖と絶望感で卒倒しそうだ。
 今後何があってもそんな死亡確定の状況には陥りたくないものだ……。
 
「ですが、元々争い合っていた竜種達がいきなり協力したところで連携など出来る訳がありません。苦労はしましたが、ことごとく返り討ちにしてやりました」
 
 ……普通は、竜種達の方が苦労すらすることなく殺すはずなのだけど……。
 神という存在がどれほど規格外なのか、改めて叩きつけられた気分だ。
 
「しかし竜種達も、ただやられているわけではありませんてした。私を倒せなかった時に為に、彼等は奥の手を用意していたのです」
「もしかしてそれが……」
「はい、私を封印することでした。竜種達は私を倒せないと分かるやいなや、急に事前に示し合わせていたかのように連携して動きだしました。そして私が数匹の竜種を同時に相手していた隙を突いて、残りの竜種達が封印の魔法陣を完成させ、私が住処にしていた大樹の中に私を封印したのです」
 
 対象を封印する魔術なんて聞いたことがない。もしかしたらミューダかスペチオさんなら知ってるかもだけど……とにかく正直に言えば普通に聞いていたなら信じがたい話だっただろう。
 しかし私はヨウコウの正体を知ってしまった。ヨウコウが今更私に嘘を付く理由はないし、そういう事があったんだと受け入れて信じるしかない。
 
「その封印を自力で解くことはできなかったの?」
「残念ながら出来ませんでした。封印されている間に解析をしたところ、この封印の魔術は竜種達が独自に作り上げた魔術だと判明しました。その効果は、対象を封印する媒体内に作り上げた異空間に閉じ込めるというもので、解除条件を満たさない限り封印は絶対に解かれない仕掛けになっていたのです」
「なんて凶悪なものを……」
 
 普通そんな凶悪な性能をした魔術なんて、いくら竜種と言っても簡単に作れるものじゃないはずなのだけど……。まさかヨウコウを封印するためだけにそんな魔術を独自開発してしまったとは……。
 それほどまでに竜種達がヨウコウに抱いていた恨みと執念が強かったということなのだろう。
 自分がそんな恨みを今後絶対に買わないようにしようと心に誓い、私は一番気になる質問を口にした。
 
「それで、その封印の解除条件って一体何だったの?」
「それは……『竜種の血を持つものが封印に触れること』です」
「……えっ? たったそれだけなの?」
 
 てっきりもっと複雑な条件でも仕組まれてたのかと思っていた私は、ある意味で拍子抜けした。
 
「ええ、たったそれだけです。しかし、たったそれだけのことがとてつもなく難題だったのです」
「どういうこと?」
「いいですか、私は竜種に恨まれて封印されました。どうやら竜種達の間で私の存在はかなり周知されていたようで、仕返しに来る以外に近付く竜種はいませんでした。そしてそんな話を知っている以上、私の封印を好き好んで解除しに来る竜種はいません」
 
 まあ封印を解除した瞬間、封印されたことの仕返しにヨウコウに殺される可能性があるかもしれないとなれば、確かに近付こうとする者はいないだろう。
 
「そして竜種は争いによってその数が激減しました」
「そうか! そうなると、生き残った竜種が偶然封印を解いてしまう可能性も、ほぼゼロに近づいてしまうわね」
「そういうことです」
 
 争いで数を減らした竜種は、それぞれ静かに暮らすようになったとスペチオさんは言っていた。つまり活動が消極化したということだ。そして彼等はヨウコウのことを知っていた可能性が高い。
 そして異空間に閉じ込めるという封印の特性上、外との繋がりは完全に絶たれていたと考えていいだろう。
 確かに、これでは偶然でも封印が解除されることは絶望的だ。
 
「そして封印されてからしばらく経ち、外との繋がりが無くなった私は信仰を失い始めました」
「確か神は生きる為に信仰を必要としてるって話だったわね。……信仰を完全に失うと、どうなるの?」
「神には死という概念が存在しませんが、信仰が完全になくなった神はその存在が消えてしまいます。まあ、一度信仰を完全に失って存在が消えればもう一度信仰を得ることはほぼ不可能なので、実質的に死と同義だと思ってもらえれば大丈夫です」
 
 信仰を失えば存在が消える。それが神にとっての『死』……なのね。
 正直、今の話には色々詳しく聞きたい所があった。だけどこれは今の話の本筋には関係なさそうなことだし、何より簡単に聞いていい話じゃない予感を感じたので、私は喉まで上がってきていた知識欲を大人しく飲み込むことにした。
 
「なので私は信仰を完全に失わない為に、封印空間を操作して私を覆う程度の大きさまで縮小して空間内を信仰で満たし、更に自身を休眠状態にすることで乗り切ることにしたのです」
「……えっ? ちょ、ちょっと待って!? ええと、つまり……」
 
 何を言っているのか理解に苦しむことをスラスラ言われても困る!
 私が頭を捻って理解しようとしていると、その様を見たヨウコウが説明を補足してくれた。
 
 ヨウコウが言うには、普通の生物が生きているだけでも僅かに魔力を消費するのと同じで、神の場合は魔力ではなく信仰を消費するのだという。寒い時期に吐いた白い息が空気に混ざって消えていく様をイメージすると分かり易いだろう。自然に消費された魔力は自然に還る、信仰もその点は変わらないらしい。
 つまりヨウコウはいつ解けるか分からない封印内で、自然消滅してしまうまでの時間をどれだけ引き延ばせるかという問題に直面したのだ。
 
 そしてヨウコウの思い付いた手段が、無限にも思えるくらい広い封印空間を操作して、自分を覆う程度の大きさにまで縮小させることだった。
 次にその必要最低限しかない僅かな空間を信仰で満たすことによって、高濃度の信仰が満ちた空間を作る。こうすることで信仰が自然に還る余地を無くし、信仰の消費を抑えようとした。
 水に砂糖をどんどん溶かしていけば、いずれそれ以上溶けなくなるのと同じだ。つまりヨウコウは封印空間を意図的に『飽和状態』にしたのだ。
 ヨウコウはそれに加えて自分自身を強制的に休眠状態することで、信仰の消費を極限にまで抑え込んだのだという。
 
「なんというか、滅茶苦茶ね……」
 
 補足説明を聞いてなんとか理解は出来たものの、ハッキリ言ってヨウコウのしたことは常識破り過ぎる。
 まるで私がサピエル7世と戦った時と同じような、自然の法則や理を超越している行為だった。
 とにかく、ヨウコウはその滅茶苦茶な対処法のお陰で存在が消えることなく、長い長い年月を封印空間の中で生き長らえる事が出来たわけだ。
 そしてその封印を解いたのが、他でもない竜種の血を引くエヴァイアだったというわけだ。
 
 私はチラリとエヴァイアに目を向ける。
 エヴァイアはそれだけで次は自分の番だと察したようで、ヨウコウの封印を解いた時の事を話し始めた。
 
「僕がヨウコウの封印を解いたのは世界大戦の最中の事だった。当時のブロキュオン帝国軍は大陸東側への侵攻を強化する為に軍事拠点の増強に力を入れていたんだ」
 
 軍事拠点……つまり貿易都市のある場所、私達が今いる此処だ。
 
「僕は軍事拠点増強の進捗を確認する為に視察に来たのだけど、そのついでにずっと報告されたまま放置されていた、切り倒す事が出来なくて軍事拠点の中に鎮座し続けている大樹を調査することにしたのさ」
 
 あぁ~なるほど。ここまでくればこの先の展開は誰でも簡単に想像できる。
 
「その時に、ヨウコウの封印が解けたのね」
「その通りだよ。ヨウコウの封印が解けた時は、それはもう大変な騒ぎになったものさ」
「どういうこと?」
「私が封印中に封印空間を縮小して高濃度の信仰で満たしたとお話しましたよね。封印が解けた瞬間に、それが一気に外へ噴き出してしまったのです」
 
 ……何が起きてしまったのか、何となく想像がついてしまった。
 信仰は神にとって魔力と同じだと言っていた。つまりはエネルギーだ。
 高濃度に圧縮されているエネルギーを抑えている蓋をいきなり外すとどうなるか……控えめに言っても大惨事だろう。
 
「封印が解けた瞬間に噴き出した信仰は、幸いにも僕の『竜の盾』ですぐに抑え込む事が出来た。だけどその僅かな間でも建物の倒壊、火事にボヤ騒ぎ、多くの怪我人、僅かながら死者も出てしまって軍事拠点は甚大な被害を受けることになってしまった。その結果、ブロキュオン帝国軍は戦争継続が困難となって、終戦の方向に舵を切る決断を下すことになったのさ」
 
 ……まさか、世界大戦終戦の真実がこんな原因だったとは……。これが世に公表されていたなら、今の世界情勢は全く違う様相になっていただろう。
 しかし、話を聞いているだけでも軍事拠点は相当に酷い被害だった事が分かる。
 エヴァイアはすぐに抑え込んだと言ったが、そのたった少しの時間だけでこれだけの被害が出たのだ。そのたった少しの時間で一体どれだけのエネルギーが噴き出したのか……あまり想像したくないとすぐに直感した私は考えるのを止めた。
 
「これが僕とヨウコウの出会いだった」
「なるほど。そして二人は協力者になったわけね」
「その通り。僕はヨウコウの信仰を取り戻す手伝いをする為に、彼女の存在を隠してこの貿易都市を建設する計画を推し進めた」
「そして私はブロキュオン帝国軍が損失してしまった分を、貿易都市を裏側から守護して経済を発展させてることで還元させました」
「これが僕達二人の関係、協力し合っている理由さ」
 
 なるほどね。お互いが相手の利益のために協力し合う、それがこの二人の関係だったのか。つまりはな関係だ。
 だからこの二人は身分の壁が存在しない接し方をしていたのだろう。
 
 ともかく、色々知らなかった事実を聞かされて少し頭が混乱したりしたけど、知りたいことは知れたので私は満足だ。
 ふぅ~っと息を吐いて力を抜きながらソファーにもたれ掛かり、私達の会話中ずっと静かだったオリヴィエに視線を向ける。
 途中から気付いてはいたけど、オリヴィエは私達の会話を聞くに連れて頭を抱え始めていた。今ではそれに加えて顔も険しくなり、顔色も悪そうだ。
 推測だけど、私を呼びに来る前に行われていた話し合いでは、ここまで深い話はしていなかったのだろう。おそらくヨウコウの正体を明かしたくらいだったんじゃないかな。
 まあ、実際にそれだけで十分だったのだと思う。ヨウコウの強さを知ってしまったなら、逆らえる訳がないからね。
 しかしその中でもオリヴィエだけはこうして私達の話を耳にしてしまい、多くの真実を知ってしまった。つまりヨウコウとエヴァイアは、最初から私とオリヴィエを協力者として取り込むつもりだったということだ。……本当に、抜け目ない性格をしている。
 
「まあ、オリヴィエ……頑張りなさい」
 
 表の立場があるので確実に私よりこれからが大変になるであろうオリヴィエに、私はそれくらいしか掛ける言葉が思いつかなかった。
 そしてその後に耳にした初めて聞く覇気のない声をしたオリヴィエの返事を、私はしばらく忘れることはないだろう。
 
 
 
 ――こうして、長かった話し合いがようやく終わった。
 私達は座りっぱなしで凝った腰を伸ばすように立ち上がり部屋を出る。
 
「あっ、セレスティアさんだけちょっと残ってもらえますか?」
 
 部屋を出ようとした私に、後ろからヨウコウが笑顔でそんな事を言って来た。
 ……どうやら、この話し合いはまだ終わらないらしい。
 
 
 
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