第34話 しあいかいし
綿子と久子を賭けたマジボラvs女子レスリング同行会の試合が始まった。ちなみに彼女らの服装であるが、久子とつばめは体育ジャージ、智子といのりは試合用のレオタードで智子が赤、いのりは緑である。
そして先程ゴングを鳴らした綿子がレフェリー役としてリングに上がる。
いのりは少々思案を巡らせる。定番であれば開始早々、挨拶代わりに相手の顔面にドロップキックを食らわせる所だが、相手はどう見ても格闘技の素人、しかも女の子だ。さすがに顔面はやり過ぎだろう。
そう考えたいのりはつばめにグレゴローマンスタイルの打点の低すぎないタックルを敢行する。
倒して抑え込んでそのままスリーカウント取ってしまえば良いだけの話だ。あの子は一度フォール態勢に嵌ってからの返し技など知らないし出来ないだろう。ちょっと驚かしてやれば、すぐに腰を抜かすか降参すると踏んで、いのりはつばめに速攻を仕掛けたのだ。
「ひゃあっ!」
苦手な虫から逃げる様な声を出していのりのタックルを回避するつばめ。
『速いっ?!』
その一瞬の出来事にいのりは首をひねる。それにしても目の前のこの対戦相手、試合だと言うのに覇気がまるで感じられない。まるで自分の意にそぐわぬ戦いを強制させられているような印象すらある。
いや、事実その通りなのだが、いのりにはそこまでの事情を察する事は不可能だった。
不思議に思ったのはつばめも同様だ。展開についていけずになぜ自分が今リングの上に立っているのかも分からない。なぜ見も知らぬ上級生と綿子(と久子)を賭けて自分が戦わねばならぬのか?
しかも今までプロレスはおろか、普通の取っ組み合いのケンカすらもう何年もしていない。一番最近のものでも5年ほど前に妹のかごめとケンカになって(理由は忘れた)、互いに髪の毛を掴んで引っ張りあった事くらいである。
…まぁ、そういうのはもう良い。悪い意味で『もう慣れた』。
実は今つばめの考える疑問がもう一つある。『妙に体が軽い』のだ。先程のいのりのタックルだって決して手を抜いて行われた訳ではない。いのりとしても速攻で極めるつもりだったのだから、本気100%のタックルだった。
だがつばめは避けた。些か不格好ではあったが、いのりはつばめに掠る事すら出来なかった。
『これはひょっとして戦場の空気に当てられて、わたしが大きく『進化』したって事かしら…?』
つばめの都合の良い妄想が始まってしまったが、満更ウソでもない話だった。実際今つばめは通常の3倍の速度で動いている。いつもは釣り針の様な形に丸まっている頭のアホ毛も、今は某巨大ロボのブレードアンテナの様にそそり立っていた。
いのりもまさか素人に翻弄されるとは思いもよらず、幾度もの攻撃を回避され疲労が表面に上がってきつつあった。
軽やかに回避を決めているつばめだが、ここで攻撃に転じるほど愚かではない。まぁ、つばめはプロレスの攻撃技など知らないし、下手に手を出していのりに捕まってしまっては元も子もない。
回避に専念していてもつばめには決め手がない。早くも千日手の様相を呈してきたが、スタミナは恐らくいのりの方が上だろう。
このままではジリ貧になって負けてしまう。何とか作戦を考える必要がある……。
「いのりっ!」
智子がいのりに手を伸ばす。『タッチして代われ』の意味だ。どうやら女子レスリング同行会側が早く動いてきた。つばめに注意の視線を残しつつも後退し智子と代わるいのり。
『あ、なに? 選手交代できるの? じゃあわたしが戦わなくても良かったんじゃ…?』
安堵の思いで久子を見つめるつばめ。久子はそんなつばめを面白そうに眺めていた。
「あれ? もう良いの? せっかく魔法で素早さを上げてあげたんだから、もっと本能のままに暴れれば良いのに」
なるほど、体が軽かったのはつばめが何らかの力に覚醒したのでは無く、久子の強化魔法でつばめの能力を底上げしていたからであったのだ。
「いやもういいですよ! 暴れたい本能なんて無いですから代わって下さいよぉ…」
涙目で久子に訴えるつばめ。だがつばめの位置はほぼリングの中央、選手交代するには久子の待つコーナーリングまで戻って直接タッチする必要がある。
久子と代わるべく移動を始めるつばめ、だがその背を向けた一瞬を智子は見逃さなかった。
つばめに後ろから組み付き、智子は臍の力を支点に大きく後方に持ち上げて落とす。バックドロップだ。
本来受け身の取り方も知らない様な素人にかけて良い技ではない。後頭部をモロに直撃したつばめは文字通り目から火花が散るような衝撃と、今まで感じた事の無い程の痛みに襲われた。
恐らく脳震盪を起こしているのだろう、意識も体もまるで思うように動かない。
「つばめちゃん!!」
「つばめっ!!」
久子と睦美の声が遠くに聞こえる。
そして智子がつばめに覆いかぶさり、つばめの肩をリングの床に押さえつける。
綿子がその横に滑り込み声を出しながら床を叩く。
「ワン! ツー!……」
綿子の声を聞きながら、つばめの意識は徐々に薄れていった……。
そして先程ゴングを鳴らした綿子がレフェリー役としてリングに上がる。
いのりは少々思案を巡らせる。定番であれば開始早々、挨拶代わりに相手の顔面にドロップキックを食らわせる所だが、相手はどう見ても格闘技の素人、しかも女の子だ。さすがに顔面はやり過ぎだろう。
そう考えたいのりはつばめにグレゴローマンスタイルの打点の低すぎないタックルを敢行する。
倒して抑え込んでそのままスリーカウント取ってしまえば良いだけの話だ。あの子は一度フォール態勢に嵌ってからの返し技など知らないし出来ないだろう。ちょっと驚かしてやれば、すぐに腰を抜かすか降参すると踏んで、いのりはつばめに速攻を仕掛けたのだ。
「ひゃあっ!」
苦手な虫から逃げる様な声を出していのりのタックルを回避するつばめ。
『速いっ?!』
その一瞬の出来事にいのりは首をひねる。それにしても目の前のこの対戦相手、試合だと言うのに覇気がまるで感じられない。まるで自分の意にそぐわぬ戦いを強制させられているような印象すらある。
いや、事実その通りなのだが、いのりにはそこまでの事情を察する事は不可能だった。
不思議に思ったのはつばめも同様だ。展開についていけずになぜ自分が今リングの上に立っているのかも分からない。なぜ見も知らぬ上級生と綿子(と久子)を賭けて自分が戦わねばならぬのか?
しかも今までプロレスはおろか、普通の取っ組み合いのケンカすらもう何年もしていない。一番最近のものでも5年ほど前に妹のかごめとケンカになって(理由は忘れた)、互いに髪の毛を掴んで引っ張りあった事くらいである。
…まぁ、そういうのはもう良い。悪い意味で『もう慣れた』。
実は今つばめの考える疑問がもう一つある。『妙に体が軽い』のだ。先程のいのりのタックルだって決して手を抜いて行われた訳ではない。いのりとしても速攻で極めるつもりだったのだから、本気100%のタックルだった。
だがつばめは避けた。些か不格好ではあったが、いのりはつばめに掠る事すら出来なかった。
『これはひょっとして戦場の空気に当てられて、わたしが大きく『進化』したって事かしら…?』
つばめの都合の良い妄想が始まってしまったが、満更ウソでもない話だった。実際今つばめは通常の3倍の速度で動いている。いつもは釣り針の様な形に丸まっている頭のアホ毛も、今は某巨大ロボのブレードアンテナの様にそそり立っていた。
いのりもまさか素人に翻弄されるとは思いもよらず、幾度もの攻撃を回避され疲労が表面に上がってきつつあった。
軽やかに回避を決めているつばめだが、ここで攻撃に転じるほど愚かではない。まぁ、つばめはプロレスの攻撃技など知らないし、下手に手を出していのりに捕まってしまっては元も子もない。
回避に専念していてもつばめには決め手がない。早くも千日手の様相を呈してきたが、スタミナは恐らくいのりの方が上だろう。
このままではジリ貧になって負けてしまう。何とか作戦を考える必要がある……。
「いのりっ!」
智子がいのりに手を伸ばす。『タッチして代われ』の意味だ。どうやら女子レスリング同行会側が早く動いてきた。つばめに注意の視線を残しつつも後退し智子と代わるいのり。
『あ、なに? 選手交代できるの? じゃあわたしが戦わなくても良かったんじゃ…?』
安堵の思いで久子を見つめるつばめ。久子はそんなつばめを面白そうに眺めていた。
「あれ? もう良いの? せっかく魔法で素早さを上げてあげたんだから、もっと本能のままに暴れれば良いのに」
なるほど、体が軽かったのはつばめが何らかの力に覚醒したのでは無く、久子の強化魔法でつばめの能力を底上げしていたからであったのだ。
「いやもういいですよ! 暴れたい本能なんて無いですから代わって下さいよぉ…」
涙目で久子に訴えるつばめ。だがつばめの位置はほぼリングの中央、選手交代するには久子の待つコーナーリングまで戻って直接タッチする必要がある。
久子と代わるべく移動を始めるつばめ、だがその背を向けた一瞬を智子は見逃さなかった。
つばめに後ろから組み付き、智子は臍の力を支点に大きく後方に持ち上げて落とす。バックドロップだ。
本来受け身の取り方も知らない様な素人にかけて良い技ではない。後頭部をモロに直撃したつばめは文字通り目から火花が散るような衝撃と、今まで感じた事の無い程の痛みに襲われた。
恐らく脳震盪を起こしているのだろう、意識も体もまるで思うように動かない。
「つばめちゃん!!」
「つばめっ!!」
久子と睦美の声が遠くに聞こえる。
そして智子がつばめに覆いかぶさり、つばめの肩をリングの床に押さえつける。
綿子がその横に滑り込み声を出しながら床を叩く。
「ワン! ツー!……」
綿子の声を聞きながら、つばめの意識は徐々に薄れていった……。