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作者: ちありや
第45話 まぼろし
「へぇ、魔法を使うとか言うからてっきり寸胴鍋で怪しげな煮物でも作ってるのかと思ったけど違うんだねぇ」

 マジボラの部室に着くなりの御影の第一声である。この特異な状況に物怖じする事なく、どこかのアトラクションに遊びに来たかの様な緊張感の無さは、御影の人柄を語る上で欠かせない要素となっていた。

「何だか随分大物のオーラを持ってる奴ね。つばめの知り合いって変な子しか居ないのかしら?」
「ですねぇ、『類は友を呼ぶ』的な感じでしょうかねぇ…?」

「そこ、聞こえてますから!」

 御影のリアクションを見て睦美が久子に耳打ちし、そこからの会話をつばめが拾う、というコントを見て今度は御影が大きく笑い声を上げる。

「さすがブーメラン芸のつばめちゃんだね。ユニークな先輩たちだ」

「もう! 何で毎回そうやって『お前が言うな大会』になっちゃうんですか?! とりあえずちゃちゃっと済ませて御影くんを返してあげないと、ファンの女の子たちがここに雪崩れ込んできますよ?」

 つばめの言う事ももっともである。単なるギャラリーならまだしも、暴徒に変化した女生徒らを相手にして要らぬ労力を費やすべきでは無い。

 早速御影には変態バンドが渡され手順が説明される。御影がバンドを巻いた場所は右膝の上10cm程の太腿であった。
 そして御影にだけ聞こえる呪文のイメージは……。

「ふむ、『ジャズ歌手シャンソン歌手』か… これを唱えれば良いのかな?」

 御影がつばめに問う。つばめは頷きながら、

「うん、でも変身(変態とは言いたくない)してからの方が良いよ。じゃないと疲労感半端ないから」

「なるほど、了解だ。これでいいのかな? 『変態メタモルフォーゼ!』」

 御影はその場でつま先立ちからクルリと綺麗な一回転を見せ、「フゥーっ!」の声と共に往年のディスコキングの様な左手を腰に当て、右手を高く上に掲げた。

 いつもの様にバンドから多数のリボンが発生し御影を取り巻く。その中から現れたのは緑色を基調とした新たな魔法少女「フリーダムフローラル」である。

 つばめの様にフリフリとした装飾はほとんど無く、おとぎ話に出てくる『狩人』に近い出で立ちである。下半身も他の者は全員スカートだが、御影だけは彼女の運動神経に揃えたのか、動きやすそうなショートパンツだった。

「へぇー、凄い凄い! 本当に変身しちゃったよ。しかも私の好みの感じでイイね!」

 綿子と同様に部室の姿見を凝視しながら、興奮醒めやらぬ様子で御影が自己評価を下す。どうやら気に入ってもらえたらしい。

「緑色の髪の毛はともかく、この薄い緑色の瞳はとても気に入ったよ。ずっと鏡を見ていたいほどだ」

 御影の整った顔立ちに加えて文字通りの碧眼まで備え、そのボーイッシュな衣装の組み合わせは本当に漫画の中の王子様の様であり、沖田派のつばめですら一瞬心を奪われそうになる。

「気に入ってもらえたなら重畳ね。さ、これに魔法を使ってみて」

 睦美が綿子の時と同様に、御影に拾ってきた棒きれを渡す。

 御影は大きく息を吸って精神を整えた後、

「ジャズ歌手シャンソン歌手!」

 と全く淀み無く完璧な滑舌で呪文を唱えた。

 すると御影の手の中の棒きれの輪郭が薄れはじめ、遂には消え失せてしまった。

「見えなくなったけど、まだ私の手の中に棒はあるよ」

 御影が手を離す仕草をすると『からん』という音と共に見えない何かが床に落ちる音がした。

消えた・・・という事は、御影くんの能力って『透明化』なんでしょうかね…?」

 つばめの呟きに睦美も久子もまた答える術を持たない。

「…ジャズ歌手シャンソン歌手!」

 つばめたち全員が床にある見えない棒に目を奪われていると、御影が突然2度目の呪文を唱えた。

 次の瞬間、御影の姿が消え部室にいるつばめが2人になった。

 片方のつばめは驚きで口元に手を当て、もう片方のつばめは楽しげにニヤついた顔をしている。

「ジャズ歌手シャンソン歌手!」

 ニヤついた側のつばめが 三度みたび呪文を唱え、普段睦美がやっている様に指をパチンと鳴らす。

 次は驚いた側のつばめの顔だけが一瞬にして睦美の顔になっていた。

「アハハハハハっ、楽しいねぇコレ!」

『つばめの顔をしたつばめ』が大笑いし、再び指を鳴らすと全ての術は解け、棒きれは床に出現し、つばめの顔はもとに戻り、もう一人のつばめの姿は御影に変わった。

「…これは『幻術』で確定ね…」

 呆気にとられた面々の中でいち早く正気に戻った睦美がポツリと呟いた。思えば過去の魔法少女は、全員が初魔法の時はおっかなびっくりで臨んでいたものだった。

 しかしこの御影という人物、いとも簡単に呪文を唱え、その天性の才覚からか、その場で幾パターンもの効果を作り出し同時に展開して見せた。

「凄いですねぇ…」

 久子の呟きは御影の魔法そのものでは無く、その順応性と応用力に向けられていた。
 初めて変態したのはほんの1分前なのに、もう熟練の魔法少女の如く自在に魔法を使いこなしている。しかも3回もの連続使用にも関わらず、御影の表情には微塵も疲労の色が見られない。

「イタズラ以外に使い道が無さそうだけど、こんな力で役に立つならいつでも呼んで欲しい。もっとも応えられるかどうかはスケジュール次第だけど」

 そんな言葉を残して、変態を解いた御影は笑顔でマジボラから去っていった。まさかマジボラ部室から出待ちされていたのか? と勘繰られる程の大量の女子生徒に囲まれながら……。
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