第59話 はっかく
「失礼しまぁす…」
恐る恐るマジボラ部室の戸を開けて中を窺うつばめ。
友人を家に呼んで、家が散らかっていたり、家族がだらしない格好をしていないかを確認する行為によく似ている。
中にはいつもの通り睦美と久子がくつろいでいた。睦美はソファーで気だるげに女性誌をめくり、久子は一昨日の傷のまだ癒えないのか額に絆創膏を貼って柔軟体操をしていた。アンドレは居ないようである。
「あらつばめ、早いわね… うん? 後ろに居るのは誰?」
睦美が目ざとくつばめの後ろに居る蘭を見つける。睦美の声に釣られて久子も興味深そうに入り口に視線を送る。
「えと、わたし達が探していた増田蘭さんと偶々お知り合いになったので、マジボラに案内してきました」
睦美の表情が一瞬止まる。真実は伺い知れないが、つばめの目には『誰だっけそれ?』と思っている様に見えた。
「え? あ、ああ! はいはい、増田さんね。あのトラックに轢かれたっていう子の。ふーん、でも元気そうじゃない? つばめが骨折を治したの?」
どうやら本当に忘れていたらしい。久子も今になって「お〜」と手を叩いていたので、恐らくはご同様だったのだろう。
「あ、あの、そうじゃなくてですね。…実はまだ事情を何にも話してないので『治した』とかはあんまり…」
前川蓉子の件で辛い思いをしたつばめは、ここで新しい友達の前で超常現象的な話をして距離を置かれるような真似はしたくなかった。
「おじゃまします。芹沢さんの友人の増田といいます」
蘭が睦美らに挨拶し、隣のつばめに耳打ちする。
「ねぇ、『付き合って』って部活の勧誘だったの? 私は家庭の事情で部活はちょっと…」
「あ、部活の話はとりあえず置いといて、今日の用事は数分で終わるから、ちょっと待ってて」
つばめは蘭用の新しい変態バンドを睦美から受け取り、マジボラの概要を説明する。
「…え? 魔法奉仕同好会ってそういう…」
驚いたのは蘭である。まさか今までシン悪川興業の邪魔をしていた集団が、同じ学校の生徒、しかも同好会活動だったとは。
『しかもよく見れば、昭和のアイドルみたいな髪型の人はヤバイ刃物を振り回す青いオバサンで、おでこに絆創膏してるのは私とパワー対決したオレンジのチンチクリンだわ。服装と髪型が違うから気付かなかった… とすると芹沢さんは…』
ウマナミレイ?としてピンク魔女と直接絡んでいない為に、ピンク魔女の印象はあまり残っていないのだが、つばめの頭頂にある長いアホ毛には見覚えがある。
「ピンク?!」
「ふぇっ?!」
振り向いた蘭から急に大声をかけられて竦むつばめ。ウマナミレイ?の時には蘭も変装しているので、マジボラ勢には蘭の正体に気づいた者はいなさそうだ。
『こんな… こんな事って…』
祖父の酔狂でSMクラブの様なコスプレを強要され、通学途中にトラックに撥ねられ、その治療と称してゴリラの力を植え付けられた。それだけでも映画化が決定するくらいの波乱万丈な人生であるが、ここで更に新たに得た友が実は敵だった、という正に踏んだり蹴ったりな状況に運命の神を呪う蘭。
しかしこの場で1vs3の戦いに臨むほど蘭は愚かでは無いし好戦的でも無い。
『幸いマジボラは私の正体に気づいていないみたい。ならばここは相手に合わせて様子を見るか…』
戦闘中のウマナミレイ?はハーフマスクで顔を隠しており、久子との対決の際に上部が破損したものの、その原形を留めて蘭の顔を隠し続けた。
また増田蘭とウマナミレイ?とでは故意にキャラクターを変えていた為に、口調から正体が露見する事も避けられた様だ。
『ええい、ままよっ!』
蘭は覚悟を決めてつばめから受け取った白いリボン、もとい変態バンドを左手の中指に巻きつけた。バンドは瞬時にフィットして蘭の左手に指輪の様に収まった。
同時に蘭の頭に若い女性か子供に似た声が響く。
「今、頭の中に呪文が浮かんだでしょ? 何だって?」
興奮を隠せないつばめの声にやや気圧されながら、蘭は答える。
「《青巻紙赤巻紙黄巻紙》って聞こえた気がする…」
「ほほー、結構シンプルなの来ましたね」
「分かりやすいのが一番だよぉ」
「ネタが切れたんじゃないの?」
つばめは奥の先輩達とよく分からない感想を言い合っている。つばめは『呪文』と言っていた。早口言葉が魔法の呪文、という謎展開に蘭の頭が全くと言っていいほど従いてこない。
混乱したままの蘭に畳み掛ける様につばめは続ける。
「じゃあ次は変身(意地でも変態と言いたくない)だね! 合言葉は『変態』!」
蘭への指示のつもりが、友人の初変身に気持ちが昂ぶったつばめ自身も勢い余って変態してしまう。
「あはは、わたしが変身しちゃったよ… でもまぁこんな感じで」
目の前の少女が白いリボンに包まれて、その中からピンク色の魔法少女が現れた。蘭の予想した通り『例のピンク魔女』の正体はつばめだったのだ。
『こ、これを私がやるのか…? 悪魔みたいな変なコスプレに加えて魔法少女までやらされるのか…?』
人生の理不尽に正面から突き当たる蘭。しかし目の前に居る蘭に興味津々な3人組は、それをせずに帰してくれるとは到底思えない。
「め… 変態…」
顔を赤らめて呟く様に変態の言葉を唱えた蘭を、左手のリングから吹き出したリボンが覆い尽くす。
リボンに形成された卵から現れたのは、つばめとよく似たフリル付きの、しかし漆黒のドレスを纏った蘭、『ノワールオーキッド』であった。
恐る恐るマジボラ部室の戸を開けて中を窺うつばめ。
友人を家に呼んで、家が散らかっていたり、家族がだらしない格好をしていないかを確認する行為によく似ている。
中にはいつもの通り睦美と久子がくつろいでいた。睦美はソファーで気だるげに女性誌をめくり、久子は一昨日の傷のまだ癒えないのか額に絆創膏を貼って柔軟体操をしていた。アンドレは居ないようである。
「あらつばめ、早いわね… うん? 後ろに居るのは誰?」
睦美が目ざとくつばめの後ろに居る蘭を見つける。睦美の声に釣られて久子も興味深そうに入り口に視線を送る。
「えと、わたし達が探していた増田蘭さんと偶々お知り合いになったので、マジボラに案内してきました」
睦美の表情が一瞬止まる。真実は伺い知れないが、つばめの目には『誰だっけそれ?』と思っている様に見えた。
「え? あ、ああ! はいはい、増田さんね。あのトラックに轢かれたっていう子の。ふーん、でも元気そうじゃない? つばめが骨折を治したの?」
どうやら本当に忘れていたらしい。久子も今になって「お〜」と手を叩いていたので、恐らくはご同様だったのだろう。
「あ、あの、そうじゃなくてですね。…実はまだ事情を何にも話してないので『治した』とかはあんまり…」
前川蓉子の件で辛い思いをしたつばめは、ここで新しい友達の前で超常現象的な話をして距離を置かれるような真似はしたくなかった。
「おじゃまします。芹沢さんの友人の増田といいます」
蘭が睦美らに挨拶し、隣のつばめに耳打ちする。
「ねぇ、『付き合って』って部活の勧誘だったの? 私は家庭の事情で部活はちょっと…」
「あ、部活の話はとりあえず置いといて、今日の用事は数分で終わるから、ちょっと待ってて」
つばめは蘭用の新しい変態バンドを睦美から受け取り、マジボラの概要を説明する。
「…え? 魔法奉仕同好会ってそういう…」
驚いたのは蘭である。まさか今までシン悪川興業の邪魔をしていた集団が、同じ学校の生徒、しかも同好会活動だったとは。
『しかもよく見れば、昭和のアイドルみたいな髪型の人はヤバイ刃物を振り回す青いオバサンで、おでこに絆創膏してるのは私とパワー対決したオレンジのチンチクリンだわ。服装と髪型が違うから気付かなかった… とすると芹沢さんは…』
ウマナミレイ?としてピンク魔女と直接絡んでいない為に、ピンク魔女の印象はあまり残っていないのだが、つばめの頭頂にある長いアホ毛には見覚えがある。
「ピンク?!」
「ふぇっ?!」
振り向いた蘭から急に大声をかけられて竦むつばめ。ウマナミレイ?の時には蘭も変装しているので、マジボラ勢には蘭の正体に気づいた者はいなさそうだ。
『こんな… こんな事って…』
祖父の酔狂でSMクラブの様なコスプレを強要され、通学途中にトラックに撥ねられ、その治療と称してゴリラの力を植え付けられた。それだけでも映画化が決定するくらいの波乱万丈な人生であるが、ここで更に新たに得た友が実は敵だった、という正に踏んだり蹴ったりな状況に運命の神を呪う蘭。
しかしこの場で1vs3の戦いに臨むほど蘭は愚かでは無いし好戦的でも無い。
『幸いマジボラは私の正体に気づいていないみたい。ならばここは相手に合わせて様子を見るか…』
戦闘中のウマナミレイ?はハーフマスクで顔を隠しており、久子との対決の際に上部が破損したものの、その原形を留めて蘭の顔を隠し続けた。
また増田蘭とウマナミレイ?とでは故意にキャラクターを変えていた為に、口調から正体が露見する事も避けられた様だ。
『ええい、ままよっ!』
蘭は覚悟を決めてつばめから受け取った白いリボン、もとい変態バンドを左手の中指に巻きつけた。バンドは瞬時にフィットして蘭の左手に指輪の様に収まった。
同時に蘭の頭に若い女性か子供に似た声が響く。
「今、頭の中に呪文が浮かんだでしょ? 何だって?」
興奮を隠せないつばめの声にやや気圧されながら、蘭は答える。
「《青巻紙赤巻紙黄巻紙》って聞こえた気がする…」
「ほほー、結構シンプルなの来ましたね」
「分かりやすいのが一番だよぉ」
「ネタが切れたんじゃないの?」
つばめは奥の先輩達とよく分からない感想を言い合っている。つばめは『呪文』と言っていた。早口言葉が魔法の呪文、という謎展開に蘭の頭が全くと言っていいほど従いてこない。
混乱したままの蘭に畳み掛ける様につばめは続ける。
「じゃあ次は変身(意地でも変態と言いたくない)だね! 合言葉は『変態』!」
蘭への指示のつもりが、友人の初変身に気持ちが昂ぶったつばめ自身も勢い余って変態してしまう。
「あはは、わたしが変身しちゃったよ… でもまぁこんな感じで」
目の前の少女が白いリボンに包まれて、その中からピンク色の魔法少女が現れた。蘭の予想した通り『例のピンク魔女』の正体はつばめだったのだ。
『こ、これを私がやるのか…? 悪魔みたいな変なコスプレに加えて魔法少女までやらされるのか…?』
人生の理不尽に正面から突き当たる蘭。しかし目の前に居る蘭に興味津々な3人組は、それをせずに帰してくれるとは到底思えない。
「め… 変態…」
顔を赤らめて呟く様に変態の言葉を唱えた蘭を、左手のリングから吹き出したリボンが覆い尽くす。
リボンに形成された卵から現れたのは、つばめとよく似たフリル付きの、しかし漆黒のドレスを纏った蘭、『ノワールオーキッド』であった。