第60話 まじょ
『今にして思えば身体検査の時に持たされた葉っぱってそういう意味だったのね… という事はあの保健の乳オバケもマジボラの仲間なのか…』
記憶を寄り合わせて推理を繋げ、ほぼ正解に至る蘭。ついでに不二子に対してあまり良い印象を持っていない事も窺われた。
手元にいつもの木の枝が無い為に、睦美は読みかけの女性誌を蘭に手渡す。
「んじゃ練習ね。女性誌に向かって呪文を唱えてみて」
さも当然の様に『やって見せろ』という感じで差し出された雑誌を受け取りながら、どうすれば良いのか判断が付かずに周囲に救援の目線を送る蘭。
つばめはそんな蘭の気持ちを裏切る様に『さぁ、頑張ってみよう!』的な視線を返し、フンスと荒い鼻息を洩らした。
『何で私ばっかりこんな目に…? もういいや、さっさと終わらせて帰ろう…』
観念した蘭もため息で答える。もう少しで悟れるかも知れない。
大きく息を吸い、口を開く。
「あ… あおまきがみ、あかまきまき、きま、きま、き…」
…噛んだ。緊迫感とやる気の無さの板挟みから出された蘭の声は、とてもうわずった物だった。同時に魔力消費による鉛の様な疲労感が蘭に覆いかぶさる。
「大丈夫だよ、落ち着いて増田さん。気持ち『ゆっくり』でも受け付けてもらえるから。あと早口言葉は『青い巻紙』とか意味を考えながらやるとうまく行くよ!」
つばめも初魔法の際は嚙んでしまい、魔力を無駄遣いしてこの世の終わりの様な絶望感を味わった。
ここはしっかりフォローして、先輩として新たな友人の支えにならなければいけないのだ。
「う、うん… ありがとう芹沢さん…」
緊張と魔力消費からの疲労で肩で息をしている蘭だが、彼女も本来結構な負けず嫌いである。つばめはともかく、青魔女やオレンジ魔女の目の前で無様な真似を晒すのはプライドが許さなかった。
「ゴホン… 『あおまきがみ、あかまきがみ、きまきがみ』!」
完璧に歌い上げるように高らかに唱えた呪文はキレイに決まり、蘭の手にした雑誌はその4つの角から徐々に霜が付くように凍っていき、やがて完全に凍りついた。
「おおー、凄い凄い!」
「これは『凍結』の力ですかねぇ…?」
つばめと久子が盛り上がる。蘭も困難なミッションをやり遂げて満足げだった。
無言の睦美は蘭から雑誌を受け取ると、その凍りついたページを検分し始めた。雑誌全体が一つの塊で凍っているのでは無く、本の形態を有したまま1ページごとにめくれる状態で独立して凍結していた。睦美がページを捲ろうとすると『パキッ』という軽い音と共にページは粉々に砕けてしまった。
「なるほど。夏場の冷蔵庫代わりにはなるかしらね…?」
戦闘にあまり直結しそうにない能力だった為か、睦美の反応は薄かった。
『おい、言い方…』
口から出かかった文句を何とか呑み込む蘭。やはりこの青魔女とは仲良くなれそうな気がしない。
「睦美さまぁ、せっかく来てくれたのにそれじゃ可哀想ですよぉ?」
「そうですよ。きっとこれから暑くなった時に大活躍してくれますよ?!」
久子がフォローに入りつばめが追従する。
『芹沢さん、それあんまりフォローになってないよ…』
薄目半笑いで無言のまま黄昏れる蘭。
「まぁいいわ、また何かあったら呼ぶかも知れないけど、今日は帰ってもらっていいわ。はいこれお駄賃」
睦美は脇の箱から紙パックのオレンジジュースを取り出して蘭に渡す。
『いや献血かよっ?!』
ツッコみたい衝動を必死で抑える蘭。
「じゃあわたし彼女を送っていきます。また後で」
つばめが横に来て「行こ」と蘭の腕を取る。その屈託の無い笑顔に対してどう対応して良いのか分からず戸惑う蘭。
「つばめ、ちゃんとその子の連絡先を聞いておきなさいよ」
「あ、ハ〜イ」
部室を後にする2人の後ろから睦美の声が聞こえ、それにつばめが答える。
「なんかゴメンね。バタバタしちゃって…」
並んで歩くつばめと蘭。
「ううん、大丈夫。でも芹沢さんがあんな事してたなんて意外だったかな…」
「あはは… 出来れば周りには言わないで欲しいかな? 恥ずかしいから…」
「そもそも何であんな魔法少女みたいな事を始めたの? 趣味なの?」
「まさか違うよ! …最初は無理やりだったんだよ。でもさ、悪い奴らから街の人を助けて『ありがとう』って言われるのが凄く嬉しくて…」
「『悪い奴ら』ね…」
間違いなくシン悪川興業のウマナミレイ?と怪人達の事だろう。蘭も蘭で事情は有るのだが、ここでそれを話す訳にはいかない。
「『感謝されたい』『褒められたい』って気持ちが大きいのは否定しないけど、何より『正しい事をしている』っていう充足感が大きいかな…?」
照れ臭そうに笑うつばめを眩しそうに見つめる蘭。
「『正しい事』か… 良いねそれ…」
「うん! だからもし増田さんが仲間になってくれて、わたしと同じ気持ちになってくれたら凄く嬉しいかも!」
「そうなったら、良いかもね…」
幸せそうなつばめと対称的に、呟く様に答えた蘭の声はとても沈んでいた。
☆
増田家。帰宅した蘭はカレーと思しき夕飯を作っている。リビングルームでは作務衣姿の繁蔵が個人端末に何かを入力していた。
「ねぇお爺ちゃん…」
食器を運ぶついでに繁蔵に声をかける蘭。
「何じゃ蘭?」
「あのお邪魔女達の正体が分かったわよ…」
記憶を寄り合わせて推理を繋げ、ほぼ正解に至る蘭。ついでに不二子に対してあまり良い印象を持っていない事も窺われた。
手元にいつもの木の枝が無い為に、睦美は読みかけの女性誌を蘭に手渡す。
「んじゃ練習ね。女性誌に向かって呪文を唱えてみて」
さも当然の様に『やって見せろ』という感じで差し出された雑誌を受け取りながら、どうすれば良いのか判断が付かずに周囲に救援の目線を送る蘭。
つばめはそんな蘭の気持ちを裏切る様に『さぁ、頑張ってみよう!』的な視線を返し、フンスと荒い鼻息を洩らした。
『何で私ばっかりこんな目に…? もういいや、さっさと終わらせて帰ろう…』
観念した蘭もため息で答える。もう少しで悟れるかも知れない。
大きく息を吸い、口を開く。
「あ… あおまきがみ、あかまきまき、きま、きま、き…」
…噛んだ。緊迫感とやる気の無さの板挟みから出された蘭の声は、とてもうわずった物だった。同時に魔力消費による鉛の様な疲労感が蘭に覆いかぶさる。
「大丈夫だよ、落ち着いて増田さん。気持ち『ゆっくり』でも受け付けてもらえるから。あと早口言葉は『青い巻紙』とか意味を考えながらやるとうまく行くよ!」
つばめも初魔法の際は嚙んでしまい、魔力を無駄遣いしてこの世の終わりの様な絶望感を味わった。
ここはしっかりフォローして、先輩として新たな友人の支えにならなければいけないのだ。
「う、うん… ありがとう芹沢さん…」
緊張と魔力消費からの疲労で肩で息をしている蘭だが、彼女も本来結構な負けず嫌いである。つばめはともかく、青魔女やオレンジ魔女の目の前で無様な真似を晒すのはプライドが許さなかった。
「ゴホン… 『あおまきがみ、あかまきがみ、きまきがみ』!」
完璧に歌い上げるように高らかに唱えた呪文はキレイに決まり、蘭の手にした雑誌はその4つの角から徐々に霜が付くように凍っていき、やがて完全に凍りついた。
「おおー、凄い凄い!」
「これは『凍結』の力ですかねぇ…?」
つばめと久子が盛り上がる。蘭も困難なミッションをやり遂げて満足げだった。
無言の睦美は蘭から雑誌を受け取ると、その凍りついたページを検分し始めた。雑誌全体が一つの塊で凍っているのでは無く、本の形態を有したまま1ページごとにめくれる状態で独立して凍結していた。睦美がページを捲ろうとすると『パキッ』という軽い音と共にページは粉々に砕けてしまった。
「なるほど。夏場の冷蔵庫代わりにはなるかしらね…?」
戦闘にあまり直結しそうにない能力だった為か、睦美の反応は薄かった。
『おい、言い方…』
口から出かかった文句を何とか呑み込む蘭。やはりこの青魔女とは仲良くなれそうな気がしない。
「睦美さまぁ、せっかく来てくれたのにそれじゃ可哀想ですよぉ?」
「そうですよ。きっとこれから暑くなった時に大活躍してくれますよ?!」
久子がフォローに入りつばめが追従する。
『芹沢さん、それあんまりフォローになってないよ…』
薄目半笑いで無言のまま黄昏れる蘭。
「まぁいいわ、また何かあったら呼ぶかも知れないけど、今日は帰ってもらっていいわ。はいこれお駄賃」
睦美は脇の箱から紙パックのオレンジジュースを取り出して蘭に渡す。
『いや献血かよっ?!』
ツッコみたい衝動を必死で抑える蘭。
「じゃあわたし彼女を送っていきます。また後で」
つばめが横に来て「行こ」と蘭の腕を取る。その屈託の無い笑顔に対してどう対応して良いのか分からず戸惑う蘭。
「つばめ、ちゃんとその子の連絡先を聞いておきなさいよ」
「あ、ハ〜イ」
部室を後にする2人の後ろから睦美の声が聞こえ、それにつばめが答える。
「なんかゴメンね。バタバタしちゃって…」
並んで歩くつばめと蘭。
「ううん、大丈夫。でも芹沢さんがあんな事してたなんて意外だったかな…」
「あはは… 出来れば周りには言わないで欲しいかな? 恥ずかしいから…」
「そもそも何であんな魔法少女みたいな事を始めたの? 趣味なの?」
「まさか違うよ! …最初は無理やりだったんだよ。でもさ、悪い奴らから街の人を助けて『ありがとう』って言われるのが凄く嬉しくて…」
「『悪い奴ら』ね…」
間違いなくシン悪川興業のウマナミレイ?と怪人達の事だろう。蘭も蘭で事情は有るのだが、ここでそれを話す訳にはいかない。
「『感謝されたい』『褒められたい』って気持ちが大きいのは否定しないけど、何より『正しい事をしている』っていう充足感が大きいかな…?」
照れ臭そうに笑うつばめを眩しそうに見つめる蘭。
「『正しい事』か… 良いねそれ…」
「うん! だからもし増田さんが仲間になってくれて、わたしと同じ気持ちになってくれたら凄く嬉しいかも!」
「そうなったら、良いかもね…」
幸せそうなつばめと対称的に、呟く様に答えた蘭の声はとても沈んでいた。
☆
増田家。帰宅した蘭はカレーと思しき夕飯を作っている。リビングルームでは作務衣姿の繁蔵が個人端末に何かを入力していた。
「ねぇお爺ちゃん…」
食器を運ぶついでに繁蔵に声をかける蘭。
「何じゃ蘭?」
「あのお邪魔女達の正体が分かったわよ…」