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作者: ちありや
第61話 ますだけ
「あのお邪魔女達の正体が分かったわよ…」

 蘭の言葉にも繁蔵は個人端末から目を離さない。

「ちょうどこちらも魔王様の代理人から情報が来たぞ。なんでも以前魔王様が滅ぼした魔法の国の生き残りの可能性があるそうじゃ」

「『魔法の国』? 地球人じゃないって事?!」

「地球人か宇宙人かは知らんが、『魔法の国』ってくらいだから魔法が使える人達なんじゃろうなぁ。いいなぁ。出来ることならワシも何か魔法を使ってみたいわい」

 楽しそうに語る繁蔵をよそに、蘭は左手に指輪の様に納まった白いリボンに触れる。確かな感触が放課後の出来事が夢や幻では無かった事を物語っていた。

「んで、お前の掴んだ情報って何じゃい?」

 意識が過去に飛んでいた蘭を繁蔵の声が引き戻す。慌てて左手から手を離して一瞬口淀む蘭。

 そもそもなぜマジボラの事を祖父に話そうとしたのか? 祖父に知れたら彼女らが新たな標的になるのは火を見るよりも明らかなのに。

 青魔女のオバサンはともかく、つばめは友人だし、オレンジ魔女も頭は悪そうだが悪い人物には思えなかった。
 自分は今、その人らの情報を悪の組織の総裁である祖父に売ろうとしている。

 つばめは良い子だ。出来れば彼女を悲しませる事はしたくない。だがマジボラにシン悪川興業の野望を阻まれる事は、蘭はいつまで経っても『ゴリラ怪人』だと言う事でもある。

『それだけは絶対にイヤだ…』

 せめて、せめて蘭が普通の人間に戻るまでの期間だけでもマジボラにはシン悪川興業の邪魔をして欲しくない。

「あのね… うちの学校に『魔法奉仕同好会』ってのがあるんだけど…」

 学校での出来事を掻い摘んで繁蔵に説明する蘭。

「…なるほど。んでお前もその魔女軍団の仲間になったって事なの? お爺ちゃんを本当に裏切ったんですかオンドゥルララギッタンディスカ?」

「そ… そうじゃないわよ。でなきゃ最初からこんな話をする訳ないでしょ?」

「それもそうか。蘭… ワシとお前ら姉妹、もう3 人だけの家族なんじゃから手を取り合って生きていこうな…」

「う、うん…」

 蘭の両親は共に4年前に他界していた。乗っていた旅客機が突然落雷を受けて墜落してしまったのだ。

 通常であれば『ファラデーの檻』理論により、飛行中の飛行機が雷の直撃を受けても、電流は機体表面をなぞるだけで中の機材や乗客に被害が出る事は無い。
 しかし蘭の両親の乗った飛行機はその後何らかのトラブルが発生し、コントロールを失って地表へと真っ逆さまに墜落した。

 乗客乗員120余名は1人を除いて全員死亡。生き残ったのは当時小学生の男の子1人だけだった、という悲惨な事件である。

 蘭にはりんという一歳年下の妹がおり、それから蘭と凛は祖父である繁蔵の元に身を寄せ、祖父孫3人の慎ましい生活を送っていたのだが、ある日『魔王ギルのエージェント』を名乗る人物が繁蔵に接触してきた事で、増田家の運命は一変した。

 細かい事は端折るが、色々あってプロフェッサー悪川とウマナミレイ?が誕生したのである。

「してその『マジボラ』とやらは何を目的とした集団なのじゃ? 何でワシらの邪魔をするんじゃ?」

「何でも『感謝のエナジー』を集める事が目的らしいわ。私達が集めている『恐怖のエナジー』とは対極的な物みたい。それを集めて何をするのかまでは聞いてないけど…」

「ふむ… ワシら同様にそれを集めて誰かに流しているのかも知れんな。それが例の『魔法の国』とかか…?」

 繁蔵の推理は当たらずとも遠からず、と言った所だが、蘭もそこまでは分かり得ない。

「よし! 蘭よ、お前もう少し奴らの所で目的やら背景やらの情報を集めて来い。スパイじゃスパイ」

「な?! なんでそんな事…? それに私が向こうに行ったら『恐怖のエナジー集め』は…?」

「それについては気にするな。ワシに考えがある…」

「ただいまぁ〜 お腹減った〜」

 妹の凛が学習塾から帰ってきた。彼女はシン悪川興業とは無関係なので、この話はここで中断となる。

 家族3人で卓を囲いカレーを食す。食べ終わった凛は復習の為に自室へと引っ込んだ。凛は受験生なのだが成績の伸びが最近よろしくないらしい。
 繁蔵は繁蔵で再び個人端末から何かの設計図の様な図面を作り始める。

 1人洗い物をしながら蘭は考えていた。

『私は何がしたいんだろう? どうすればいいんだろう? 芹沢さん達を裏切ってスパイをするなんて気が進まないけど、シン悪川興業の仕事がうまく行かないといつまで経っても人間に戻れない…』

 手を止め「ふう」と息をつく。

『正しい事』か……。

「おい蘭よ」

 繁蔵の緊張感の無い声が蘭の思索を妨害する。少々イラついた蘭も「なに?」とトゲトゲしく返す。

「お前、魔法とやらを使える様になったんじゃろ? 一発見せておくれよ」

 まるで隠し芸か何かの様に冷やかし半分で言ってくる繁蔵の声が蘭の神経にさわる。
 後で飲もうと流し台の横に置いておいた、睦美からもらったブリックパックのジュースを手に取る蘭。

「…青巻紙赤巻紙黄巻紙」

 ジュースの容器が四辺から霜を張る様に凍結する。文字通り煉瓦ブリックと化したジュースのパックを、蘭は繁蔵目掛けて投げ付けた。
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