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作者: ちありや
第136話 さんせん
 大豪院が駐車場に現れたのは主に好奇心からである。
 謎の占い師として何らかの秘密を握っていると思われたアグエラが、目の前で不思議な渦に飲み込まれて姿を消した。それも昨日から大豪院に異様に纏わりついていた5人の少女と共に、である。
 
 そして消えた少女達のうち1人は大豪院の境遇について『呪い』であると明言していた。
 その少女は「呪いについて教える」と約束していた筈なのに、周りの少女らと一緒になって「○○に遊びに行こう」とか「□□が食べたい」等と大豪院の聞きたい事の1割も話さぬまま、例の渦に飲まれて消えていった。
 
 全く以て釈然としない大豪院であったが、不思議な事件と相前後して突如降って来た謎の物体の引き起こす、轟音と爆発音と男女の悲鳴に興味を引かれたのは無理からぬ事であったろう。
 
 大豪院の側にいた鍬形も、危険を感じて避難しようとしていたのだが、大豪院が駐車場方向へ歩き出してしまったのを見て、1人心を奮い立たせていた。
 
「ああもう! なんで大豪院あいつはヤバい事件って分かってて自分から突っ込んで行くんだよ?! …でもな、俺も友達ダチの根性を黙って見ていられる程のヘタレじゃねーんだ!」
 
 そう叫んで大豪院の後を追い走り出した。
 
 ☆
 
「…とりあえずこのくらい離れれば大丈夫かな? 私はちょっとアンドレ先生の加勢に行ってくるよ。千代美ちゃんは御影ファンクラブこのこ達を頼むよ。あと一応警察にも連絡を」
 
 数分前までの『野々村くん』があっという間に『千代美ちゃん』に変わる。この距離感の近さが御影の御影たる所以である。
 そして駐車場の反対側へと近隣住民や買い物客、そして御影ファンクラブを避難させた御影はきびすを返して優雅に走り去って行った。
 
「御影くん行かないで!」
「そっちは危ないよ!」
「ダメーっ!」
 
 置いて行かれた御影ファンクラブの少女らが御影を追って隊列を離れようとする。それを野々村とまどかは必死に押し止めようとしていた。
 
「みなさん落ち着いて下さい! 御影様は大丈夫ですから!」
「御影きゅんが『ここにいろ』って言ってたんだよ? あーしらが勝手に動いて事故でもあったら御影きゅんが悲しむよっ!?」
 
 野々村とまどかの大声に、統率を失っていたファンクラブの面々は徐々に落ち着きを取り戻していく。どのみちこの場にいる少女達が向かった所で何も出来る事は無いのだ。

「…ありがとうございます。私一人じゃみんなバラバラになってました。え〜と、前にお会いしました… よね…?」
 
『ヤバい! つい張り切ってまたまた仕事モードになっちゃったよ。どうやって誤魔化すか…?』
 
 顔を見られないように野々村とは反対側を向いて策を巡らすまどか。しかしそんな事で顔を隠せるはずも無く、ほどなく野々村はまどかの顔を視認する。
 
『この人は確か桜田の子分から私を守ってくれた秘密組織のお姉さんだ。どうしよう? 変にツッコんだら私が消されるとか…? よし、ここは気が付かなかった振りをして…』
 
 目と目が合ったものの、「あははぁ」とお互い気まずげに愛想笑いを交わしただけであった。

「あ、えと、警察にはあーしが連絡しておくね。そっちはあの子らをお願い…」

若干顔を引きつらせながら、まどかはスマホを取り出し武藤へ電話を掛けた。
 
 ☆
 
 話は駐車場に戻る。大豪院の目に入ったものは、2m程の老木を背にどこぞのゆるキャラの様な着ぐるみを纏った人物が、10m程離れた赤毛の壮年男性に向けて両手から何かを連射している場面、加えて背にしている老木からも時折蔦状の物が伸びてきて男性を襲っている場面だった。
 
 一方、攻撃 (?)されている壮年男性は、それらの攻撃に対して手にした金属の棒を巧みに動かして防いでいる所である。
 
 それを見た大豪院は首を捻り『どういう状況?』と訝しんだが、後から駆け付けた鍬形が口を開く。
 
「あれ? あいつ英語のアンドレじゃん。おいセンコー! 何やってんだよ?! …って言うか大道芸だとしても何気にスゲェな」

 鍬形の声に気付いたアンドレは、攻撃を防御しながら首だけを大豪院らの方に向ける。
 
「やぁ、君は大豪院君だね? ご覧の通り悪い奴らに襲われているんだよ。手を貸しては貰えないかな…?」

 アンドレに話しかけられたのは大豪院であったが、返答したのは鍬形だった。
 
「な、ばっ、バカ言ってんじゃねーよ! 生徒を危険に巻き込むなんてそれでも教師かよ… っておおい! 大豪院! 行くのかよ?!」
 
 鍬形の声を背に一歩、二歩と歩みを続ける大豪院。
 普段の彼ならこの様な面妖な事態には『我関せず』と無視を決め込んでいたかも知れない。
 しかし、今の彼にはこの事態に介入する立派な動機と大義名分がある。
 
 今日こそは己の運命について何かが掴める気がしたのに、アグエラ達は虚空に消え去り結局何も得る事は出来なかった。
 
 大豪院は今、そのムシャクシャした気分をぶつけられる『何か』を本能的に求めていた。
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