第203話 たいむりみっと
「え…? ウソ…」
「にっししーっ! やってやったもんねーっ!」
数秒前とは打って変わってつばめと蘭の表情は逆転していた。
蘭は完全に血の気の失せた蒼白という言葉に相応しい顔をして立ち尽くしていたし、つばめは倒れたまま天を仰いで人生最良の日を迎えた様な晴れ晴れとした顔をしている。
「はぁ、はぁ… 蘭ちゃんなら絶対に… このタイミングでわたしの真ん前に来ると思ってたよ… 突撃を繰り返していたのは蘭ちゃんを油断させる為のフェイク… まぁ、マジでもう立てないんだけど…」
息を切らせたまま一気に語るつばめ。本気で突撃していたのは確かであるが、それは蘭の油断を誘う偽計であった。それはプリアの存在を忘れていた蘭に見事にヒットし、つばめは逆転の勝利をもぎ取ったのである。
「そんな… ズルい! それはズルいよつばめちゃん!」
「ふーんだ、もともと生身のわたしと改造された蘭ちゃんとでハンデがあったんだから、これで平等ですぅ~。異論は認めませ~ん」
口を尖らせて反論するつばめを見て、必死に抗議していた蘭も徐々に落ち着きを取り戻す。
そもそも『つばめが体の一部でも蘭に触れられたら勝ち』というルールを作ったのは蘭なのだ。
ここで争点になるのは『プリアはつばめの体の一部足り得るのか?』であろうが、プリアはつばめと接触する事で初めて機能するアイテムであるし、何よりつばめをプリアの『ママ』と囃し立てたのも当の蘭である事を考えると、つばめの不正を糾弾するのはかなり分の悪い話にならざるを得ない。
蘭は大きく溜め息をついて、その後大きく破顔しその場に座り込む。
「ほんっと… つばめちゃんには敵わないなぁ…」
理屈で抗議していても、心がすでに負けを認めている。何より圧倒的有利な条件で始めたゲームで裏をかかれたとしても、敗北したのは蘭なのだ。
「悔しいけど私の負け… 祝福するよ…」
『祝福』の時点で蘭は涙声になっていた。勝負に負けて沖田を失った悲しみはもちろん、奇跡の逆転劇を目の前で見せてくれたつばめの強かさに感動した涙も含まれている。
もともとはつばめの恋を応援するつもりでいたのに、横恋慕してしまったのは蘭であるし、それがつばめを悲しませる事になるのは最初から分かっていた。
蘭の中に『負けて悔しい』気持ちがあるのは当然ながら、同時に友人として『おめでとうつばめちゃん』という気持ちも強くある。
蘭は知っている。つばめが好きな人は沖田で、沖田が好きな人はつばめなのだ。そこに蘭の入る余地は始めから無かったのだ。
「つばめちゃん… カイちゃん…」
いつの間にか沖田が2人の横に来て、所在無げに立ち呆けていた。アグエラに押し出される様に来たものの、どう声を掛けて良いものか判断がついていなかった様子だ。
「「沖田くん…」」
つばめと蘭、2人の返答も期せずしてハモった。沖田はつばめに歩み寄り、「立てる…?」と手を差しだす。
つばめも「ありがとう」と手を握り返す。初告白の際に成らなかったつばめと沖田の手と手が初めて取り合ったのだ。
沖田がつばめを助け起こすも、疲労困憊のつばめはフラついてまた倒れそうになる。そこを沖田はしっかりと抱き止めた。
「あ…」
沖田に抱き締められて、感動のあまりつばめの意識が飛びかける。
「つばめちゃんゴメン。俺の好きな娘って実は君の事だったんだ。『ピンクの魔法少女』なんだ! もっと早く知っていれば、君をこんなに傷付けなかったのに…」
つばめの飛びかけた意識が強引に引き戻された。つばめが長年熱望してきた言葉が、遂に沖田の口から紡がれたのである。
つばめは沖田の言葉が信じられなくて夢を疑ったが、今つばめの両腕と背中に感じる温もりは紛れもなく現実であった。
つばめの目に涙がにじみ、程なく大粒の涙となって頬を流れ落ちていった。
「沖田くん… 夢みたい、凄く嬉しい!」
つばめは沖田の首に抱きついて静かに泣き出した。沖田も急に泣き出したつばめをどう扱って良いものか数秒戸惑っていたが、自然につばめを抱く腕により強い力を込めた。
「つばめちゃん… 沖田くん…」
つばめの涙に釣られて蘭の目にも再び涙が湧き出る。喜びと悲しみの混在する涙であるが、その気持ちを知った今、蘭は一人の女性として大きく成長していた。
「ところで、何でつばめちゃんとカイちゃんがケンカしていたの? 知り合いだったの?」
未だ感涙の止まらないつばめをよそに、沖田は蘭を見つめて問い掛けた。蘭としては『今そこかよ?』と思わないでも無いが、沖田の鈍感は既知であったし、勝負に負けた身として正直に三角関係の精算だとは言いたくない。
「お、オーホッホ! 私は悪の組織の幹部だから魔法少女と戦う宿命にあったのよ! じゃあ私は去るわ!」
今はつばめ達の顔を見るのも辛い。蘭は本当にその場から立ち去ろうとしていた。沖田を諦めざるを得なくなったのであれば、世界の崩壊にこの身を預けても良いとさえ思っていた。
蘭の肩を掴んで止めたのはアグエラだった。蘭は『放っておいてくれ』とばかりにアグエラを睨み付けるが、アグエラは手を離さない。代わりに蘭の耳に口を近付けて囁いた。
「死んで花実は咲かないわ。女はもっと図太く生きないとダメよ… アンタ可愛いから何なら淫魔部隊来る?」
そう言われてつばめ達の方へと連れ戻される。確かにここで命を散らしても誰も喜ばないばかりか、凛や繁蔵といった家族に迷惑が掛かるし、天国の両親からも叱られるだろう。
かと言ってつばめ達のイチャイチャを見せつけられるのは、これまた死ぬほど辛い。『新しい恋』なんて今は想像すらしたくない。
ここで蘭は頭を切り替える。
色々な意味で蘭の戦いも大きな区切りを迎えた。世界の崩壊と共にシン悪川興業のウマナミ改は死んだとして、ここで人生をリセットするのも悪くない。
図らずも両親の仇も討てた事だし、今までの辛気臭い『増田 蘭』を卒業して『New増田 蘭』として新生しても良いと思える。
家族、友達、恋、そして青春、それらを1から仕切り直す。アグエラの言う通り図太く生きてみよう。睦美の様に不敵に笑って見せよう。蘭はそんな風に思える自分に驚きを感じつつも同時に誇りにも感じていた。
☆
つばめ達のゴタゴタも収まる所に収まって、いよいよアグエラが転移をしようとした所でトラブルが発生した。
「待って… 待ち合わせ場所の屋敷の座標が取れないわ… 淫魔部隊の娘らにも念話が届かない… きっと世界の崩壊に巻き込まれて地殻、いえ次元変動を起こしているんだわ…」
「え…? それってどういう事ですか…?」
アグエラの緊急事態宣言につばめが問いただす。答えを聞くまでもない。バトル展開、ドラマ展開にのんびりしすぎたのだ。転移が出来なければ、このまま世界ごと無に消える運命が待っているのは自明の理だ。
「困ったわ… 別の場所に転移しても位相のズレた場所に飛ぶと、そこから飛んでもズレは直らないのよ。服のボタンを掛け違えたみたいにね…」
アグエラは困惑して、何か別の手段は無いものかと色々と試そうとするが、なかなか上手くいかない。
転移の技に関してはつばめも蘭も(もちろん沖田も)乗客としての知識しか無く、何らかのアドバイスを出来る立場では無い。
そうこうしている間にも世界の崩壊は進行し、地震だけでなく地割れをも発生し始めた。仮に今から走ったとしても、魔王城門まで辿り着くのがせいぜいだろう。
最早『万事休す』かと思われた時、遥か前方でどこかで見覚えのある光の筋が一本立ち昇った。
それはとても細く頼りない、だが優しくも暖かい光はつばめ達を導き、招き呼んでいる様に見えた。
「にっししーっ! やってやったもんねーっ!」
数秒前とは打って変わってつばめと蘭の表情は逆転していた。
蘭は完全に血の気の失せた蒼白という言葉に相応しい顔をして立ち尽くしていたし、つばめは倒れたまま天を仰いで人生最良の日を迎えた様な晴れ晴れとした顔をしている。
「はぁ、はぁ… 蘭ちゃんなら絶対に… このタイミングでわたしの真ん前に来ると思ってたよ… 突撃を繰り返していたのは蘭ちゃんを油断させる為のフェイク… まぁ、マジでもう立てないんだけど…」
息を切らせたまま一気に語るつばめ。本気で突撃していたのは確かであるが、それは蘭の油断を誘う偽計であった。それはプリアの存在を忘れていた蘭に見事にヒットし、つばめは逆転の勝利をもぎ取ったのである。
「そんな… ズルい! それはズルいよつばめちゃん!」
「ふーんだ、もともと生身のわたしと改造された蘭ちゃんとでハンデがあったんだから、これで平等ですぅ~。異論は認めませ~ん」
口を尖らせて反論するつばめを見て、必死に抗議していた蘭も徐々に落ち着きを取り戻す。
そもそも『つばめが体の一部でも蘭に触れられたら勝ち』というルールを作ったのは蘭なのだ。
ここで争点になるのは『プリアはつばめの体の一部足り得るのか?』であろうが、プリアはつばめと接触する事で初めて機能するアイテムであるし、何よりつばめをプリアの『ママ』と囃し立てたのも当の蘭である事を考えると、つばめの不正を糾弾するのはかなり分の悪い話にならざるを得ない。
蘭は大きく溜め息をついて、その後大きく破顔しその場に座り込む。
「ほんっと… つばめちゃんには敵わないなぁ…」
理屈で抗議していても、心がすでに負けを認めている。何より圧倒的有利な条件で始めたゲームで裏をかかれたとしても、敗北したのは蘭なのだ。
「悔しいけど私の負け… 祝福するよ…」
『祝福』の時点で蘭は涙声になっていた。勝負に負けて沖田を失った悲しみはもちろん、奇跡の逆転劇を目の前で見せてくれたつばめの強かさに感動した涙も含まれている。
もともとはつばめの恋を応援するつもりでいたのに、横恋慕してしまったのは蘭であるし、それがつばめを悲しませる事になるのは最初から分かっていた。
蘭の中に『負けて悔しい』気持ちがあるのは当然ながら、同時に友人として『おめでとうつばめちゃん』という気持ちも強くある。
蘭は知っている。つばめが好きな人は沖田で、沖田が好きな人はつばめなのだ。そこに蘭の入る余地は始めから無かったのだ。
「つばめちゃん… カイちゃん…」
いつの間にか沖田が2人の横に来て、所在無げに立ち呆けていた。アグエラに押し出される様に来たものの、どう声を掛けて良いものか判断がついていなかった様子だ。
「「沖田くん…」」
つばめと蘭、2人の返答も期せずしてハモった。沖田はつばめに歩み寄り、「立てる…?」と手を差しだす。
つばめも「ありがとう」と手を握り返す。初告白の際に成らなかったつばめと沖田の手と手が初めて取り合ったのだ。
沖田がつばめを助け起こすも、疲労困憊のつばめはフラついてまた倒れそうになる。そこを沖田はしっかりと抱き止めた。
「あ…」
沖田に抱き締められて、感動のあまりつばめの意識が飛びかける。
「つばめちゃんゴメン。俺の好きな娘って実は君の事だったんだ。『ピンクの魔法少女』なんだ! もっと早く知っていれば、君をこんなに傷付けなかったのに…」
つばめの飛びかけた意識が強引に引き戻された。つばめが長年熱望してきた言葉が、遂に沖田の口から紡がれたのである。
つばめは沖田の言葉が信じられなくて夢を疑ったが、今つばめの両腕と背中に感じる温もりは紛れもなく現実であった。
つばめの目に涙がにじみ、程なく大粒の涙となって頬を流れ落ちていった。
「沖田くん… 夢みたい、凄く嬉しい!」
つばめは沖田の首に抱きついて静かに泣き出した。沖田も急に泣き出したつばめをどう扱って良いものか数秒戸惑っていたが、自然につばめを抱く腕により強い力を込めた。
「つばめちゃん… 沖田くん…」
つばめの涙に釣られて蘭の目にも再び涙が湧き出る。喜びと悲しみの混在する涙であるが、その気持ちを知った今、蘭は一人の女性として大きく成長していた。
「ところで、何でつばめちゃんとカイちゃんがケンカしていたの? 知り合いだったの?」
未だ感涙の止まらないつばめをよそに、沖田は蘭を見つめて問い掛けた。蘭としては『今そこかよ?』と思わないでも無いが、沖田の鈍感は既知であったし、勝負に負けた身として正直に三角関係の精算だとは言いたくない。
「お、オーホッホ! 私は悪の組織の幹部だから魔法少女と戦う宿命にあったのよ! じゃあ私は去るわ!」
今はつばめ達の顔を見るのも辛い。蘭は本当にその場から立ち去ろうとしていた。沖田を諦めざるを得なくなったのであれば、世界の崩壊にこの身を預けても良いとさえ思っていた。
蘭の肩を掴んで止めたのはアグエラだった。蘭は『放っておいてくれ』とばかりにアグエラを睨み付けるが、アグエラは手を離さない。代わりに蘭の耳に口を近付けて囁いた。
「死んで花実は咲かないわ。女はもっと図太く生きないとダメよ… アンタ可愛いから何なら淫魔部隊来る?」
そう言われてつばめ達の方へと連れ戻される。確かにここで命を散らしても誰も喜ばないばかりか、凛や繁蔵といった家族に迷惑が掛かるし、天国の両親からも叱られるだろう。
かと言ってつばめ達のイチャイチャを見せつけられるのは、これまた死ぬほど辛い。『新しい恋』なんて今は想像すらしたくない。
ここで蘭は頭を切り替える。
色々な意味で蘭の戦いも大きな区切りを迎えた。世界の崩壊と共にシン悪川興業のウマナミ改は死んだとして、ここで人生をリセットするのも悪くない。
図らずも両親の仇も討てた事だし、今までの辛気臭い『増田 蘭』を卒業して『New増田 蘭』として新生しても良いと思える。
家族、友達、恋、そして青春、それらを1から仕切り直す。アグエラの言う通り図太く生きてみよう。睦美の様に不敵に笑って見せよう。蘭はそんな風に思える自分に驚きを感じつつも同時に誇りにも感じていた。
☆
つばめ達のゴタゴタも収まる所に収まって、いよいよアグエラが転移をしようとした所でトラブルが発生した。
「待って… 待ち合わせ場所の屋敷の座標が取れないわ… 淫魔部隊の娘らにも念話が届かない… きっと世界の崩壊に巻き込まれて地殻、いえ次元変動を起こしているんだわ…」
「え…? それってどういう事ですか…?」
アグエラの緊急事態宣言につばめが問いただす。答えを聞くまでもない。バトル展開、ドラマ展開にのんびりしすぎたのだ。転移が出来なければ、このまま世界ごと無に消える運命が待っているのは自明の理だ。
「困ったわ… 別の場所に転移しても位相のズレた場所に飛ぶと、そこから飛んでもズレは直らないのよ。服のボタンを掛け違えたみたいにね…」
アグエラは困惑して、何か別の手段は無いものかと色々と試そうとするが、なかなか上手くいかない。
転移の技に関してはつばめも蘭も(もちろん沖田も)乗客としての知識しか無く、何らかのアドバイスを出来る立場では無い。
そうこうしている間にも世界の崩壊は進行し、地震だけでなく地割れをも発生し始めた。仮に今から走ったとしても、魔王城門まで辿り着くのがせいぜいだろう。
最早『万事休す』かと思われた時、遥か前方でどこかで見覚えのある光の筋が一本立ち昇った。
それはとても細く頼りない、だが優しくも暖かい光はつばめ達を導き、招き呼んでいる様に見えた。