妖精姫VS覇王
アーテナの覇気が一直線にルセウスへと当たり彼は何にもない所でステップを踏み間違えたかのように尻餅を付いた。
え⋯⋯アーテナお姉様こんな事が出来る様になっていたの?
怖いけれど視線をアーテナに戻せば彼女の体にピタリと合っているドレス越しの腕、胸、背中の筋肉が盛り上がり始めているのが確認できた。
⋯⋯これは怒っていらっしゃる。
「アーテナお姉様、抑えて抑えてっ、ほらいつもの! 一対ニ呼吸法です! すーはーーすーはーーです!」
「む、ああこれは失礼した。すー⋯⋯はーあぁ、すうぅぅ⋯⋯はああああああっ!」
すーはーと繰り返す私達姉妹をアイオリア様が辛うじて笑顔を保ちながら頬を引き攣らせている。
そうか、アイオリア様は騎士だものアーテナの覇気を感じられるのかもしれないわね。
「貴方が転ぶなんて一体どうしたのルース」
「いったたた⋯⋯何だったんだ」
「もうっ、もう一曲踊りたかったのに」
腰をさするルセウスとその腕にしがみついたディーテ様が帰ってくると急に温度が下がった気がした。
「ハックション」と誰かがクシャミをしてる。
「ほう⋯⋯愛称とは──おぬしは何をしておる。アメディアの婚約者ではないのか」
「はいっ、あ、アーテナ様⋯⋯ご無沙汰しております」
「挨拶はよい。私は何故婚約者ではない者と二曲続けて踊ったのだと聞いている」
あ⋯⋯ディーテ様の態度と愛称呼びにアーテナの顳顬の青筋が増えた。
アーテナは私達がディーテ様の好きなようにさせている理由を知らないのよ。どう説明すれば⋯⋯ううん、説明は後よね。今は話を終わらせないと。
「アーテナお姉様、ディーテ様は王族の方ですもの、その、そう! 紳士としてルセウスはダンスをお誘いしたのです」
「二曲続ける必要はない」
バッサリと切り捨てるアーテナの気迫に私もルセウスも言葉を詰まらせた。
アイオリア様に至ってはこれもまた流石騎士、訓練の賜物、気配を消して空気と化している。便利ねそのスキル。身に付けたい⋯⋯。
「ゴウト辺境伯夫人、私が誰と踊ろうと、何曲踊ろうと貴女に関係はなくってよ」
「王女殿下、貴女は王族でありながら社交界のマナーを知らないと見える。なんと嘆かわしい」
「んまっ! 失礼ね! たかが辺境伯夫人の分際で私になんて口を利くのかしらっ。お父様に言ってその身分剥奪して差し上げてもよくってよ!」
「どうぞよしなに⋯⋯我がゴウト家はエワンリウム王国に忠誠を誓う者。この意味をお忘れなきよう。王族であれば無用心な発言はお気を付けなされよ」
バチバチと火花を散らすアーテナとディーテ様。
このままではまずいと焦りながらも、ここで下手に出てしまえば余計にアーテナは怒ってしまうだろうし、黙っているしかない。
そんなジリジリとした空気を壊したのは腰の痛みを訴えるルセウスだった。
「ディア⋯⋯痛みが、限界だ」
「ルセウス!? アーテナお姉様、ルセウスを休憩室で休ませてあげないと」
「あれくらいで腰が使い物にならなくなるとは軟弱な⋯⋯アイオリア殿、手を貸していただけるか」
気配を消して無関係を決め込んでいたアイオリア様が慌てて表情を引き締め、ルセウスに肩を貸す。
ヨロヨロと歩くルセウスがとても、痛々しい。
「ルース! 辺境伯夫人、どきなさいっ」
「王女殿下、貴女はエワンリウム王国の王族である事を留意なされよ」
付いて行こうとしたディーテ様をピシリと扇で制したアーテナは不貞腐れるディーテ様にそう言うとルセウスとアイオリア様の後に続いた。
私も頭を下げ、アーテナを追ってその場を離れようと向きを変えたその時、ディーテ様に呼び止められた。
「アメディア様、ルースとは良好なのかしら?」
「は、はい」
「そう⋯⋯でも、ルースが貴女との婚約に悩んでいると言っていたわよ。あんな姉がいるようじゃルースが悩むのも分かるわ」
不貞腐れから一転、可愛らしい笑顔で嘘を吐き、アーテナを侮辱するディーテ様に私は怒りが溢れそうになるのを堪えた。
「お姉様はエワンリウム王国辺境伯夫人として務めを果たす立派な方です。それに、ルセウスが本当に婚約に悩んでいるとは思えません。彼は私をとても大切にしてくれています」
「まあっ随分と自信がおありなのね。アメディア様、婚約者を信じるのはご立派ですわ」
目の笑っていない笑顔のディーテ様は私の耳元で「いつまで婚約者で居られるかしら」と囁いて背を向けた。
揺れるディーテ様のドレスが人波に紛れてやっと訪れた嵐が去ったかのような安堵感
前回居なかったアーテナがこの夜会に来ていたのは想定外だったし、ディーテ様に辛辣な物言いをするアーテナがもしディーテ様に目を付けられたらと、はらはらしたけれどゴウト家は良好とは言い難い隣国との国境を護りこの国の軍事を纏める要。
王家もいくらディーテ様がおねだりしても簡単にどうこうできる家ではないから最後の捨て台詞を私だけに言ったのね。
⋯⋯疲れた。
でも、ディーテ様の悪意はこれで本当に私に向いていると分かった。
このまま私にだけ向けられるようにして行かなければ。
私は負けられないと気合いを入れて休憩室に向かった。
「ルセウス、痛みはどう?」
「ああ⋯⋯ディア、少し楽になったよ」
「アメディア、どう言う事か説明しなさい」
休憩室に入った私を迎えたのはやけに寒さを感じる空気とアーテナの低い声。
私は新たな壁に息を飲んだ。
アーテナの声が低い時、それは彼女が怒っていたり機嫌が悪い時の癖なのだ。
え⋯⋯アーテナお姉様こんな事が出来る様になっていたの?
怖いけれど視線をアーテナに戻せば彼女の体にピタリと合っているドレス越しの腕、胸、背中の筋肉が盛り上がり始めているのが確認できた。
⋯⋯これは怒っていらっしゃる。
「アーテナお姉様、抑えて抑えてっ、ほらいつもの! 一対ニ呼吸法です! すーはーーすーはーーです!」
「む、ああこれは失礼した。すー⋯⋯はーあぁ、すうぅぅ⋯⋯はああああああっ!」
すーはーと繰り返す私達姉妹をアイオリア様が辛うじて笑顔を保ちながら頬を引き攣らせている。
そうか、アイオリア様は騎士だものアーテナの覇気を感じられるのかもしれないわね。
「貴方が転ぶなんて一体どうしたのルース」
「いったたた⋯⋯何だったんだ」
「もうっ、もう一曲踊りたかったのに」
腰をさするルセウスとその腕にしがみついたディーテ様が帰ってくると急に温度が下がった気がした。
「ハックション」と誰かがクシャミをしてる。
「ほう⋯⋯愛称とは──おぬしは何をしておる。アメディアの婚約者ではないのか」
「はいっ、あ、アーテナ様⋯⋯ご無沙汰しております」
「挨拶はよい。私は何故婚約者ではない者と二曲続けて踊ったのだと聞いている」
あ⋯⋯ディーテ様の態度と愛称呼びにアーテナの顳顬の青筋が増えた。
アーテナは私達がディーテ様の好きなようにさせている理由を知らないのよ。どう説明すれば⋯⋯ううん、説明は後よね。今は話を終わらせないと。
「アーテナお姉様、ディーテ様は王族の方ですもの、その、そう! 紳士としてルセウスはダンスをお誘いしたのです」
「二曲続ける必要はない」
バッサリと切り捨てるアーテナの気迫に私もルセウスも言葉を詰まらせた。
アイオリア様に至ってはこれもまた流石騎士、訓練の賜物、気配を消して空気と化している。便利ねそのスキル。身に付けたい⋯⋯。
「ゴウト辺境伯夫人、私が誰と踊ろうと、何曲踊ろうと貴女に関係はなくってよ」
「王女殿下、貴女は王族でありながら社交界のマナーを知らないと見える。なんと嘆かわしい」
「んまっ! 失礼ね! たかが辺境伯夫人の分際で私になんて口を利くのかしらっ。お父様に言ってその身分剥奪して差し上げてもよくってよ!」
「どうぞよしなに⋯⋯我がゴウト家はエワンリウム王国に忠誠を誓う者。この意味をお忘れなきよう。王族であれば無用心な発言はお気を付けなされよ」
バチバチと火花を散らすアーテナとディーテ様。
このままではまずいと焦りながらも、ここで下手に出てしまえば余計にアーテナは怒ってしまうだろうし、黙っているしかない。
そんなジリジリとした空気を壊したのは腰の痛みを訴えるルセウスだった。
「ディア⋯⋯痛みが、限界だ」
「ルセウス!? アーテナお姉様、ルセウスを休憩室で休ませてあげないと」
「あれくらいで腰が使い物にならなくなるとは軟弱な⋯⋯アイオリア殿、手を貸していただけるか」
気配を消して無関係を決め込んでいたアイオリア様が慌てて表情を引き締め、ルセウスに肩を貸す。
ヨロヨロと歩くルセウスがとても、痛々しい。
「ルース! 辺境伯夫人、どきなさいっ」
「王女殿下、貴女はエワンリウム王国の王族である事を留意なされよ」
付いて行こうとしたディーテ様をピシリと扇で制したアーテナは不貞腐れるディーテ様にそう言うとルセウスとアイオリア様の後に続いた。
私も頭を下げ、アーテナを追ってその場を離れようと向きを変えたその時、ディーテ様に呼び止められた。
「アメディア様、ルースとは良好なのかしら?」
「は、はい」
「そう⋯⋯でも、ルースが貴女との婚約に悩んでいると言っていたわよ。あんな姉がいるようじゃルースが悩むのも分かるわ」
不貞腐れから一転、可愛らしい笑顔で嘘を吐き、アーテナを侮辱するディーテ様に私は怒りが溢れそうになるのを堪えた。
「お姉様はエワンリウム王国辺境伯夫人として務めを果たす立派な方です。それに、ルセウスが本当に婚約に悩んでいるとは思えません。彼は私をとても大切にしてくれています」
「まあっ随分と自信がおありなのね。アメディア様、婚約者を信じるのはご立派ですわ」
目の笑っていない笑顔のディーテ様は私の耳元で「いつまで婚約者で居られるかしら」と囁いて背を向けた。
揺れるディーテ様のドレスが人波に紛れてやっと訪れた嵐が去ったかのような安堵感
前回居なかったアーテナがこの夜会に来ていたのは想定外だったし、ディーテ様に辛辣な物言いをするアーテナがもしディーテ様に目を付けられたらと、はらはらしたけれどゴウト家は良好とは言い難い隣国との国境を護りこの国の軍事を纏める要。
王家もいくらディーテ様がおねだりしても簡単にどうこうできる家ではないから最後の捨て台詞を私だけに言ったのね。
⋯⋯疲れた。
でも、ディーテ様の悪意はこれで本当に私に向いていると分かった。
このまま私にだけ向けられるようにして行かなければ。
私は負けられないと気合いを入れて休憩室に向かった。
「ルセウス、痛みはどう?」
「ああ⋯⋯ディア、少し楽になったよ」
「アメディア、どう言う事か説明しなさい」
休憩室に入った私を迎えたのはやけに寒さを感じる空気とアーテナの低い声。
私は新たな壁に息を飲んだ。
アーテナの声が低い時、それは彼女が怒っていたり機嫌が悪い時の癖なのだ。