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作者: 京泉
冬の訪れ
 季節が巡る。
 冷たくなって来た風の中を元気に走り回っているのはセオス様と執事。
 
 セオス様が木の枝を拾い、一緒に走り回っている執事に投げると執事は木の枝を軽く捕らえて投げ返す。
 受け取ったセオス様が再び枝を投げる執事が捕らえて投げ返す。二人はそれを何度も繰り返している。

 ⋯⋯楽しそ⋯⋯楽しいの? アレ。

 私の隣に座るルセウスも何となく微妙な視線を彼らに向けているのはもしかすると私と同じ気持ちなのかも知れない。

「意味がありそうで全くないような⋯⋯見ている側は楽しくはないが、当人達は楽しい⋯⋯のだろうか、いや、楽しそうなのが微妙なところだ」

 うん、良かった。同じ気持ちだわ。

「隙ありっ!」
「いたっ!」

 突然セオス様が枝をルセウスに向けて投げ、ルセウスの額にスコーンと当たって落ちた。
 
「ひどっ⋯⋯いじゃないかっセオス君」
「油断禁物だぞルセウス」
「如何なる時も気を抜いてはなら⋯⋯ぬ、いや、なりませんよ」

 額を押さえながら抗議するルセウスにセオス様と執事は謝りもせず笑いながら揶揄う。
 私は二人に手を拭くよう濡れタオルを差し出し、ルセウスにはその額にタオルを当てる。
 それほど強く当たったわけではなさそうだけれどちょっと赤くなっているもの。

「セオス様、人を傷つける悪戯は良くありません。ルースにちゃんと謝りましょう。それから、悪戯は力加減を考えて下さいね。遊びながら加減を覚えてゆきましょうね」
「む、そうか。うむ分かったぞ。すまないルセウス」
「⋯⋯へぇ、良いね。ちゃんと教えてちゃんと聞き入れる。君達は良い関係を築いているのだな」

 執事がセオス様の頭を撫でながら懐かしそうな遠い目をする。そんな表情もできるんだこの人。

「イドラン王太子⋯⋯」
「まて。今の俺はリシア家の執事見習いイラドだ。どこで誰が聞いているか分からないのだから気を付けてくれ」

 ちょっと偉そうなこの執事は隣国ラガダン王国の王太子。本当に偉い方なのだ。
 本来なら国賓として迎えるべき方なのだけれどその身分を隠してエワンリウム王国⋯⋯主にディーテ様を知ってもらう為にリシア家の執事をしているの。
 もっとも、仕事をさせるわけにはいかないから基本はこうしてセオス様と遊んだり私達と一緒にいる事が多いのだけれど。

「来賓ではない視点でエワンリウム王国を見る機会を得られた事、君達に感謝している」

 エワンリウム王国とラガダン王国はここ十数年小さな小競り合いが続いている。
 イドラン王太子はそれを幼い頃から憂慮する出来の良い子供だったのだそう。
 そしてその憂慮は己を鍛える事で解消できるはずだと考えたイドラン王太子。
 鍛練に鍛錬を重ねて今では男らしい顔立ちに立派な筋肉が付いた美丈夫な青年へと成長したのだとイドラン王太子自ら語ってくれたのはつい先日。

 自分で美丈夫だと言ってしまうイドラン王太子に自信家な印象を受けたけれど⋯⋯うん、確かにイドラン王太子は美丈夫と言って過言ではないと思う。初めて挨拶をさせていただいた時、私惚れ惚れしたもの。
 今だってセオス様と走り回って暑くなったのだろう、釦を外した胸元から惚れ惚れする立派な筋肉が見えている。


「ディア⋯⋯男性をあまり凝視しないように。勘違いされる」
「え、あら私ったらまた見惚れちゃって」
「見惚れ⋯⋯ディアは彼のようなのがタイプだったのか⋯⋯」
「タイプって、素晴らしい筋肉だなって。それだけよ?」

 ルセウスに全く筋肉がないわけではないけれどイドラン王太子と並ぶと線が細く見えてしまう。
 ⋯⋯鍛えている人とか騎士でなければ誰でも細く見えると思うけど。

「心配するなアメディアはルセウスが好きだぞ。自信を持て」
「ちょっ、セオス様っ!?」

 突然何を暴露するのよ⋯⋯。それを聞いたイドラン王太子は一瞬目を見開き驚いた様子を見せたもののすぐにニヤリとした悪戯な笑みを浮かべた。

「ルセウス。いつでも鍛練に付き合うぞ」
「⋯⋯ええ、是非お願いします」
「怪我しない程度にしてね」

 和やかな昼下りを楽しむ私達の間を一層冷えた風の声が通り木々の葉を鳴らして森に木霊した。

 風の声が聞こえると冬が来る。

「冷えて来たな。屋敷へ帰ろう」

 差し出されたルセウスの手はこんなにも温かくて優しい。
 失いたくない。
 そんな思いが込み上がり身震いしそうになる
 
 私が終わりを迎えたのも冬。
 やり直しを始めたのも冬。
 ⋯⋯そしてまた冬がやってくる。

 エワンリウム王国は冬が一年の終わりであり、始まり。新しい年を迎える為の準備が始まる。

 冬は⋯⋯聖女選定まで残り一年になるのだと私に告げる季節。

 私は身体を伸ばして深呼吸をする。冷たい空気に喉の奥がきゅっと締まった。





「これは何か企んでいるな」

 温かい湯気が立ち上がるカップを持つ手が一様にピタリと止まった。

 リシア家に来てから大小様々な嫌がらせを目にして来たイドラン王太子は呆れをすでに通り越した愉快そうな口調で呟いて小さなため息を零した。
 
 その手にはディーテ様からのお茶会の招待状。

 私は親しい人達だけで催すと記されたこのお茶会を覚えている。
 前回のこのお茶会は時間をずらした嫌がらせではなく、貴族社会に身を置く者として致命的と言える失態を私が犯し、恥をかくようにディーテ様により仕組まれた罠だったのよね。
 やり直しの前の私は道化者で気が付かなかったけれど。

「ドレスコードがあるのだな⋯⋯ほう、婚約者がいる者は婚約者の色を使ったドレスか」

 ああ嫌な記憶が甦える。

「⋯⋯ディア、何か心配事でも?」
「ええ、その⋯⋯ドレスなのだけれど⋯⋯」

 いくら私的なお茶会でも主催は王女であるディーテ様。華美でなくても当然ドレスを新調しなくてはならない。
 今回も前回と同じドレスを作れば同じ轍を踏んでしまうのは想像できる。
 けれど⋯⋯ドレスを仕立てられる王都の仕立て屋はディーテ様に把握されているだろう。
 どこで仕立ててもディーテ様は前回と同じく私と同じデザインでルセウスの黒を基調にしたドレスを仕立ててくる。それもはるかに質の良い素材で。

「ふむ、令嬢にとってはドレスと言うものは鎧のようなものと聞く。毎回被るのは避けたいものだな」
「他の町で仕立てるには時間が無い、となれば⋯⋯アレをしてみるか」
「⋯⋯アレ?」
「ディア、大丈夫だ私に任せてくれ」

 ルセウスの眼鏡が光り、イドラン王太子がニヤリと口角を上げた。
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