R-15
あたしも好きです
亮君と話をした後の授業中はずっと上の空だった。そうではなくてもいつも授業中の先生の話なんて聞いてはいなかったが。いつもと違うのはいつものあたしであれば暗い気持ちで過ごすことが多いのに、今日はなんだかドキドキしたり嬉しくなったり、恥かしくなったり心はまるで踊っていた。しかし、今日最後の授業になるとあたしの心の中は緊張感でいっぱいになっていた。なにが不安なのかも分からないけれど。だけど、いつもの不安感とは明らかに種類が違う。これはもしかして不安とは違うあたしの知らないものなのか。授業が終わり、ホームルームが終わるとわざとゆっくり帰りの支度をした。用も無いのに机の前に立ったまま数学のノートを眺めていた。真面目な子が今日の復習でもしているように思われれば幸いだったわ。そろりと亮君の席に目をやったが彼の姿はもうそこには無かった。一緒に帰ろうと言ってもらったのはいいけど、どうすればいいんだろう。ここで待っていた方がいいのかな?それとも外のどこか人目につかないところで待っていてくれているのかな。教室には何人かのクラスメイトがいくつかのグループに分かれて談笑をしていた。こんなところに亮君が現れてあたしを連れ去ったら周りのみんなにどんな目で見られるか分かったものじゃない。取りあえずこの場から逃げるように教室を去った。
仕方がないので玄関までいってみる。だけど、ゆっくりとね。どこかに亮君が隠れているのではないかと思いながらキョロキョロしながら校内を歩いた。どこにも彼の姿は見当たらない。おかしいな。彼の性格からしても人目につくようなところは避けるはず。もちろん亮君自身も多少の照れくささはあるのだろうが、多くはあたしへの配慮であり、そういうことにはよく気が付く人なのだ。
どこにいるのか見当もつかないまま結局玄関まで来てしまった。靴を下履きに履き替え玄関を出る。正面を見ても彼の姿はない。フーッと大きくため息をついてふと玄関の先の校門に目をやるとそこに亮君の姿があったわ。こんな人の目につく場所で待っているなんて。周りには数人の同級生がいた。さしてこっちには関心は無さそうだ。幸い同じクラスの友達はその場にいなかった。顔を赤くし、うつむき加減で彼の方へ近寄った。すると彼は大きな笑顔で、
「おかえり。待っていたよ。」
とあたしを迎えてくれた。おかえりって言い方、なんか恥ずかしかったけど、嬉しかったな。それにしても亮君、随分と大胆な場所で待っていたのだなあ。最近、これまでの繊細さが目立つ亮君のイメージが大きく変わりつつある。そんな変化の豊かな彼にあたしはますます興味を持ってしまうのだった。
お互い自転車通学だから自転車を押しながらゆっくり一緒に歩く。あたしはまだ、頭の中がいっぱいいっぱいの状態だった。亮君がゆっくりと話しかけてくれる。
「まだ小学生の頃だったね。こうして一緒に帰ったのは。今でも覚えているんだ。あの帰り道は楽しい時間だったって。」
あたしもあの日のことは鮮明に覚えている。亮君も同じ気持ちでいてくれたことがとても嬉しかった。
「本当はね。もっと早くこうして一緒に帰りたくて何度も誘おうと思っていたんだ。だけど、的間さんの周りにはいつも仲のいい友達がいて、的間さんに悪い男が近づかないように見張っているからね。」
笑いながらそう語る彼はなんとなく可愛らしかった。優しい彼はよく柔らかい笑顔を見せてくれるけれど、こんな風に冗談を言いながら明るい笑顔を見せる彼をこれまで見た記憶は無かった。
「小学生の頃に一緒に歩いて帰ったあの日のこと覚えている?」
もちろん一緒に帰ったことは覚えていた。その事実は間違いなく覚えているのだけれど、その中で見た光景や匂い、空気の味、交わした言葉は殆どが記憶に残っていない。きっとあの日のあたしも今日と同じようにたくさん緊張していたからじゃないかな。
「覚えているかなあ。あのとき僕は小学校から中学にあがったらもっと色々なことを勉強して、色んなことを知って大人になりたいって言っていたんだよね。だけど全く変わらないね。今でも全く子供のままだって身に染みる。まだまだ僕はなにも知らないなって。」
そうだった。確かそんな話をした。だけど亮君は変ったよ。大人じゃないかもしれないけど頼もしくなったし、逞しくもなった。どこかどうとは答えられないけれどあたしはそう感じることが何度もあったよ。あたしは全くその逆だ。どんどん我儘で幼稚な子供に逆行しているのを心底感じる。そんな風なことを口に出そうとしたそのとき、彼の歩みが止まった。そらを見上げた彼の口はなんかアヒルみたいになっていた。今日は彼の可愛らしい部分がよく目に着く。
「だけどね。分かってきたこともあるんだよ。」
そらを仰いだまま。それはなあに?あたしの口からそれが言葉となって出る前に彼はあたしの方を見つめた。少し切なそうな顔で。
「俺さ。優江ちゃんのこと好きになっちゃったみたいなんだ。」
いったい何秒たっただろう。もしくは分単位だったのかもしれない。あまりの出来事にどっかに飛んで行ってしまったあたしが返ってくるまでに。あたしは戻ってきても彼の言葉を理解することは出来なかった。ただ顔が熱い。胸が熱い。あ、あたし口が開いている。取りあえずこれを閉じなきゃ。すると息が苦しい。どうやら鼻での呼吸の仕方を忘れてしまったらしい。そのくらいあたしの頭はカオスになっていた。
冬の風のお蔭で顔や胸の熱さが少しずつ冷めていった。大きくスーッと息を吸い込み、吐き出すことで体と心の安定を保つように心掛けた。亮君の口からそんな言葉を打ち明けてくれたことは嬉しいことだ、喜ばしいことだ。そのことを亮君に伝えなければならない。あたしは男の人からこんなことを言われるのは初めてだ。間違いのないような、それでいてあたしの喜びを亮君にきちんと伝わるような返事をしなければならない。そう思って亮君の顔を見直した。ただ、その顔があまりに力が入っていたし、彼の告白から大分時間をおいてしまったから、彼に少し不安そうな顔をさせてしまった。
「俺じゃ駄目かな?」
この彼の口から出てくる優しくて、ちょっと可愛くて、少しだけ色っぽい声を聞くとまたあたしはパニック状態に陥ってしまうのだった。少しだけ思った。亮君はずるい男だと。だけどあたしもなにか返事をしなければ。返事が出来なくて亮君にあたしが彼に興味がないと思われるのはあまりにもったいないし、辛いことだ。
そう思って頭の整理もまともに出来いないあたしは、
「あたしも好きです。」
と全然可愛らしくもない返事しか出来なかった。もっと伝えたい気持ちはたくさんあったのに。
仕方がないので玄関までいってみる。だけど、ゆっくりとね。どこかに亮君が隠れているのではないかと思いながらキョロキョロしながら校内を歩いた。どこにも彼の姿は見当たらない。おかしいな。彼の性格からしても人目につくようなところは避けるはず。もちろん亮君自身も多少の照れくささはあるのだろうが、多くはあたしへの配慮であり、そういうことにはよく気が付く人なのだ。
どこにいるのか見当もつかないまま結局玄関まで来てしまった。靴を下履きに履き替え玄関を出る。正面を見ても彼の姿はない。フーッと大きくため息をついてふと玄関の先の校門に目をやるとそこに亮君の姿があったわ。こんな人の目につく場所で待っているなんて。周りには数人の同級生がいた。さしてこっちには関心は無さそうだ。幸い同じクラスの友達はその場にいなかった。顔を赤くし、うつむき加減で彼の方へ近寄った。すると彼は大きな笑顔で、
「おかえり。待っていたよ。」
とあたしを迎えてくれた。おかえりって言い方、なんか恥ずかしかったけど、嬉しかったな。それにしても亮君、随分と大胆な場所で待っていたのだなあ。最近、これまでの繊細さが目立つ亮君のイメージが大きく変わりつつある。そんな変化の豊かな彼にあたしはますます興味を持ってしまうのだった。
お互い自転車通学だから自転車を押しながらゆっくり一緒に歩く。あたしはまだ、頭の中がいっぱいいっぱいの状態だった。亮君がゆっくりと話しかけてくれる。
「まだ小学生の頃だったね。こうして一緒に帰ったのは。今でも覚えているんだ。あの帰り道は楽しい時間だったって。」
あたしもあの日のことは鮮明に覚えている。亮君も同じ気持ちでいてくれたことがとても嬉しかった。
「本当はね。もっと早くこうして一緒に帰りたくて何度も誘おうと思っていたんだ。だけど、的間さんの周りにはいつも仲のいい友達がいて、的間さんに悪い男が近づかないように見張っているからね。」
笑いながらそう語る彼はなんとなく可愛らしかった。優しい彼はよく柔らかい笑顔を見せてくれるけれど、こんな風に冗談を言いながら明るい笑顔を見せる彼をこれまで見た記憶は無かった。
「小学生の頃に一緒に歩いて帰ったあの日のこと覚えている?」
もちろん一緒に帰ったことは覚えていた。その事実は間違いなく覚えているのだけれど、その中で見た光景や匂い、空気の味、交わした言葉は殆どが記憶に残っていない。きっとあの日のあたしも今日と同じようにたくさん緊張していたからじゃないかな。
「覚えているかなあ。あのとき僕は小学校から中学にあがったらもっと色々なことを勉強して、色んなことを知って大人になりたいって言っていたんだよね。だけど全く変わらないね。今でも全く子供のままだって身に染みる。まだまだ僕はなにも知らないなって。」
そうだった。確かそんな話をした。だけど亮君は変ったよ。大人じゃないかもしれないけど頼もしくなったし、逞しくもなった。どこかどうとは答えられないけれどあたしはそう感じることが何度もあったよ。あたしは全くその逆だ。どんどん我儘で幼稚な子供に逆行しているのを心底感じる。そんな風なことを口に出そうとしたそのとき、彼の歩みが止まった。そらを見上げた彼の口はなんかアヒルみたいになっていた。今日は彼の可愛らしい部分がよく目に着く。
「だけどね。分かってきたこともあるんだよ。」
そらを仰いだまま。それはなあに?あたしの口からそれが言葉となって出る前に彼はあたしの方を見つめた。少し切なそうな顔で。
「俺さ。優江ちゃんのこと好きになっちゃったみたいなんだ。」
いったい何秒たっただろう。もしくは分単位だったのかもしれない。あまりの出来事にどっかに飛んで行ってしまったあたしが返ってくるまでに。あたしは戻ってきても彼の言葉を理解することは出来なかった。ただ顔が熱い。胸が熱い。あ、あたし口が開いている。取りあえずこれを閉じなきゃ。すると息が苦しい。どうやら鼻での呼吸の仕方を忘れてしまったらしい。そのくらいあたしの頭はカオスになっていた。
冬の風のお蔭で顔や胸の熱さが少しずつ冷めていった。大きくスーッと息を吸い込み、吐き出すことで体と心の安定を保つように心掛けた。亮君の口からそんな言葉を打ち明けてくれたことは嬉しいことだ、喜ばしいことだ。そのことを亮君に伝えなければならない。あたしは男の人からこんなことを言われるのは初めてだ。間違いのないような、それでいてあたしの喜びを亮君にきちんと伝わるような返事をしなければならない。そう思って亮君の顔を見直した。ただ、その顔があまりに力が入っていたし、彼の告白から大分時間をおいてしまったから、彼に少し不安そうな顔をさせてしまった。
「俺じゃ駄目かな?」
この彼の口から出てくる優しくて、ちょっと可愛くて、少しだけ色っぽい声を聞くとまたあたしはパニック状態に陥ってしまうのだった。少しだけ思った。亮君はずるい男だと。だけどあたしもなにか返事をしなければ。返事が出来なくて亮君にあたしが彼に興味がないと思われるのはあまりにもったいないし、辛いことだ。
そう思って頭の整理もまともに出来いないあたしは、
「あたしも好きです。」
と全然可愛らしくもない返事しか出来なかった。もっと伝えたい気持ちはたくさんあったのに。