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作者: 尾久沖 千尋
残酷な描写あり R-15
#23 魔法教師エレノア
「初めまして。エレノア・デルク・フェンデリンです」

 第一印象は、名門女子大学の理事長先生、と言った所か。
 自然に伸びた背筋と、確かな知性と厳格さ、そして往年の美貌を感じさせる顔立ちの老貴婦人だった。

「は、初めまして。カグヤです……」

 雰囲気に気圧されながらも、私も挨拶を返す。

「あの……何か?」

 エレノアが無言でこちらを凝視しているのに気付き、問う。

「いえ、ごめんなさいね。異世界から来たと言うから、耳が尖っていたり、翼が生えていたりと、私達と違う部分があるのかしらと思ったのですが、外見的には変わり無いようですね」
「そう、ですね。そういう人は居ません」

 魔力を持つ以外は、どちらの世界の人間も外見的に大きな違いは無い。

「早速本題に入りましょう。これを」

 そう言ってエレノアが布に包んで差し出したのは、

「これは……鑑定水晶、ですか?」

 大聖堂で触れた物よりも小さい、野球ボール程度の大きさだった。

「ええ。本当にあなたの魔力が全く無いのか、念の為確かめてみたいのです」

 前回とは違い、今回は私が魔法を使った後の鑑定である為、違う結果が出るかも知れない、とエレノアやジェフは考えているようだ。

 差し出されたそれを恐る恐る両手で受け取る。
 しかし、やはり水晶に反応は無く、念じてみても依然としてマッチの火程の光も灯さない。
 前回と全く同じだ。

「成程、確かに全く反応が無いな。どれ――」

 そう言ってダスクが水晶に触れると、途端に強烈な紫光がほとばしり、修練場を妖しく照らし出した。

「ダスクの闇属性魔力には正常に反応するという事は、水晶に問題は無いみたいだね」
「それにしても流石はヴァンパイア、凄まじい魔力ですね。私の四倍はあります」

 不死身、不老不死、魔力と三拍子揃ったのがヴァンパイアだが、代わりに聖水や紫外線という決定的な弱点も持つ。
 強力ではあるが、無敵という訳ではないのだ。

「私は宮廷魔術団に籍を置き、皇立学術院魔法科の非常勤講師も務めています。お陰で様々な者の魔力を観察してきましたが……あなたは随分と特殊なようですね。異世界人は皆そうなのですか?」
「どう、でしょうか。元の世界には魔素マナも魔力も魔法もありませんでしたから……」

 この世界に召喚されれば、元の世界の者は誰でも特殊な魔力に目覚めるのか、それとも素質があったからこそ私とテルサは召喚されたのか――恐らくはその両方、持っていた素質が異世界召喚によって開花した、というような気がする。

「カグヤの魔力が水晶に認識されない理由として、どんな可能性が考えられる?」
「そうですね……或いは何か条件があるのかも知れません」
「条件?」
「魔力ではなく魔法の話なのですが、例えば攻撃系魔法の代表格である『火の飛球ファイヤー・ボール』。あれは空気が乾燥している所では効果が増大しますが、逆に空気が湿っていると減衰してしまい、水中では不発に終わります」
「そんな風に天候や地形、時間、気温、人数、性別、健康状態など、何かしらの条件を満たさなければ効果が低下したり、発動自体ができない魔法も結構あるんだ。その分、正しく発動できた時の効果も大きいけどね」

 ヴァンパイアの体質と同じく、長所と短所は表裏一体という訳だ。

「私の魔力にも解放条件があって、今はそれが満たされていないという事ですか?」
「飽くまで仮説ですが。条件が満たされない状態では、魔力が完全に隠れてしまって鑑定でも分からない、という事なのでしょう」

 その解放条件さえ判明すれば、私も力を制御できるようになるはず。
 命を狙われている以上、自分の身を護る術くらいは体得しておかなくては命に関わる。
 いつでもダスクが助けてくれるとは限らないのだから。

「カグヤ、その条件に何か心当たりはある?」
「そう言われても、発動した時は命を狙われて必死でしたから、他に何かを気に掛ける余裕など……」

 と、昨夜の体験を思い返していると、

「――カグヤ」

 背後からダスクの声がした。

「はい?」

 応じて振り向いた瞬間、私の視界に飛び込んで来たのは――拳。

 猛烈な勢いで繰り出された拳が、顔面から数センチの所で急停止。
 巻き起こる拳圧を浴びて、ヘアードライヤーのパワーを一気に全開にした時のように、私の髪がブワッと後ろへ舞った。

「……ッ!?」

 悲鳴を上げる事すらできないまま、驚愕と拳圧で体勢を崩し、ぺたんとその場に尻餅を突いた。

 武道では、拳の風圧で蝋燭ろうそくの火を消す修行もあると聞いたが、今のダスクの拳圧は、火と言わず燭台ごと吹き飛ばしてしまえる程の凄まじさだった。
 寸止めではなく直撃していれば、私の顔どころか頭部そのものが消し飛んでいたに違い無い。

 バクバクと心臓が激しく動き、噴き出た冷汗が身を濡らしていた。

「ダスク、何を……!?」

 彼の突然の行動に、ジェフとエレノアも呆気に取られていた。

「済まない。少し試させて貰った」

 倒れ込んだ私に、ダスクが謝りながら手を差し伸べる。

「し、死んでしまうかと、思いました……」

 手を掴んで立ち上がり、呼吸を整えて平静を取り戻そうとする。

「ダスク、今の行為の理由は?」

 咎めるような口調でエレノアが問い詰める。

「冥獄墓所への転移の時、カグヤは聖騎士団に殺されかけた。二度目は聖騎士団の攻撃から俺を庇った時、三度目は大聖堂から外へ脱出する時。いずれも彼女の身が危険に晒されていた」
「だから、カグヤに危機を感じさせれば何か起きると思ったのかい? 考え方は悪くないと思うけど……せめて事前に言ってあげても良かったんじゃないかな」
「それではインパクトに欠け、発動しないのではと思ったのでな。とは言え、突然の攻撃で怖がらせてしまったのは事実。悪かった」
「い、いえ……」

 ダスクなりに私の為を思っての行為だったのは分かる。
 とは言え、次また同じ事をする際は、ジェフの言うように一声掛けて欲しいものだ。

「確かに、危機に際して反射的に魔法を発動してしまうケースは多々あります。しかしそれは『きっかけ』であって『条件』ではありません。現に今の寸止めでも、何か起きた様子は見受けられません」
「だね。お婆ちゃんの言う通り、魔力も全く感じなかった」
「そうか……」

 ダスクは残念そうだが、私はむしろほっとしている。
 危険が迫らなければ解放されない力という事は、つまり自分で好きな時に使えないという事に他ならず、はっきり言って不便である。
 力を解放する度に恐ろしい思いをしていては、心臓が壊れかねない。
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