残酷な描写あり
R-15
#24 手配書
その数時間後――
「散策、でございますか？」
「はい……」
世話役のサリーにそう申し出た所、渋い表情が返ってきた。
「時刻は十七時、既に日は没した。俺も外を出歩ける」
あの後も、私の魔力の解放条件が何か突き止める為に、四人で思案と実験を繰り返してみたが、結局分からず仕舞いだった。
それからは、サリーが持って来てくれたフェンデリン家の書庫の本を読み過ごして――私はこの世界の文字が読めない為、正確にはサリーに読み聞かせて貰って――、現在に至る。
「私は反対です。危険過ぎます。お二人とも、今の状況は理解できていらっしゃるはず」
「承知の上だ」
断固たるダスクの返答に、サリーは呆れたように溜め息を吐き、私とダスクと思しき似顔絵が描かれた一枚の紙を差し出した。
「これは……手配書？ 何と書かれているのですか？」
「要約すると、お二人は『黄昏の牙』の構成員で、教皇の命を狙って曙光島に侵入、多くの聖騎士を虐殺した、と書かれています。既に帝都全土にこれが出回り、この時間も聖騎士団と帝国騎士団が捜索を行っています」
聖騎士を殺害してしまったのは事実だが、それ以外は明らかな捏造だ。
「俺とカグヤの名前は出ていないが、生死を問わず、一人につき五百万マドルの賞金が懸けられている。有力な情報の提供でも百万マドルとは……やはり奴らは何が何でも俺達を始末する気らしいな」
その金額がどれ程の価値なのかは分からないが、ダスクの反応を見るに、懸賞金としては破格なのだろう。
こうなると聖騎士団と帝国騎士団だけでなく、懸賞金目当ての一般人にも警戒しなければならない。
「そのような状況下で外を出歩く事がどれほど危険かはお分かり頂けるはず。何かあったとしても、フェンデリン家は表立って助ける事ができません」
罪人に加担した事が発覚すれば、ラモン教皇はこれ幸いとばかりに犬猿の仲であるオズガルドを糾弾、失脚を図るだろう。
「ああ、君の言う通りだ。しかし三百年間死んでいた俺も、この世界に召喚されたカグヤも、今の帝都や社会の現状を知らない。自分達を取り巻く環境がどうなっているのか知らないまま過ごすのも、俺に言わせれば充分に危険だ。ここもいつまで安全か分からないのでな」
「フェンデリン家はこの国でも上位に位置する名家、栄耀教会や評議会であろうとも、確たる証拠も無しに強制捜査に踏み切る事はできません。それに大旦那様も大奥様も、一度助けると決めた者は手厚く保護して下さる大変義理堅いお方です」
サリーのその言葉からは強い信頼の念が感じ取れたが、身の安全の保証にはならない。
「二人の人柄を疑っている訳じゃない。だがオズガルド、エレノア、ジェフ、君以外の者は俺達の事を知らない。他の者にバレたとしても、それでも俺達を匿い続ける事ができるのか？」
「それは……」
フェンデリン家の現当主は、オズガルドとエレノアの息子モルジェオと聞いている。
私達が居るこの館は、帝都エルザンパールに於けるフェンデリン家の屋敷で、フェンデリン家の本拠となる館は領地の方にあり、当主モルジェオはそちらに居るそうだ。
モルジェオが私達の存在を知って追い出すと言えば、オズガルド達も匿い続ける事はできないだろうし、地下室に通うオズガルド達の様子や食料の減り具合などから、勘付いた使用人が賞金欲しさに情報を漏らす、というような事も考えられる。
「どのみちいつまでも世話にはなれない。出て行く日は必ず訪れる。その時に備えて、外界の様子を自分の眼と耳で確かめなくてはならない」
「それに……ずっとこの地下室に籠っていると時間の間隔が無くなりますし、精神的にも好ましくありませんから……」
異世界に召喚されて尚、運命は私に不自由を強いる。
せめて夜の間だけでも、束の間の自由を味わいたい。
「ですが……」
尚もサリーが渋るが、そこへやって来る人物が一人。
「話は聞かせて貰ったよ」
ジェフだった。
オズガルドとエレノアがこの館を空けている間は、彼が私達の監督責任者となっている。
「まったく、自分達の立場を分かっているのかい？ ダスクがヴァンパイアだから、聖騎士団は夜の捜索にこそ力を入れている。そんな所にのこのこ出て行くなんて、眠っているドラゴンの口に自ら飛び込むようなもの――」
案の定、ジェフも異を唱えたが、
「――というのが、お爺ちゃん達の考えだ」
そう言って、ジェフが可愛らしくパチンとウインクした。
「ジェフさんの考えは違うのですか？」
「いいや、同じく反対だよ。でもね、一方でこうも思うんだ。もしまたカグヤが本物のピンチに陥れば、魔力の解放条件も判明するんじゃないか、ってね」
ダスクの拳の寸止めでは魔力が解放されなかったのは、インパクトが強烈でも所詮は芝居、殺気が伴わなかったからではないか、とジェフは考えているようだ。
「という訳で、行くならノクターンとセレナーデを付けるよ。それなら僕も君達の様子が分かるし、前回のように逃走経路の案内や、君達の質問にも答えられる」
「そうして貰えると助かる」
「それからこれも」
ジェフが差し出したのは、鬘や眼鏡など、変装用の小道具。
「手配書が出回っている以上、最低限の変装は欠かせない。そして目立つ行為は絶対にしない事。ピンチになれば解放条件が分かるかも知れないとは言ったけど、やっぱりトラブル無く帰って来て欲しいというのが正直な気持ちだからね。僕にお爺ちゃんのゲンコツを喰らわせないでよ？」
「ど、努力します……」
「その時は俺も一緒に殴られてやるさ」
好奇心旺盛で悪戯好きなジェフの事だから、動物達を使って軽い悪さを働いては、その度にオズガルドから叱られていたのだろうと想像する。
その悪癖に困らされながらも、オズガルドもエレノアも彼の才覚を認め、『招聖の儀』の盗み見や私達の保護監督など重要な仕事を任せている。
「散策、でございますか？」
「はい……」
世話役のサリーにそう申し出た所、渋い表情が返ってきた。
「時刻は十七時、既に日は没した。俺も外を出歩ける」
あの後も、私の魔力の解放条件が何か突き止める為に、四人で思案と実験を繰り返してみたが、結局分からず仕舞いだった。
それからは、サリーが持って来てくれたフェンデリン家の書庫の本を読み過ごして――私はこの世界の文字が読めない為、正確にはサリーに読み聞かせて貰って――、現在に至る。
「私は反対です。危険過ぎます。お二人とも、今の状況は理解できていらっしゃるはず」
「承知の上だ」
断固たるダスクの返答に、サリーは呆れたように溜め息を吐き、私とダスクと思しき似顔絵が描かれた一枚の紙を差し出した。
「これは……手配書？ 何と書かれているのですか？」
「要約すると、お二人は『黄昏の牙』の構成員で、教皇の命を狙って曙光島に侵入、多くの聖騎士を虐殺した、と書かれています。既に帝都全土にこれが出回り、この時間も聖騎士団と帝国騎士団が捜索を行っています」
聖騎士を殺害してしまったのは事実だが、それ以外は明らかな捏造だ。
「俺とカグヤの名前は出ていないが、生死を問わず、一人につき五百万マドルの賞金が懸けられている。有力な情報の提供でも百万マドルとは……やはり奴らは何が何でも俺達を始末する気らしいな」
その金額がどれ程の価値なのかは分からないが、ダスクの反応を見るに、懸賞金としては破格なのだろう。
こうなると聖騎士団と帝国騎士団だけでなく、懸賞金目当ての一般人にも警戒しなければならない。
「そのような状況下で外を出歩く事がどれほど危険かはお分かり頂けるはず。何かあったとしても、フェンデリン家は表立って助ける事ができません」
罪人に加担した事が発覚すれば、ラモン教皇はこれ幸いとばかりに犬猿の仲であるオズガルドを糾弾、失脚を図るだろう。
「ああ、君の言う通りだ。しかし三百年間死んでいた俺も、この世界に召喚されたカグヤも、今の帝都や社会の現状を知らない。自分達を取り巻く環境がどうなっているのか知らないまま過ごすのも、俺に言わせれば充分に危険だ。ここもいつまで安全か分からないのでな」
「フェンデリン家はこの国でも上位に位置する名家、栄耀教会や評議会であろうとも、確たる証拠も無しに強制捜査に踏み切る事はできません。それに大旦那様も大奥様も、一度助けると決めた者は手厚く保護して下さる大変義理堅いお方です」
サリーのその言葉からは強い信頼の念が感じ取れたが、身の安全の保証にはならない。
「二人の人柄を疑っている訳じゃない。だがオズガルド、エレノア、ジェフ、君以外の者は俺達の事を知らない。他の者にバレたとしても、それでも俺達を匿い続ける事ができるのか？」
「それは……」
フェンデリン家の現当主は、オズガルドとエレノアの息子モルジェオと聞いている。
私達が居るこの館は、帝都エルザンパールに於けるフェンデリン家の屋敷で、フェンデリン家の本拠となる館は領地の方にあり、当主モルジェオはそちらに居るそうだ。
モルジェオが私達の存在を知って追い出すと言えば、オズガルド達も匿い続ける事はできないだろうし、地下室に通うオズガルド達の様子や食料の減り具合などから、勘付いた使用人が賞金欲しさに情報を漏らす、というような事も考えられる。
「どのみちいつまでも世話にはなれない。出て行く日は必ず訪れる。その時に備えて、外界の様子を自分の眼と耳で確かめなくてはならない」
「それに……ずっとこの地下室に籠っていると時間の間隔が無くなりますし、精神的にも好ましくありませんから……」
異世界に召喚されて尚、運命は私に不自由を強いる。
せめて夜の間だけでも、束の間の自由を味わいたい。
「ですが……」
尚もサリーが渋るが、そこへやって来る人物が一人。
「話は聞かせて貰ったよ」
ジェフだった。
オズガルドとエレノアがこの館を空けている間は、彼が私達の監督責任者となっている。
「まったく、自分達の立場を分かっているのかい？ ダスクがヴァンパイアだから、聖騎士団は夜の捜索にこそ力を入れている。そんな所にのこのこ出て行くなんて、眠っているドラゴンの口に自ら飛び込むようなもの――」
案の定、ジェフも異を唱えたが、
「――というのが、お爺ちゃん達の考えだ」
そう言って、ジェフが可愛らしくパチンとウインクした。
「ジェフさんの考えは違うのですか？」
「いいや、同じく反対だよ。でもね、一方でこうも思うんだ。もしまたカグヤが本物のピンチに陥れば、魔力の解放条件も判明するんじゃないか、ってね」
ダスクの拳の寸止めでは魔力が解放されなかったのは、インパクトが強烈でも所詮は芝居、殺気が伴わなかったからではないか、とジェフは考えているようだ。
「という訳で、行くならノクターンとセレナーデを付けるよ。それなら僕も君達の様子が分かるし、前回のように逃走経路の案内や、君達の質問にも答えられる」
「そうして貰えると助かる」
「それからこれも」
ジェフが差し出したのは、鬘や眼鏡など、変装用の小道具。
「手配書が出回っている以上、最低限の変装は欠かせない。そして目立つ行為は絶対にしない事。ピンチになれば解放条件が分かるかも知れないとは言ったけど、やっぱりトラブル無く帰って来て欲しいというのが正直な気持ちだからね。僕にお爺ちゃんのゲンコツを喰らわせないでよ？」
「ど、努力します……」
「その時は俺も一緒に殴られてやるさ」
好奇心旺盛で悪戯好きなジェフの事だから、動物達を使って軽い悪さを働いては、その度にオズガルドから叱られていたのだろうと想像する。
その悪癖に困らされながらも、オズガルドもエレノアも彼の才覚を認め、『招聖の儀』の盗み見や私達の保護監督など重要な仕事を任せている。