残酷な描写あり
R-15
10話:先進特務部隊③
エクシアと合流し研究所から治安維持組織特務隊室へ戻る。
深夜の帝都は、遠くの街灯が淡く混じり合い、窓ガラスにぼんやりとした光の粒を散らしていた。部屋の中は、机の上のランプだけが頼りない明かりを投げかけ、書類の山と壁に掛けられた一本の軍用細剣を、静かに浮かび上がらせている。
空気は冷たく張りつめ、かすかな紙の匂いと、金属の冷えた香りだけが漂っていた。
ラスティ・ヴェスパーは、士官制服を崩さぬまま、深い革張りの椅子に腰を沈めている。
漆黒の髪はいつものように完璧に撫でつけられ、黒曜石のような瞳は、届いたばかりの配属通知書と目の前の王族のエルフを見る。
指先で紙を軽く叩き、静かな声で呟く。
「エクシア・ザシアン……彼女が軍部からの派遣? 不可解だ。彼女は、被害者の一人だろう。守るべき市民であり、同時に軍人としても能力があるとは思えない」
「あるいは、それを上回るものがあるのかもね」
スメラギのその言葉に、部屋の隅に控えていた影がゆっくりと動いた。
純血のエルフ、エクシア・ザシアン。
金色の長い髪が肩から背中まで優雅に流れ、碧の瞳はまっすぐにラスティだけを捉えている。彼女はまだ正式な騎士団制服ではなく、補助要員用の青と白を基調とした簡素な装束を纏っていたが、その立ち姿には、すでに戦士としての気迫と、貴族のような気品が宿っていた。
細い指先が軽くスカートの裾を直し、深く、優雅に一礼する。
「ご主人様。そしてスメラギ様、アロラ様。私が軍部に籍を置いている理由を、今、ここでお話しさせていただきます」
エクシアの声は、澄んだ泉のように静かで、どこまでも穏やかだった。しかし、その奥底に灯る熱は、部屋の空気をわずかに震わせるほどに強い。彼女はゆっくりと歩み寄り、ラスティの机の前に立った。
碧の瞳を伏せることなく、真正面から見つめながら、言葉を紡ぎ始める。
「私は、あの忌まわしい奴隷商人の檻から、貴方に救われた後、治療中に帝国軍部より正式な勧誘を受けました。最初は、戦場など二度と関わりたくないと思っていました。けれど……軍部の使者が、ラスティ・ヴェスパー殿の下で、特務部隊として共に戦える可能性があると告げた瞬間、私の心は決まったのです。貴方と共に戦えるならば。貴方の理想を守れるならば。私は、迷わず承諾しました」
ラスティの黒曜石の瞳が、わずかに揺れた。
エクシアは、静かに微笑みを深め、言葉を続ける。
「軍部が私を特務部隊に配属した理由は、私の『特異性』——その名を『ハイスタンダード』と呼ぶべき能力にあります」
彼女は、ゆっくりと右手を掲げた。細い指先が淡く光り、一瞬だけ、獣人の鋭い爪が現れては消える。次の瞬間、手のひらにドワーフの鍛冶師が持つような硬質で厚い皮膚が浮かび上がり、さらに変わると、人間特有の複雑な魔力回路が、透けるように青白く輝いた。
「この能力は……今の人類が成し遂げた偉業、ドワーフが代々守り抜いてきた秘伝の鍛冶、獣人の強靱で再生力に優れた肉体……それらの前例が存在する限り、どれほど例外的で、どれほど希少なものであっても、私は努力をショートカットし、完全に再現することができます」
彼女の声に、静かな誇りと、深い覚悟が宿る。
「つまり……優秀な軍人の精神性すら、再現可能です。国家に絶対の忠誠を誓い、最も危険な任務に、勇気と使命感を持って飛び込み、国のために自らの命を喜んで散らす——その自己犠牲の精神、そして狂気とも言える覚悟を、私は、完璧に自分のものにできるのです」
エクシアは、ゆっくりと膝をついた。
金の髪が床に優雅に広がり、彼女はラスティの机の前に、深く、深く頭を垂れた。
「さらに、投入される戦地に応じて最適な能力を即座に再現し、どんな状況をも打開する契機を作れます。そして何より……貴方に救われたこの命を、貴方のために最大限に活用する。貴方の剣として、貴方の盾として、同じ特務部隊で運用すれば、私は、帝国最強の兵士となるでしょう」
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。碧の瞳は潤み、頬は淡く紅潮し、唇は優しく、幸福そうに微笑んでいる。
そこには、恍惚とした光だけがあった。深い尊敬、抑えきれない親愛、そして、自分を完全に捧げることへの、純粋で熱い喜び。
「以上の理由です。私の命は、貴方のもの。貴方の剣として、貴方の意志として、全てを、どんな敵も、どんな障害も、切り裂きます」
エクシアは、跪いたまま、両手を胸に当て、静かに、しかし確実に誓った。部屋には、ただ静寂だけが満ちていた。
帝都の遠い灯りが、窓ガラスに揺れ、二人の影を、長く、静かに床に落としていた。ラスティは、黒曜石の瞳を伏せ、
ゆっくりと息を吐いた。
ラスティ・ヴェスパーは椅子に座したまま、エクシアの言葉を静かに受け止めていた。
エクシア・ザシアンはその前に跪き、プラチナブロンドの長い髪を床に広げ、サファイアブルーの瞳を潤ませながら、ゆっくりと顔を上げた。
「ラスティ様……あの戦場で、私は初めて貴方の本当の光を見ました」
彼女の声は、震えを帯びながらも、どこまでも澄んでいた。
「奴隷商人たちを切り裂き、私の檻を壊し、闇の中に輝いた、あの希望の光……それは、私の心を完全に奪いました。あれほど美しいもの、あれほど温かく強いものを、私はこれまで一度も見たことがありません」
エクシアは、両手を胸に当て、深く息を吸う。頬が幸福に紅潮し、瞳に熱い光が宿る。
「だから、私は貴方に尽くしたい。この命も、この身体も、この魂も、すべてを貴方に捧げて、尽くしたいと、心の底から願っています」
彼女は、少し身を乗り出し、ラスティの瞳をまっすぐに見つめたまま、言葉を続ける。
「私は、貴方にとって母親になりたい。貴方が疲れたとき、優しく包み込み、癒やして差し上げたい。私は、貴方にとって姉になりたい。貴方が迷ったとき、そっと道を示し、支えて差し上げたい。私は、貴方にとって妹になりたい。貴方に甘え、貴方に守られ、貴方を笑顔にしたい。 私は、貴方にとって親友になりたい。どんな言葉も、どんな想いも、すべて受け止め、分かち合いたい」
エクシアの声が、わずかに熱を増す。
彼女は、ゆっくりと両手を床について、より深く頭を垂れた。
「そして……私は、貴方にとって道具にもなりたい。貴方の剣として、盾として、どんな役目でも、貴方が望むなら、喜んでその形になります」
最後に、彼女は顔を上げ、涙を湛えた瞳で、静かに、しかし確実に告げた。
「私は、貴方の踏み台になりたい。貴方がより高く、より遠くへ進むために、私が地面に伏せて、貴方の足元になる。貴方が理想郷へ踏み出す一歩を、私が受け止め、支え、押し上げたい。 それが、私の幸せです。それが、私の生きる意味です」
部屋に、深い静寂が落ちる。
エクシアは跪いたまま、穏やかな微笑みを浮かべ、ただラスティの答えを、ただラスティの次の言葉を、心のすべてで待ち続けていた。ランプの灯りが、銀の髪に優しく反射し、
二人の間に、温かな、しかし重い沈黙だけが満ちていた。
深夜の帝都は、遠くの街灯が淡く混じり合い、窓ガラスにぼんやりとした光の粒を散らしていた。部屋の中は、机の上のランプだけが頼りない明かりを投げかけ、書類の山と壁に掛けられた一本の軍用細剣を、静かに浮かび上がらせている。
空気は冷たく張りつめ、かすかな紙の匂いと、金属の冷えた香りだけが漂っていた。
ラスティ・ヴェスパーは、士官制服を崩さぬまま、深い革張りの椅子に腰を沈めている。
漆黒の髪はいつものように完璧に撫でつけられ、黒曜石のような瞳は、届いたばかりの配属通知書と目の前の王族のエルフを見る。
指先で紙を軽く叩き、静かな声で呟く。
「エクシア・ザシアン……彼女が軍部からの派遣? 不可解だ。彼女は、被害者の一人だろう。守るべき市民であり、同時に軍人としても能力があるとは思えない」
「あるいは、それを上回るものがあるのかもね」
スメラギのその言葉に、部屋の隅に控えていた影がゆっくりと動いた。
純血のエルフ、エクシア・ザシアン。
金色の長い髪が肩から背中まで優雅に流れ、碧の瞳はまっすぐにラスティだけを捉えている。彼女はまだ正式な騎士団制服ではなく、補助要員用の青と白を基調とした簡素な装束を纏っていたが、その立ち姿には、すでに戦士としての気迫と、貴族のような気品が宿っていた。
細い指先が軽くスカートの裾を直し、深く、優雅に一礼する。
「ご主人様。そしてスメラギ様、アロラ様。私が軍部に籍を置いている理由を、今、ここでお話しさせていただきます」
エクシアの声は、澄んだ泉のように静かで、どこまでも穏やかだった。しかし、その奥底に灯る熱は、部屋の空気をわずかに震わせるほどに強い。彼女はゆっくりと歩み寄り、ラスティの机の前に立った。
碧の瞳を伏せることなく、真正面から見つめながら、言葉を紡ぎ始める。
「私は、あの忌まわしい奴隷商人の檻から、貴方に救われた後、治療中に帝国軍部より正式な勧誘を受けました。最初は、戦場など二度と関わりたくないと思っていました。けれど……軍部の使者が、ラスティ・ヴェスパー殿の下で、特務部隊として共に戦える可能性があると告げた瞬間、私の心は決まったのです。貴方と共に戦えるならば。貴方の理想を守れるならば。私は、迷わず承諾しました」
ラスティの黒曜石の瞳が、わずかに揺れた。
エクシアは、静かに微笑みを深め、言葉を続ける。
「軍部が私を特務部隊に配属した理由は、私の『特異性』——その名を『ハイスタンダード』と呼ぶべき能力にあります」
彼女は、ゆっくりと右手を掲げた。細い指先が淡く光り、一瞬だけ、獣人の鋭い爪が現れては消える。次の瞬間、手のひらにドワーフの鍛冶師が持つような硬質で厚い皮膚が浮かび上がり、さらに変わると、人間特有の複雑な魔力回路が、透けるように青白く輝いた。
「この能力は……今の人類が成し遂げた偉業、ドワーフが代々守り抜いてきた秘伝の鍛冶、獣人の強靱で再生力に優れた肉体……それらの前例が存在する限り、どれほど例外的で、どれほど希少なものであっても、私は努力をショートカットし、完全に再現することができます」
彼女の声に、静かな誇りと、深い覚悟が宿る。
「つまり……優秀な軍人の精神性すら、再現可能です。国家に絶対の忠誠を誓い、最も危険な任務に、勇気と使命感を持って飛び込み、国のために自らの命を喜んで散らす——その自己犠牲の精神、そして狂気とも言える覚悟を、私は、完璧に自分のものにできるのです」
エクシアは、ゆっくりと膝をついた。
金の髪が床に優雅に広がり、彼女はラスティの机の前に、深く、深く頭を垂れた。
「さらに、投入される戦地に応じて最適な能力を即座に再現し、どんな状況をも打開する契機を作れます。そして何より……貴方に救われたこの命を、貴方のために最大限に活用する。貴方の剣として、貴方の盾として、同じ特務部隊で運用すれば、私は、帝国最強の兵士となるでしょう」
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。碧の瞳は潤み、頬は淡く紅潮し、唇は優しく、幸福そうに微笑んでいる。
そこには、恍惚とした光だけがあった。深い尊敬、抑えきれない親愛、そして、自分を完全に捧げることへの、純粋で熱い喜び。
「以上の理由です。私の命は、貴方のもの。貴方の剣として、貴方の意志として、全てを、どんな敵も、どんな障害も、切り裂きます」
エクシアは、跪いたまま、両手を胸に当て、静かに、しかし確実に誓った。部屋には、ただ静寂だけが満ちていた。
帝都の遠い灯りが、窓ガラスに揺れ、二人の影を、長く、静かに床に落としていた。ラスティは、黒曜石の瞳を伏せ、
ゆっくりと息を吐いた。
ラスティ・ヴェスパーは椅子に座したまま、エクシアの言葉を静かに受け止めていた。
エクシア・ザシアンはその前に跪き、プラチナブロンドの長い髪を床に広げ、サファイアブルーの瞳を潤ませながら、ゆっくりと顔を上げた。
「ラスティ様……あの戦場で、私は初めて貴方の本当の光を見ました」
彼女の声は、震えを帯びながらも、どこまでも澄んでいた。
「奴隷商人たちを切り裂き、私の檻を壊し、闇の中に輝いた、あの希望の光……それは、私の心を完全に奪いました。あれほど美しいもの、あれほど温かく強いものを、私はこれまで一度も見たことがありません」
エクシアは、両手を胸に当て、深く息を吸う。頬が幸福に紅潮し、瞳に熱い光が宿る。
「だから、私は貴方に尽くしたい。この命も、この身体も、この魂も、すべてを貴方に捧げて、尽くしたいと、心の底から願っています」
彼女は、少し身を乗り出し、ラスティの瞳をまっすぐに見つめたまま、言葉を続ける。
「私は、貴方にとって母親になりたい。貴方が疲れたとき、優しく包み込み、癒やして差し上げたい。私は、貴方にとって姉になりたい。貴方が迷ったとき、そっと道を示し、支えて差し上げたい。私は、貴方にとって妹になりたい。貴方に甘え、貴方に守られ、貴方を笑顔にしたい。 私は、貴方にとって親友になりたい。どんな言葉も、どんな想いも、すべて受け止め、分かち合いたい」
エクシアの声が、わずかに熱を増す。
彼女は、ゆっくりと両手を床について、より深く頭を垂れた。
「そして……私は、貴方にとって道具にもなりたい。貴方の剣として、盾として、どんな役目でも、貴方が望むなら、喜んでその形になります」
最後に、彼女は顔を上げ、涙を湛えた瞳で、静かに、しかし確実に告げた。
「私は、貴方の踏み台になりたい。貴方がより高く、より遠くへ進むために、私が地面に伏せて、貴方の足元になる。貴方が理想郷へ踏み出す一歩を、私が受け止め、支え、押し上げたい。 それが、私の幸せです。それが、私の生きる意味です」
部屋に、深い静寂が落ちる。
エクシアは跪いたまま、穏やかな微笑みを浮かべ、ただラスティの答えを、ただラスティの次の言葉を、心のすべてで待ち続けていた。ランプの灯りが、銀の髪に優しく反射し、
二人の間に、温かな、しかし重い沈黙だけが満ちていた。