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作者: Ganndamu00
残酷な描写あり R-15
9話:先進特務部隊②

 二人はやがて、帝都の中心から少し離れた研究所エリアに到着した。そこは、聖都の他の地域とは明らかに異質な空間だった。

 民衆の笑顔や喧騒は影を潜め、代わりに無機質な静けさと機械の低いうなり音だけが支配している。

 エリアの中心に、天を突くようにそびえ立つ純白の塔があった。滑らかなガラスと金属の融合した外壁は継ぎ目一つなく、陽光を浴びて神々しく輝いている。

 表面を流れる淡い青白い光の脈動は、まるで巨大な生き物の鼓動のように規則正しく繰り返されていた。

 それは、無限のエネルギーを直接引き込む古代の導管の名残であり、塔が単なる建築物ではなく、生きているかのような存在であることを示していた。

 塔の周囲には、黒と銀の金属パネルが幾何学的に組み合わされた巨大な研究所群が広がっている。外壁は巨大な回路基板のように見え、パネルの隙間からは冷却剤の白い煙が微かに立ち上っていた。

 時折、空中に立体映像のデータストリームや解析図が浮かび上がり、瞬時に消える。
 それは研究員たちが外部からでもリアルタイムで情報を確認するための仕組みだったが、訪れる者には都市そのものが知性を持っているかのような錯覚を与えた。

 研究所の周囲は、黒と金の装甲服を着た護衛の騎士団が整然と巡回し、魔力を帯びた武器を携えていた。彼らの装甲には青く発光する魔力回路が刻まれ、異常を即座に感知する準備が整っている。

 さらに上空を、浮遊型のゴーレムが低空で監視し、鋭いレーザーサイトが冷たく周囲を睨んでいた。入り口には巨大な自動防衛タレットが設置され、赤外線と魔力探知装置が連動して侵入者を識別する。

 エリア全体は、冷却剤と金属、そしてオゾンのような鋭い匂いが混じり、静寂の中で機械の音だけが響いていた。ここは、アドラーの技術力の結晶であり、同時にその力がもたらす危険を封じ込める最前線だった。

 ラスティとアロラは、白く無機質な建物の入り口に足を踏み入れ、複数のセキュリティチェックを通過した。生体認証、魔力スキャン、ID確認──すべてをクリアし、許可を得て研究所の深部へと進む。

 案内してきた研究員が、丁寧に頭を下げた。

「お疲れ様です、ラスティ様。アロラ様」

 ラスティは静かに頷いた。

「お疲れ様です。特務部隊に配属される軍部の者を探しているのですが、わかりますか?」
「ご案内します」

 研究員は先導し、厳重な扉をいくつも抜けて、巨大な実験空間へと辿り着いた。
 そこには、強化ガラスで隔てられた観察室があり、その向こうに──肉塊としか言いようのない異形の存在が、巨大な鎖と杭で拘束されていた。

 無数の触手と目玉が蠢き、ぬめぬめとした表面が不気味に脈動している。ラスティは一瞬、吐き気を覚えた。喉の奥が締めつけられる感覚を必死に抑え、理想の組織人の仮面を保ったまま、冷静に尋ねた。

「これは?」

 研究員は感情を排した淡々とした口調で答えた。

「この肉塊は、黒龍ウイルスに感染した者たちの末路です。ウイルスに感染すると、二つの運命があります。適合すれば超人となり、不適合ならばこのような肉体になります。そこで、不適合の肉塊構造を改造し、元の姿に戻せないか試しているんです」

 アロラはガラス越しにその姿をじっと見つめ、静かに言った。

「確かにこんな生物が増えてしまえば困るわね。ワクチンの開発もしたいでしょう」
「その通りです」

 と、その時──数種類の薬剤が肉塊に注入された。肉塊が大きく歪み、膨張し、突然弾けた。内部から、数人の少女たちが血と粘液にまみれてこぼれ落ちる。上司らしき研究員が、大声で指令を飛ばした。

「被検体を治療カプセルへ! 急げ! ワクチンの開発がかかっている! カプセルに収容したら武装部隊と研究員を配置し、検査を行う! 被検体にはセーフティチョーカーを装着し、暴走の兆候を見せたら即座に起爆しろ!」

 黄色の防護服を着た部下たちが素早く動き、少女たちを担架に乗せて治療カプセル部屋へと運んでいった。少女たちは意識が朦朧とし、力なくうなされている。
 案内人は、一つの重厚な防護扉の前で立ち止まった。

「それでは、軍部の方はこの中にいます」
「案内ありがとうございます」

 ラスティは静かに礼を言い、アロラと共に警戒しながら扉を開けた。
 そこにいたのは、美しいエルフの少女だった。銀色の長い髪が腰まで流れ、透き通るような白い肌に、深い碧の瞳。細く整った顔立ちは、まるで人形のように完璧で、どこか儚げな美しさを湛えている。彼女は、軍部の制服を着て、静かに二人を見つめていた。

 エクシア・ザシアン。

 アーキバス先進特務隊の、新たな一員が、そこにいた。

 扉が静かに開くと、部屋の奥に佇む美しいエルフの少女が、ゆっくりと顔を上げた。室内は無機質な白い光に満ち、壁一面が強化ガラスで仕切られた観察室の続きのように冷たく静かだった。

 そこに立つ彼女の姿は、この研究所の冷えた空気の中で唯一の温もりであるかのように、圧倒的な存在感を放っていた。

 プラチナブロンドの髪は、輝くような銀糸のように腰を優に超えて流れ、床に届きそうな長さで優雅に揺れている。光を浴びるたびに、髪の一本一本が細かく煌めき、まるで星屑を散りばめたかのようだった。

 サファイアブルーの瞳は、深海の底を閉じ込めた宝石のように澄み渡り、透き通った白磁の肌は、触れれば壊れてしまいそうなほど繊細で、しかしどこか神聖な気品を湛えていた。

 黒を基調とした魔力ボディスーツが、彼女の完璧な曲線を優しく、しかし確実に包み込んでいる。銀の装飾がわずかに光を反射し、胸元や肩、腰のラインに施された細工は、古代エルフの王族の紋章を思わせる優美さを持っていた。

 172cmの長身は、ただ立つだけで部屋全体を支配するような威厳を放ち、伝説の中から抜け出してきた王女そのものだった。

 エクシア・ザシアン。
 彼女の瞳が、部屋に入ってきたラスティを捉えた瞬間──わずかに、しかし確かに揺れた。いつもは感情を一切表さないクールな瞳が、ほんの一瞬、熱を帯びた光を宿した。

「……ご主人様」

 静かな、丁寧な声。抑揚を抑えた口調は、いつものように冷静で、しかしその奥底に、誰にも奪えない深い想いが渦巻いているのが伝わってきた。

 エクシアはゆっくりと歩み寄り、ラスティの前で優雅に片膝をついた。長いプラチナの髪が床に広がり、銀の絨毯のように美しく散開する。彼女の動きには一切の無駄がなく、古の儀式を執り行う王族のような気品があった。

 彼女は俯いたまま、深く頭を垂れ、傅いた。

「ようやく……お会いできました。私をお待ちくださっていたのですね」

 声は震えていない。それでいて、抑えきれない感情が、静かな波のように溢れ出していた。長い睫毛がわずかに震え、サファイアブルーの瞳が床に落とされた影を映している。

 エクシアはゆっくりと顔を上げ、ラスティの瞳をまっすぐに捉えた。その視線は、決して逸らさない。まるで、世界に二人しかいないかのように。

「ご主人様。私にとって、あなたは全てです」

 彼女は静かに、しかし確かな言葉を紡ぎ始めた。一つ一つの言葉に、魂の重みが込められている。

「かつて私は、奴隷商人たちに捕らえられ、古代の血を穢され、自由も誇りも、未来すらも奪われていました。純血のエルフとして生まれたこの身は、ただの商品として扱われ、暗い檻の中で朽ちていくだけの存在でした。あの時、私はもう何も望みませんでした。生きることすら、意味を失い、ただ時間が過ぎるのを待つだけの抜け殻だった」

 彼女の瞳に、遠い記憶の影がよぎる。暗闇、鎖の音、絶望の匂い。それでも、すぐにその影は、温かな光に塗り替えられた。

「けれど、あなたが現れた。あの牢獄で、あなたは私を見つけ、私を救ってくださった。剣を振るうあなたの姿は、まるで光そのものでした。闇に閉ざされていた私の世界に、突然、太陽が昇ったかのようでした。私が失っていた全てを、一瞬で取り戻してくれた」

 エクシアは、傅いたまま、そっとラスティの制服の裾に指を触れた。細い指先が、わずかに震えている。まるで、そこに触れているだけで幸せを感じるかのように、大切に、大切に。

「あなたは私に名前を尋ねてくれました。自由をくれました。そして……生きる意味を、与えてくださった。あなたは私に、世界はまだ美しいと教えてくれた」

 彼女の声が、わずかに熱を帯びる。クールな仮面の下で、熱い想いが溢れ出していた。

「私は、あなたの剣となり、あなたの盾となり、あなたの意志を代行する存在となりました。あなたが望む理想郷を、あなたが守りたいと願う罪無き民の幸福を、私の手で実現するために、私は生きています。あなたが掲げる正しさを、この剣で守り続けるために」

 王族のエルフは静かに言う。

「ご主人様……あなたは、私にとっての太陽です。あなたがいなければ、私は再び暗闇に落ちていた。あなたが笑えば、私の世界は輝き、あなたが傷つけば、私の心は引き裂かれる。あなたが誰かを守る姿を見るたび、私は胸が熱くなって、息ができなくなるほどに」

 エクシアは、ゆっくりと立ち上がり、ラスティの瞳をまっすぐに見つめた。長い髪が背中に流れ、銀の光を散らす。

「私は、あなただけを見て生きています。あなただけに認められたい。それだけで十分です。あなたが作る料理を食べ、あなたの匂いがするものを抱き、あなたの声を聞くこと。それが、私にとっての永遠の幸福です。あなたが傍にいてくれるだけで、私はどんな戦場でも怖くない」

 彼女の頬に、ほんのわずか、淡い紅が差した。クールビューティーの仮面の下で、初めて見せる、少女らしい恥じらい。サファイアブルーの瞳が、わずかに潤んでいる。

「私は……あなたと、永遠に一緒にいたい。どんな戦場でも、あなたの傍に。あなたの理想を、私の剣で守り続けたい。あなたが疲れた時は、私が支え、あなたが迷った時は、私が道を示す。あなたのためなら、この命など、いつでも捧げます。私の全ては、あなたのものです」

 エクシアは、再び深く頭を下げた。長い髪が前へ流れ、彼女の顔を隠す。

「私は、あなたのものです。心も、身体も、魂も。全て、あなたに捧げています。どうか……これからも、私をお傍に置いてください。ご主人様。私にとっての誕生日を、あなたが与えてくださったように、私の未来も、あなたに委ねます」

 静かな部屋に、彼女の想いだけが、澄んだ水のように満ちていた。
 長い告白が終わると、室内の空気が、まるで聖域のように清らかになった。アロラは、少し離れたところで腕を組み、静かにその様子を見守っていた。赤い瞳がわずかに細まり、複雑な感情を隠している。

 ラスティは、ただ静かに、エクシアの頭にそっと手を置いた。優しく、温かく。その瞬間、エクシアの肩が、幸せそうに小さく震えた。
 長い睫毛が閉じられ、彼女の唇に、ほんのわずかな微笑みが浮かんだ。彼女にとって、この瞬間が、永遠に続くことを祈るように。

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