残酷な描写あり
ユガミシモノ
「さて、悠長に話している時間はないから要点を手短に言うわ。スクートの血は霧喰らいの再生を阻害する、他の攻撃はいくら叩き込もうと有効打にならない。つまり、わたし達のすべきことはスクートの援護ね」
「血が阻害……? なるほど、わかったわ」
リーシュの短い説明だけで、ナタリアは霧の原理を看破し頷いた。
「しゃらくさいな。こんな大舞台で、初めから二番手に甘んじるなんざ……つまらねぇ!」
好きにやらせてもらう。そうとでも言わんばかりの笑みを浮かべ、フレドーは地面を蹴り上げ滑るように駆けていく。
「こちとら常日頃から鬱憤が溜まってるんだ、斬り刻んで薪にしてやる!」
「ヲ――――ヲヲ!」
霧喰らいはフレドーを迎撃しようと応戦するが、尋常ではない身のこなしと見切りを前に何一つ掠りもしない。
それどころか、フレドーは攻撃をかわす瞬間に斬撃を叩き込む余裕さえあるほどであった。
まるで踊るかのような剣捌き。斬り飛ばされた無数の根や枝が次から次へと宙へ舞っていく。
「速さを極めた剣士……か」
スクートはフレドーに追従しながら、合点がいったかのように呟く。
少し前にリーシュが用意してくれた従者の礼服は、重さをまったく感じさせないほどに軽く機動性に優れていた。
幼少の頃より、フレドーという速さに特化した剣士を見ていれば、最上の礼服があのようになるのは道理である。
「うおおっ!」
霧喰らいの猛攻をかいくぐりフレドーは霧喰らいに肉薄すると、気勢と共に横薙ぎを繰り出す。鋭い一撃、だが霧喰らいの固い胴体には薄い線を走らすにとどまった。
「ちぃ、思ったより随分固いな!」
いかに達人が扱おうとも、小剣は人を相手取るという前提を元に作られている。化け物の相手は想定されていない。さらにその僅かな傷さえも、刻んだ次の瞬間には霧を取り込み再生が始まっていた。
直後、肥大化した霧喰らいの左腕がフレドーを襲わんと大きく振りあげられた。
「枯れ木は燃やすに限る」
だが左腕が振り下ろされることはなかった。ナタリアが放った大きな火球が左腕に直撃し、衝撃のあまり霧喰らいは大きく体勢を崩す。
「おう、スクート。肩を貸そうか?」
「頼む」
ようやく追いついたスクートが、フレドーの肩を踏み台にし大きく跳躍した。空中で身体を捻り一回転、遠心力と全体重を乗せた渾身の一撃が霧喰らいに叩きつけられる。
「――――ヲヲ!?」
まるで破城槌を振り落とされたかのような衝撃が、化け物を大きく後退させ怯ませる。地割れのごとく縦に抉れ裂けた霧喰らいの腹が、スクートの一撃の威力を物語っていた。
「ドラゴンを叩き落した一撃だ、少しは効いただろう」
地面へ着地したスクートは確かな手ごたえを感じていた。
「うおお……すげぇ、もはや剣技というよりは暴力だな!」
スクートの斬撃を見たフレドーは童心に返ったように目を光らせている。
命のやり取りをしている最中だというのに軽口を叩ける余裕を見せるフレドー。そんな彼の姿を流し見たスクートは、どことなく底知れぬ強者の気配を感じ取った。
「ヲ……ヲヲ?」
黒血を纏うスクートの一撃を受けた霧喰らい……その様子がおかしかった。
わなわなと全身を震わせ、もがき苦しむかのように両手で傷をかきむしる。
「スクート、気を付けて。奴の中で、名状しがたい魔力のような何かが高まっている」
「わかった」
リーシュからの警告をスクートが受け取った、そのときであった。
霧喰らいの大口からやや上より、弾けたかのような乾いた音を立て、一本のすじが走る。
「なっ!?」
その場に居合わせた誰もが、予想だにしない事態に息を飲む。
なんと、幹を割って……白光をまとう巨大な目が姿を現したのだ。
「ヲ、ヲ……クロイ……チィィィイ!」
そしてあろうことか、意思のない怪物は初めて言葉を介した。
「なんだこいつは、喋るなんて聞いたこともないぞ!?」
「どんな古書にも、奴に目が存在することは書かれていなかった。兄さん、私達はまったくの未知と遭遇しているみたい」
「呑気なことを言ってる場合か!」
とっさに目を背けたくなるほどの異形と化した霧喰らい。だがフレドーとナタリアは驚きはするものの、怖気づくことはなかった。
「マモ……ル! マ、モ、ラネ……バァァア!!!」
月明かりのように光る一つ目が、スクートを凝視したかと思った次の瞬間……霧喰らいは怒り狂ったかのようにスクートへと襲い掛かる。
「ぐっ!」
肥大化した腕によるなぎ払い、叩き潰し。槍のように尖った根が本体から伸びたかと思えば、地中より意表を突く。
それらを薄皮一枚斬らせながら躱し続けるスクートと、霧喰らいの視線がふと交差した。
「マモ、ル! ヲヲ……コロ……ス!!」
霧喰らいはスクートを呪い殺すかのような眼力で凝視する。
その視線よりスクートは明確な殺意を確かに感じとる。かの怪物に、感情も理性もないはずだというのに。
「こいつ、おれだけを狙っている」
近くの生物を見境なく襲うはずの怪物は、あろうことかリーシュら三人を無視し、黒い血を宿すスクートだけに攻撃を集中する。
その苛烈極まりない猛攻は人外の領域に立つスクートでさえ、防御に徹するのが限界であった。
致命傷に至る攻撃だけはどうにか躱すが、それでも絶え間なくスクートの身体は傷を負っていく。
完全に虚を突かれ、防戦一方を強いられるスクート。本来であれば一度距離を取り仕切りなおすのが定石だが――――あろうことか、彼は前へと進み出る。
「好都合だ、来い! おれは簡単にはくたばらんぞ!」
覚醒した霧喰らいの猛攻は、人の身では到底凌ぎきれるものではない。
だからこそ、人外の身であるスクートは一歩も退かない。退くわけにはいかなかった。
死地にまで助けに来てくれたフレドーにナタリア、そして何よりも再び自身を救ってくれたリーシュが、あの怪物の標的となれば。
……最悪の事態が訪れても何らおかしくない。
己が名に込められた盾としての務めを果たすために、スクートは捨て身の覚悟で勇み出る。
もう何も、彼は失いたくなかった。
「血が阻害……? なるほど、わかったわ」
リーシュの短い説明だけで、ナタリアは霧の原理を看破し頷いた。
「しゃらくさいな。こんな大舞台で、初めから二番手に甘んじるなんざ……つまらねぇ!」
好きにやらせてもらう。そうとでも言わんばかりの笑みを浮かべ、フレドーは地面を蹴り上げ滑るように駆けていく。
「こちとら常日頃から鬱憤が溜まってるんだ、斬り刻んで薪にしてやる!」
「ヲ――――ヲヲ!」
霧喰らいはフレドーを迎撃しようと応戦するが、尋常ではない身のこなしと見切りを前に何一つ掠りもしない。
それどころか、フレドーは攻撃をかわす瞬間に斬撃を叩き込む余裕さえあるほどであった。
まるで踊るかのような剣捌き。斬り飛ばされた無数の根や枝が次から次へと宙へ舞っていく。
「速さを極めた剣士……か」
スクートはフレドーに追従しながら、合点がいったかのように呟く。
少し前にリーシュが用意してくれた従者の礼服は、重さをまったく感じさせないほどに軽く機動性に優れていた。
幼少の頃より、フレドーという速さに特化した剣士を見ていれば、最上の礼服があのようになるのは道理である。
「うおおっ!」
霧喰らいの猛攻をかいくぐりフレドーは霧喰らいに肉薄すると、気勢と共に横薙ぎを繰り出す。鋭い一撃、だが霧喰らいの固い胴体には薄い線を走らすにとどまった。
「ちぃ、思ったより随分固いな!」
いかに達人が扱おうとも、小剣は人を相手取るという前提を元に作られている。化け物の相手は想定されていない。さらにその僅かな傷さえも、刻んだ次の瞬間には霧を取り込み再生が始まっていた。
直後、肥大化した霧喰らいの左腕がフレドーを襲わんと大きく振りあげられた。
「枯れ木は燃やすに限る」
だが左腕が振り下ろされることはなかった。ナタリアが放った大きな火球が左腕に直撃し、衝撃のあまり霧喰らいは大きく体勢を崩す。
「おう、スクート。肩を貸そうか?」
「頼む」
ようやく追いついたスクートが、フレドーの肩を踏み台にし大きく跳躍した。空中で身体を捻り一回転、遠心力と全体重を乗せた渾身の一撃が霧喰らいに叩きつけられる。
「――――ヲヲ!?」
まるで破城槌を振り落とされたかのような衝撃が、化け物を大きく後退させ怯ませる。地割れのごとく縦に抉れ裂けた霧喰らいの腹が、スクートの一撃の威力を物語っていた。
「ドラゴンを叩き落した一撃だ、少しは効いただろう」
地面へ着地したスクートは確かな手ごたえを感じていた。
「うおお……すげぇ、もはや剣技というよりは暴力だな!」
スクートの斬撃を見たフレドーは童心に返ったように目を光らせている。
命のやり取りをしている最中だというのに軽口を叩ける余裕を見せるフレドー。そんな彼の姿を流し見たスクートは、どことなく底知れぬ強者の気配を感じ取った。
「ヲ……ヲヲ?」
黒血を纏うスクートの一撃を受けた霧喰らい……その様子がおかしかった。
わなわなと全身を震わせ、もがき苦しむかのように両手で傷をかきむしる。
「スクート、気を付けて。奴の中で、名状しがたい魔力のような何かが高まっている」
「わかった」
リーシュからの警告をスクートが受け取った、そのときであった。
霧喰らいの大口からやや上より、弾けたかのような乾いた音を立て、一本のすじが走る。
「なっ!?」
その場に居合わせた誰もが、予想だにしない事態に息を飲む。
なんと、幹を割って……白光をまとう巨大な目が姿を現したのだ。
「ヲ、ヲ……クロイ……チィィィイ!」
そしてあろうことか、意思のない怪物は初めて言葉を介した。
「なんだこいつは、喋るなんて聞いたこともないぞ!?」
「どんな古書にも、奴に目が存在することは書かれていなかった。兄さん、私達はまったくの未知と遭遇しているみたい」
「呑気なことを言ってる場合か!」
とっさに目を背けたくなるほどの異形と化した霧喰らい。だがフレドーとナタリアは驚きはするものの、怖気づくことはなかった。
「マモ……ル! マ、モ、ラネ……バァァア!!!」
月明かりのように光る一つ目が、スクートを凝視したかと思った次の瞬間……霧喰らいは怒り狂ったかのようにスクートへと襲い掛かる。
「ぐっ!」
肥大化した腕によるなぎ払い、叩き潰し。槍のように尖った根が本体から伸びたかと思えば、地中より意表を突く。
それらを薄皮一枚斬らせながら躱し続けるスクートと、霧喰らいの視線がふと交差した。
「マモ、ル! ヲヲ……コロ……ス!!」
霧喰らいはスクートを呪い殺すかのような眼力で凝視する。
その視線よりスクートは明確な殺意を確かに感じとる。かの怪物に、感情も理性もないはずだというのに。
「こいつ、おれだけを狙っている」
近くの生物を見境なく襲うはずの怪物は、あろうことかリーシュら三人を無視し、黒い血を宿すスクートだけに攻撃を集中する。
その苛烈極まりない猛攻は人外の領域に立つスクートでさえ、防御に徹するのが限界であった。
致命傷に至る攻撃だけはどうにか躱すが、それでも絶え間なくスクートの身体は傷を負っていく。
完全に虚を突かれ、防戦一方を強いられるスクート。本来であれば一度距離を取り仕切りなおすのが定石だが――――あろうことか、彼は前へと進み出る。
「好都合だ、来い! おれは簡単にはくたばらんぞ!」
覚醒した霧喰らいの猛攻は、人の身では到底凌ぎきれるものではない。
だからこそ、人外の身であるスクートは一歩も退かない。退くわけにはいかなかった。
死地にまで助けに来てくれたフレドーにナタリア、そして何よりも再び自身を救ってくれたリーシュが、あの怪物の標的となれば。
……最悪の事態が訪れても何らおかしくない。
己が名に込められた盾としての務めを果たすために、スクートは捨て身の覚悟で勇み出る。
もう何も、彼は失いたくなかった。