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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百五八話 板楯族の影
 義渠県の要衝である大要城を陥し、順調に占領地域を拡大させる秦軍。しかし富平城の攻略に時間が掛かり、白起は武霊城に、板楯族の援軍が到着することを危惧する。
 大要城を占領した白起は、改めて秦の法を発布させ、中央から役人を連れてくるよう、咸陽へ使者を出した。
 予定通りにそれらの対応を済ませた後、白起は出陣した。胡傷の別働隊と共に、富平城を包囲殲滅するのである。
「司馬靳、伝令から前線の戦況報告はあったか」
「はい、二日前から、富平城の包囲を開始しており、攻城兵器を用いて攻撃を行っているとのことです」
「相分かった。富平城まで、大要城から約一日。張唐将軍に騎馬部隊の全てを率いらせ、援軍として向かわせるのだ。夜には着くだろう。我らは歩兵を率いて、一日野営をし、明日の昼に到着する旨を、胡傷に伝えるのだ」
「御意。すぐに用意させます……。しかし将軍、先程から雨雲が空を覆っています。この様子では、今日の夜には降り始めるでしょう。明日の朝には晴れたとしても、雨でぬかるんだ道を進むには、時間がかかります。明日の昼に到着するのは難しいのでは?」
「良いぞ、司馬靳。確り学んでいるようだな。正しくそなたの申す通りだ。よって、張唐には、最速でも明日の昼以降になる旨を伝えさせるのだ」
「御意!」

 翌日の夜、白起率いる本軍は、富平城に到着した。
 それから包囲に参加し数日が経過したが、戦況は芳しくはならなかった。
「流石は義渠の兵だな、胡傷。時折門を開けて数千の兵で撹乱し、戻る。ただそれだけの攻撃でも、我が軍にそれなりの損害を与え、攻略までの時間を稼ぐことに成功している」
「しかし武安君殿、これでは、最悪の事態を招きかねません。奴らには板楯族という強い剣を隠しています。板楯族の縄張りからここまで、六日です。我らが方渠城を攻撃してから、既に七日。最も板楯族の縄張りは、首府の武霊城から一日の距離であり、北渠城から武霊城までは、早馬ならば一日です」
「流石、戦略眼に優れた胡傷将軍だ。この場にいない板楯族の動向まで、完璧に予想しているな。そなたの危惧は正しい。情報が板楯族まで速やかに伝わっているならば、奴らが現れるのは明日だ。しかし、それは有り得ない」
「なに故そう思うのですか?」
「大要城を出る前に放った斥候から、先刻報告を受けた。板楯族は今、食料の供給が間に合っており、戦に出る理由がない。故に、義渠から援軍の要請があっても、すぐには応じないはずだ。遊牧民族とはそういうものだ。奴らは、長期的な視野で動くことができないのだ」
 白起は胡傷の不安を取り除いた。しかし、明日ではないにしても、いつ板楯族が現れてもおかしくはない。そして、今すぐにでも武霊城へ兵を向かわせなければ、板楯族が、武霊城の守備につく可能性があった。
「張唐将軍」
「ここに」
「富平城の包囲はそなたに託す。私は騎兵と一部歩兵を率いて、武霊城を攻める」
「兵をまた分けるのですか。当初の予定では、ここに本軍を置くことで、楊摎将軍の部隊と互いに援軍を出し合えることが、作戦の要でした」
「時間がかかりすぎている。急がねばならない」
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