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R-15
十一話 『ねぇ……どうなの?』
 あれから数日が過ぎた。特に変わったことはないし、沙知と関わることもない平凡な日々だった。

 沙知は一日ほど自宅で療養していたあと、その次の日にはまた学校に登校してきた。

 ただ、やっぱり保健室で僕と会ったことは忘れていて、沙知がそのことを口にすることもなかった。

 沙知はそんな様子だったから僕もあえて口にしようとはしなかった。だからあの件に触れることもないまま時間は流れていった。

 次第に僕と沙知が付き合っていた事実はクラスの中でも忘れ去られていった。

 まるで最初から何事も無かったかのよう。

 ある日のこと、お腹の調子が悪くHRが終わったあと、僕はトイレで長い格闘をしていた。

 長い格闘の末お腹が落ち着いてトイレから立ち去ると、既に結構な時間が経っていたのか茜色の夕日が廊下の窓から差し込んでいた。

 ただそんな景色は綺麗ではあるものの、どこか物寂しく感じてしまう。

「久々にお腹を下したな……参った……」

 そんな独り言を呟きながらも誰もいない廊下を歩く。そして自分の鞄を取りに教室まで戻ると、そこには自分の席に座る沙知がいた。

 教室の窓から茜色の夕焼けの光を吸い込んで彼女の綺麗な黒髪はキラキラと輝くように見えた。それはとても幻想的で思わず見とれてしまうほど美しかった。

 そんな僕の視線に気づいたのか、沙知は不意にこちらを振り向いた。

「あっ……」

 こちらに目を向けた沙知はにっこりと微笑む。とても嬉しそうな笑みだった。

「え~と……同じクラスの人だよね?」

 沙知は確かめるようにそう尋ねてきた。僕は彼女の問いかけに対してゆっくり頷くと、自分の名前を口にした。

「うん、同じクラスの島田……」

 僕が名乗ると、彼女は納得したようかのようにうなずいた後再び口を開いた。

「こんな遅くまで学校にいたんだね、部活?」

「あ……いや、僕はお腹が痛くてトイレに籠っていただけだから……」

 彼女の言葉につい余計なことを口走ってしまったと後悔する。だが沙知は僕の発言を聞いて、くすくすと笑った。

「アハハ、そっか~、お腹を壊して大変だったんだね」

 沙知の明るい笑い声を聞いて、どこか照れくさくて頭を軽くかいた後、僕は気になっていたことを口にした。

「そういう佐城さんはどうしてここに……部活は?」

 僕がそう尋ねると、彼女は少し困ったような表情浮かべたあと口を開いた。

「本当は部活に行きたかったんだけど、お姉ちゃんに止められてね……あたし身体弱いから」

 沙知は苦笑いしながら、自分のことを話す。それを聞かされた僕はとても申し訳ない気持ちになる。

「そうだったんだ……ごめん、余計なことを言ったな……」

 そんな僕に彼女は首をゆっくりと横に振った。

「気にしないでいいよ~あたし身体が弱いのは事実だし……それにお姉ちゃんを待っている間、退屈だったから君が良ければ話し相手になってくれない?」

 沙知は笑顔でそう言うと、隣の椅子を引いて僕に座るように促した。本当はもう彼女とは関わりたくないけど、何故か僕は素直に従い、椅子に座ることにした。

「僕でいいなら別に構わないよ……」

 すると、彼女は嬉しそうににっこりと微笑んだ。本当に無邪気な笑みだ。

 やっぱり……すごく可愛いな……。

 そんな彼女のことをじっと見つめていると、僕の視線に気づいたのか沙知は首を傾げる。

「どうしたの? そんなにあたしを見つめて……?」

 不思議そうな表情を浮かべながらそう尋ねてきたので僕は思わず動揺してしまう。そして少し間を開けてから答えた。

「い、いやなんでもない……」

 そんな僕を見て、沙知はにやにやと笑っていた。まるで僕が沙知に対してどう思っていたか分かっていたかのように。

「ん~? もしかして島田君ってあたしのことが気になるの?」

 そして追い討ちをかけるように、そんなことを言ってきたので僕は必死に平静を装うことにする。だが沙知の態度からすでに僕の心の中は見透かされている気がする。

「別に……そんなことは……」

「え~そうなの? あたしって凄く可愛いと思うんだけどな~」

 そんな僕の反応を見て沙知はどこか不満げな声をあげた。

「相変わらず……自分でそれを言うんだ……」

 僕が呆れながら小さな呟くと、沙知は楽しそうに笑いながら口を開く。

「だって本当のことだから、それにあたしが結構男子にエロい目で視られることって知ってるんだよ~」

 沙知はそんなことを言った後、自分の胸を誇らしげに強調させた。制服の上からでも分かるほど大きな胸が強調されて、思わず僕の視線はそこに釘付けになってしまう。

「アハハ、島田君ってやっぱりあたしの身体に興味あるんだ~」

 そんな僕を見た沙知は楽しそうに笑った。

「そ……そういうのじゃない!!」

 僕が慌てて否定すると、沙知はさらに嬉しそうな笑みを見せた。完全に僕のことをからかって楽しんでいる顔をしている。だけど、この感じがとても久々で、懐かしく感じてしまう。

「また照れてる~」

 そんな僕に対して沙知はからかうような言葉を向けると、僕は話題を逸らそうと試みる。

「それよりその机に置いてあるでっかいゴーグルみたいなのは一体何なの?」

 沙知は机の上になぜか巨大なゴーグルのようなものを常備していた。まるで昔のスパイ映画に出てきそうなやつだ。正直、とても気になる代物だった。

「これ? これが気にちゃうか~どうしようかな~教えてもいいけど……」

 沙知はわざともったいぶるような言葉を口にする。それからムムムと考え込むような様子を見せると、何か思い付いたかのように明るい声をあげた。

「あ、そうだ!! せっかくだし、着けてみてよ!!」

 そして沙知は無邪気に笑いながらそんな提案をしてきた。

「え……これを?」

 沙知がいきなりそんなことを言い出すので、僕は戸惑った声を漏らす。まあ着けてみて欲しいと言うのなら、別に問題はないから素直に試着することにする。

「じゃ、じゃあ、せっかくだから……」

 それから僕はおずおずとゴーグルに手を伸ばすと手に取った。そして装着してみると、突然音を鳴り出した。

「わっ!?」

 僕は突然鳴った音に驚いていると、ゴーグルの紐が僕の頭にジャストフィットするように自動的に調節される。そして沙知が嬉しそうに口を開いた。

「どうどう!! スゴいでしょ!! このゴーグル着けるだけで、使用者の頭に合わせてサイズを調整してくれるんだよ~」

「確かに凄いけど、それでこれって何に使うんだよ……普通のゴーグルにしか見えないし」

「ふっふっふ~実はただのゴーグルじゃないんだよ!!」

 沙知は目を輝かせながら、自慢げにゴーグルの説明を始める。

「このゴーグルは着用者の頭の形や耳の位置など個人差のあるデータを瞬時に読み取ることができて、これによって使用者の頭の形に合わせたサイズを自動で調整してくれるんだよ!!」

 つまり僕の頭にジャストフィットするように調節されてるのか……確かにすごいけど、なんか地味な機能だな。

「なるほどな……それでこれから何に使うんだ?」

 僕がそう尋ねると、沙知は意地悪そうな笑みを浮かべて僕を見つめる。……なんか嫌な予感がするな。

「フッフッフ……焦らないの!! 実はね……これは普通のゴーグルじゃないんだよ、ゴーグルの左側にあるボタンを押してみてよ」

 僕は沙知の言う通りに左のボタンをゆっくりと押してみた。すると、ゴーグルからゴゴゴと何かすごい音が流れてきた。

「これは?」

「今からこのゴーグルの真なる機能が動くから、ちゃんと見ててね~」

 真なる機能……? いったい何だろう。すると僕の眼にはゴーグルから通して見える沙知に変化が起きた。

「なっ!?」

 突然、沙知の制服が透けて、身体の線が露わになった。そして彼女の下着がはっきり見えるようになったのだ。

 僕が驚いたような表情を浮かべると、それを見て沙知は楽しそうに笑みを浮かべながら話しかけてきた。

「このゴーグルには着用者だけが見える透過機能があってね……つまり、どんなものでも透けて見えるんだよ!! どう? すごいでしょ!!」

「確かにすごいけど!! またスケスケになるものを作ってきてたのか!!」

 咄嗟に視線を逸らし、沙知の下着を見ないようにする。

 前回のクッキーといい。今回のゴーグルといい。沙知は何なんだ!? 何で女の子なのに、こういうのを作ってくるんだよ!! 

 僕が困惑していると沙知は首を傾げた。

「また? 何であたしが別のスケスケアイテムを作ってきたこと知ってるの?」

「うっ!? そ、それは……」

 その言葉に僕は思わず動揺してしまう。沙知が不思議そうに首をかしげた後、やがて何かに気づいたような様子になった。

「ま、まさか……お姉ちゃんから話を聞いて、あたしの身体を見ようとあたしに話しかけたの!?」

「……確かに沙々さんから聞いたのは事実だけど、ゴーグルに関しては本当に何も聞いてない!!」

 沙知の言葉に僕は慌てて否定の言葉を告げた。半分は嘘だけど、半分は事実だから大丈夫なはず……多分だけど。

 僕がそう考えながら言葉を待っていると、沙知はしばらく何か考える素振りを見せる。そして彼女は再び口を開いた。

「ふ~ん、まあそういうことにしておくよ~」

 沙知は僕の言葉を信じきれない様子だったが、それ以上追求することは止めてくれた。

「分かったなら……これどうやって外せば……」

 今ゴーグルは僕の頭にジャストフィットしているので、外したくても外せない状況だった。

「あっ、ごめんね、いま教えるね~」

 沙知は明るい口調でそう言いながら、僕の頭のゴーグルを触ると取り外し方の説明を始めた。

「左右のボタンを同時押しすると、すぐ外れるよ~」

 沙知に言われた通りに僕は言われたボタンを同時に押す。すると機械音が鳴りやんだ後、頭の圧迫感が消えてなくなった。そしてすぐにゴーグルも外された。

「は~やっと外せた……凄い技術だけど……何か疲れた……」

「アハハ、すごいでしょ!! あたしのゴーグル(名称未定)は!!」

 沙知は誇らしげに胸を張ると、僕の視線が自然と沙知の胸へいってしまう。そして彼女のさっき見た下着を思い出してしまう。

 とても可愛らしい黄色の下着だったってことを……。

「あれれ~どうしたのかな~あたしの胸を見て……君ってばエッチだね」

「な、なんでもない!!」

 僕は慌てて首をブンブン横に振って否定すると、沙知は意地悪そうな笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「ウソだ~本当はあたしの胸を見てたくせに~」

 ほれほれと見せつけるように胸を強調してからかってくる沙知。

「ほんと!! 見てないから!!」

 僕はそう言いながらもつい沙知の胸をチラ見してしまう。そしてしばらくし、自分の行いを恥じて僕は顔が真っ赤に染まったのだった。

 そんな僕を見て、沙知は笑いながら僕の耳元に近づくと、小さな声でそっと囁いた。

「ちなみにあのままゴーグルを着けた状態で左のボタンを押したら、あたしの全裸が見れたのに勿体ないことしたね」

 沙知がそんなことを呟いた瞬間、僕の頭はボフと音をたててしまいそうなほど急激に真っ赤になった。それを見て、沙知はまたいたずらっぽく笑う。

「アハハ、君ってばホント面白い反応するね!!」

 それからしばらく沙知は楽しそうにひとしきり笑っていた。

 相変わらず人をからかうのが好きだというか、おちょくるのが好きな人だな。こんなことばっかりして僕に襲われたらどうするつもりなんだよ。

 沙知にはからかう癖があるということは分かっていたし、何度もこういう場面もあったけど、初対面の状態でここまでからかわれるとは思ってもいなかった。

 だけど……やっぱり彼女の笑顔はとっても可愛いな……。

 改めて彼女の笑顔が見ると、自然とそう思う自分がいた。

 身体が弱ってナイーブになっていた彼女を知っているからこそ、余計にそう思ってしまうのかもしれない。

「あれ? どうしたの? あたしのことをぼーっと見て……」

 沙知は突然視線を下に向けた僕に対して、不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。そんな彼女の仕草が僕の目に入り、僕はハッとなって慌てて言葉を返した。

「い、いや……別に……沙知の笑顔が可愛いなって……」

「えっ……」

 僕の言葉に沙知は一瞬驚いたような顔をした後、僕は自分が何を言ったのかを理解し、顔を真っ赤にして俯いた。

 やってしまった……沙知の笑顔が可愛いと思っただけなのに余計なことを言ってしまった。ここはなんとか誤魔化さなければ……いや、言い訳すら思い付いていないんだけど!! そんな焦る僕のことを気にもせずに沙知は不思議そうにこちらを見つめたあと口を開く。

「ふ~ん、そっか……」

 沙知は小さく呟くと、嬉しそうに微笑みながら言葉を続けた。

「あたしが可愛いのは事実だけど、面と向かって可愛いと褒められるのは初めてだよ」

 沙知は楽しそうにニヤニヤしながら僕のことを見つめていて、僕はそんな沙知のことが直視できず思わず視線を外した。

「……そりゃあ僕も言うつもりはなかったけど……つい口が滑ったというか……」

「へ~つい口が滑ったか~」

 沙知はそう言うと、僕の肩を指でつつくとそのまま顔を近づけてくる。

 彼女の綺麗な黒髪からいい柑橘系の香りが漂ってきて、僕の鼓動が自然と早くなっていく。

 彼女のメガネのレンズから覗き込むサファイアのような青い瞳には、顔を真っ赤にして動揺する僕の姿がはっきりと映っていた。

 彼女の整った顔立ちを見て、僕は一瞬息をするのを忘れてしまったほどだ。沙知の大きくて青い瞳と白くて透き通るような綺麗な肌はまさしく美少女だと思わせるものだったから。

 すると僕柔らかそうでプルンと艶のある沙知の唇が、僕の耳元へゆっくりと近づく。そして囁くような声が鼓膜に届く。

「もしかして本当にあたしのことが好きだったりして……」

「なっ!?」

 一瞬ドキッと心臓が大きく跳ねる。彼女の綺麗な声が、吐息が耳にかかった。その声の調子からはどこかからかっているようにも聞こえる。

 沙知はさらに言葉を続ける。

「ねぇ……どうなの?」

 彼女の言葉と共に耳に掛かる熱い吐息に背筋がゾワリと震えるような感覚が襲いかかってくる。そして沙知の潤んだ青い瞳で間近に迫る綺麗な顔を見ると、頭が混乱してくる。

 僕は沙知のことは好きだ。

 いや、そもそも何で沙知のことが好きになったんだ?

 それに沙知は僕のことをどう思っているんだ? いや、そんなことは分かっているはずだ。

 沙知は僕のことなんかどうにも思っていない。その事実は明白だ。

 僕は沙知にとっての特別になっていない。だから彼女は僕に興味の対象がなくなったから捨てるように僕のことを忘れた。

 それに沙知の身体は病弱だ。いつまた体調を崩して倒れるか分からない。それどころか普通のデートさえ彼女の体調を気遣わないといけないし、エッチなことだってできないんだぞ。

 そんな相手を好きになったって、僕が辛い思いをすることが多いのは目に見えている。

 自分勝手だけど、正直こんな地雷だらけの彼女と付き合っても……。

 頭の中で色々な考えが頭を過る中、ある景色が僕の目に映った。

 それは入学式の日、学校の中庭で写真を撮っている沙知の姿だった。

 何が楽しいか分からないけど、沙知は満面の笑みを浮かべていた。

 そして僕が彼女を見つけて一目惚れした……大切な思い出だ。

 そんな光景を思い出すと、僕の胸の鼓動はまたしてもドクン大きく高鳴った。

 そうだ……あの日あの時見た彼女はとても綺麗で可憐だったんだ。

「沙知……」

 僕が名前を呼ぶと、沙知はゆっくり僕から顔を離すと笑顔のままこちらを見つめてきた。

 沙知の眼には僕が映っていた。だからそんな彼女のことをじっと真っ直ぐに見つめながら僕は口を開いた。

「好きだ」

 僕の口から出た言葉は紛れもない彼女への本心だった。
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