侮蔑の魔女 2
気が付くといつもの小屋の中、裸でベットに横たわっていて、ところどころに巨大な葉が張られている。
この葉には傷を治す作用があり、レシファーが扱える回復手段の中では飛び切り優秀な部類だ。
「目が覚めましたか?」
「レシファー、ありがとう。エリックは?」
「エリックなら裸の貴女を見て、慌てて部屋を出ていきました」
レシファーは少し可笑しそうに笑う。
「そう、ちゃんと無事なのね」
エリックの無事とともに、自身が生きていることに、安堵している自分に驚く。
エリックと出会ってから、生への執着が自身の中に生まれたのは大きな発見ね。
三百年前に彼を目の前で殺されてから、不死の呪いにかかってはいるものの、どことなく投げやりに生きてきたように思う。
人間は護りたいものがあると強くなると良く言うけれど、それは私のような裏切りの魔女にも当てはまるみたい。
「それよりもアレシア様です! 無茶をして! 私が近くにいないと、今のアレシア様は碌な魔法を使えないのを忘れたのですか?」
レシファーは可愛い顔を歪ませて私に詰め寄る。
ああこれは本気で怒っている顔だな。彼女との付き合いも長いから、よく分かる。
「悪かったわよ。ちゃんとそれは憶えてるわ、でもまさか見た目は一緒なのに、あそこまで性能が違うとは思わなかったのよ」
私は悪いと思いながらも一応言い訳をする。勿論、こんな言い訳が彼女に通じないことぐらい分かっているが……
「どうせ何を言っても無駄でしょうから別に良いですけど、こっちの身にもなって下さい!」
「ごめんって」
私は右手を伸ばし彼女の頬を撫でようと手を伸ばしたが、レシファーにその手を抑えられる。
「それとアレシア様、貴女を発見したときに近くに倒れていた魔獣の中から、珍しいものを見つけました」
そう言ってレシファーが取り出したのは、あの魔獣の心臓だった。もう脈は打っていないが、よく見ると普通の魔獣の心臓とは形が微妙に違っている。
「この心臓、妙ね」
「やはりそう思いますか?」
「ちょっと見せて」
私はベットから起き上がる。
「アレシア様、まだ寝てないと!」
「大丈夫よ、貴女の魔法がよく効いているもの。噛み傷はほとんど治ってるわ」
心配して伸ばされたレシファーの手を遮り、魔獣の心臓を観察する。
魔獣の心臓は、よく薬の調合などにも使っていたため見慣れている。
手に取って分かったが、これは普通の魔獣の心臓よりも大きい。
大きいというよりもこれは……
「他のなにかが付け足されているわね」
私は魔力を魔獣の心臓に注ぎ、その動きを観察してみる。すると、心臓から魔力が管を通って出ていく前に、ある一部分で強化されているのが分かった。
「レシファー、この部分を切断できるかしら?」
「任せてください」
レシファーは小屋の床から枝を生やし、その枝で綺麗に切断した。その切り口はいつ見ても惚れ惚れする。
「これは……」
レシファーの手のひらに乗っているその肉片を見て、私は気分が悪くなる。
「これ、魔女の心臓の欠片よ」
「そんなこと可能なんですか?」
レシファーは驚くが、可能か不可能かで言えば可能だ。正確にはそれが出来る魔女を一人だけ知ってる。
「なるほどね。魔女が悪魔と契約することで強力な魔法が使えるように、魔獣と魔女の関係をそれに準じたというわけね」
「どういう意味です?」
「要するに、魔獣の心臓に魔女の心臓を付け足すことで、常に魔女とべったりの魔獣が出来上がるということよ」
「じゃあこの魔獣も」
「そうね。この魔獣自体は、いつも森で迎撃しているものだけど、その魔獣を捕まえて魔女の心臓を埋め込んだってところかしら?」
「でも魔女の心臓って、同胞の心臓を獣に埋め込むなんてそんな酷いこと……」
レシファーは口に手をあて、信じられないとでも言いたげな表情で心臓を見る。
彼女は悪魔の中でも飛びぬけて優しいのだと思う。それは、対価無しに同情で私と契約したり、その力が生命を生み出す“木”の属性なところからも分かる。
そんな彼女だからこそ信じられないのだ。同胞を殺して、その心臓を獣に埋め込むなんて愚行が。
「レシファー……魔女なんてそんなものよ? 同胞といえど、簡単に殺し、騙し、裏切り、弾圧する。私はそれが堪らなく嫌だった。人間もそこのところの根本は変わらないけれど、私達魔女よりはよっぽどマシよ」
だから私は人間の彼に恋をした。
たとえそれがきっかけで私達魔女の存在が明るみに出て、魔女狩りで多くの同胞を亡くそうとも、私はあの選択を後悔していない。裏切りの魔女の汚名を被っても、そこは変わらない。
「アレシア様?」
急に黙った私を奇妙に思ったレシファーが声をかける。
危ない危ない、そのまま意識が過去に入り込むところだった。
「ああごめんなさい。ちょっと昔を思い出してただけよ」
「なら、良いのですが……」
「それより厄介ね」
魔獣に魔女の心臓を埋め込む魔術を行使できる魔女は、私が知る限り一人しかいない。
「いま攻めてきているのは間違いなくエステルね」
「エステルですか? あの侮蔑の魔女の異名を持つ?」
「意外ね、レシファーがあの女を知っていたなんて」
「この結界にキテラが有力な魔女を連れ込んでいるのは知っていたので、貴女が眠っているあいだに、有名な魔女についてはある程度学習しました」
そう平然という彼女は悪魔だ。悪魔に時間の概念は無いとされているが、それでも三〇〇年のあいだ起き続けていた彼女の魂は、本当に傷ついていないのだろうか?
「そういえば、この魔獣が死に際に四皇の魔女って言ってたんだけどなにか知ってる?」
私がその名を口にした瞬間、一瞬レシファーの瞳に恐怖の色が混じった気がした。
「はい、存じています。四皇の魔女はアレシア様が眠りについてすぐに、まだ自我を保っていたキテラがそう名付けたと聞いています」
「それぞれ“侮蔑の魔女”“悲哀の魔女”“苦悩の魔女”“憤怒の魔女”の4人です。いづれも強力な魔女ばかりです」
エステルもやっぱり入っていたのね……面白いことに、彼女たちとはいづれも面識がある。
私が眠りについてすぐに攻めてこなかったのは、彼女たちも相応のダメージを受けていたからでしょう。
その回復を待って攻め込む予定が、自我の喪失か……
「それにしても、そんなすぐに自我なんて無くすものなのかしら?」
私はそれが不思議でならなかった。眠っていた私が言えたことではないのかも知れないが、そんな簡単に自我の喪失なんて発生するだろうか?
「それは私にも謎なのです。悪魔にはそういった概念がありませんので」
「それもそうね」
そうして私がベットから完全に立ち上がった時、またしても爆発音が響き渡る。それも複数だ、音の位置からして囲まれているように思えた。
私は急いで部屋を出る。
「アレシア!」
エリックは部屋から出てきた私を見て一瞬顔をそらすが、いまはそんな状況ではないと分かっているのか、真っすぐ私の目を見て口を開く。
「アレシア、外で爆発音が!」
「ええ聞こえた! 私が始末するわ」
「アレシア……大丈夫なの?」
私は黙ってエリックを抱きしめると、外を眺めているレシファーと目が合う。
「私は大丈夫よ。エリックはこのまま小屋の中にいて頂戴。この中が一番安全だから」
嘘ではない。この小屋を形作る木材は、全てこの森の木からできたもの。防衛能力は森と同等だ。
「レシファー! あいつらだんだん距離を詰めてきてるわ!」
窓から魔力の流れを感知してレシファーに知らせる。
「どうします?」
レシファーは決意の決まった目つきで私を見る。「どうします?」なんて聞いておいて、彼女の中で答えはもう出ているのだ。
「分かったわよ。たまには全力で暴れましょう! 私達が揃った時の強さ、存分に味あわせてあげる!」
この葉には傷を治す作用があり、レシファーが扱える回復手段の中では飛び切り優秀な部類だ。
「目が覚めましたか?」
「レシファー、ありがとう。エリックは?」
「エリックなら裸の貴女を見て、慌てて部屋を出ていきました」
レシファーは少し可笑しそうに笑う。
「そう、ちゃんと無事なのね」
エリックの無事とともに、自身が生きていることに、安堵している自分に驚く。
エリックと出会ってから、生への執着が自身の中に生まれたのは大きな発見ね。
三百年前に彼を目の前で殺されてから、不死の呪いにかかってはいるものの、どことなく投げやりに生きてきたように思う。
人間は護りたいものがあると強くなると良く言うけれど、それは私のような裏切りの魔女にも当てはまるみたい。
「それよりもアレシア様です! 無茶をして! 私が近くにいないと、今のアレシア様は碌な魔法を使えないのを忘れたのですか?」
レシファーは可愛い顔を歪ませて私に詰め寄る。
ああこれは本気で怒っている顔だな。彼女との付き合いも長いから、よく分かる。
「悪かったわよ。ちゃんとそれは憶えてるわ、でもまさか見た目は一緒なのに、あそこまで性能が違うとは思わなかったのよ」
私は悪いと思いながらも一応言い訳をする。勿論、こんな言い訳が彼女に通じないことぐらい分かっているが……
「どうせ何を言っても無駄でしょうから別に良いですけど、こっちの身にもなって下さい!」
「ごめんって」
私は右手を伸ばし彼女の頬を撫でようと手を伸ばしたが、レシファーにその手を抑えられる。
「それとアレシア様、貴女を発見したときに近くに倒れていた魔獣の中から、珍しいものを見つけました」
そう言ってレシファーが取り出したのは、あの魔獣の心臓だった。もう脈は打っていないが、よく見ると普通の魔獣の心臓とは形が微妙に違っている。
「この心臓、妙ね」
「やはりそう思いますか?」
「ちょっと見せて」
私はベットから起き上がる。
「アレシア様、まだ寝てないと!」
「大丈夫よ、貴女の魔法がよく効いているもの。噛み傷はほとんど治ってるわ」
心配して伸ばされたレシファーの手を遮り、魔獣の心臓を観察する。
魔獣の心臓は、よく薬の調合などにも使っていたため見慣れている。
手に取って分かったが、これは普通の魔獣の心臓よりも大きい。
大きいというよりもこれは……
「他のなにかが付け足されているわね」
私は魔力を魔獣の心臓に注ぎ、その動きを観察してみる。すると、心臓から魔力が管を通って出ていく前に、ある一部分で強化されているのが分かった。
「レシファー、この部分を切断できるかしら?」
「任せてください」
レシファーは小屋の床から枝を生やし、その枝で綺麗に切断した。その切り口はいつ見ても惚れ惚れする。
「これは……」
レシファーの手のひらに乗っているその肉片を見て、私は気分が悪くなる。
「これ、魔女の心臓の欠片よ」
「そんなこと可能なんですか?」
レシファーは驚くが、可能か不可能かで言えば可能だ。正確にはそれが出来る魔女を一人だけ知ってる。
「なるほどね。魔女が悪魔と契約することで強力な魔法が使えるように、魔獣と魔女の関係をそれに準じたというわけね」
「どういう意味です?」
「要するに、魔獣の心臓に魔女の心臓を付け足すことで、常に魔女とべったりの魔獣が出来上がるということよ」
「じゃあこの魔獣も」
「そうね。この魔獣自体は、いつも森で迎撃しているものだけど、その魔獣を捕まえて魔女の心臓を埋め込んだってところかしら?」
「でも魔女の心臓って、同胞の心臓を獣に埋め込むなんてそんな酷いこと……」
レシファーは口に手をあて、信じられないとでも言いたげな表情で心臓を見る。
彼女は悪魔の中でも飛びぬけて優しいのだと思う。それは、対価無しに同情で私と契約したり、その力が生命を生み出す“木”の属性なところからも分かる。
そんな彼女だからこそ信じられないのだ。同胞を殺して、その心臓を獣に埋め込むなんて愚行が。
「レシファー……魔女なんてそんなものよ? 同胞といえど、簡単に殺し、騙し、裏切り、弾圧する。私はそれが堪らなく嫌だった。人間もそこのところの根本は変わらないけれど、私達魔女よりはよっぽどマシよ」
だから私は人間の彼に恋をした。
たとえそれがきっかけで私達魔女の存在が明るみに出て、魔女狩りで多くの同胞を亡くそうとも、私はあの選択を後悔していない。裏切りの魔女の汚名を被っても、そこは変わらない。
「アレシア様?」
急に黙った私を奇妙に思ったレシファーが声をかける。
危ない危ない、そのまま意識が過去に入り込むところだった。
「ああごめんなさい。ちょっと昔を思い出してただけよ」
「なら、良いのですが……」
「それより厄介ね」
魔獣に魔女の心臓を埋め込む魔術を行使できる魔女は、私が知る限り一人しかいない。
「いま攻めてきているのは間違いなくエステルね」
「エステルですか? あの侮蔑の魔女の異名を持つ?」
「意外ね、レシファーがあの女を知っていたなんて」
「この結界にキテラが有力な魔女を連れ込んでいるのは知っていたので、貴女が眠っているあいだに、有名な魔女についてはある程度学習しました」
そう平然という彼女は悪魔だ。悪魔に時間の概念は無いとされているが、それでも三〇〇年のあいだ起き続けていた彼女の魂は、本当に傷ついていないのだろうか?
「そういえば、この魔獣が死に際に四皇の魔女って言ってたんだけどなにか知ってる?」
私がその名を口にした瞬間、一瞬レシファーの瞳に恐怖の色が混じった気がした。
「はい、存じています。四皇の魔女はアレシア様が眠りについてすぐに、まだ自我を保っていたキテラがそう名付けたと聞いています」
「それぞれ“侮蔑の魔女”“悲哀の魔女”“苦悩の魔女”“憤怒の魔女”の4人です。いづれも強力な魔女ばかりです」
エステルもやっぱり入っていたのね……面白いことに、彼女たちとはいづれも面識がある。
私が眠りについてすぐに攻めてこなかったのは、彼女たちも相応のダメージを受けていたからでしょう。
その回復を待って攻め込む予定が、自我の喪失か……
「それにしても、そんなすぐに自我なんて無くすものなのかしら?」
私はそれが不思議でならなかった。眠っていた私が言えたことではないのかも知れないが、そんな簡単に自我の喪失なんて発生するだろうか?
「それは私にも謎なのです。悪魔にはそういった概念がありませんので」
「それもそうね」
そうして私がベットから完全に立ち上がった時、またしても爆発音が響き渡る。それも複数だ、音の位置からして囲まれているように思えた。
私は急いで部屋を出る。
「アレシア!」
エリックは部屋から出てきた私を見て一瞬顔をそらすが、いまはそんな状況ではないと分かっているのか、真っすぐ私の目を見て口を開く。
「アレシア、外で爆発音が!」
「ええ聞こえた! 私が始末するわ」
「アレシア……大丈夫なの?」
私は黙ってエリックを抱きしめると、外を眺めているレシファーと目が合う。
「私は大丈夫よ。エリックはこのまま小屋の中にいて頂戴。この中が一番安全だから」
嘘ではない。この小屋を形作る木材は、全てこの森の木からできたもの。防衛能力は森と同等だ。
「レシファー! あいつらだんだん距離を詰めてきてるわ!」
窓から魔力の流れを感知してレシファーに知らせる。
「どうします?」
レシファーは決意の決まった目つきで私を見る。「どうします?」なんて聞いておいて、彼女の中で答えはもう出ているのだ。
「分かったわよ。たまには全力で暴れましょう! 私達が揃った時の強さ、存分に味あわせてあげる!」