侮蔑の魔女 3
小屋の外に出ると、先ほどの自爆が出来る魔獣が森の一か所を突破してきたのか、小屋の周りを取り囲んでいる。その数、およそ三十匹ほど。
「これ全部がさっきと同じレベルだと思うと面倒ね」
私は心の底からうんざりする。
喋るワンちゃんの相手など、一日に一回で十分だ。
それに先ほどの戦闘の傷も、完治してはいない。
「裏切りの魔女アレシア! もう終わりにしよう。お前の長い一生もここで終わる。二体相手にあの醜態をさらしていては、この数の我々を相手になど出来まい!」
私の姿を確認した獣が叫ぶ。
良く吠える犬だこと……
やはり先程の魔獣と同じように知能があるみたいね。
「確かにさっきまでの状態だったら不可能でしょうけど、今はそうでもないわ。むしろ足りないぐらいよ」
私は、余裕なのを見せつけるために腰に手を当て、片手で髪を流す。安い挑発だが、ここにいる魔獣を釣るのには十分だった。
「死ね!」
怒りで冷静さを失った魔獣達が一斉に私に向かって突撃してくる。
こうなってしまってはただの犬とたいして変わらない。加えてこっちには契約した悪魔がいるのだ。
「命よ、我に従い、その名を示せ!」
私は先程と同じ呪文を詠唱する。
同じ呪文だが、その威力は段違いだ。
「悪魔憑き状態の魔女の能力を教えてあげる!」
そう叫ぶと、木の根で出来た壁が私を中心に全方位をカバーする。
その壁から枝の槍が数百本、これまた全方位に飛び散らす。
魔獣たちは躱そうにも、まっすぐに飛んでくる槍と同じタイミングで、放物線を描いて飛んでくる槍までもは躱しきれず、次々と突き刺さり絶命していく。
「怯むな!」
魔獣たちはいっちょ前に自分たちを鼓舞する。
それでも無数の槍が次々と魔獣たちを刺し連ねていく……
自爆しようにも、周りに味方がいるため出来ないでいる。
それでも三匹の魔獣がそれらを突破して私に迫る。
迫るが、私が指を鳴らした瞬間、地面から唐突に大木が突き出て動き出す。
不利を悟って逃げ惑う魔獣たちを一匹残らず踏みつぶしていく……
「これで、終わりよ!」
私がそう宣言する頃には魔獣は一匹も残っていなかった。
魔獣を全て始末した後、パチパチと小さな拍手の音が森に響く。
「やっぱり……揃うと強いのね、相変わらず」
全て倒したはずだが、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえる。
「コソコソしてないで出てきたらどうかしら? エステル」
私が目の前の暗闇に向かって告げると、虚空が歪み、中から一人の魔女が現れる。
魔女はゆっくりと次元の裂け目から這い出し、この世界に入ってきた。
「久しぶりねアレシア、私のこと憶えていてくれたんだ」
虚空から現れた魔女は私に親し気に話しかけ、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。
彼女はエステル。侮蔑の魔女と呼ばれて久しい魔女。
見た目の年齢は私と同じぐらいで、紫の長い髪に、地面に引きづるほどのロングドレスを身に纏う魔女。
その格好からも想像出来る通り、基本的には自分では動かないタイプだ。
「当然よ、警戒しなくちゃいけない相手だもの」
私は身構える。エステルの能力はああいう魔獣を作ることぐらいだったはず、どうしてわざわざ出てきた?
彼女自身に戦闘能力なんて無いはずなのだけど……昔と違ってなにかしらの手段を持っているのかしら?
「貴女に警戒してるなんて言われると嬉しいわね。ねえ、ところでどうしてそんなに扇情的な格好なのかしら? また人間の男でも誑かそうとしてたんじゃないの?」
彼女の指摘通り、私の今の服装は褒められたものじゃない。
他に服を持っていなかったため、魔獣との戦闘でただでさえボロボロなドレスは、さらに穴だらけになっていた。
スカートの丈は膝上まで短くなり、ところどころに切れ目が入っている。そして上半身も左右非対称にあちらこちら切り裂かれ、肩は丸出しだし、胸の谷間もしっかり見えてしまっている。
「私がいつ人間の男を誑かしたって? すぐにもう少しマシな格好にするわよ、貴女を殺した後にでもね!」
私はそう宣言し、魔力を込める。
レシファーと一緒の状態で、使い魔を失ったエステルを殺せる機会なんてそうそうあるものではない。このチャンスは無駄にできない。
「もう遅いわよ」
攻撃モーションに入る私達を一瞥して、エステルは冷たく言い放つ。
エステルが踵を鳴らすと、私とレシファーは体から急に力が抜け、その場に崩れ落ちる。
かろうじて首は少し動かせるが、体の他の部分はまったく動かせない。
私は何が起きているか理解できなかった。エステルが何か魔法を行使した様子はない。
唯一あったとしたら、さっき踵を鳴らした時だが、それだけで私とレシファーの両方の自由を奪うような魔法は知らない。
「……何をした!」
もう口しか動かせない、魔力も練れない。私だけならともかく、悪魔であるレシファーまでもが同じ状況にあるのは異常だ。
悪魔には基本的にこういった呪いのようなものは効きにくいはず……その悪魔の中でも高位の存在であるレシファーまでもが動けないとなると……
「ふふふ、まだ気づいていないの? さっきから私はずっとあなた達に呪詛をかけてたじゃない」
呪詛! いつの間に? そんな素振り全然……
まさか……さっきまでの会話に呪詛を混ぜていたってこと?
「ええ、さっきまでの会話も全て呪詛を忍ばせていたわ。真っ向勝負で、悪魔憑きのアレシアには叶わないもの。だからこういう手段もとるのよ」
そう言ってエステルは、勝利を確信したような勝ち誇った表情を浮かべ、私の元へゆっくりと歩いてくる。
なるほど。
エステルが私の前に現れた自信の源はこの呪詛だ。
確かにこのレベルの呪詛が扱えるなら、私と彼女の戦闘能力の差など問題にならない。
だけどいつの間にこんなもの……
「呪詛なら時間さえかければこういう事も可能かもしれないけど、呪詛は才能の面が非常に大きい分野よ! そんなもの使えていなかったわよね?」
私の問いかけに彼女は何も答えない。
エステルは、無言のまま倒れた私の目の前まで来ると、その場に屈んで両腕で私の首と左胸を握る。
「くっ!」
息が出来ない! 胸の傷が痛む!
「貴女が引き起こした魔女狩りの最中、私はお前に対しての怨みや憎しみが自身の中で膨れ上がっていった……それからよ、呪詛が使えることに気がついたのは!」
エステルはそう言った後に立ち上がり、憎しみを込めて力の限り私を蹴り飛ばした。
動けない私は悲鳴を上げる。私を見下ろすエステルの目は異常に血走り、正気を保っているのか怪しかった。
「アレシア様!」
レシファーは叫ぶが、彼女も全く動けないし魔力も練れなさそうだ。
このままではマズイ!
この呪詛の効果がいつまで続くか分からないけど、いまのところ手の打ちようがない。
「それで満足かしら? 私のしたことは、魔女たちにとっては許しがたいでしょうね。確かに、関係のない魔女が大勢死んでいったのは知っているわ。彼女達には申し訳ないとも思っている。だけど……他の魔女の心臓を利用するような外道に、どうこう言われる筋合いはないわ!」
私はありったけの抵抗を示した。
私がしたことは許されないことなのだろうけれど、それでもこの女にどうこう言われたくは無かった。
私の目の前でキテラが彼を殺したとき、一緒にそばにいたコイツには!
「そんな無様な格好で凄まれても、まったく怖くないわ……」
エステルは一度深呼吸をする。
「あまりの強さから、対峙したら必ず過去にされる“追憶の魔女”とまで呼ばれた貴女もこの程度……時間は残酷よね? アレシア」
そう言ってエステルは胸元からナイフを取り出し振り被る。ここまで散々魔法で戦ってきて、結局最後はナイフ一本で終わりだなんてね。
私は目を瞑る。せめて最後の一瞬、瞼の裏に大好きだった彼とエリックの姿を浮かべる。
「やめろ!」
死を覚悟した瞬間、エリックの叫び声とともに大きな打撃音が響き渡った。
「これ全部がさっきと同じレベルだと思うと面倒ね」
私は心の底からうんざりする。
喋るワンちゃんの相手など、一日に一回で十分だ。
それに先ほどの戦闘の傷も、完治してはいない。
「裏切りの魔女アレシア! もう終わりにしよう。お前の長い一生もここで終わる。二体相手にあの醜態をさらしていては、この数の我々を相手になど出来まい!」
私の姿を確認した獣が叫ぶ。
良く吠える犬だこと……
やはり先程の魔獣と同じように知能があるみたいね。
「確かにさっきまでの状態だったら不可能でしょうけど、今はそうでもないわ。むしろ足りないぐらいよ」
私は、余裕なのを見せつけるために腰に手を当て、片手で髪を流す。安い挑発だが、ここにいる魔獣を釣るのには十分だった。
「死ね!」
怒りで冷静さを失った魔獣達が一斉に私に向かって突撃してくる。
こうなってしまってはただの犬とたいして変わらない。加えてこっちには契約した悪魔がいるのだ。
「命よ、我に従い、その名を示せ!」
私は先程と同じ呪文を詠唱する。
同じ呪文だが、その威力は段違いだ。
「悪魔憑き状態の魔女の能力を教えてあげる!」
そう叫ぶと、木の根で出来た壁が私を中心に全方位をカバーする。
その壁から枝の槍が数百本、これまた全方位に飛び散らす。
魔獣たちは躱そうにも、まっすぐに飛んでくる槍と同じタイミングで、放物線を描いて飛んでくる槍までもは躱しきれず、次々と突き刺さり絶命していく。
「怯むな!」
魔獣たちはいっちょ前に自分たちを鼓舞する。
それでも無数の槍が次々と魔獣たちを刺し連ねていく……
自爆しようにも、周りに味方がいるため出来ないでいる。
それでも三匹の魔獣がそれらを突破して私に迫る。
迫るが、私が指を鳴らした瞬間、地面から唐突に大木が突き出て動き出す。
不利を悟って逃げ惑う魔獣たちを一匹残らず踏みつぶしていく……
「これで、終わりよ!」
私がそう宣言する頃には魔獣は一匹も残っていなかった。
魔獣を全て始末した後、パチパチと小さな拍手の音が森に響く。
「やっぱり……揃うと強いのね、相変わらず」
全て倒したはずだが、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえる。
「コソコソしてないで出てきたらどうかしら? エステル」
私が目の前の暗闇に向かって告げると、虚空が歪み、中から一人の魔女が現れる。
魔女はゆっくりと次元の裂け目から這い出し、この世界に入ってきた。
「久しぶりねアレシア、私のこと憶えていてくれたんだ」
虚空から現れた魔女は私に親し気に話しかけ、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。
彼女はエステル。侮蔑の魔女と呼ばれて久しい魔女。
見た目の年齢は私と同じぐらいで、紫の長い髪に、地面に引きづるほどのロングドレスを身に纏う魔女。
その格好からも想像出来る通り、基本的には自分では動かないタイプだ。
「当然よ、警戒しなくちゃいけない相手だもの」
私は身構える。エステルの能力はああいう魔獣を作ることぐらいだったはず、どうしてわざわざ出てきた?
彼女自身に戦闘能力なんて無いはずなのだけど……昔と違ってなにかしらの手段を持っているのかしら?
「貴女に警戒してるなんて言われると嬉しいわね。ねえ、ところでどうしてそんなに扇情的な格好なのかしら? また人間の男でも誑かそうとしてたんじゃないの?」
彼女の指摘通り、私の今の服装は褒められたものじゃない。
他に服を持っていなかったため、魔獣との戦闘でただでさえボロボロなドレスは、さらに穴だらけになっていた。
スカートの丈は膝上まで短くなり、ところどころに切れ目が入っている。そして上半身も左右非対称にあちらこちら切り裂かれ、肩は丸出しだし、胸の谷間もしっかり見えてしまっている。
「私がいつ人間の男を誑かしたって? すぐにもう少しマシな格好にするわよ、貴女を殺した後にでもね!」
私はそう宣言し、魔力を込める。
レシファーと一緒の状態で、使い魔を失ったエステルを殺せる機会なんてそうそうあるものではない。このチャンスは無駄にできない。
「もう遅いわよ」
攻撃モーションに入る私達を一瞥して、エステルは冷たく言い放つ。
エステルが踵を鳴らすと、私とレシファーは体から急に力が抜け、その場に崩れ落ちる。
かろうじて首は少し動かせるが、体の他の部分はまったく動かせない。
私は何が起きているか理解できなかった。エステルが何か魔法を行使した様子はない。
唯一あったとしたら、さっき踵を鳴らした時だが、それだけで私とレシファーの両方の自由を奪うような魔法は知らない。
「……何をした!」
もう口しか動かせない、魔力も練れない。私だけならともかく、悪魔であるレシファーまでもが同じ状況にあるのは異常だ。
悪魔には基本的にこういった呪いのようなものは効きにくいはず……その悪魔の中でも高位の存在であるレシファーまでもが動けないとなると……
「ふふふ、まだ気づいていないの? さっきから私はずっとあなた達に呪詛をかけてたじゃない」
呪詛! いつの間に? そんな素振り全然……
まさか……さっきまでの会話に呪詛を混ぜていたってこと?
「ええ、さっきまでの会話も全て呪詛を忍ばせていたわ。真っ向勝負で、悪魔憑きのアレシアには叶わないもの。だからこういう手段もとるのよ」
そう言ってエステルは、勝利を確信したような勝ち誇った表情を浮かべ、私の元へゆっくりと歩いてくる。
なるほど。
エステルが私の前に現れた自信の源はこの呪詛だ。
確かにこのレベルの呪詛が扱えるなら、私と彼女の戦闘能力の差など問題にならない。
だけどいつの間にこんなもの……
「呪詛なら時間さえかければこういう事も可能かもしれないけど、呪詛は才能の面が非常に大きい分野よ! そんなもの使えていなかったわよね?」
私の問いかけに彼女は何も答えない。
エステルは、無言のまま倒れた私の目の前まで来ると、その場に屈んで両腕で私の首と左胸を握る。
「くっ!」
息が出来ない! 胸の傷が痛む!
「貴女が引き起こした魔女狩りの最中、私はお前に対しての怨みや憎しみが自身の中で膨れ上がっていった……それからよ、呪詛が使えることに気がついたのは!」
エステルはそう言った後に立ち上がり、憎しみを込めて力の限り私を蹴り飛ばした。
動けない私は悲鳴を上げる。私を見下ろすエステルの目は異常に血走り、正気を保っているのか怪しかった。
「アレシア様!」
レシファーは叫ぶが、彼女も全く動けないし魔力も練れなさそうだ。
このままではマズイ!
この呪詛の効果がいつまで続くか分からないけど、いまのところ手の打ちようがない。
「それで満足かしら? 私のしたことは、魔女たちにとっては許しがたいでしょうね。確かに、関係のない魔女が大勢死んでいったのは知っているわ。彼女達には申し訳ないとも思っている。だけど……他の魔女の心臓を利用するような外道に、どうこう言われる筋合いはないわ!」
私はありったけの抵抗を示した。
私がしたことは許されないことなのだろうけれど、それでもこの女にどうこう言われたくは無かった。
私の目の前でキテラが彼を殺したとき、一緒にそばにいたコイツには!
「そんな無様な格好で凄まれても、まったく怖くないわ……」
エステルは一度深呼吸をする。
「あまりの強さから、対峙したら必ず過去にされる“追憶の魔女”とまで呼ばれた貴女もこの程度……時間は残酷よね? アレシア」
そう言ってエステルは胸元からナイフを取り出し振り被る。ここまで散々魔法で戦ってきて、結局最後はナイフ一本で終わりだなんてね。
私は目を瞑る。せめて最後の一瞬、瞼の裏に大好きだった彼とエリックの姿を浮かべる。
「やめろ!」
死を覚悟した瞬間、エリックの叫び声とともに大きな打撃音が響き渡った。