憤怒の魔女イザベラ 2
もうすぐ夜が明ける……相変わらず鳴り響く滝の落ちる音とともに、滝のカーテンの向こうから僅かな明りが差し込んでくる。
若干肌寒い気温に少しうだうだしてしまうが、そろそろ出発しなくては……
ドンッ!!!
「!?」
そう思っていた矢先、激しい爆発音とともに地響きが走り抜ける。
「なんですか!?」
今の衝撃でレシファーとエリックは跳ね起きる。
「わからないわ」
私はツタで覆った部分を少し広げ、音のした方角を見る。
すると、ここからそう遠くない距離にある場所から、禍々しい黒い煙が立ち昇っている。
「行ってみますか?」
私の隣で外をのぞいていたレシファーがそう提案する。
みずから危険なところに首を突っ込むのは得策ではないけれど、あの爆発の正体は確認しておくべきだ。
「エリック、行くわよ!」
「うん!」
エリックはすでに盾を持って立ち上がっていた。
「行きましょう」
レシファーが指を鳴らすと、この滝全体を覆っていた結界が剥がれていく。
私は翼を展開し、エリックを抱えて飛翔する。
レシファーも遅れて飛び立ち、滝の上まで上がり、周りを見渡す。
この崖の上には特に何もいないようだ。
「さらに上に行くわよ」
私の合図でさらに高度を上げていくと、先ほどの震源地が見えてくる。
「あれは……」
「渓谷と言っていいのでしょうか?」
私たちが補足した震源地は、渓谷のような急斜面が続く場所だった。
急斜面に挟まれて、綺麗に透き通った川が流れて行き、やがて私たちが一晩過ごした滝に繋がっていた。
斜面には紅葉が見事に立ち並び、地面を黄色や赤茶色の落ち葉が彩る。
そして真っ黒な煙が出ているのは、そんな渓谷の中腹辺りに広がるスペースだ。ここには草木が一本も生えてなく、ちょっとした広場となっていた。
「もう少し近づきましょう」
私達はレシファーを先頭に慎重に近づいていく。
目視できる距離まで来ると、もくもくとした煙の近くには一人の女性が立っている。
その女性は赤く燃えるような髪を後ろで一本に纏め、全身を赤と黒が入り混じったドレスで固め、両手にはグローブをつけている。
ドレスは動きやすいようにするためか、膝丈程で切り揃えられていた。
「あの女性は……」
「あれがイザベラよ」
私は、他の四皇の魔女と同じように彼女とも面識はある。あるが、彼女がどういった魔法を使うかは知らない。
サバトで顔をあわせた程度で、一言くらい挨拶はしたかも知れないが、それぐらいの関係値だ。もちろんイザベラも私も、魔女界隈ではそこそこ有名だったからお互いのことはなんとなく認識していたが、実際に手合わせをしたことはない。
「おや、誰かと思ったら」
私たちが地面に着地する間際、イザベラが私たちに声をかける。
「裏切りの魔女に、新緑の悪魔、それに……人間の少年か」
彼女は私たちを順番に値踏みするように視線を浴びせる。
「それがなにかしら? 憤怒の魔女イザベラ。こんなところで焚き火なんかして……一体何を燃やしていたのかしら?」
「いやなに、急にデカい魔獣が出てきたものだから燃やしてやったのさ」
イザベラは得意げに指さす。
私はゆっくりとその燃やされているものに近づく。
燃やされて黒くなっているのもあるが、そもそもが黒い体だったようだ。燃え尽きてしまっている部位もあるため正確ではないが、全長二メートルほどの二足歩行する生物で、顔はヤギと人間を混ぜたような独特な気持ち悪さがあり、ヤギのようなねじ曲がった角が二本生えている。
「これを燃やして平気ということは、この魔獣もキテラが召喚したものではないのね」
しかしアデールの時の龍といい、誰が召喚したかも分からない魔獣が次々に現れている……
「ああ、呪いのことか。それならそうさ、キテラはもうすでに魔獣を生み出さなくなっている」
「キテラが!?」
「そうさ。いつでもお前と殺しあえるように元の体に戻している最中さ」
イザベラはすんなりと今のキテラの情報を教えてくれた。
キテラが魔獣を召喚するのを止めて、私との殺し合いのために体を元に戻す? 体を戻す? 普通の召喚ではないのか? 魔獣を生成するだけなら体を弄る必要なんてないはず。ただの魔力量との相談になるだけだが、どういうこと?
「キテラはどんな姿だったの? その口ぶりだと最近会ったのでしょう?」
「ああ会ったぜ。あれは見ない方が良い。グロすぎる」
イザベラは苦い顔をして、顔を左右に振る。
「キテラが私と殺し合いをしたように、私もキテラに会いたいの。だから
案内してくれないかしら?」
私はダメもとで聞いてみる。居場所を伝えるくらいなら、裏切りの呪いは発動しないはずだ。
「いや、ダメだね。キテラの居場所が知りたいのなら力づくで、私を倒せたら教えてやる!」
そう言ってイザベラは何故か拳を握ってファイティングポーズをとる。
「なんのマネかしら?」
「これが私の戦い方なんだよ」
にわかには信じられなかった。今までそれなりに魔女たちと戦ってきたが、開幕ファイティングポーズをとる魔女なんて見たことがない。
「二人は下がってて」
「はい」
私はエリックとレシファーを後ろに下がらせる。
レシファーがついていてくれれば安心だ。
「準備は良いかい? 追憶の魔女?」
「そっちこそ」
私は右手を地面に向ける。
「行くぞ!」
イザベラはそう叫ぶと魔力で一気に加速し、私の懐へ潜り込んでくる。
「くっ!」
私もイザベラと同じように足に魔力を集約し、バックステップで距離をとる。
想像以上の速さと積極性……あまり時間のかかる魔法は使えないわね。
私は右手を前方へかざし、魔力を込める。
今回のような間合いを詰めてくる相手には、詠唱破棄の簡易魔法で対応するしかない。
「させるか!」
私の魔法を使う素振りを見て、イザベラは即座に反応し殴りかかってくる。
「遅い!」
イザベラが私に到達する前に私の魔力が満ちる。
突っ込んでくるイザベラの足元から細い木が五本、貫くように生えてくるが、それを彼女は後ろに下がり躱す。
「あぶねえ!」
「安心するのは早いわよ?」
私の言葉通り、生えそろったサイカチの木々から一斉に棘がイザベラに向かって発射される。
別段毒もないシンプルな棘だが、ああいう肉弾戦タイプの敵は一度どこかにダメージを負わせてしまえば、ガクンと戦闘能力は低下する。
「これを全て避けるのは難しいんじゃないかしら?」
いくらイザベラが速いとはいっても、面で飛ばされた棘を全て躱すのは物理的に不可能だ。
さてどう出るかしら?
「躱せないなら!」
イザベラは右足を高く上げ、力強く地面に叩きつけると彼女の前方一メートルに炎の壁がそびえ立ち、私の棘をことごとく燃やし尽くす。
「なっ!?」
私よりもレシファーが驚いていた。
正直さっきの黒こげの魔獣を見たあたりから、イザベラのメイン魔法は炎だろうと予想はしていたが……嫌な予想は当たるものね。
「躱せないなら、焼けば良いだけだ!」
棘を全て焼きつくしたイザベラは再びファイティングポーズをとる。
相性が悪い……悪すぎる。
ただでさえ苦手な肉弾戦特化のスタイルなのに加えて、木を司る私に対して炎を出されると厳しい。
よくある初級魔法での火程度ならなんてことはないが、本職の炎使い、それも憤怒の魔女イザベラが行使する炎となると話が変わってくる。
「厄介ね……だけど私に近づけない貴女も攻め手が無いんじゃない?」
そう。なにも、攻めれないのは私だけではない。
さっきまでのように猛スピードで突っ込めば、炎の壁を出すタイミングを失うため、棘が防げない。
逆に棘を警戒していると、私に近づけない。
大丈夫。まだやれる。
「それはちょっと私のことを甘く見過ぎてないか? アレシア」
若干肌寒い気温に少しうだうだしてしまうが、そろそろ出発しなくては……
ドンッ!!!
「!?」
そう思っていた矢先、激しい爆発音とともに地響きが走り抜ける。
「なんですか!?」
今の衝撃でレシファーとエリックは跳ね起きる。
「わからないわ」
私はツタで覆った部分を少し広げ、音のした方角を見る。
すると、ここからそう遠くない距離にある場所から、禍々しい黒い煙が立ち昇っている。
「行ってみますか?」
私の隣で外をのぞいていたレシファーがそう提案する。
みずから危険なところに首を突っ込むのは得策ではないけれど、あの爆発の正体は確認しておくべきだ。
「エリック、行くわよ!」
「うん!」
エリックはすでに盾を持って立ち上がっていた。
「行きましょう」
レシファーが指を鳴らすと、この滝全体を覆っていた結界が剥がれていく。
私は翼を展開し、エリックを抱えて飛翔する。
レシファーも遅れて飛び立ち、滝の上まで上がり、周りを見渡す。
この崖の上には特に何もいないようだ。
「さらに上に行くわよ」
私の合図でさらに高度を上げていくと、先ほどの震源地が見えてくる。
「あれは……」
「渓谷と言っていいのでしょうか?」
私たちが補足した震源地は、渓谷のような急斜面が続く場所だった。
急斜面に挟まれて、綺麗に透き通った川が流れて行き、やがて私たちが一晩過ごした滝に繋がっていた。
斜面には紅葉が見事に立ち並び、地面を黄色や赤茶色の落ち葉が彩る。
そして真っ黒な煙が出ているのは、そんな渓谷の中腹辺りに広がるスペースだ。ここには草木が一本も生えてなく、ちょっとした広場となっていた。
「もう少し近づきましょう」
私達はレシファーを先頭に慎重に近づいていく。
目視できる距離まで来ると、もくもくとした煙の近くには一人の女性が立っている。
その女性は赤く燃えるような髪を後ろで一本に纏め、全身を赤と黒が入り混じったドレスで固め、両手にはグローブをつけている。
ドレスは動きやすいようにするためか、膝丈程で切り揃えられていた。
「あの女性は……」
「あれがイザベラよ」
私は、他の四皇の魔女と同じように彼女とも面識はある。あるが、彼女がどういった魔法を使うかは知らない。
サバトで顔をあわせた程度で、一言くらい挨拶はしたかも知れないが、それぐらいの関係値だ。もちろんイザベラも私も、魔女界隈ではそこそこ有名だったからお互いのことはなんとなく認識していたが、実際に手合わせをしたことはない。
「おや、誰かと思ったら」
私たちが地面に着地する間際、イザベラが私たちに声をかける。
「裏切りの魔女に、新緑の悪魔、それに……人間の少年か」
彼女は私たちを順番に値踏みするように視線を浴びせる。
「それがなにかしら? 憤怒の魔女イザベラ。こんなところで焚き火なんかして……一体何を燃やしていたのかしら?」
「いやなに、急にデカい魔獣が出てきたものだから燃やしてやったのさ」
イザベラは得意げに指さす。
私はゆっくりとその燃やされているものに近づく。
燃やされて黒くなっているのもあるが、そもそもが黒い体だったようだ。燃え尽きてしまっている部位もあるため正確ではないが、全長二メートルほどの二足歩行する生物で、顔はヤギと人間を混ぜたような独特な気持ち悪さがあり、ヤギのようなねじ曲がった角が二本生えている。
「これを燃やして平気ということは、この魔獣もキテラが召喚したものではないのね」
しかしアデールの時の龍といい、誰が召喚したかも分からない魔獣が次々に現れている……
「ああ、呪いのことか。それならそうさ、キテラはもうすでに魔獣を生み出さなくなっている」
「キテラが!?」
「そうさ。いつでもお前と殺しあえるように元の体に戻している最中さ」
イザベラはすんなりと今のキテラの情報を教えてくれた。
キテラが魔獣を召喚するのを止めて、私との殺し合いのために体を元に戻す? 体を戻す? 普通の召喚ではないのか? 魔獣を生成するだけなら体を弄る必要なんてないはず。ただの魔力量との相談になるだけだが、どういうこと?
「キテラはどんな姿だったの? その口ぶりだと最近会ったのでしょう?」
「ああ会ったぜ。あれは見ない方が良い。グロすぎる」
イザベラは苦い顔をして、顔を左右に振る。
「キテラが私と殺し合いをしたように、私もキテラに会いたいの。だから
案内してくれないかしら?」
私はダメもとで聞いてみる。居場所を伝えるくらいなら、裏切りの呪いは発動しないはずだ。
「いや、ダメだね。キテラの居場所が知りたいのなら力づくで、私を倒せたら教えてやる!」
そう言ってイザベラは何故か拳を握ってファイティングポーズをとる。
「なんのマネかしら?」
「これが私の戦い方なんだよ」
にわかには信じられなかった。今までそれなりに魔女たちと戦ってきたが、開幕ファイティングポーズをとる魔女なんて見たことがない。
「二人は下がってて」
「はい」
私はエリックとレシファーを後ろに下がらせる。
レシファーがついていてくれれば安心だ。
「準備は良いかい? 追憶の魔女?」
「そっちこそ」
私は右手を地面に向ける。
「行くぞ!」
イザベラはそう叫ぶと魔力で一気に加速し、私の懐へ潜り込んでくる。
「くっ!」
私もイザベラと同じように足に魔力を集約し、バックステップで距離をとる。
想像以上の速さと積極性……あまり時間のかかる魔法は使えないわね。
私は右手を前方へかざし、魔力を込める。
今回のような間合いを詰めてくる相手には、詠唱破棄の簡易魔法で対応するしかない。
「させるか!」
私の魔法を使う素振りを見て、イザベラは即座に反応し殴りかかってくる。
「遅い!」
イザベラが私に到達する前に私の魔力が満ちる。
突っ込んでくるイザベラの足元から細い木が五本、貫くように生えてくるが、それを彼女は後ろに下がり躱す。
「あぶねえ!」
「安心するのは早いわよ?」
私の言葉通り、生えそろったサイカチの木々から一斉に棘がイザベラに向かって発射される。
別段毒もないシンプルな棘だが、ああいう肉弾戦タイプの敵は一度どこかにダメージを負わせてしまえば、ガクンと戦闘能力は低下する。
「これを全て避けるのは難しいんじゃないかしら?」
いくらイザベラが速いとはいっても、面で飛ばされた棘を全て躱すのは物理的に不可能だ。
さてどう出るかしら?
「躱せないなら!」
イザベラは右足を高く上げ、力強く地面に叩きつけると彼女の前方一メートルに炎の壁がそびえ立ち、私の棘をことごとく燃やし尽くす。
「なっ!?」
私よりもレシファーが驚いていた。
正直さっきの黒こげの魔獣を見たあたりから、イザベラのメイン魔法は炎だろうと予想はしていたが……嫌な予想は当たるものね。
「躱せないなら、焼けば良いだけだ!」
棘を全て焼きつくしたイザベラは再びファイティングポーズをとる。
相性が悪い……悪すぎる。
ただでさえ苦手な肉弾戦特化のスタイルなのに加えて、木を司る私に対して炎を出されると厳しい。
よくある初級魔法での火程度ならなんてことはないが、本職の炎使い、それも憤怒の魔女イザベラが行使する炎となると話が変わってくる。
「厄介ね……だけど私に近づけない貴女も攻め手が無いんじゃない?」
そう。なにも、攻めれないのは私だけではない。
さっきまでのように猛スピードで突っ込めば、炎の壁を出すタイミングを失うため、棘が防げない。
逆に棘を警戒していると、私に近づけない。
大丈夫。まだやれる。
「それはちょっと私のことを甘く見過ぎてないか? アレシア」