キテラという魔女 2
「エリックは無事だったか?」
「うん。アレシア達が守ってくれてたから」
エリックは素直に答えた。
「エリック……盾はどうした?」
「冠位の悪魔との戦いの最後に壊されたのです」
レシファーが代わりに答える。
「レシファー様と同じ冠位の悪魔? そんなのと遭遇したのですか?」
「はい。なんとか退けましたけど……」
「一体どうなっているんだ?」
ポックリは思案顔で首をひねる。
「そんなことよりキテラはどこ?」
私はポックリを急かす。
今は悪魔の話題で盛り上がっている時ではないのだ。
「キテラならこの森を抜けた先にいる」
ポックリはそういって真っすぐ森の奥を指さした。
「それじゃあ行くわよ! 覚悟は良いかしら?」
「覚悟は出来ていますが、どういう布陣で戦いますか?」
レシファーが気にしていたのは、主に盾を失ったエリックをどうするか。
「エリックにはポックリに護衛にして貰うわ。そのあいだに私とレシファーでキテラを始末する」
「わかりました」
案としては、結界を張ってエリックをその結界の中に置いていくという手も考えられるが、今は謎に出現し始めた悪魔達がいる。
魔獣を通さない結界は作れても、どんな能力を持った悪魔がいるかわからない現在の状況において、結界に隠すというのは難しい。
「ポックリ頼んだわよ」
「まかせろ! 俺はもともとエリックを気に入ってお前たちに加担しているんだから!」
そうだった。
なぜかポックリはエリックを気に入っている。
レシファーに言わせると特に理由なんてものは無く、悪魔が誰かを気に入るというのは感覚なのだそう。
「この先ね」
歩き始めておよそ一時間、森の終焉が見えてきた。
ここから見える一帯はだだっ広い平野となっている。
私が決意して一歩踏み出すと、眼前に広がる草原地帯に終わりが見えない。
そしてその中央には待ちに待った人物が佇んでいた。
「ようやく来たわねアレシア」
「そんなに待たせたかしら?」
「待たせ過ぎよ~待ちすぎておかしくなりそう」
そう語るキテラの横には強烈な魔力を放つ悪魔の姿がある。レシファーと同じ人型女性の姿で、整った冷たい顔立ちは、どことなくレシファーに似ている。
その後ろには、蠢く巨大な肉片が……その肉片の前に立つキテラ本人のおよそ五十倍の質量を持って、そこに存在している。
「その後ろの気持ち悪いのはなんなのかしら?」
私はキテラの後ろの肉片を指さす。
「ああ、これ? これは少し前までの私。魔獣を生成するのに適した状態になっていたのよ」
あの肉片から、魔獣の群れを三〇〇年に渡って召喚し続けていたと? 悪趣味な魔法だこと……
イザベラがグロいと言っていたのも頷ける。
「随分ななりで三〇〇年過ごしていたのね」
「酷いわねアレシア。続けさせたのは貴女達よ? 貴女とそこの悪魔が魔獣を迎撃し続けたからでしょう?」
まさかこちらに責任を追及してくるとは思わなかった。
なすりつけにも程がある。
「貴女が魔獣なんて生み出し続けなければ、私達も三〇〇年間、防衛戦をしなくて済んだのだけれど? それと隣の魔力量が桁違いの悪魔は誰?」
私の問いかけに、隣にいたレシファーが反応する。
「なんで貴女がそっちに?」
「どういうことレシファー?」
私はレシファーの動揺が理解できなかった。
「久しぶりねレシファー」
キテラの横にいる悪魔が初めて口を開いた。
その透き通った綺麗な声はやはりレシファーに似ていて……
「お久しぶりです。姉さん」
「え!? あの悪魔ってレシファーの姉?」
「はいそうです。残念ながら」
驚く私にレシファーは申し訳なさそうに答える。
しかし一体いつ契約した?
魔女狩りの際は別の悪魔と契約していたはずだけど……
「悪魔姉妹の感動の再会はもう十分でしょう?」
キテラがもう十分とばかりに話をぶち切る。
「そんなことよりもアレシア。貴女、随分と大切なものが増えたのね?」
「どういう意味かしら?」
「裏切りの魔女のくせに、冠位の悪魔に、昔の恋人の生まれ変わり、それに何故だかクローデッドと契約していた狸……持ちすぎよ。分不相応だわ」
キテラは、心から気に入らないのか吐き捨てるような口振りだ。
「それがどうかしたのかしら? 人徳の差でしょう? 貴女には誰もいない。そこの悪魔だけ。そもそも他の魔女は一体どこに消えたの? 魔女至上主義の貴女が、同族をそう簡単に殺したりしないと思っていたけれど?」
私はずっと疑問だった。
他の魔女は?
四皇の魔女はともかく、それ以外の魔女だって数多この結界に逃げ込んだはずなのに、そんな彼女たちと会ったことがない。
「四皇の魔女以外の魔女に関しては、全て魔獣の材料になってもらったのよ。弱い魔女なんていらない。そんなのは同族とは呼べない!」
キテラは冷たい声で答える。
どうかしている。
これじゃあどっちが裏切りの魔女か分かったものではない。
「やっぱり貴女はおかしい! 狂ってる! 私の知っている魔女キテラは、そんな人ではなかった。常に同族を一番に考えていたし、ちょっと極端なところもあったけれど、同族を全て魔獣の材料にするなんてあり得ないわ!」
私は叫ぶ。
人を裏切りの魔女と蔑称で呼んでおいて、その呼んでいる本人のしていることと言ったら! どっちが同族に対する冒涜か分からない!
「なんとでも言えば良いわ。私をいくら非難したところで貴女達の運命は変わらないもの」
キテラは私達をぐるっと見渡す。
彼女はもうやる気だ。
「その前にキテラ、この結界の中で龍が出てきたり悪魔が自然に発生しているんだけど、何か知らないかしら?」
私はそれが聞きたかった。
仮に彼女を殺して結界を解いたとしても、悪魔が常時発生し続けるようでは、到底人間界でエリック達と暮らすなんて不可能だから。
「龍や悪魔……龍は上級悪魔が召喚したものでしょうね。悪魔が自由にこの結界内を闊歩している理由は、私にも分からないわ。もうこの結界は私の管理下にはないのよ」
つらつらと説明をするが、結局のところ分からないが正解なのだ。
この結界は歴史上初の、密閉されたまま三〇〇年経過した空間だ。
結界の外の常識など通用しないのは当然なのかもしれない。
「最後に私からも良いですか?」
レシファーが口を開く。
問いかける先は、当然実の姉だろう。
「お姉さまはどうしてキテラと契約したのですか? 貴女はそんな選択をするタイプでは……」
この優しいレシファーの姉であれば、キテラのしていることを咎めそうなものなのに、どうして今あちら側に立っているのか、それは謎だ。
「これは私達悪魔の復讐よ」
レシファーの姉はそう淡白に答えた。
悪魔の復讐?
意味が分からない。
「もう良いかしら? カルシファー、私がアレシア達と殺りあうから、貴女は姉妹で殺りあいなさい」
「はい。キテラ様」
レシファーの姉、カルシファーは恭しくキテラに一礼すると、翼を展開する。
「ついてきなさいレシファー」
誘われたレシファーは私の顔を見る。
私は黙って頷いて、彼女を強く抱きしめる。
「絶対に死なないで」
私は彼女の耳元でそう囁き、最後に頭を撫でる。
「では行ってきます!」
目を瞑って気持ち良さそうに頭を撫でられていたレシファーは、そう言い残し、翼を展開してカルシファーと一緒に遠くに飛び去っていく。
彼女は彼女で因縁の対決を、私は私で元凶との対決を。
「ポックリ、エリック! 気を抜かないでよ!」
「うん!」
「ああ!」
私は彼らから離れて、キテラの方にゆっくりと歩いていく。
「いよいよねキテラ」
「ええ、待ちわびたわアレシア! 私達同族を裏切っておいて、そんなに宝物を抱えて、光を抱えて……全て奪ってやる! 私がもう一度貴女を闇の中に突き落とす!」
「うん。アレシア達が守ってくれてたから」
エリックは素直に答えた。
「エリック……盾はどうした?」
「冠位の悪魔との戦いの最後に壊されたのです」
レシファーが代わりに答える。
「レシファー様と同じ冠位の悪魔? そんなのと遭遇したのですか?」
「はい。なんとか退けましたけど……」
「一体どうなっているんだ?」
ポックリは思案顔で首をひねる。
「そんなことよりキテラはどこ?」
私はポックリを急かす。
今は悪魔の話題で盛り上がっている時ではないのだ。
「キテラならこの森を抜けた先にいる」
ポックリはそういって真っすぐ森の奥を指さした。
「それじゃあ行くわよ! 覚悟は良いかしら?」
「覚悟は出来ていますが、どういう布陣で戦いますか?」
レシファーが気にしていたのは、主に盾を失ったエリックをどうするか。
「エリックにはポックリに護衛にして貰うわ。そのあいだに私とレシファーでキテラを始末する」
「わかりました」
案としては、結界を張ってエリックをその結界の中に置いていくという手も考えられるが、今は謎に出現し始めた悪魔達がいる。
魔獣を通さない結界は作れても、どんな能力を持った悪魔がいるかわからない現在の状況において、結界に隠すというのは難しい。
「ポックリ頼んだわよ」
「まかせろ! 俺はもともとエリックを気に入ってお前たちに加担しているんだから!」
そうだった。
なぜかポックリはエリックを気に入っている。
レシファーに言わせると特に理由なんてものは無く、悪魔が誰かを気に入るというのは感覚なのだそう。
「この先ね」
歩き始めておよそ一時間、森の終焉が見えてきた。
ここから見える一帯はだだっ広い平野となっている。
私が決意して一歩踏み出すと、眼前に広がる草原地帯に終わりが見えない。
そしてその中央には待ちに待った人物が佇んでいた。
「ようやく来たわねアレシア」
「そんなに待たせたかしら?」
「待たせ過ぎよ~待ちすぎておかしくなりそう」
そう語るキテラの横には強烈な魔力を放つ悪魔の姿がある。レシファーと同じ人型女性の姿で、整った冷たい顔立ちは、どことなくレシファーに似ている。
その後ろには、蠢く巨大な肉片が……その肉片の前に立つキテラ本人のおよそ五十倍の質量を持って、そこに存在している。
「その後ろの気持ち悪いのはなんなのかしら?」
私はキテラの後ろの肉片を指さす。
「ああ、これ? これは少し前までの私。魔獣を生成するのに適した状態になっていたのよ」
あの肉片から、魔獣の群れを三〇〇年に渡って召喚し続けていたと? 悪趣味な魔法だこと……
イザベラがグロいと言っていたのも頷ける。
「随分ななりで三〇〇年過ごしていたのね」
「酷いわねアレシア。続けさせたのは貴女達よ? 貴女とそこの悪魔が魔獣を迎撃し続けたからでしょう?」
まさかこちらに責任を追及してくるとは思わなかった。
なすりつけにも程がある。
「貴女が魔獣なんて生み出し続けなければ、私達も三〇〇年間、防衛戦をしなくて済んだのだけれど? それと隣の魔力量が桁違いの悪魔は誰?」
私の問いかけに、隣にいたレシファーが反応する。
「なんで貴女がそっちに?」
「どういうことレシファー?」
私はレシファーの動揺が理解できなかった。
「久しぶりねレシファー」
キテラの横にいる悪魔が初めて口を開いた。
その透き通った綺麗な声はやはりレシファーに似ていて……
「お久しぶりです。姉さん」
「え!? あの悪魔ってレシファーの姉?」
「はいそうです。残念ながら」
驚く私にレシファーは申し訳なさそうに答える。
しかし一体いつ契約した?
魔女狩りの際は別の悪魔と契約していたはずだけど……
「悪魔姉妹の感動の再会はもう十分でしょう?」
キテラがもう十分とばかりに話をぶち切る。
「そんなことよりもアレシア。貴女、随分と大切なものが増えたのね?」
「どういう意味かしら?」
「裏切りの魔女のくせに、冠位の悪魔に、昔の恋人の生まれ変わり、それに何故だかクローデッドと契約していた狸……持ちすぎよ。分不相応だわ」
キテラは、心から気に入らないのか吐き捨てるような口振りだ。
「それがどうかしたのかしら? 人徳の差でしょう? 貴女には誰もいない。そこの悪魔だけ。そもそも他の魔女は一体どこに消えたの? 魔女至上主義の貴女が、同族をそう簡単に殺したりしないと思っていたけれど?」
私はずっと疑問だった。
他の魔女は?
四皇の魔女はともかく、それ以外の魔女だって数多この結界に逃げ込んだはずなのに、そんな彼女たちと会ったことがない。
「四皇の魔女以外の魔女に関しては、全て魔獣の材料になってもらったのよ。弱い魔女なんていらない。そんなのは同族とは呼べない!」
キテラは冷たい声で答える。
どうかしている。
これじゃあどっちが裏切りの魔女か分かったものではない。
「やっぱり貴女はおかしい! 狂ってる! 私の知っている魔女キテラは、そんな人ではなかった。常に同族を一番に考えていたし、ちょっと極端なところもあったけれど、同族を全て魔獣の材料にするなんてあり得ないわ!」
私は叫ぶ。
人を裏切りの魔女と蔑称で呼んでおいて、その呼んでいる本人のしていることと言ったら! どっちが同族に対する冒涜か分からない!
「なんとでも言えば良いわ。私をいくら非難したところで貴女達の運命は変わらないもの」
キテラは私達をぐるっと見渡す。
彼女はもうやる気だ。
「その前にキテラ、この結界の中で龍が出てきたり悪魔が自然に発生しているんだけど、何か知らないかしら?」
私はそれが聞きたかった。
仮に彼女を殺して結界を解いたとしても、悪魔が常時発生し続けるようでは、到底人間界でエリック達と暮らすなんて不可能だから。
「龍や悪魔……龍は上級悪魔が召喚したものでしょうね。悪魔が自由にこの結界内を闊歩している理由は、私にも分からないわ。もうこの結界は私の管理下にはないのよ」
つらつらと説明をするが、結局のところ分からないが正解なのだ。
この結界は歴史上初の、密閉されたまま三〇〇年経過した空間だ。
結界の外の常識など通用しないのは当然なのかもしれない。
「最後に私からも良いですか?」
レシファーが口を開く。
問いかける先は、当然実の姉だろう。
「お姉さまはどうしてキテラと契約したのですか? 貴女はそんな選択をするタイプでは……」
この優しいレシファーの姉であれば、キテラのしていることを咎めそうなものなのに、どうして今あちら側に立っているのか、それは謎だ。
「これは私達悪魔の復讐よ」
レシファーの姉はそう淡白に答えた。
悪魔の復讐?
意味が分からない。
「もう良いかしら? カルシファー、私がアレシア達と殺りあうから、貴女は姉妹で殺りあいなさい」
「はい。キテラ様」
レシファーの姉、カルシファーは恭しくキテラに一礼すると、翼を展開する。
「ついてきなさいレシファー」
誘われたレシファーは私の顔を見る。
私は黙って頷いて、彼女を強く抱きしめる。
「絶対に死なないで」
私は彼女の耳元でそう囁き、最後に頭を撫でる。
「では行ってきます!」
目を瞑って気持ち良さそうに頭を撫でられていたレシファーは、そう言い残し、翼を展開してカルシファーと一緒に遠くに飛び去っていく。
彼女は彼女で因縁の対決を、私は私で元凶との対決を。
「ポックリ、エリック! 気を抜かないでよ!」
「うん!」
「ああ!」
私は彼らから離れて、キテラの方にゆっくりと歩いていく。
「いよいよねキテラ」
「ええ、待ちわびたわアレシア! 私達同族を裏切っておいて、そんなに宝物を抱えて、光を抱えて……全て奪ってやる! 私がもう一度貴女を闇の中に突き落とす!」