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作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第13回 敵が笑う 友が呼ぶ:3-1
負傷への言及が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「いって!」

 ぐいと傷を拭われてトシュは悲鳴を上げた。

「何怒ってんだよ?」

「必要な治療をしてるだけだよ」

「本当に『だけ』なときは『だけ』とは言わねえんだよ」

 決めつけて、天井を仰ぐ。〈武神〉の印への驚きが醒めたのか、それともセディカの目がなくなったからなのか、まさか怒り直されるとは思わなかった。

 宝刀と小刀と、朱塗りの棒とバンダナを回収して〈錦鶏集う国〉へと戻り、国王に首尾を報告した後で、二人は王宮の一室を借りていた。王宮には医官も詰めていたが、妖力と妖術による傷だからとジョイドが断った。別に嘘や方便でもない。小刀を調べたところでは、血がなかなか止まらなかったのも疲労が一気に襲ってきたのも、小刀に仕込んであった呪術のせいだったらしい。物理的に血を流しても、呪術ではなるほど、出ていくまい。

 呪術を打ち消すために聖水で洗った後、惜しみなくふんだんに塗りつけられた薬も、よく効く代わりに極力沁みるものを敢えて選択された気がする。医官に出してもらった清潔な布と、新しく描いた呪符とで傷を縛り直したときも、ありったけの力で締めつけられたから、これは相当怒っている——人前で隠していた分だけ利子がついていそうだ。

 すっかり手当てが終わってしまえば、だが、呪符の中に描き込んであるのだろう痛み止めの効果で、痛みはほとんど残らない。怪我をしている自覚を保てる程度の違和感があるだけだ。さっきの今でお役御免ではセディカにすまないと思ったのか、セディカのベールは続投していた。まあ、一番外側なら衛生的にも問題あるまい。

 ……次は説教の本番だろうか。

「どうせ俺が間に合ううちに駆けつけるだろうとでも思ってたの?」

「いや……」

 相棒を当てにしていたから手を抜いたというわけではないが、単にまだいいかと放っておいた、と白状してもそれはそれで怒られそうだ。トシュとしては目を泳がせて黙るしかない。自分の非を認めたくないのではないけれど、そこまで執念深く怒りを表明しなくともよかろうに。

 ……と、思ったのだが。

「見捨てるだけでおまえを殺せるなんてぞっとしないよ」

 声を落としたその言葉で、ようやく察してトシュは真顔になった。

 ジョイドに殺意を抱かれるような付き合い方は、していないつもりだが。——トシュの父は強大な力を持つ古狼であり、トシュはその血を受け継いで地上に生まれ出た新たな狼だ。まだ百年も生きていなかろうと、人間の血が混ざっていようと。討ってしまおうと考えている者も、討とうとした者もいる。

 そして、一方。

 偉大な鷹を父に持つジョイドは、天の血を引いている。

 ジョイドの身内。ジョイドの伝手つて。セディカには知られるわけにいかないから、そういうときにいつも使う建前でぼかした。真実を言えば——要するに、神、だ。ジョイドが繋がりを持っているのは。

 それだから、死者を蘇らせる仙薬などというものをよこされてもおかしくないし、指示のまま使うことにちゅうちょがないのである。マオのためには与えてくれなかったのに、と恨み言を直接吐けないのも道理だ。天神を相手に。

 今のところ、天が——天の神々の総意が、トシュ=ギジュを討伐すべしと決定した様子はないが。そうと決めたとしても、派手なことはいらないのである。トシュの方で危機に陥ったときに、一言、ジョイドに命じればよい。助けるな、と。

 そのとき、ジョイドは逆らえないだろう。

 それを友達甲斐がないと嘆くほど、ジョイドを思いやれないトシュではないが。

「……口が軽いぜ。俺にバレたらどうすんだ」

 トシュはささやいた。

 天からも一目置かれる偉大な鳥獣を父に持ち、修行の果てに不老不死を得た獣との混血を母に持ち、人里に生まれて人里で育った、年齢までも近い二人が。同じ師匠の元で出会ったのは、ひょっとしたら巡り合わせなどではなく——。

「バレて困ることなんか何もないよ」

 ジョイドは言った。

「ただ——絶対に駆けつけられるとは限らないんだからね、ってだけ」

「悪かったよ。大口叩いといて」

 心配するなと、マオを持ち出して勇気づけたことを思うと、そこも罰が悪い。いや、マオを持ち出したのはジョイドの方だったが。

 手が伸びてきたから何かと思えば、ベールでできた腕の包帯に、注意深く当てられた。じっと注いだまなざしは、呪術の残を、もしくは残滓がないことを、読み取れるものだろうか。鷹ならぬトシュにそこまではわからない。

「他でもないおまえが〈武神〉に頼ったぐらいだから、ちゃんと自分の身を優先したんだなってことはわかるけど」

「言うな」

 ぎん、と睨めば、相棒は楽しそうに笑った。不安がるのはここまでにした、ということのようだった。
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