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作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第13回 敵が笑う 友が呼ぶ:4-1
 感謝の宴を開かせてほしいと言う国王に、ジョイドはセディカの顔色を見て、あまり派手にならないようにと要望した。結局、宴は盛大なものというより、高貴な人々と親しく同じテーブルを囲めるもの、となった。国王と王妃と太子——言わば私人としての国王一家と。

 とはいっても、女官が給仕についてはいて、トシュは少々ほっとした。山の中は仕方ないとしても、人間社会に出てきたというのに、セディカの周りにあまりにも女っ気がないことが引っかかっていたので。

 普段は後宮にいて人前に出ないという王妃も、三人の前に出ることは特に厭わず、国王と共に繰り返し礼を述べた。美女ではなかった。だから獅子は老いたとおとしめて遠ざけたのだなと、納得が行った程度には。侮辱的な仕打ちと、それを夫の顔と声でぶつけられたことと引き換えに、夫に成り済ました他人と、知らずに不貞を働くことは避けられたわけではある。

 化粧は濃かったが、濃すぎて下品にならない絶妙な線を心得ているようだった。そのために、近くで見ればその下にうっすら、もっと濃ければ隠れきったかもしれない火傷が見て取れた。王妃のために後宮を建てた、と史書にあったことを思い出す。王妃を外に出さない後宮制度を〈錦鶏〉国王が採用したのは、なるほど、この火傷のためか。

「王妃様にあげるんだと思われてそうだなあ」

「うん?」

「ご老公のところでこれも貰ってきたのよ。女の子の肌に傷痕が残っちゃってるから消してあげたいって言って」

 蘇生の仙薬を授けた神を、この流れで名で呼ぶわけにもいかないからそんな風に言う。ジョイドの手の中に収まっているのは、塗り薬の容器であるらしかった。

「随分あっさりくれたなと思ったんだけどさ」

「あっちが勘違いしたんならあっちのせいだろ、っつうかあの爺さんならそんぐらい見通せて然るべきだろうよ。二人分には足りねえのか?」

「これだけだもの」

 親指と人さし指でつまんでみせる。なるほど、いた後の栗ぐらいしかない。

「だったら、俺がもう一人分貰ってくるわ」

 ご老公と呼ばれた神とは、トシュも面識はあるのだ。ジョイドと同じ師匠に学び、その前には祖父に仕込まれた、仙術の雲は天まで届く。

「……おまえ怖いもんなしだね」

 無心のためだけに押しかけるなんて、と呆れる相棒に、祖父じいさん譲りだと口の端を上げる。山神や土地神を使役した祖父は、天神に対しても遠慮がない。

「セダと王妃殿下のためなんだから、感心してくれたっていいぐらいだろうよ」

 他でもない自分の言うことを聞いて、これは利他的な要求であると認めざるをえないときの天神の顔を見るのが、狼の青年は好きなのだ。歪んでいるとは思っている。利他的な行為というものが実在することを否定したがる向きは、それが目的なら結局は利己的な行為であるのだと主張するのだろうけれども。

 三人は五日ほど〈錦鶏〉に滞在し、獅子が再び現れないことと、死んで生き返った国王の心身に異変が起こらないことを確かめた。王宮に泊まるのでは息が詰まるから町に宿を借りたけれども、国王に毎日呼び出されたから、トシュとジョイドは毎日通勤でもするように王宮へ赴いた。妖怪ない方士として、偽国王が何か悪い影響を残していないか、見ておきたいところだったからちょうどよくはあった。結果的には、庭園の井戸と芭蕉と少し増えた牡丹の他には、偽国王が手を加えた形跡は見受けられなかったが。その間セディカがどうしていたかは知らないが、西国の町を見物したり、買い物をしたりでもしていたのだろう。

 一方で、褒美は何でも、幾らでもと言う国王に乗っかって、着替えに保存食に医療道具といった旅支度を、セディカの分も含めて整えた。もしもセディカが親戚に突き放されたらこの国に住まわせてやってくれ、と頼めればきれいに収まったと言えただろうが、〈誓約〉のことがある以上、セディカに〈連なる五つの山〉の近くにいられてはトシュの気が休まらない。一度外に出たからといって、それで効果がなくなるのかどうかは定かではないからだ。元々そう思っていたから、セディカを巫女らしく仕立ててみたり奇妙な小人になってみせたりしたのである。これから住み着く予定のある地で、方便とはいえそんな嘘をくものではない。

 三人を除いて唯一、小人の正体を知っている太子は、小人のことを話題にして何度かトシュをからかおうとしたが、トシュがけろりとしている横でセディカの方が耐えがたい顔をするからだろう、そのうちにやめた。両親の感謝感激ぶりに比べれば冷めていただろうけれども、それは国王夫妻の方が大仰なのである。セディカを見めるようなことは別になかった。
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