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残酷な描写あり R-15
帝国の死
「ああ~スッキリしたわぁ! やっぱり王様の風呂ってのはデカいんだなぁ」

 玉座の間の階段から、カクトがケラケラと笑いながら戻ってきた。
かつてアルマデス王が纏っていた黒き玉衣を勝手に身に着けている。

「お、お帰りなさいませカクト様……」

 口に出すのもはばかられるその男の名をアーサスは口にする。
玉座の間の中央に敷かれたカーペット、その両端に兵士たちが整列して並んでいた。

「おうアーサス! 早速俺をお出迎えとはいい心がけじゃねぇか! クヒャヒャ! 気に入った! お前ら全員俺の家来にしてやるよ!」

「……感謝いたします」

 本当はすぐにでも抜剣したい気持ちを堪えて、必死にティモンの命令を守ろうとした。
『カクトに逆らうな。犠牲者を出さないために』
ひたすら忠実な家臣として、新たな王に屈服する意思表示を演じた。

「それにしてもお前らの手際ってのはなかなかのもんだなぁ! すっかり薄汚ねぇ死体どもが片付いてるしよぉ。こういう仕事に慣れてるって感じぃ?」

「我々は軍隊です。死体の後処理については熟知しております」

「ああ、そっかそっかぁ。まぁでも、ちょっと血の跡とか壁の穴とかが残ってるのは気に入らねぇけどよぉ。せっかく俺の門出祝いだってのに、こりゃ台無しだわ」

「……申しわけありません。早急に清掃したために、そちらまで手が回りませんでした。明日までに壁の修繕と床の拭き取りを行います」

 アーサスの従順さを満足そうに聞き流しながら、カクトは玉座へと近づいていく。

「あっそう。まぁそんなことはいいや。それよりも俺腹立ってるんだよねぇ。さっきのクソあま、ムカついたからぶっ殺してやったわ」

「ッ!!」

 アーサスは目を丸くする。カクトを浴場まで連れて行ったメイドは、宮廷でも篤実でもの静かな、兵士たちからの信頼も厚い女だった。

「……何故、彼女を殺したのですか?」

「いやさぁ、あのクソ女に俺の身体洗わせてやったわけよ。そしたら俺ギンギンになっちまったから、クソ女に『咥えろ』って命令したんだ。でもあの女俺の命令を拒否りやがってさ。……傷ついちゃうよなぁ? 俺に気のある素振り見せといて、直前になったらフるとか。ビッチの処女膜女が!」

 ガンッ! と新しく用意された玉座をカクトは蹴り飛ばす。
慌ててカクトの親衛隊となった兵士の一人が駆けつけ、玉座を立て直す。

「……彼女を、慰みものにしたのですか?」

「んあ? そうだけど? だってこのままじゃ男としてプライドが傷つくし、犯しておかねぇと気が済まねぇじゃん? 童貞捨てたのがあんなクソ女だってのはムカつくけど、顔は良かったしプラマイゼロかな? まぁ俺はこの世界の王だし、もう俺が抱けねぇ女なんざいねぇけどなぁ!」

 クヒャヒャヒャヒャ!
下卑な笑い声が玉座の間に震撼する。

(もはやこの男は、女性のことを己の欲望を満たす道具としか思ってない……ミザリム、君の最期をこんな風に迎えてしまうなんて気の毒でしかないよ)

 カクトにバレないように、そっと手で十字を切る。
これからどれだけ、祈りを捧げなければならない相手が増えるのだろう?

「あれぇ? ところでさぁ、ティモンの奴が見当たらないんだけど」

 玉座にどっかりと腰を下ろしたカクトは、キョロキョロと辺りを見渡す。

「……ティモン様は今、心労が祟って自室でお休みになっております」

「は? 何で俺の許可なく勝手に寝てんだよ?」

 肘掛けに置かれたカクトの手がピクピクと震え出す。
ダンッ! と玉座の背を拳で叩きつけた。
アーサスたちは一瞬で青ざめる。
まずい! このままだとティモン様の命まで……。

「俺、ちょっと連れてくるわ」

 カクトがのしりと立ちあがり、苛立った手を大きく広げる。

「し、しかし! まだティモン様のご容態が……」

「ワープホール!」

 途端にカクトの前に黒い靄が出現する。
カクトは靄の中に手を突っ込み、乱暴に腕を手前に引いた。
すると、髪の毛を鷲掴みにされたティモンが靄から現れる。
よろめき悲鳴を上げるティモンの腹に、カクトは鋭く膝蹴りを入れた。

「ガッ! うぅ……」

 その場で蹲るティモン。顔色はまだ血の気が失われたままだった。
そんな病み上がりの者に気遣う様子もなく、カクトは二撃目を顔面にぶち込む。
ティモンはそのまま仰向けに倒れ、鼻から血を垂れ流して両手で庇った。

「おらジジイ! 俺の許可もなく勝手にサボってんじゃねぇぞ? お前には聞きたいことが山ほどあるんだからさぁ」

「も、申しわけありませんカクト様……」

 ティモンは半泣きの目を向けながら、慌てて半身を起こしてカクトに頭を下げる。
カクトはまだ嗜虐的な眼光を失っていなかった。
だがしばらく震えるティモンを見下すと、飽きた素振りで玉座へと踵を返す。

「まぁいいや。ジジイを甚振って興奮する趣味なんて俺にはねぇからよぉ。やっぱリョナるなら女だよな女!」

 カクトはまたクヒャヒャ! と一人高笑いを轟かせる。
己の下劣さを隠そうともしないカクトに、家来たちは鼻白む表情を見せた。

(老人だろうが容赦なしか……この男は怒りの矛先を自制するつもりなどないようだ)

 アーサスは心の中で改めてカクトの横暴を思い知る。

「おら、さっさと立てよジジイ! ……んじゃ、まずはえっとぉ、この国のことでも聞いておくか。俺は日本から来たばっかりで全然異世界のこととかわかんないからよぉ。まずは情報収集しておかねぇと」

(……ニホン? 異世界? この男は何を言っているんだ?)
「わ、わかりました。全てお話させていただきます」

 鼻の血を拭って、ティモンはノロノロと立ち上がる。
本当は足が震えて立ち上がることすらままならない状態だったが、今立たねば永遠に立てない身体にされてしまう。慎重に言葉を選びながら、ティモンは王国について説明し始めた。

「……あなた様が今いらっしゃる国は、ミチュアプリス王国と言います。100年前に国家が建設されてから三代に渡る国王陛下さま方が……いや、四代に渡る国王さま方が国を統治されてきました。5万人規模の小国であり、このファース大陸では最も小さな国だと言われております」

「んだよ、せっかく俺が王になってやったってのに最弱なのかよ! それにしても『ミチュアプリス』ってクソ長ぇな」

「……す、すみません。それで、このミチュアプリス王国は近隣国との多角貿易によって経済を成り立たせております。資源を他国から輸入して、それを国内で加工生産してまた他国に輸出する。いわば商業都市としての役割を果たしております」

「つまり日本みたいな国ってことね? 何かそういうのって気に入らねぇなぁ。要するに他の奴らに媚びねぇと何もできないクソ国家ってことだろ? 貿易してるっつってるけど、この国って金持ってんの?」

「い、いえ、それが、この国は今財政難に陥っておりまして……それというのも、2年前に疫病が流行り、大量の失業者や病人が溢れ返ってしまったためです。働き手の確保も碌にできておらず、国家予算も十分に賄えない状況なのです。疫病が収まった今でも影響は甚大であり、国の再建の目途もまだ立っておりません」

 ティモンは貧民地区の惨状を思い出しながら胸を痛める。
カクトはそんな不景気な話にうんざりとため息をついた。

「んな所まで日本に似るなよ。国家って奴は異世界に来てもクソなとこばっかだな。だったら他の国の奴らに金でもせびりゃいいんじゃねぇの?」

「そ、それは無理でございます! このファース大陸全土は我々の国も含め、カマセドッグ帝国に支配されているのですから!」

「は? 支配?」

 その時、カクトのこめかみがピクリと動く。
その『支配』という言葉を聞き、ひどく嫌悪の表情を見せた。

「は、はい。左様でございます。カマセドッグ帝国は軍事大国であり、30年前の魔法大戦の戦勝国でもあります。我々連盟国が降伏を帝国に宣言した時、彼らは莫大な貢ぎ物を差し出せと条件を提示しました。我々は停戦のために止むなくそれを受け入れ、今でも年に一度カマセドッグ帝国に来貢せねばならぬのです。近隣国でもそれは同様であり、どこの国でも財政が逼迫しております。とても我々に金を貸し付ける余裕などないのです」

「あ~そう……つまりそのカマセドッグ帝国とやらが諸悪の根源ってことね」

 カクトは適当に結論を出すと、スクリと玉座から立ち上がる。

「んじゃ、今からそのカマセドッグ帝国とやらを滅ぼしにいくかぁ! ティモン、お前も来いよ!」

「えっ?」

 唐突なカクトの宣言にティモンは面食らう。何を言っているのか理解が追いつかず、しばらく放心を続けた。

「お、お待ちくださいカクト様! それはあまりにも無謀でございます!」

 アーサスが慌てて駆け寄り、進言する。
額に冷や汗を流しており、血相を変えていた。

「カマセドッグ帝国は20万の軍隊を持つ軍事大国です! 魔法兵器の所持数も桁違いであり、1万の兵しか持たぬ我々が戦った所で勝ち目などありません! 何よりカマセドッグ帝国には、あの天才軍略家の皇帝ギスタルが――」

「うるせぇよば~か! 俺が滅ぼすっつってんだから滅ぼせるに決まってんだろ?」

 カクトはアーサスの諫言を止め、不敵に口元を歪める。
そして手をかざし『ワープホール!』と唱えた。

「アーサス、お前も来い。面白いもん見せてやるよ」

 そしてカクトはワープホールへと消えていく。慌ててティモンとアーサスはカクトの後を追った。

 
 三人がワープした先は、高山の天辺だった。その山頂から見下ろすと、圧巻の広大さを誇るカマセドッグ帝国が一望できた。ミチュアプリス王国の国土を優に20倍は超える大都市には、豆粒大に映る大勢の市民たちが行き交っている。

「か、カクト様! すぐにこの場所を離れましょう! この山はカマセドッグ帝国の所有地です! もし我々がここにいることが見つかったら、越境行為として国際裁判に――」

「んじゃ、滅ぼすとすっか♪ ファイアボール・ギガント!」

 カクトが呪文を唱えると、カマセドッグ帝国を覆う青い空に、赤い魔方陣が現れた。
そこから巨鳥の卵が産み落とされるように、巨大な火球が墜落していく。


 ヒュルルルル……

 バガアアアアアアアアアンッッ!!!!


 大地と空が、夕日のように赤く染まった。
轟音とともに広がった爆炎のドームが、瞬く間にカマセドッグ帝国の全てを覆い尽くす。
熱波が山の頂上にまで届いた。赤黒いキノコ雲が、爆心地から朦々と浮かび上がる。
火災を報せる鐘の音も、人々が上げるはずだった悲鳴も一切聞こえてこない。

 カマセドッグ帝国は呆気なく終焉を迎えた。


「クヒャヒャヒャヒャヒャ! ヒャヒャ! クヒャヒャヒャヒャ!!」


 カクトは身体をのけぞらせ、嬉々満悦とした笑い声を上げた。
アーサスはただ顔面蒼白となって、真っ黒になった大都市を見下ろす。
ティモンは顔の色も声も失って、力なく膝を折って崩れ落ちた。

(……こんな、こんなことがあり得るのか? あの国には、80万人の人間が生きていたのに、たった一瞬で、全部失われてしまった……それで、私は、この現実を、どう受け止めればいいのだ?)
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