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残酷な描写あり R-15
暗殺の決起
「奴を殺すべきですアーサス将軍! あの簒奪者の暴虐をもはや見過ごすことなどできませんッ!!」

 ミチュアプリス王国の兵舎の一室で、義憤と殺意の叫びが轟いた。兵士たちが寝静まる深夜2時を過ぎた頃、二人の男が密会を交わしていた。

「落ち着けギラム。声を荒げるな。誰かに聞かれでもしたらどうする?」

「そんな悠長なことを言ってる場合ではございません!? あの男はもはや生かすべきではない悪魔の化身です! アーサス将軍も昼間の惨劇を忘れたわけではないでしょう!?」

 義憤に駆られた無骨な男・アーサスの右腕にして将軍のギラムは、苦悶の表情で仲間の死を思い出す。

「マカドは最後まで立派だった! だが虫けらのように嬲り殺された! 誇り高きミチュアプリス兵たちの尊い命を踏みにじられたのに、どうして黙ってなどいられるものかッ!!」」

 煮え滾る激情を抑えきれず、ギラムは吠える。ダンッ! と机を叩きつけ、その揺るぎなき信念を己の上官にぶつけた。

「……ああ、わかっている。タナカカクトがもはやミチュアプリス王国を脅かす凶悪な暴君であることなど。だがだからこそ、我々はミチュアプリス王国を守るためにも、冷静に戦況を見極める必要があるのだ」

 アーサスは激昂して興奮するギラムを宥め諭す。飽くまで冷静沈着な姿勢を貫き、今の偽りの王に対する情報分析を始めた。

「タナカカクトは我々の想像を超える強大な魔術師だ。あのファース大陸で最強と謳われたカマセドッグ帝国ですら、一瞬で灰塵で帰すほどの絶大な魔力を誇っている。奴が初めて玉座の前に現れた時も、我が国選りすぐりの精鋭部隊だった親衛隊が全滅した。

 ……冷静になれギラム。敵の力量もわからぬまま戦いを挑むことが、どれだけ愚かなことか教えただろう? 私はミチュアプリス軍の全権を任される将軍として、無闇に部下の命を危険に晒すわけにはいかんのだ」

 アーサスはその部下の中にギラムも含まれることを暗に示す。軽率な判断で無駄に命を散らしてほしくない。だがギラムの怒りは鎮まる気配がなかった。

「……だったら、このまま指をくわえて奴の殺戮を見過ごせというのですか!? 俺はミチュアプリス王国に命を捧げた戦士だ! 国が蹂躙されるのを目の当たりにしながら、命が惜しいから戦わぬなど! そんなもの、己の魂を殺したのも同然だッ!!」

 アーサスの保身的な説得を聞かされる度に、むしろギラムの義侠心は大きく膨らんだ。拳を叩きつけてわななく身体には、もはやアーサスの及び腰な言葉など響かない。ギラムは椅子を蹴って立ち上がる。

「……アーサス将軍、あんたにはならず者の俺を拾ってもらった恩義がある。あんたが国へ捧げる真心と忠義があったからこそ、俺はあんたに惚れたんだ。

 だが、今はどうだ? 尤もらしい理屈を並べるだけで、けっきょく自分の命が惜しいだけではないか!! 何のために将軍の地位になど就いている!? 俺は例えあんたの命令に背こうとも、己の正義を貫くぞ!!」

 そう啖呵たんかを切ると、ギラムはあっという間に兵舎から出ていった。乱暴に開け放たれた扉からは、夜の隙間風がビュービューと吹き荒む。

「待てギラム!! 何をするつもりだ!? 戻ってこい!!」

 アーサスは立ち上がって手を伸ばす。だが制止の声を上げた時には、既に部下は己の声が届かぬほど遠くに行っていた。

 アーサスはもはやギラムの跡を追うことができない。
今の自分など、かつての右腕が詰り誹った通り、ただの腰抜けでしかなかったのだから。



 真夜中、ギラムはミチュアプリスの王城を一人歩く。道すがら見張りの兵士たちとも幾人か顔を合わせた。

「ギラム将軍? こんな夜更けにどういったご用向きですか?」

「なに、俺も今日は自分で見回りをしようと思っただけさ。城内の兵たちがちゃんと役目を果たしているか確認しようと思ってな」

「は、はっ! お疲れさまであります!」

 見張りの兵士が敬礼する。だがギラムは敬礼を返さず、ずんずんと階段を登っていった。そしてそのまま廊下の角を曲がり、王室の扉の前に立つ。

 ギラムは慎重にドアノブを回す。だが途中でつっかえてしまい、動かせなくなった。やはり鍵がかかっている。そこでギラムは懐からロックピックを取り出し、鍵穴に差し込んだ。物音ひとつ立てず開錠に成功した。

(ふん、俺は元々腕っぷしの盗賊だ。この程度の錠前朝飯前だぜ)

 ゆっくりと隙間から身体を滑らせて王室に侵入する。息を殺したまま忍び足でベッドに近づく。すると目論み通り、ベッドの上でカクトが眠っていた。厚い掛け布団越しに胸が上下しており、大きな寝息を立てている。この分だと朝までぐっすりだろう。

 ギラムは音もなく、腰に携えた剣を引き抜いた。そして剣柄を逆手に握りしめ、カクトの喉元に刃を向ける。そのまま天井に向かって勢いよく振り上げた。

(死ねえええええええええッ!!)

 怨恨と全力を込めた一撃をカクトに振り下ろす。

 ガキィィィィン!

 だが瞬間、剣は弾き飛ばされた。思わずギラムは柄から片手を離してしまい、よろめいて後ずさる。すぐに態勢を立て直して視線を戻すと、カクトは傷一つ付いていない。殺そうとした男の全身が、半透明なガラスのような壁で覆われていた。

(な、何だコレは!? まさか、眠っているのに魔法を使ったというのか!?)

 半透明のガラスがギラムの見開いた目を映し出す。強靭で強固で、もはや何も突き通すことができないほどの厚い壁。それでもギラムはカクトに再び渾身の一撃を振りかざした。

 ガキィィィン! ガキィィィン! ガキィィィン!

 だが何度攻撃しても障壁によって剣が弾かれる。そして五撃目が放たれた時、とうとう刃が折れてしまった。

(ならば首を絞めて殺してやるッ!!)

 折れた得物を投げ捨て、ギラムはカクトの喉元に腕を伸ばす。だが次の瞬間、指先に稲妻が流れたような激痛が走った。

「ぐああッ!!」

 そのあまりの衝撃に手を庇い、思わずギラムは床にうずくまってしまう。

「あれぇ? もしかしてお前、俺のこと殺そうとしてたぁ?」

 床にひざまずくギラムの頭上に、惚けて舐め腐った声が降り注ぐ。いつの間にかカクトが眼前に立っており、嗜虐的な笑みで見下していた。

「タナカ……カクトッ!!」

 ギラムは痛みを堪えながら立ち上がり、頭蓋を粉砕せんと強烈な拳をカクトに放つ。だが次の瞬間、ギラムの身体が宙を舞った。突風に攫われたように弾き飛ばされ、壁際に強かに背中を打ち付ける。

「クラフトニードル!」

 無情な呪文とともに四本の黒い針が発射された。
壁に叩きつけられたギラムの両手足が、血飛沫を上げて射貫かれた。

「があぁッ!!」

 ギラムは骨肉を突き破られた苦痛で叫んだ。もはや血塗れの四肢には力が入らず、身体をピクリとも動かすことすらできない。

「あ~あ、また俺に逆らおうってバカが出てきちゃったよぉ。『パーフェクトガード』がある限り俺は無敵だけど、いい加減こんな風に夜叩き起こされんのもうざってぇなぁ」

 カクトは壁に磔となったギラムを昆虫の標本のように眺め、ニタニタと嘲笑う。

「でもま、ちょうどいいや。明日お前を公開処刑すっから♪ 間抜けが一人釣られたおかげで明日の楽しみが増えたわぁ!」

 カクトは『ワープホール』の呪文を唱える。完全に無力となったギラムの身柄が黒い靄に包まれ、ミチュアプリス王国の牢獄まで転送された。
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