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残酷な描写あり R-15
大義なき戦争
 ミチュアプリス王国1万の軍勢は、ディファイ王国の城壁を包囲した。騎乗したアーサスはミチュアプリス軍の最前に立ち、城壁の上に立つディファイ軍と対峙する。それを見下ろしたディファイ王国の将軍ダルゴは、侵略者アーサスに向かって怒声を上げる。

「アーサス! 貴様我々ディファイ王国に何用があってかような軍隊を連れてきた!? 早急に立ち去れぃ!! さもなくば貴様の全身を射貫くぞ!!」

 城壁の弓兵たちが矢を番えて構える。だがそんな物々しい光景を前にしても、アーサスは冷静に相手を諭した。

「……ダルゴ、大人しく降伏しろ。さもなくばディファイ王国は滅ぼされることになる。わかってくれ」

「だまらっしゃい! 貴様らの横暴な要求になど我々は屈しはせんぞ!! 弓矢部隊! アーサスに矢を射かけいッ!!」

 城壁の兵士たちが一斉に矢を放つ。だが攻撃が届く前にアーサスは馬を翻し、自軍の前線部隊の元まで戻った。

(……やはり降伏には応じぬか。私とて、こんな戦いなどしたくはない。だが、命令に逆らえば私だけでなく、私の軍の兵士たちとて皆殺しにされてしまうやもしれない。私はミチュアプリス王国の将軍として、王命に逆らうわけにはいかんのだ)

「全軍! 城壁を登り開門せよ! 一気に城を攻略する! 突撃ぃッ!!」

 そしてディファイ王国を取り囲んだミチュアプリス軍が一斉に突撃した。梯子や破城槌はじょうついを持って城壁を攻める。だがディファイ軍の抵抗は激しい。戦力は2万兵に上り万全の防御態勢。ミチュアプリス軍の誰一人として城壁に登らせず、城門にも近づけさせない。城壁の上から矢を射かけ、爆弾を投げる。ミチュアプリス軍は瞬く間に死屍累々となった。

(ダメだッ!! 急遽遠征が決まったために、碌な攻城訓練もしていない! 攻城兵器も依然旧式のもので、まるで役に立ってない! このままでは無駄に兵の命を散らすだけだ!)

「全軍! 一時撤退ぃ!! 無駄な消耗は避けるのだぁッ!!」

 アーサスの号令とともに、鼓笛部隊の太鼓の音が一斉に響く。そして城壁を攻めていたミチュアプリス軍は津波が引き下がるように後退した。



 アーサスはその日の夜、自軍の陣営に戻り、天幕を張った本陣で戦況報告を聞いていた。今回の自軍の犠牲者の数は2000人。甚大な被害だった。アーサスは無駄に命を散らしてしまった兵たちを思い胸を痛める。

「……これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。このまま何の策もなく城を攻め続ければ、ただ悪戯に兵を失うだけだ。我々の勝機は限りなく0に近い」

 アーサスは配下たちに将軍らしからぬ弱音を吐く。だがそんな彼を責めるものなど誰もいなかった。

「……アーサス将軍、今のうちに撤退しましょう。夜の闇に紛れて、敵軍が攻勢に出る前にミチュアプリス王国に戻るのです」

 配下の一人が提案する。だがアーサスはしばらく苦渋の表情で悩んだ後、首を横に振った。

「いや、ダメだッ。そんなことをしたらカクト様が何を仕出かすかわかったものじゃない。私一人の命で責任を取れるのならばともかく、あの方は我が軍の兵士たちを全員皆殺しにしてしまうやもしれない。我々にはもはや安全な退路などないのだ」

 配下たちが顔面蒼白になる。カクトの力を目の当たりにしている以上、誰もアーサスの言葉に異議を唱えられる者はいなかった。

「……で、ですが、このままディファイ王国と戦い続けるのですか? 我々に勝ち目などないというのに」

 配下の率直な疑問にアーサスは再び沈黙して悩み入る。だがその時、配下の魔術師が一歩近づいて進言した。

「ならば、我々は魔術を使う他ないのではないでしょうか?」

「ッ!!!」

 その提案に一斉に、アーサスを含むその場の軍人たちが振り向いた。魔術師はその視線の圧に怯んでしまうが、それでも自分の意見を述べた。

「『ストーンアバレンチ』の魔法を唱えれば、大岩をぶつけて一瞬で城門を打ち破ることが可能です。城門さえこじ開ければ、全軍が一気に城内に攻め込むことができるでしょう」

「いやならん! 攻撃魔法を使うなど! 魔法大戦の悲劇を忘れたのか!?」

 アーサスは椅子を蹴って立ち上がり、強く否定する。

「我々が攻撃魔法を使えば、敵軍が何をしてくるのか考えてみろ! 当然敵も攻撃魔法で応戦してくるはずだ! だが攻撃魔法の力とは強大であり、人間の手に負えるものではない! 強大な魔法を使えば、強大な魔法で報復される! 魔法を一度でも使ってしまえば、敵も味方も大勢の人間が死ぬことになるのだぞ!!」

 本陣の軍人たちの脳裡には、30年前の戦争の恐ろしい光景がまざまざと蘇る。誰もが重い沈黙に包まれた。

「……し、しかし、これ以上我々に打つ手はあるのですか? 果たして本当にこの戦争を続けるべきなのでしょうか?」

 アーサスは、配下たちが猜疑の目で自分を見つめている事に気づく。誰もがこの戦争の意義を失っていた。勝つこともできず、負けることすら許されない。自分たちが命がけで果たすべき使命とは何なのか。長年戦場に身を投じてきたアーサスでさえ、その答えを見出すことができなかった。

「……とにかく、今は時間を稼ごう」

 アーサスは苦肉の策を提案する。

「……明日からも城を取り囲むが、決して攻めず敵軍の出方をうかがうだけにする。最低限戦っているフリをしてカクト様への体裁を保つ。そしてこの戦争でこれ以上犠牲者を出さないようにするのだ」

 アーサスの消極的な作戦に、誰もが首を捻らざるを得なかった。



 戦争から3日が経ち、ミチュアプリス軍とディファイ軍はにらみ合いとなっていた。戦力的に圧倒的に優位なディファイ軍といえど、流石に8000の軍勢相手に総攻撃を仕掛ければ、甚大な被害が出ることがわかっていた。なので総大将であるダルゴ自身も、ミチュアプリス軍が諦めて撤退するのを待っていた。

「アーサスよぉ!! 攻められぬというのに城を包囲するなど、貴様は本当に戦う意志があるのかぁ!? 戦う意志がないのなら早急に立ち去るがいい! これ以上犠牲者を増やしては貴様の将軍としての沽券こけんに関わるぞぉ!!」

 ダルゴは遠く離れた最前線に立つアーサスに勧告する。アーサスは退くことも進むこともせず待機する。だが大軍を連れたことが原因で、兵糧もどんどん減っていた。このままただ城の包囲を続けるだけの戦略など愚策だろう。アーサス自身もそれはわかっていた。

(……どうすれば、どうすればいい? この戦争で可能な限り犠牲者を出さず終わらせる方法などあるのか?)

 堅牢なディファイ王国をアーサスは馬に跨って睨み続ける。額からは汗が止まらず、ずっと正しい判断が迷宮入りとなっていた。

「そろそろ交代の時間だぁ!! 敵軍は怯んで我々を攻めるつもりがない! だが決して油断するなよ! いつ血迷って我々の城に攻めてくるかわからんからなぁ!!」

 気を引き締めた顔つきでダルゴは城壁の兵士たちに呼びかける。兵士たちは少し安堵の表情を見せ、次々と階段を降り始める。

 だがその時だった。

「ダ、ダルゴ将軍! あれを!!」

 配下の一人が上空を指差す。するとそこには黒い靄が出現していた。それと同時に地面から巨大な黒い針がせり上がってくる。あまりに突然異様な物体が出現したことで、ミチュアプリス軍もディファイ軍も呆気に取られて目をみはった。

 空中の黒い靄から人影がそっと降りてくる。その正体は、ミチュアプリスの現王・タナカカクトだった。

「あれぇ? アーサスぅ、お前なんで城攻めてないのぉ?」

 カクトは巨大な黒い針の先端に立つ。だが同時に『パーフェクトガード』が自動発動して、王の足を傷つけることはなかった。アーサスは思わずカクトから目を逸らす。カクトにも既にこの戦争の情勢が報告されていたのだ。

「でさぁ、何? ティモンから話聞いたんだけどお前ら苦戦してるんだって? 何で3日も経ってるのに城を落とせてないわけぇ? 計略使えよ計略」

「ふ、不甲斐ない真似をしてしまい申しわけありません……」

 アーサスは謝罪するが、カクトは興味を失ったように視線を外す。そして今度は城壁の上に立つダルゴを見下ろした。

「うぬっ!? 貴様がタナカカクトか!? 傍若無人な王め! 今この場で仕留めてやる! 全軍矢を射かけいッ!!」

 弓矢部隊が一斉に弓を上空に向けてカクトに矢を放つ。

 カンッ カンッ カンッ

 だが『パーフェクトガード』によって全て防がれ、一本分のやじりすらカクトを射貫くことができなかった。

「くッ! 矢は効かんか……ならば魔術部隊ッ、前に出ろ! 『ウィンドカッター』を唱えるのだぁ!!」

「だ、ダルゴ将軍!? ですが攻撃魔法は国際条約で禁止されているはずでは!?」

「構わんッ! 全責任は儂が取る! とにかく魔法を唱え奴を仕留めるのだぁ!!」

 魔術師たちはしばらく躊躇いを見せた後、総指揮官であるダルゴの命令に従って呪文を唱える。カクトの周囲には鎌鼬が発生し、カクトの身体を切り裂かんと襲い掛かる。

 ビュゥッ! ガキィィン! ビュゥッ! ガキィィン!

 だが鎌鼬は全て『パーフェクトガード』によって弾かれ、カクトは全くの無傷だった。

「あのさぁ、お前ら。それで本気で俺を殺せると思ってんのぉ?」

 カクトは小指で耳の穴をかっぽじって、自分の周りに吹く風を耳障りそうにした。そしてディファイ王国の城壁に向かって手を広げる。

「魔法ってのはこう使うんだよ。ファイアボール・メガ!」

 突如として、空に赤い円陣が開かれる。そこから巨大な火の玉が現れた。

「ま、魔術部隊! 防御魔法を唱えよぉ!!」

 ダルゴの命により、魔術部隊は慌てて空に手をかざして魔法障壁を発生させる。だがそれは何の抵抗にもならなかった。圧倒的に巨大な火の玉が魔法障壁を突き破り、そして城壁へと墜落した。

 バアアアアン!

 爆音とともに城壁の半分が抉れる。抉れた大地から、黒い煙だけが朦々と立ちのぼる。ダルゴと城壁を守備していた兵士たちは跡形もなく消し飛んだ。

「あ~あ、やっとビュンビュンうるせぇのが止んだわ。蚊とか飛ばされてもうぜぇだけなんだよ」

 カクトの機嫌が悪くなる。そしてなおざりな口調で「ファイアボール・メガぁ。ファイアボール・メガぁ」と複数回呪文を唱えた。ディファイ王国に巨大な火の玉が何度も降り注ぎ、街中で一斉に炎の柱が上がる。

〝ギャアアアアアッ!!〟
〝タスケテェェェッ!!〟
〝アツイ!! アツイィィ!!〟

 人々の阿鼻叫喚が全土で響き渡る。もはやカクトの魔法で何人死んだのかもわからなかった。

「か、カクト様ッ!! もうおやめくださいっ!!」

「あ?」

 アーサスは地面から必死な声で呼びかける。だがアーサスを見下ろすカクトの瞳は冷淡なものだった。

「これ以上他国を滅ぼしては、我々に貢ぎ物を送る国家がなくなってしまいます! そうなればミチュアプリス王国の財政難だって解決できません! ここはどうか敵をお許しになり、敵の降伏を受け入れてください!!」

「……ああ、そういえばそんな理由で戦争始めたんだっけ? 負け犬の役立たずのお前に指図されるのはムカつくんだけどぉ」

 カクトは手を広げたままディファイ王国を見下ろし考えを巡らせる。だがしばらく炎の柱の群れを眺めると、ニコッと笑顔を作った。

「んじゃ、ここの王さまの首と引き換えに許してやるかぁ♪ 俺ってなんて優しいんだろ? こんなゴミ虫どもを生かしておいてやるなんて、寛大すぎて涙出るわぁ!」

 そしてカクトは『ワープホール』を唱え、ディファイ王国の玉座の間に侵略した。
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