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残酷な描写あり R-15
オベデンス王国の秘策
「何ということだ!! マーキナス陛下がカクトに殺されてしまうとはッ!!」

 敗戦後のディファイ王国の賢者会議室にて、賢者アラバドの嘆きの声が轟いた。アラバドはひたすらに涙を流し続け、対面に座るオベデンス王国の賢者ケンリュウに悔恨の念を唱える。

「マーキナス陛下はディファイ王国の仁君であり、吾輩の友でもあった! 陛下は民も臣下も心からお慈しみになり、吾輩自身も敬愛していた! その陛下が、吾輩が駆けつけた時には、あんな惨たらしい姿に……ッ!!」。

 目頭を押さえ、アラバドはさめざめと泣き続ける。だがそんな彼を慰めもせず、冷徹な声でケンリュウは言い聞かせる。

「アラバド、過去をどれだけ嘆いても変わりません。人間は所詮未来を見据えることでしか生きられない生き物ですから」

「黙れ! そんな簡単に割り切れるものか! マーキナス王は国の柱であり、吾輩の心の支えでもあった!! その希望を打ち砕かれた悲しみなど、貴様にわかるものかッ!!」

 とうとうアラバドの声は嗚咽に変わる。もはや目の前の客人の姿も目に入っていない。それでもケンリュウは冷静に状況を把握しようとアラバドに問いかける。

「マーキナス王の死後、ディファイ王国はどうなったのですか?」 

「……マーキナス陛下の死後は、デウス王子がディファイ王国の王位を継承しなさった。だがまだデウス王子は13歳の子供であり、政治のことなど全く知る由もない! おいたわしいことだ。父親を亡くしたばかりだというのに、国の王政を担う重責を負わなければならぬなど……。吾輩はこれから先、本当にデウス陛下を支えていけるのか?」

「なるほど、デウス王子が跡を継がれたのですね。まぁ他にお世継ぎもいなかったですから妥当な判断と言えるでしょう。尤も、ディファイ王国の摂政がこの有様では国を立て直すことなどできるかはわかりませんが……」

「貴様に皮肉など言われなくてもわかっているわ! 吾輩が今平常心を失っていることなど! 吾輩は気持ちの整理をするために、こうして貴様に心情を吐露しているのだ!」

 アラバドはケンリュウに八つ当たりしながらも、目をごしごしと擦る。止まらぬ涙を無理矢理止めて、ケンリュウと真っすぐに視線を交えた。

「……ようやくまともに会議をする気になったようですね。ではそろそろ本題に入りましょうか。わざわざワタクシを敗戦直後のこの国に呼んだということは、何か我々オベデンス王国に頼み事があるからではないのですか?」

 問いかけられたアラバドは口を開くのを躊躇う様子を見せる。だがやがて少しずつ言葉を切り出した。

「……現在ディファイ王国はカクトの魔術によって街が半壊した。その影響で緊急で復興政策を進めなければならない状況だ。だが我々ディファイ王国はなかなか復興資金の調達の目途が立っておらず、今どうしても金が必要なのだ」

「なるほど、つまり我々オベデンス王国に借款を求めているということですね? ですがそれも難しい問題です。我々もミチュアプリス王国に莫大な貢ぎ物を送らねばならぬ状況なのですから」

 アラバドの要請に、ケンリュウは冷淡な返答をかえす。アラバドは心の乱れもあり、思わず狼狽を露わにする。

「ケンリュウ、貴様! よもや我々の国を見捨てるつもりではないだろうな!? 我々は長年和平条約を結んできた同盟国であり、経済的にも産業的にも相互依存関係にある! 今さら袂を分かてば、貴様の国とて大打撃を受けるぞ!!」

「その同盟を結んでいた一国が既に我々を裏切ったのです。もはや三か国経済協定など破綻したも同然です。ワタクシの祖国の宮廷会議でも、既にオベデンス王国の独立を主張する者が後を絶たない」

「そ、それは、確かに、ティモンの奴めは我々を裏切ったが……」

 アラバドは唸り声を上げ、言葉を詰まらせて押し黙ってしまう。もはや三か国が今までどおり友好関係を維持することは不可能だった。国家間の力の均衡が崩れれば、力を得た国が増長して他国を支配する。その歴史的事実を目の当たりにしたからこそ、アラバドは答えに窮してしまった。

 だがその時、代わりにケンリュウが口を開く。

「……ですが、同盟が白紙に戻ったからと言って、必ずしも我々が敵対関係にあるわけではありません。むしろワタクシは改めてディファイ・オベデンス王国間で同盟を結ぶべきだと考えております。もし我々と同盟を組む約束をしていただけるのなら、ある程度復興資金の融通をいたしましょう」

 唐突にケンリュウの態度が軟化する。アラバドは驚きの目で相手を見る。だがケンリュウがそんな生易しい同盟をタダで提案するはずがないことは熟知していた。彼は現実主義者であり、どこまでも打算的な男だった。

「……ケンリュウ、お前は一体何を企んでいる?」

「……言うに及ばす、我々には共通の敵がいるはずです。今度は和平などと生温いことは言わず、戦争をするための同盟を結ぶのです」

「ッ!!」

 アラバドは更に目を丸くして驚愕する。そしてケンリュウから視線を逸らし、悩み入る様子を見せた。

「……だが、戦争などひとたび起こせば、また30年前の魔法大戦のような悲劇を繰り返しかねないぞ? 再び世界滅亡の危機が訪れるやもしれん」

「わかっています。戦争の悲劇など百も承知の上で発言しております。それでもワタクシはカクトと戦うべきだと考えております」

 ケンリュウの断固とした決意に思わずアラバドは怯む。それでもあの悲劇の光景が脳裡に過ると、慎重にならざるを得なかった。

「……だが、タナカカクトは計り知れないほど絶大な魔力を誇っている。万が一軍事同盟を結んだなどと発覚すれば、奴は真っ先に我々二か国を滅ぼしにくるだろう」

「ならば、ここで手をこまねいて奴に永遠に頭を垂れ続けるつもりですか? 我々が今行動せねば、けっきょく奴に莫大な金を毟り取られて、国土は干上がって滅びるだけです」

 アラバドはなおも迷いを見せる。言葉を選んでケンリュウに質問を続けた。

「……だが、タナカカクトを倒す方法などあるのか? 実際ダルゴ将軍は勇敢にも奴と戦った。しかし奴には物理攻撃も魔法攻撃も効かず、そして一瞬で将軍は灰塵に帰したのだ。奴に対抗する術など……」

「策はあります。ですが、今はそれを教えるわけにはいきません。何しろ我々も交渉の途中ですから」

「何ッ!?」

 アラバドは椅子をガタン! と蹴り倒して立ちあがる。

「ケンリュウ! それは本当なのか!? 『交渉』とは一体誰とやっているのだ!? 我々を抱きこむための方便ではないだろうな!?」

「何の勝算もなくわざわざ敗戦国に訪れるほどワタクシは愚かではありません。我々には切り札があります。タナカカクトを仕留める『知恵の泉』が」

 ケンリュウは立ちあがったアラバドに不敵にほくそ笑む。

「……それで、あなたはワタクシの計画に乗るのですか? 乗らないのですか? 尤も、例え同盟を結んだとしても詳細をまだ明かすわけにはいきませんが。機が熟し、互いの信頼関係が築けたと判断できた時に、初めてあなたにも計画をお教えしましょう」

 ケンリュウはおもむろに席から立ちあがり、アラバドに真っすぐに手を伸ばす。アラバドはしばらく逡巡した後、やがてケンリュウの手を力強く握った。
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