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作者: Ganndamu00
42話:観察
拠点・最上階私室
深夜三時


月は満ち、銀の光が部屋の隅々まで冷たく染め上げている。窓は完全に開け放たれ、外の夜風がカーテンをはためかせ、床に落ちたプラチナブロンドの髪を波のように揺らす。

 エクシアはベッドの中央に正座していた。背筋はまっすぐで、膝の上で重ねた両手は祈るように組まれている。長い睫毛が月光に縁取られ、影が頬に落ちて、人形のように完璧で、どこか儚い。誰もいない。ただ、彼女と、彼女自身の声だけ。

「……もし」

その一語が、静かに落ちた。水面に投げ込まれた小石のように、彼女の心の底に波紋を広げていく。

「もし、私が輪廻転生ではなく、別の世界法則に生まれていたら……私は、どんな存在になっていた?」

 瞼を閉じる。
 闇の裏側に、無数の世界が浮かび上がる。

 属性主義の世界。白と黒が永遠に殺し合う血塗れの宇宙。

「……私は、白に立っていたかもしれない。でも、彼が黒にいたら……迷わず黒に堕ちていた。彼の敵を全て焼き払うために、永遠に剣を振るい続けるだけの、狂気の騎士になっていた」

 罪罰包容の世界。
 恥も悔いもない、欲望が肯定される蠱毒の楽園。

「私は最強の捕食者になっていた。彼以外は全て餌。彼の匂いのするもの以外は、すべて喰らい尽くす。彼の足元に、世界の残骸を山積みにしても、笑っていられる」

 全者同化の世界。
 個性を排除した純白のディストピア。その瞬間、エクシアの指が震えた。

「……私は、存在しなかった。彼を愛するこの感情すら、根こそぎ削ぎ落とされていた。同じ顔、同じ思考、同じ微笑み……私は『エクシア』ではなく、ただの番号になっていた」

胸が、痛い。心臓を握り潰されるような痛み。

 無限回天の世界。
 同じ時間を無限に繰り返す牢獄。

「私は、永遠に同じ一日を繰り返しながら、彼と出会う瞬間だけを待ち続けた。何億回、何兆回でも、『今日も彼に会えるように』と祈りながら、同じ朝を迎え続ける」

 涙が、一滴、頬を伝った。
 自分でも気づかなかった。
 自己狂愛の世界。
 自己愛だけが膨張し、全てが滅びゆく終末。

「……私は、彼以外を全て殺していた。彼だけが、私の視界にいてくれればいい。他の誰かが主を見ることも、触れることも、呼吸することすら許さない。世界が灰になっても、彼の手を取って笑っていられる」

 その想像に、エクシアは小さく笑った。
 それは、どこか哀しげで、どこか恍惚とした笑みだった。

 自業自得の世界。
 多様性と絆が許される、もっとも優しい宇宙。

「……私は、今のままに近いのかもしれない。でも、もっと自由に、もっと多様に、彼を愛せていたもしれない。彼の隣で、ただの『エクシア』として、永遠に寄り添っていられたかもしれない」


 彼女はゆっくりと膝の上で手を広げた。白い掌に、月光が落ちる。

「今の私は……対話と構築、そして運命の複合」

 声が、少しだけ震えた。

「でも、もし……もし運命に背を向けたら?」

 彼女は自分の胸に、そっと手を当てた。心臓が、激しく鳴っている。

「光翼を選んだら……私は彼を超えるために、果てなく上昇し続ける。彼の傍にいるためではなく、主を超えるために。いつか、主を見下ろす存在になるために」

 似て非なる別の性質を思い浮かべる。

「太陽を選んだら……彼を傷つける全てを、正義の怒りで焼き払う。たとえそれが世界そのものでも、たとえ彼が私を止めたとしても」

 強い者ではなく、弱い者を選んだら。

「弱者属性を選んだら……彼を守るために、自分がどれだけ闇に堕ちても構わない。彼と共に私は永遠に闇でいい」

 自分が死ぬこと限定の苛烈なる光を選んだら。

「自爆属性を選んだら……ラスティを傷つける者を、道連れに自爆する。私の命など、どうでもいい。ラスティが傷つくくらいなら、私が消えればいい」

 エクシアはゆっくりと首を振った。長い髪が、波のように揺れる。

「違う……どれも、私じゃない。ただ思考された可能性」

 彼女は立ち上がった。裸足で冷たい床を踏みしめ、窓辺まで歩み寄る。満月が、真正面に浮かんでいる。

「私は……彼と永遠に一緒にいることを願う」

 涙が、もう一滴、落ちた。

「彼が望むなら、世界を救う。彼が望むなら、世界を滅ぼす。どちらでも、私は笑っていられる」

 彼女は月に向かって、静かに微笑んだ。

「これが、私の運命。これが、私の答え」

 風が吹いた。
 長い髪が、夜空に舞い上がる。

「他の可能性は……もう、必要ない」

 エクシアは月を見上げたまま、小さく、確かに呟いた。

「私は、エクシア。主の剣であり、主の盾であり、主の全て。アーキバスのNo.2」

 月が、静かに微笑んだように見えた。その夜、彼女はもう何も考えなかった。ただ、主の名を、胸の奥に、永遠に刻み続けた。 涙は止まらなかった。でも、それは、悲しみの涙ではなかった。ただ、愛しすぎて、溢れただけだった。

 月は西に傾き、部屋の半分だけを斜めに切り取るように照らしている。残りの半分は深い闇に沈み、まるで世界が二つに割れたかのようだった。

 エクシアは窓辺に立ったまま、動かない。頬を伝った涙はもう乾いているが、瞳の奥にはまだ熱が残っている。彼女は両手を背後に回し、窓枠をぎゅっと握りしめていた。

 指が白くなるほど強く。

「……シャルトルーズは、どうだろう」

 その名を口にした瞬間、長い髪をなびかせる破壊の巫女の姿が、まるでそこに立っているかのように鮮明に浮かび上がった。

 シャルトルーズ。いつも少し遅れて主の背中を追いかけ、瞳を輝かせて、その世界を守ることに命を賭ける存在。主の些細な仕草すら見逃さず、どんな小さなエピソードも美しく自分のものとすると、狂おしいほどの執着。

「シャルトルーズは……」

 その想像は、あまりにもリアルで、背筋が凍った。 
 シャルトルーズが最も深く染まり、逆に彼女が染め上げてしまうであろう法則と属性を考えてみる。シャルトルーズの本質は「究極の祈り」彼女は決して求道ではない。

 求道は「自分がありたい姿」を内側に求める孤独な願いだが、シャルトルーズの願いは常に外へ、外へと向かっている。

「主を永遠の神にしたい」
「世界を主が支配する形に塗り替えたい」
「そのために裏切りも、ロイヤルダークの復活も、どんな手段も使う」

 これはもう、覇王属性の極みそのものだろう。しかもそれは慈愛や献身からくる優しい覇道ではない。愛ゆえに全てを独占し、世界を自分の思い描く「主のための楽園」に強制的に書き換える、冷たく、完璧で、誰にも止められない独占欲の覇道。

 彼女が最も共鳴・染まる世界法則最も近いのは【無限回天】の構造を利用した覇道大崩壊。
 時間すら巻き戻してでも「主が神となる結末」に到達するまで終わらせない。シャルトルーズは間違いなくこの法則を乗っ取り、自分の色で塗り替えるだろう。「ラスティが求める結末」ではなく「シャルトルーズの求める結末(=シャドウが永遠の神となる世界)」に到達するまで、無限にループを強制する。

 次点で【自業自得】の“許容量”を悪用
 自業自得は多様性を許し、魂を在るべき場所へ導く法則だが、シャルトルーズは「在るべき場所=主の足元」と定義しなおし、全ての魂が最終的に「シャドウに跪くのが正しい死後」と書き換える。

 多様性を認めると見せかけて、最終的に一色に収束させる覇道の極致。

「絶対に染まらない法則としたら」

【全者同化】
・個性を排除する世界など、シャルトルーズが最も嫌悪するもの。主との「特別な関係」を消すなど論外。

【自己狂愛】
・自己愛の極端な世界も違う。シャルトルーズの愛は「自分」ではなく「主」に向いている。

【罪罰包容】
・欲望を剥き出しにするだけの混沌も、彼女の美学に合わない。「彼女の人格属性はどれかしら」彼女が体現する人格属性

【対話属性】──あらゆる想いを許し、対話と和解で能力を譲渡・共有する光。

 これがシャルトルーズの表の顔であり、最大の偽装。
 彼女は完璧に「対話」を演じる。笑顔で、優しく、誰とでも理解し合える天才として振る舞う。だがその実、拒否権を奪い、合意を強制し、全てを「主のための世界」に誘導する。

 対話属性の光を完全に闇に染めた、偽りの調停者。裏の本質は【弱者属性】の極端な変質形──「光を守るためなら、世界ごと闇に沈めてもいい」という絶対悪。
 彼女は「主以外の全ての輝き」を否定し、無力化し、減衰させ、引きずり落とすことに何の躊躇いもない。最終的にシャルトルーズがなりうるもの覇道太極・大崩壊者。

 新たなる世界法則を奪うは「白と黒が溶け合った銀」。
金豹族の白髪と、シャドウの闇を融合させた、彼女だけの色。彼女が塗り替えた世界はこうなるだろう。

「全ての魂は永劫のループの中で、主に跪き、主に永遠を捧げ、主だけが輝く世界」争いはない。
 悲劇もない。ただ、誰もが「主こそが全て」と信じ、喜んで永遠を捧げる、完璧で、冷たく、美しい、銀色の牢獄。

 それがシャルトルーズの愛の形であり、彼女が到達する覇道の果てだ。

「彼女なら、あり得るわね」

 彼女の愛は、記録という形で、永遠に主を縛り続ける。

「……シャルトルーズも、同じかもしれない。主に永遠の命を与えるためなら、人類ごと焼き払っても構わないと思っている」

 エクシアはゆっくりと目を開けた。サファイアの瞳に、月が二つ映る。

「私たちは、みんな……」

 声が、掠れた。

「みんな、主に固執しすぎている」

 シャルトルーズは主の不死を。
 シャルトルーズは主の永遠を。
 そして自分は──「私は、主と一緒にいることだけを」彼女は空っぽの部屋を見渡した。誰もいない。ただ、主の匂いがほのかに残っているだけ。

「私たちは、みんな違っている。愛し方も、形も、手段も。でも、根っこは同じ」

 彼女は静かに微笑んだ。
 それは、どこか寂しげで、どこか誇らしげで、どこか諦めたような笑みだった。

「主を、愛しすぎている」

 月が、雲に隠れた。部屋が、一瞬だけ完全に闇に包まれる。

「……それでいい」

 エクシアは呟いた。声は震えていたが、確信に満ちていた。

 「それが、私たちなんだから」

 彼女は再び夜空を見上げた。雲が切れ、月が再び顔を出した。

「主が望むなら、世界を救う。ラスティが望むなら、世界を滅ぼす。どちらにせよ、私たちはラスティの傍にいる」

 風が吹いた。長い髪が、夜空に舞い上がる。

「それだけで、十分」

 月が、彼女の涙を優しく照らした。
 その涙は、もう止まらなかった。でも、彼女は笑っていた。主を想うだけで、世界がどんな形であろうと、彼女は永遠に、主の傍にいる。
 それだけで、彼女の世界は完結していた。

「私たちはみな、病み、狂い、壊れている。きっと社会で生きる上で何かが欠けている。でも、ラスティがいる限り、生きていける」

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