43話:対決
上級貴族寮へと続く石畳の並木道。
深夜0時47分
月は厚い雲に隠れ、街灯の橙色の光だけが濡れた石畳をぼんやりと照らしている。夜風が冷たく、二人の吐く息が白く立ちのぼる。
ラスティとエアリスが肩を並べて歩いていた。エアリスは少し頬を赤くしながら、時折ラスティの横顔を盗み見る。その後ろを、プラチナブロンドの髪を夜風になびかせたエクシアが、無言で、ただ静かに、護衛のように続いていた。
「……今日の対策会議は遅くなっちゃったわね」
エアリスが小さく呟いた。
その声が、まるで合図だったかのように。空気が、歪んだ。
「……っ!?」
ラスティが振り返るより早く、世界が完全に静止した。風が止まる。木の葉が空中で凍りつき、街灯の光すら揺れを失う。
遠くで鳴っていた夜警の鐘の音が、ぴたりと途切れた。
人払いの結界。
座標固定の魔法。
時間凍結の魔術。
空間隔絶の聖法。
四重の術式が、巨大な水晶の棺のように、半径五十メートルを完全に外界から切り離した。
「なんなの!?」
エアリスの叫びは、結界の内側だけで虚しく反響し、外の世界には一ミリも漏れない。次の瞬間。闇が、縦に裂けた。
黒いマントを翻し、カナタ・ストンケインが現れる。
(エクシアと分断されたか。この空間の時間は止まっているし、別次元に隔離された。用意周到なことだ)
普段の穏やかな好青年の仮面は完全に剥がれ落ち、
瞳だけが、燃えるような、凍えるような、狂おしいほどの決意に満ちていた。
「……悪いね、エアリス」
剣が閃いた。一瞬、いや、時間の概念すら無視した速度で、カナタの剣がエアリスの喉元に到達する。死は、確定していた。
だが。
ガギィィン! と甲高い金属音が、凍りついた空間を木霊した。ラスティの剣が、カナタの刃を弾き飛ばしていた。しかし衝撃波がエアリスの意識を奪う。
スタンダードな魔剣士の武器が月光を浴び、妖しく輝く。
「邪魔だ、ラスティ君」
カナタが舌打ちし、即座に体勢を立て直し、再び剣を振るう。今度はエアリスを完全に無視し、ラスティの心臓を貫くための一閃。ラスティは後退しながら、静かに、しかし確かに問うた。
「何故こんなことを?」
カナタは答える。声は静かで、どこまでも真剣で、まるで祈りのように。
「この世界の法則を変えるためだ」
ラスティは首を傾げた。授業中に手を挙げた学生のように、無垢に。
「輪廻転生は駄目なんですか?」
カナタは一瞬、剣を止めた。瞳に、深い、深い苦しみが宿る。
「今、救わなければ人達がいる。その人達を救わなければ」
ラスティはエアリスを背に庇いながら、静かに続ける。
「でも、エアリスは貴方が今から不幸にする。それは良いんですか?」
カナタの瞳が揺れた。剣を持つ手が、わずかに震える。
「良くないし、その咎は受ける」
己の行為がもたらす総幸福量が最大になるなら、どんな手段も許される。エアリス一人を犠牲にすることで、数億人の「今すぐの苦しみ」を救うなら、計算上は正しい。「全て終わった後に地獄へ行くさ」誰かが地獄に堕ちるなら自分が。
自己犠牲の倫理的トリックだ。
カナタの覚悟は確かに美しい。
「自分が永遠に咎を背負うから、他の人は幸せになれる」という自己犠牲。だがここに致命的な落とし穴がある。自己犠牲は「本人が本当に望んで」初めて道徳的価値を持つ。 しかしカナタは「エアリスの同意」を一切取っていない。
自分が地獄に堕ちる覚悟はあるのに、他人を地獄に落とすことには同意を取っていない。これこそが「他者を手段化している」決定的証拠に他ならない。
ラスティは小さくため息をついた。友達に説教するような、穏やかな口調で。
「不幸な人を救うのは立派だし、それでありたいと思います。だけど、その過程で幸福だったり普通の人を不幸にしたら意味ないと思いますけどね」
カナタは「結果を見ろ」と叫び、ラスティは「行為そのものを見ろ」と返す。
「未来の幸福」と「現在の幸福」の対決。
時間軸の倫理。
カナタが本当に憎んでいるのは輪廻転生ではなく、「幸福の先送り構造」そのものだ。
「次の生で報われるから今は我慢しろ」という仕組みは、まさに「未来のための現在犠牲」である。しかし皮肉なことに、カナタ自身の計画は「次の世界で全員が幸せになるから、今の一人を犠牲にしてもいい」という、同じ時間的先送り構造を再生産している。
ラスティが突きつけた最大の矛盾はここにある。
貴方は「未来のために今を犠牲にする構造」を破壊したいと言いながら、同じ構造を「最後の1回だけ」再利用しようとしている。「最後の1回」が許されるなら、輪廻転生も永遠に「最後の1回」で正当化できる。
「それは輪廻転生の世界法則ではなく、貴方が選んで不幸にしている。それは流石にやり過ぎなんじゃないんですか?」
無垢な個人を手段として扱うこと自体が、道徳的に絶対に禁じられている。一人を意図的に不幸にする行為は、どれだけ良い結果を生もうとも、最初から汚れているのは明確だった。カナタは剣を下ろし、苦しげに笑った。
「その通りだ。私は不幸の救済を願いながら、その不幸にみんなを叩き落とす。矛盾している。破綻している。分かっている。だが、止まらない。私は私の方法で世界を救いたいから」
ラスティは静かに剣を構えた。
「なら、僕も殺します? 先生」
「……」
貴方は自分の犠牲は美化するけど、他人の犠牲は『必要悪』として処理する。それって結局、自分が一番特別だと思っているだけじゃないか? というラスティの問いかけ。
世界を救うことの傲慢さと、救世主症候群の病理。
カナタは「他に方法がない」と言う。だが本当に「他に方法がない」のか、それとも「自分の納得する方法以外は認められない」だけなのか?
これは革命家やテロリストが陥りがちな論理と同じである。私が正しい。私の方法以外は全て間違っている。だから私の方法で強制的に世界を変えてもいい。
ラスティが示しているのは、極めて地味だが、もっともラディカルな抵抗。
「君の正義を、僕が認めない」これは「世界を救う」という大義に対する、個人の拒絶権の宣言である。
「……悲しいな、この世界は」
「今の世界で満足すれば良いのに」
「それはできないさ。人類たるもの輝く明日を目指す為に頑張るものだ。より良い未来を目指して」
「救い」の定義は人それぞれだ。
カナタの「救い」=「苦しむ人が一人もいない世界」
ラスティの「救い」=「誰も意図的に他人を苦しめない世界」
前者は「苦しみの総量ゼロ」を目指すが、手段を選ばない。後者は「加害しないこと」を優先するが、苦しみを完全にゼロにはできない。
どちらが正しいか?
永久に決着がつかない。それが倫理学の悲劇であり、美しさである。結論としてこの議論に「正解」は存在しない。
カナタを否定すれば、現実に今この瞬間泣いている存在を見捨てることになる。 しかしカナタを肯定すれば、無垢な少女を殺して良いことになる。どちらにも理がある。どちらも間違っている。
どちらも「正義」であり、どちらも「悪」になりうる。ラスティが剣を構えたまま静かに言う最後の言葉。『なら、僕も殺します? 先生』これは単なる挑発ではない。
貴方の論理を本気で貫徹するなら、僕を殺すしかない。でもそれをやった瞬間、貴方は貴方が一番憎んだ世界と全く同じものになる。
それでもカナタが剣を振り上げるとき、「正しい革命」と「ただの大量殺人」の境界が、紙一重であることを思い知らされる。
これこそが、この対話が突きつける倫理の本当の地獄である。
「抵抗させてもらいます」
カナタは小さくため息をついた。その瞳に、深い悲しみと、諦めと、それでも消えない意が宿る。
「……君がエアリスの恋人にさえならなければ、巻き込むことはなかった。君と過ごした時間は短い間だったが、とても有意義な時間だった。残念だ」
ラスティは、にこりと笑った。いつもの、どこか抜けたような、でもどこか底知れぬ笑みで。
「変身。チェンソーモンスター」
瞬間。
ドゴォォォォォォォン!!
漆黒の魔力が爆発し、凍りついた空間すら震わせる。
地面がひび割れ、衝撃波が結界の壁を叩く。煙の中から現れたのは。
頭部が巨大なチェンソーになった、異形の悪魔。両腕からも、胸からも、腹からも、無数のチェンソーが突き出し、甲高いエンジン音が夜を切り裂く。カナタの目が見開かれた。
「なんだ、これは……!?」
チェンソーの化物は、チェンソーの唸りを響かせながら、悪魔の咆哮のような声で答えた。
「僕は少し特殊な能力がありまして、好きな存在に変身する能力があるんですよ。この状態はチェンソーモンスター。地獄のヒーローで、助けを呼んだ者を殺し、敵を殺し、全部殺す。そういう存在です」
カナタの瞳が鋭く細まる。一瞬で状況を読み取り、唇を噛んだ。
「自分の能力を説明することによるフェアプレイの性質で、魂の純度をあげて世界からの強化補正を受けた……それを知っているとは君もかなり勉強家のようだ」
ラスティは笑う。
(嘘だけどね。ただの魔力変身と模倣だけど、こういう言い訳は便利なんだよね。陰の実力者として、ぴったりだし)
チェンソーが唸りを上げる。
漆黒の悪魔が、一歩、また一歩、ゆっくりとカナタに向かって歩み寄る。月が雲から顔を出し、二人の影を、長く、長く伸ばした。戦いが始まる。
「今を救うためなら世界を敵に回す男」と、「キャラクター」の戦いが始まる。