20話:攻撃準備
アクセス端末から情報の吸い出しを行っている間、ラスティはミッドガル帝国の執務室に戻ってきていた。するとそこにはラスティの父親がいた。
「やぁ、ラスティ」
「父さん、何故ここに?」
「いや……つい息子の顔が見たくなってね。元気か? お腹減ってないか? ちゃんと寝てるか?」
「食事、睡眠共にバッチリだ。父さんの方は?」
「私は……ぼちぼちだ。歳だからな、ガタが来ることも多くある」
「適度な運動と、健康的な食事……はわかっていても難しいか」
「難しいね。どうしてもやり過ぎたり、逆に少なすぎたりする。メーテルリンクもお前に会いたがっていたぞ」
「メーテルリンクとは随分とあってないな」
「帰省しろ。忙しいかもしれんが。それと、お前に渡したいものがいくつかあるんだ。ここに来た目的だ」
「ちゃんと理由があるんじゃないか」
ラスティの父親は、懐から三つの指輪を取り出した。
「これは?」
「マジックアイテムだ。過去に他の国で国宝として扱われてたが、紛失した。それをオークションで買い落として手に入れた。使ってくれ。私には不要なものだ」
「そんな大切なものを……? ありがとう。どんな能力があるんだ?」
「この天気の指輪シリーズは『大空』『雷雨』『曇霧』だ」
【大空の指輪】
『内包』を象徴する天気を表した指輪。物質の収納と引き出しができる。
【雷雨の指輪】
『抑制』を象徴する天気を表した指輪。対象の動きを抑制し、沈静化させる。
【曇霧の指輪】
『増殖』を象徴する天気を表した指輪。物質を増殖させ、構築する。
「使ってくれ、ラスティ。今、大変なんだろう?」
「……ありがとう、父さん」
「大空の指輪で作られた収納異空間に、金と手紙を入れておいた。後で確認してくれ」
「わかった。本当にありがとう」
「じゃあ、俺は行くよ。お前みたいな息子を持ててさ。俺は幸せだよ、俺は。弱者を助け、強者の背中を押し、普通の人を守る。慈善活動組織アーキバス……良いじゃないか」
「……照れくさいな。気を付けて帰ってくれ」
ラスティの父親は手を挙げて部屋から出ていった。変わるようにエクシアとデュナメスが部屋へ入ってくる。
「ラスティ、技術の引き出しが終わったわ」
「結果は?」
「世界封鎖機構の内部情報、魔導兵器の設計図、各施設のセキュリティ機能の脆弱性が手に入ったわ」
「随分と杜撰だな……元々そんな状態にだったのか、それともロイヤルダークソサエティがこじ開けたのか……どちらにせよ、私たちは使わせてもらおう」
「罠の可能性もあるけど、どうする?」
「とりあえず信用しておく。技術研究部門に回しておいてほしい」
「追加で情報だ、ボス」
「何の情報だ?」
「『ロイヤルダークソサエティ』の持つダイモス細胞に関する研究データが手に入った。これも技術研究部門で良いのか?」
「ああ、お願いする」
「技術研究部門の不安が大きいわね」
「今が辛抱する時期だ。物資確保に諜報防諜、その他の同士たちも頑張ってくれている。私達もその努力に報いなければ」
「ダークレイスや、無辜の市民達、そして私達が幸せに暮らせる世界のために、ね」
「そのとおりだ」
その時、ノックされる。
「スネイルです」
「スネイル将軍……どうぞ」
入ってきたのはキッチリと服を纏った銀髪にメガネを掛けた神経質そうな男だった。無駄な装飾は一切なく、必要最低限の装備だけを付けている。
「ラスティ・ヴェスパー大臣。貴方にミッドガル帝王から伝達があります。今回のミッドガル帝国の遺物を世界封鎖機構へ奪われた件についてのペナルティとして貴方の家族を処刑します」
ラスティは目を見開く。
「しかしそれに猶予を与えます。二日で世界封鎖機構から遺物の少女である『シャルトルーズ』を取り返しなさい。それを成功させれば無罪放免とします」
「了解した」
「精々頑張ることです。貴方が何をしようが国益になるのならば気にしません。裏でこそこそしようが趣味の範囲ならば好きにすれば良いしょう。それでは」
スネイル将軍はそう言って去っていった。ラスティは椅子に深く座り込む。そして大きくため息を付いた。
「ラスティ……」
「……ボス」
心配そうに顔を見つめる二人の美少女の顔がラスティの瞳に映る。
「ボス、失礼するぜ」
「なん……っ!?」
「デュナメス……!? 貴方!?」
デュナメスはラスティに口づけした。エクシアが顔を真っ赤に染める。
「恐れるな、ボス。私たちは常にアンタの味方だ。どんな道を選ぼうとついていく。だからアンタは自分のやりたいことを、全力で取り組めば良い」
「デュナメス……君は男前過ぎるな。惚れてしまいそうだ」
「だろ? 良い女だって私が一番知っている……エクシア、お前もそんな生娘みたいな反応をするな。ただのキスなんだから」
「時と場合を弁えなさいよ! バカ! ラスティも満更な顔をしない! 誰でも良いの? 貴方は!」
ラスティはエクシアの反応に苦笑する。
「酷いな……だが二人を含めた慈善活動組織アーキバスは美人な子しかいない。男としては、そんな風に求められればやる気が出るさ。自分の家族も、慈善活動組織アーキバスのメンバーも、シャルトルーズも全員救ってみせるさ」
「その意気だ、ボス」
「……はぁ、ええ。私も、全力を尽くすわ」
全員でコツン、と拳を合わせる。
猶予は二日。それでどれだけできるかは診ていだが、やるだけやるしか無い。
「二人にこれを渡しておく」
ラスティは懐から指輪を取り出す。
「エクシアには『雷雨の指輪』だ。これは対象を抑制し、沈静化させることができる。所謂デバフの力だ。冷静な戦いが得意なエクシアにはぴったりだろう」
「ありがとう」
「デュナメスには『曇霧の指輪』だ。これは対象を増殖させ、構築する。所謂バフの力だ。強い力で戦況を好転させるデュナメスにはぴったりだ」
「サンキュー、ボス」
「私が持つのは『大空の指輪』これは物体を収納できる」
その時、ラスティに通信が届く。
◆
こちら技術研究部門です。
世界封鎖機構の魔導技術と、ロイヤルダークソサエティのダイモス細胞の技術を取り入れた『第二世代魔装ゴーレムギア』の開発が完了しました。
第一世代と比べて出力と魔力効率が30%ほど上昇し、防御結界と装甲の硬度も上がっています。使用者の肉体負荷を軽減する保護機能も搭載しており、長時間の運用も可能です。
武装は使いやすさを優先した『魔力弾』、溜めを必要とする『高出力魔力ビーム砲撃』、切断力を高めた『魔力ブレード』、攻撃を受け止める『魔力シールド』です。
単純な構造を目指し、生産性と整備性も高くなっています。
◆
ラスティは笑みを浮かべる。
「仕事が早いな……助かる。エクシアは戦闘部門を招集して第二拠点へ集合させてくれ。デュナメスは技術研究部門から第二世代魔装ゴーレムギアを受け取り、第二拠点まで届けてくれ」
「了解」
「おーけい、ボス」
「諸君、派手にいこう」
第二拠点に集まった慈善活動組織アーキバスのメンバーは総勢50名ほどだった。
全員がロイヤルダークソサエティとの戦闘を見越してインフェリア・ソルジャーよりも強い人員だ。
それぞれ戦闘部門や諜報防諜部門などに配属されいるものの今は戦力の一極化して目標を達成する必要があるため、戦える人員を全て動員していた。
彼女たちに第二世代の魔装ゴーレムギアが配られて性能が説明される。
そして、最後にラスティが前に立ち皆が覗き込むホログラムに情報を転送する。僅かな間を置き、全員の視界に一枚の画像が飛び込んで来た。
「これが今回の目標であるシャルトルーズの居る場所、世界封鎖機構の占有する要塞都市リッチドラムだ」
それが攻撃目標とされる拠点の名前――しかし、彼女達は何かを答える事が出来ない。それは、目の前に表示された画像の規模に圧倒されたからだ。
それは拠点と呼ぶには余りにも大きすぎた。乱立する様々なビル、その合間を縫う様に設計された高架橋、遥か奥に見える山々と比較しても劣らないタワーが中央に聳え立ち、その外周を囲う様に高壁が並んでいるのが辛うじて視認出来る。広さはどれほどか、この画像一枚では全体像が分からず確かな事は云えないが、それでもミッドガル帝国の区画一つに匹敵する程の大きさがある事は確かであった。
「これって、都市……?」
「きょ、拠点とか、秘密基地とか、そんなレベルじゃない……」
「でっかぁ……!」
「これは――凄いね」
「一体建設費に幾らつぎ込んだのか」
各々が驚愕とも呆れとも取れる声を漏らす。画像の隣にの姿が表示され、ラスティは何とも苦り切った表情を浮かべたまま口を開く。
「復元した都市データから発見された上空写真だけれど【終焉に備えるための要塞都市】、それがコレだ。所々ノイズがあって見辛いかもしれないけれど、情報としては間違いない」
「規模としてはかなり大きいみたいですね、都市部が丸々存在しているような状態です、この規模のお金の流れを隠蔽する事は、かなり労力が必要でしょう」
「世界封鎖機構は自らの理念でやると決めた事に関しては絶対に迷わない。良くも悪くも合理的な判断を――時に重大な決断が迫られる場面でさえ、何ら迷うことなく目標達成の為に、強引に事を進める」
ラスティは神妙な顔で答え、手元の手帳を閉じた。彼の表情には表現しきれない、複雑な色が宿っていた。
「世界封鎖機構にはコレを創り上げるだけの理由があったのでしょう、危機を排し、世界の終焉を防ぐべくして奔走した結果、辿り着いた答えが――この要塞都市リッチドラム」
呟き、ラスティは目を細める。これを見れば分かる、終焉に備えるというのは世界封鎖機構にとって比喩でも何でもないらしい。云ってしまえば此処が彼女にとっての箱舟――破滅の未来から世界を救う、唯一の場所なのだろう。
「得られたデータは断片的だけれど、この中央のタワーが都市部の機能を制御する重要な役割を担っている事が分かっているわ、多分だけれどシャルトルーズが連れていかれたのなら、このタワーだ」
ラスティが指差したのは画像中央に聳え立つ巨大なタワー、並ぶ硝子が陽光を反射し、要塞都市リッチドラムの中でも一際目立つ建造物である。全員の視線が写真の中心、中央タワーへと向けられる。
「……さて、シャルトルーズの居る場所は分かったけれど」
「問題は、一体どうやってこの要塞都市リッチドラムに潜入するか、という事ですね」
「う、うーん」
「場所は分かっているんだし、もういっその事、正面から突撃しちゃっても――!」
「――それはお勧めしないな。世界封鎖機構なら恐らく対侵入者用の防御システムを構築しているだろう、馬鹿正直に侵入などしようものなら何故リッチドラムが『要塞都市』と呼ばれているのか、それを身を以て知る事になるだろうね」
「防御システムって、具体的には……」
「ちょっと、先程の画像を見せて貰っても良いかな?」
「ああ、確かめてくれ」
「ちょっと画質が粗いけれど――」
各々感想を漏らし、細部に至るまでじっと観察する。そして都市部のあらゆる面に目を付け、誰からという事もなく情報の擦り合わせを開始した。
「これは、外周部分が高壁で覆われているみたい……かなり高い」
「外部からの攻撃を警戒――いや、この構造、都市のギミックの一部になっているのかな? 建物や高架橋の位置に何か、含むものを感じる」
「遠目からでは判断も難しいですが、此処に見えるのは多連装魔力砲ですね!」
「世界封鎖機構の魔導士も配備されていると見るべきだ。陸戦と空戦どちらもね」
「そうなると、都市周辺には魔導士と設置型の探知機の類で偵察網を敷いていると考えるのが自然、上空にもある筈だけれど、この映像からだと分からないね……」
「この部分、対空設備ですね、上空からの侵入・攻撃には対空砲、高射機関砲で迎撃、という形でしょうか?」
「それに加えて魔力レーザーが飛んで来ても私は驚かないよ」
「大多数は内部に収納されているか、外部から分からない形にしているだろうし、私なら其処に長射程の砲撃を加えるかな……地上に限った話だけれど」
「ふむ」
投影された画像を指差し、時折視線を絡めながら議論を交わす。そして一通り観察と意見交換を終えた彼女達は、改めて皆に向き直ると小さく何度も頷きながら言葉を発した。
「結論から云うと、最低でも真正面から挑むなら自律砲台による砲撃、銃撃、誘導弾、魔導士群による出迎え程度は覚悟した方が良い、それと外周を高壁で覆っているから、地上から正面突破する場合ゲートか何かを突破する必要があるね――当たり前だけれど、戦力はゲート周辺に集中して配置しているだろうし、かなりの激戦が予想される、正直お勧めしない」
「………」
「じゃ、じゃあどうすれば良いのさ!?」
要塞都市――その名前に偽りはない。
頭の良い者たちの見立て、尤も限られた情報のみでの見解となるが、それを聞いた全員が思わず黙り込み、悲鳴染みた叫びを漏らす。だが、それを口にした当の本人である統括部門には余裕の色があった。彼女は指先で唇を軽く擦り、笑みを零し云った。
「今口にしたのは、あくまで普通に挑んだ場合の話だよ」
「エリドゥ内部に侵入可能なルート、それも比較的安全に……そんなルートに一つ、心当たりがあります!」
統括部門の子は信満々と云った様子で頷いて見せる。元より彼女達には侵入経路のアテがあった、要塞都市と呼ばれる存在、パッと見ただけでもかなり強固な防衛設備を備えているであろうソレに真正面から攻め入るなど自殺行為だ――故にこそ、彼女達は彼女達なりの戦い方を選択する。
「それは、本当に?」
「す、凄いじゃん!」
「それでその、比較的安全に侵入出来るルートって!?」
「簡単な事さ、都市建設の人手だけならば世界封鎖機構の人員で事足りるかもしれないけれど、資材ばかりはどうしようもない」
「成程、都市建設資材や物資の搬入ルートか」
「そういう事」
ラスティは端末を取り出すとミッドガル帝国の全体マップを表示させ、ホログラムとして投影した。空中に映し出されるミッドガル帝国の領土、その外周が幾つか赤く点滅する。それは軈て無数の赤い線となり、ミッドガル各地へと伸びていった。
ミッドガル郊外より伸びる物資運搬用の路線、そのルートである。
「ミッドガル自治区郊外には、輸送用の無人列車が沢山ある」
「都市建設資材をミッドガルより運送しているのなら、その路線のどれかが要塞都市リッチドラムと繋がっている筈です!」
「あの規模の都市となると、空路を使う事はまずないだろう、一度に運べる量も限られるしコストも嵩む、海は近くに見えなかったし、そうなると陸路一択、ならば必ず足が付く、そして一番可能性が高いのが無人列車による運搬……」
「問題はどうやって路線を割り出すかだけれど――」
「勿論、その事に関しても作戦があります! ちょっとだけ時間は頂きますけれどね……!」
要塞都市リッチドラム、正面から挑めば文字通り要塞と化すだろう、しかし資材搬入路を使用し裏口から侵入すればその限りではない。少なくとも外周部を守る防衛システムは全てスルーし、余力を持って内部へ侵入を果たせるだろう。
「けれど、潜入してハイ終わり――という訳じゃない」
「はい、要塞都市と呼ばれる程です、内部にも侵入者を撃退する設備や戦力が存在するでしょう」
「そうですね、恐らく要塞都市リッチドラムには万全の備えがあるのでしょうし……」
「そうだね、これは私達の予想だけれど、都市のセキュリティや迎撃設備は勿論の事、内部の防御システムもかなりのレベルを備えていると思うよ、さっき云ったのはあくまで都市に侵入される前の話、そして仮に侵入出来たとしても、皆の云う通り相応の出迎えがある筈だ」
「それに要塞都市の防御システムをどうにかしても、まだ問題が残っている」
「魔導士部隊だな」
「場所は敵地だし、乗り込んでもこっちが消耗した状態で戦う事になる」
「此方も、真正面から戦うのは得策ではないかもしれません」
「となると――連中と一戦交える為に、綿密な作戦が必要だ」
「やぁ、ラスティ」
「父さん、何故ここに?」
「いや……つい息子の顔が見たくなってね。元気か? お腹減ってないか? ちゃんと寝てるか?」
「食事、睡眠共にバッチリだ。父さんの方は?」
「私は……ぼちぼちだ。歳だからな、ガタが来ることも多くある」
「適度な運動と、健康的な食事……はわかっていても難しいか」
「難しいね。どうしてもやり過ぎたり、逆に少なすぎたりする。メーテルリンクもお前に会いたがっていたぞ」
「メーテルリンクとは随分とあってないな」
「帰省しろ。忙しいかもしれんが。それと、お前に渡したいものがいくつかあるんだ。ここに来た目的だ」
「ちゃんと理由があるんじゃないか」
ラスティの父親は、懐から三つの指輪を取り出した。
「これは?」
「マジックアイテムだ。過去に他の国で国宝として扱われてたが、紛失した。それをオークションで買い落として手に入れた。使ってくれ。私には不要なものだ」
「そんな大切なものを……? ありがとう。どんな能力があるんだ?」
「この天気の指輪シリーズは『大空』『雷雨』『曇霧』だ」
【大空の指輪】
『内包』を象徴する天気を表した指輪。物質の収納と引き出しができる。
【雷雨の指輪】
『抑制』を象徴する天気を表した指輪。対象の動きを抑制し、沈静化させる。
【曇霧の指輪】
『増殖』を象徴する天気を表した指輪。物質を増殖させ、構築する。
「使ってくれ、ラスティ。今、大変なんだろう?」
「……ありがとう、父さん」
「大空の指輪で作られた収納異空間に、金と手紙を入れておいた。後で確認してくれ」
「わかった。本当にありがとう」
「じゃあ、俺は行くよ。お前みたいな息子を持ててさ。俺は幸せだよ、俺は。弱者を助け、強者の背中を押し、普通の人を守る。慈善活動組織アーキバス……良いじゃないか」
「……照れくさいな。気を付けて帰ってくれ」
ラスティの父親は手を挙げて部屋から出ていった。変わるようにエクシアとデュナメスが部屋へ入ってくる。
「ラスティ、技術の引き出しが終わったわ」
「結果は?」
「世界封鎖機構の内部情報、魔導兵器の設計図、各施設のセキュリティ機能の脆弱性が手に入ったわ」
「随分と杜撰だな……元々そんな状態にだったのか、それともロイヤルダークソサエティがこじ開けたのか……どちらにせよ、私たちは使わせてもらおう」
「罠の可能性もあるけど、どうする?」
「とりあえず信用しておく。技術研究部門に回しておいてほしい」
「追加で情報だ、ボス」
「何の情報だ?」
「『ロイヤルダークソサエティ』の持つダイモス細胞に関する研究データが手に入った。これも技術研究部門で良いのか?」
「ああ、お願いする」
「技術研究部門の不安が大きいわね」
「今が辛抱する時期だ。物資確保に諜報防諜、その他の同士たちも頑張ってくれている。私達もその努力に報いなければ」
「ダークレイスや、無辜の市民達、そして私達が幸せに暮らせる世界のために、ね」
「そのとおりだ」
その時、ノックされる。
「スネイルです」
「スネイル将軍……どうぞ」
入ってきたのはキッチリと服を纏った銀髪にメガネを掛けた神経質そうな男だった。無駄な装飾は一切なく、必要最低限の装備だけを付けている。
「ラスティ・ヴェスパー大臣。貴方にミッドガル帝王から伝達があります。今回のミッドガル帝国の遺物を世界封鎖機構へ奪われた件についてのペナルティとして貴方の家族を処刑します」
ラスティは目を見開く。
「しかしそれに猶予を与えます。二日で世界封鎖機構から遺物の少女である『シャルトルーズ』を取り返しなさい。それを成功させれば無罪放免とします」
「了解した」
「精々頑張ることです。貴方が何をしようが国益になるのならば気にしません。裏でこそこそしようが趣味の範囲ならば好きにすれば良いしょう。それでは」
スネイル将軍はそう言って去っていった。ラスティは椅子に深く座り込む。そして大きくため息を付いた。
「ラスティ……」
「……ボス」
心配そうに顔を見つめる二人の美少女の顔がラスティの瞳に映る。
「ボス、失礼するぜ」
「なん……っ!?」
「デュナメス……!? 貴方!?」
デュナメスはラスティに口づけした。エクシアが顔を真っ赤に染める。
「恐れるな、ボス。私たちは常にアンタの味方だ。どんな道を選ぼうとついていく。だからアンタは自分のやりたいことを、全力で取り組めば良い」
「デュナメス……君は男前過ぎるな。惚れてしまいそうだ」
「だろ? 良い女だって私が一番知っている……エクシア、お前もそんな生娘みたいな反応をするな。ただのキスなんだから」
「時と場合を弁えなさいよ! バカ! ラスティも満更な顔をしない! 誰でも良いの? 貴方は!」
ラスティはエクシアの反応に苦笑する。
「酷いな……だが二人を含めた慈善活動組織アーキバスは美人な子しかいない。男としては、そんな風に求められればやる気が出るさ。自分の家族も、慈善活動組織アーキバスのメンバーも、シャルトルーズも全員救ってみせるさ」
「その意気だ、ボス」
「……はぁ、ええ。私も、全力を尽くすわ」
全員でコツン、と拳を合わせる。
猶予は二日。それでどれだけできるかは診ていだが、やるだけやるしか無い。
「二人にこれを渡しておく」
ラスティは懐から指輪を取り出す。
「エクシアには『雷雨の指輪』だ。これは対象を抑制し、沈静化させることができる。所謂デバフの力だ。冷静な戦いが得意なエクシアにはぴったりだろう」
「ありがとう」
「デュナメスには『曇霧の指輪』だ。これは対象を増殖させ、構築する。所謂バフの力だ。強い力で戦況を好転させるデュナメスにはぴったりだ」
「サンキュー、ボス」
「私が持つのは『大空の指輪』これは物体を収納できる」
その時、ラスティに通信が届く。
◆
こちら技術研究部門です。
世界封鎖機構の魔導技術と、ロイヤルダークソサエティのダイモス細胞の技術を取り入れた『第二世代魔装ゴーレムギア』の開発が完了しました。
第一世代と比べて出力と魔力効率が30%ほど上昇し、防御結界と装甲の硬度も上がっています。使用者の肉体負荷を軽減する保護機能も搭載しており、長時間の運用も可能です。
武装は使いやすさを優先した『魔力弾』、溜めを必要とする『高出力魔力ビーム砲撃』、切断力を高めた『魔力ブレード』、攻撃を受け止める『魔力シールド』です。
単純な構造を目指し、生産性と整備性も高くなっています。
◆
ラスティは笑みを浮かべる。
「仕事が早いな……助かる。エクシアは戦闘部門を招集して第二拠点へ集合させてくれ。デュナメスは技術研究部門から第二世代魔装ゴーレムギアを受け取り、第二拠点まで届けてくれ」
「了解」
「おーけい、ボス」
「諸君、派手にいこう」
第二拠点に集まった慈善活動組織アーキバスのメンバーは総勢50名ほどだった。
全員がロイヤルダークソサエティとの戦闘を見越してインフェリア・ソルジャーよりも強い人員だ。
それぞれ戦闘部門や諜報防諜部門などに配属されいるものの今は戦力の一極化して目標を達成する必要があるため、戦える人員を全て動員していた。
彼女たちに第二世代の魔装ゴーレムギアが配られて性能が説明される。
そして、最後にラスティが前に立ち皆が覗き込むホログラムに情報を転送する。僅かな間を置き、全員の視界に一枚の画像が飛び込んで来た。
「これが今回の目標であるシャルトルーズの居る場所、世界封鎖機構の占有する要塞都市リッチドラムだ」
それが攻撃目標とされる拠点の名前――しかし、彼女達は何かを答える事が出来ない。それは、目の前に表示された画像の規模に圧倒されたからだ。
それは拠点と呼ぶには余りにも大きすぎた。乱立する様々なビル、その合間を縫う様に設計された高架橋、遥か奥に見える山々と比較しても劣らないタワーが中央に聳え立ち、その外周を囲う様に高壁が並んでいるのが辛うじて視認出来る。広さはどれほどか、この画像一枚では全体像が分からず確かな事は云えないが、それでもミッドガル帝国の区画一つに匹敵する程の大きさがある事は確かであった。
「これって、都市……?」
「きょ、拠点とか、秘密基地とか、そんなレベルじゃない……」
「でっかぁ……!」
「これは――凄いね」
「一体建設費に幾らつぎ込んだのか」
各々が驚愕とも呆れとも取れる声を漏らす。画像の隣にの姿が表示され、ラスティは何とも苦り切った表情を浮かべたまま口を開く。
「復元した都市データから発見された上空写真だけれど【終焉に備えるための要塞都市】、それがコレだ。所々ノイズがあって見辛いかもしれないけれど、情報としては間違いない」
「規模としてはかなり大きいみたいですね、都市部が丸々存在しているような状態です、この規模のお金の流れを隠蔽する事は、かなり労力が必要でしょう」
「世界封鎖機構は自らの理念でやると決めた事に関しては絶対に迷わない。良くも悪くも合理的な判断を――時に重大な決断が迫られる場面でさえ、何ら迷うことなく目標達成の為に、強引に事を進める」
ラスティは神妙な顔で答え、手元の手帳を閉じた。彼の表情には表現しきれない、複雑な色が宿っていた。
「世界封鎖機構にはコレを創り上げるだけの理由があったのでしょう、危機を排し、世界の終焉を防ぐべくして奔走した結果、辿り着いた答えが――この要塞都市リッチドラム」
呟き、ラスティは目を細める。これを見れば分かる、終焉に備えるというのは世界封鎖機構にとって比喩でも何でもないらしい。云ってしまえば此処が彼女にとっての箱舟――破滅の未来から世界を救う、唯一の場所なのだろう。
「得られたデータは断片的だけれど、この中央のタワーが都市部の機能を制御する重要な役割を担っている事が分かっているわ、多分だけれどシャルトルーズが連れていかれたのなら、このタワーだ」
ラスティが指差したのは画像中央に聳え立つ巨大なタワー、並ぶ硝子が陽光を反射し、要塞都市リッチドラムの中でも一際目立つ建造物である。全員の視線が写真の中心、中央タワーへと向けられる。
「……さて、シャルトルーズの居る場所は分かったけれど」
「問題は、一体どうやってこの要塞都市リッチドラムに潜入するか、という事ですね」
「う、うーん」
「場所は分かっているんだし、もういっその事、正面から突撃しちゃっても――!」
「――それはお勧めしないな。世界封鎖機構なら恐らく対侵入者用の防御システムを構築しているだろう、馬鹿正直に侵入などしようものなら何故リッチドラムが『要塞都市』と呼ばれているのか、それを身を以て知る事になるだろうね」
「防御システムって、具体的には……」
「ちょっと、先程の画像を見せて貰っても良いかな?」
「ああ、確かめてくれ」
「ちょっと画質が粗いけれど――」
各々感想を漏らし、細部に至るまでじっと観察する。そして都市部のあらゆる面に目を付け、誰からという事もなく情報の擦り合わせを開始した。
「これは、外周部分が高壁で覆われているみたい……かなり高い」
「外部からの攻撃を警戒――いや、この構造、都市のギミックの一部になっているのかな? 建物や高架橋の位置に何か、含むものを感じる」
「遠目からでは判断も難しいですが、此処に見えるのは多連装魔力砲ですね!」
「世界封鎖機構の魔導士も配備されていると見るべきだ。陸戦と空戦どちらもね」
「そうなると、都市周辺には魔導士と設置型の探知機の類で偵察網を敷いていると考えるのが自然、上空にもある筈だけれど、この映像からだと分からないね……」
「この部分、対空設備ですね、上空からの侵入・攻撃には対空砲、高射機関砲で迎撃、という形でしょうか?」
「それに加えて魔力レーザーが飛んで来ても私は驚かないよ」
「大多数は内部に収納されているか、外部から分からない形にしているだろうし、私なら其処に長射程の砲撃を加えるかな……地上に限った話だけれど」
「ふむ」
投影された画像を指差し、時折視線を絡めながら議論を交わす。そして一通り観察と意見交換を終えた彼女達は、改めて皆に向き直ると小さく何度も頷きながら言葉を発した。
「結論から云うと、最低でも真正面から挑むなら自律砲台による砲撃、銃撃、誘導弾、魔導士群による出迎え程度は覚悟した方が良い、それと外周を高壁で覆っているから、地上から正面突破する場合ゲートか何かを突破する必要があるね――当たり前だけれど、戦力はゲート周辺に集中して配置しているだろうし、かなりの激戦が予想される、正直お勧めしない」
「………」
「じゃ、じゃあどうすれば良いのさ!?」
要塞都市――その名前に偽りはない。
頭の良い者たちの見立て、尤も限られた情報のみでの見解となるが、それを聞いた全員が思わず黙り込み、悲鳴染みた叫びを漏らす。だが、それを口にした当の本人である統括部門には余裕の色があった。彼女は指先で唇を軽く擦り、笑みを零し云った。
「今口にしたのは、あくまで普通に挑んだ場合の話だよ」
「エリドゥ内部に侵入可能なルート、それも比較的安全に……そんなルートに一つ、心当たりがあります!」
統括部門の子は信満々と云った様子で頷いて見せる。元より彼女達には侵入経路のアテがあった、要塞都市と呼ばれる存在、パッと見ただけでもかなり強固な防衛設備を備えているであろうソレに真正面から攻め入るなど自殺行為だ――故にこそ、彼女達は彼女達なりの戦い方を選択する。
「それは、本当に?」
「す、凄いじゃん!」
「それでその、比較的安全に侵入出来るルートって!?」
「簡単な事さ、都市建設の人手だけならば世界封鎖機構の人員で事足りるかもしれないけれど、資材ばかりはどうしようもない」
「成程、都市建設資材や物資の搬入ルートか」
「そういう事」
ラスティは端末を取り出すとミッドガル帝国の全体マップを表示させ、ホログラムとして投影した。空中に映し出されるミッドガル帝国の領土、その外周が幾つか赤く点滅する。それは軈て無数の赤い線となり、ミッドガル各地へと伸びていった。
ミッドガル郊外より伸びる物資運搬用の路線、そのルートである。
「ミッドガル自治区郊外には、輸送用の無人列車が沢山ある」
「都市建設資材をミッドガルより運送しているのなら、その路線のどれかが要塞都市リッチドラムと繋がっている筈です!」
「あの規模の都市となると、空路を使う事はまずないだろう、一度に運べる量も限られるしコストも嵩む、海は近くに見えなかったし、そうなると陸路一択、ならば必ず足が付く、そして一番可能性が高いのが無人列車による運搬……」
「問題はどうやって路線を割り出すかだけれど――」
「勿論、その事に関しても作戦があります! ちょっとだけ時間は頂きますけれどね……!」
要塞都市リッチドラム、正面から挑めば文字通り要塞と化すだろう、しかし資材搬入路を使用し裏口から侵入すればその限りではない。少なくとも外周部を守る防衛システムは全てスルーし、余力を持って内部へ侵入を果たせるだろう。
「けれど、潜入してハイ終わり――という訳じゃない」
「はい、要塞都市と呼ばれる程です、内部にも侵入者を撃退する設備や戦力が存在するでしょう」
「そうですね、恐らく要塞都市リッチドラムには万全の備えがあるのでしょうし……」
「そうだね、これは私達の予想だけれど、都市のセキュリティや迎撃設備は勿論の事、内部の防御システムもかなりのレベルを備えていると思うよ、さっき云ったのはあくまで都市に侵入される前の話、そして仮に侵入出来たとしても、皆の云う通り相応の出迎えがある筈だ」
「それに要塞都市の防御システムをどうにかしても、まだ問題が残っている」
「魔導士部隊だな」
「場所は敵地だし、乗り込んでもこっちが消耗した状態で戦う事になる」
「此方も、真正面から戦うのは得策ではないかもしれません」
「となると――連中と一戦交える為に、綿密な作戦が必要だ」