残酷な描写あり
R-15
016 衝突
「それでは、まずこの薬を飲んでください」
ザイステルが緊張しながらベッドに座っているリューナに手渡したのは、ヴァーリオに渡した薬と同じ白い錠剤一粒だった。
「これは……薬ですか?」
リューナは左手のひらに乗っている物を右手でも確認するように触りながらザイステルへ質問した。
「はい。眠りに落ちて何も感じなくなる薬です。痛みを感じるようなら手術なんてできませんからね」
眠るように死んで何も感じなくなるのだからある意味本当であった。リューナは少しだけ躊躇したが、すぐに意を決したように手をぎゅっと握りしめてから同じくザイステルに渡された水と共に薬を飲んでしまった。そして言われるがままベッドに横たわった。すぐに眠くなって全身の力が抜けていく。リューナの意識はそこで途絶えてしまった。
「さてと……どちらでしょうかね……」
ザイステルは少し嬉しそうにベッドのそばの椅子に腰掛けた。そして品定めするようにリューナの様子を観察し始める。普通の人間と変わっているようなところは今のところ無い。これから呼吸が止まるかどうかが重要なのだ。
そんなことを考えていると階下から何かが壊れるような大きな音がした。何事かとザイステルが部屋のドアを開けると、下の階に壊れたドアとリューナの兄が倒れているのが見えた。
「いてて……くそ、カイルの奴、止まれなかったじゃないか……」
玄関ドアの蝶番が錆びてボロボロになっていたらしく、停止出来ず速度の出ている盾に乗ったまま突っ込んでしまい扉ごと外れてしまった。そのおかげで扉への衝突しての怪我は避けられたが、静かに潜入して様子を伺うことはできなくなってしまった。
「一体、何の騒ぎですか?」
ザイステルが吹き抜けになっている上の階の廊下から一階を見下ろしながら言った。フォスターは立ち上がりながらザイステルを睨んだ。
「お前……リューナをどうするつもりだ!?」
そう言いながら右手側の格納石から剣を出した。
ザイステルはそれを一瞥して言う。
「どうするとは人聞きの悪い。私は妹さんの眼を治そうとしているだけですよ」
フォスターの様子にばれたことを薄々感じながら困ったように言う。それを聞いたフォスターは階段を少しずつ上り距離を縮めつつ、怒りに震えながら叫んだ。
「嘘をつけ! それならなんでヴァーリオは死んでいるんだ!」
「……」
ザイステルは無言でこちらを一瞬見て言った。
「やれやれ。もうバレたんですか。夜までそっとしておくように言ったんですけどねえ」
ため息をつきながら何でもないことのように言ってのけたのでフォスターは激昂した。
「リューナ! 聞いてるか! こいつに騙されるな! こいつは……」
「もう、遅いですよ」
ザイステルはフォスターの言葉を遮ると続けてこう言った。
「彼と、同じ薬を飲ませましたからね……」
「……なんだって……」
フォスターは血の気が引いていき真っ青になった。身体が冷えていくのを感じる。
「でもご安心を。人は決して神を殺すことは出来ないのですよ」
「!」
つまり神の子なら生還するが、そうでなければ死ぬということだ。
『生死で判断するつもりか。やっぱりこいつは……』
「顔に出ましたね。やはり彼女が本物の破壊神の子なのですね」
ザイステルは言い終わると同時に、服に隠しておいた手術用の小刀をフォスターに向かって複数投げつけた。フォスターは階段を駆け上がりながら剣でそれをなぎ払う。ザイステルは他の小刀を投げながら後ろへ向かって走り、胸ポケットから空色の長めの石を取り出した。
『転移石!』
ビスタークが叫んだ。おそらくリューナを抱えて転移石で逃げるつもりであろう。
「させるか!」
フォスターはリューナへ向かうザイステルの背に思い切り剣圧を叩きつけた。
「ぐあっ!」
直撃をくらったザイステルは苦悶の表情を浮かべながら身体を飛ばされ、リューナを通り過ぎて窓を割り宙へと投げ出された。
「くそっ! もう少しだったのに……」
空中で転移石を額に当てる。
「……まあ居場所はわかりましたし、また準備をととのえて出直すとしましょうか」
負け惜しみなのかそう呟いてザイステルは転移し、消えた。
「逃げたか……」
転移石を使って空中でザイステルは消えたように見えたが、念のためフォスターはベッドを跨ぐように身を乗り出し、窓の外にザイステルがいないことを確認してからそう呟いた。
リューナはどうなっているのだろうか。確認するのがとても怖い。フォスターはおそるおそる体温や脈を確かめた。顔に触れてみたが冷たく無くちゃんと温かい。それに息もしている。ただ普通に眠っているように見える。無理矢理薬を吐かせるべきだろうか……と考えているとリューナが声を出した。
「……ぅ……ん……」
「リューナ!? 大丈夫か? しっかりしろ!」
身体を揺すって声をかける。焦りからつい乱暴に揺すってしまい、声も大きくなってしまう。
「……フォスター……?」
意識が戻って目を薄く開けたのを見てほっとする。
「リューナ、よかった……」
「あれ……私……?」
リューナは状況が一瞬だけ理解できていない様子だったがすぐに思い出した。
「あ、そうか……」
リューナはベッドで横になったまま、弱々しく目に手をやり呟く。
「やっぱり……ダメだったんだ……」
両の手のひらで目を覆う。手で覆われていてわからないが、涙を流しているのだろう。
フォスターはどんな言葉をかけたらいいのかわからなかった。かわりに無言で軽く頭を撫でてやった。すると、リューナが突然言った。
「フォスター、ごめんね……」
「? なんでお前が謝るんだ?」
「だって……」
リューナは震える手をフォスターに向かって伸ばしてくる。
「フォスターは……ただ心配してくれただけなのに……私……」
「……いいんだよ」
伸ばした手を握って言った。
「謝るのは俺のほうだ。お前の気持ち、もっと考えてやるべきだった。ごめんな……」
軽く全身を見渡しておかしいところは無いか確認してからリューナに聞いた。
「それより、具合はどうだ? 苦しかったり痛かったりしないか? 変なことされてないか?」
「うん……大丈夫……ただ、眠いだけ……すごく眠いの……まだ、薬、効いてるのかな……」
「そうか……」
今にも眠りに落ちそうだったが、リューナは気になっていたことを聞いた。
「そういえば、ザイス先生は……?」
「…………」
その名前を聞いたとたん、フォスターの中で激しい怒りが湧いてくる。大事な妹を殺そうとした、絶対に許せない相手。人の命を物としか思っていない。あんなのが医者であってたまるか。フォスターは生まれてこのかたここまでの怒りの感情を持ったことなど無かった。
リューナの目が見えないおかげで怖い表情をしていることがばれずにすむ。握っていた手に少し力を入れ、なんとか怒りを飲み込んで答えた。
「……後でな。眠いんなら、寝ろ。無理するな。ゆっくり休めよ」
「うん……おやすみ……フォスター……」
リューナはまたすぐに眠りについた。寝息をたてている。体温もちゃんとある。容態が急変したわけではない。
『死なずに済んだな』
ビスタークは皆まで言わなかった。
「……リューナが死ななくて本当に良かった。……良かったけど……素直に喜べねえよ……」
フォスターの感情は複雑だった。
「まさか、リューナが、本当に破壊神……神の子だったなんて……嘘だよな……嘘だと言ってくれよ……」
色々な感情が押し寄せてきて今度は泣きたい気持ちになってきた。
「これから……俺は一体、どうすればいいんだ……」
ザイステルが緊張しながらベッドに座っているリューナに手渡したのは、ヴァーリオに渡した薬と同じ白い錠剤一粒だった。
「これは……薬ですか?」
リューナは左手のひらに乗っている物を右手でも確認するように触りながらザイステルへ質問した。
「はい。眠りに落ちて何も感じなくなる薬です。痛みを感じるようなら手術なんてできませんからね」
眠るように死んで何も感じなくなるのだからある意味本当であった。リューナは少しだけ躊躇したが、すぐに意を決したように手をぎゅっと握りしめてから同じくザイステルに渡された水と共に薬を飲んでしまった。そして言われるがままベッドに横たわった。すぐに眠くなって全身の力が抜けていく。リューナの意識はそこで途絶えてしまった。
「さてと……どちらでしょうかね……」
ザイステルは少し嬉しそうにベッドのそばの椅子に腰掛けた。そして品定めするようにリューナの様子を観察し始める。普通の人間と変わっているようなところは今のところ無い。これから呼吸が止まるかどうかが重要なのだ。
そんなことを考えていると階下から何かが壊れるような大きな音がした。何事かとザイステルが部屋のドアを開けると、下の階に壊れたドアとリューナの兄が倒れているのが見えた。
「いてて……くそ、カイルの奴、止まれなかったじゃないか……」
玄関ドアの蝶番が錆びてボロボロになっていたらしく、停止出来ず速度の出ている盾に乗ったまま突っ込んでしまい扉ごと外れてしまった。そのおかげで扉への衝突しての怪我は避けられたが、静かに潜入して様子を伺うことはできなくなってしまった。
「一体、何の騒ぎですか?」
ザイステルが吹き抜けになっている上の階の廊下から一階を見下ろしながら言った。フォスターは立ち上がりながらザイステルを睨んだ。
「お前……リューナをどうするつもりだ!?」
そう言いながら右手側の格納石から剣を出した。
ザイステルはそれを一瞥して言う。
「どうするとは人聞きの悪い。私は妹さんの眼を治そうとしているだけですよ」
フォスターの様子にばれたことを薄々感じながら困ったように言う。それを聞いたフォスターは階段を少しずつ上り距離を縮めつつ、怒りに震えながら叫んだ。
「嘘をつけ! それならなんでヴァーリオは死んでいるんだ!」
「……」
ザイステルは無言でこちらを一瞬見て言った。
「やれやれ。もうバレたんですか。夜までそっとしておくように言ったんですけどねえ」
ため息をつきながら何でもないことのように言ってのけたのでフォスターは激昂した。
「リューナ! 聞いてるか! こいつに騙されるな! こいつは……」
「もう、遅いですよ」
ザイステルはフォスターの言葉を遮ると続けてこう言った。
「彼と、同じ薬を飲ませましたからね……」
「……なんだって……」
フォスターは血の気が引いていき真っ青になった。身体が冷えていくのを感じる。
「でもご安心を。人は決して神を殺すことは出来ないのですよ」
「!」
つまり神の子なら生還するが、そうでなければ死ぬということだ。
『生死で判断するつもりか。やっぱりこいつは……』
「顔に出ましたね。やはり彼女が本物の破壊神の子なのですね」
ザイステルは言い終わると同時に、服に隠しておいた手術用の小刀をフォスターに向かって複数投げつけた。フォスターは階段を駆け上がりながら剣でそれをなぎ払う。ザイステルは他の小刀を投げながら後ろへ向かって走り、胸ポケットから空色の長めの石を取り出した。
『転移石!』
ビスタークが叫んだ。おそらくリューナを抱えて転移石で逃げるつもりであろう。
「させるか!」
フォスターはリューナへ向かうザイステルの背に思い切り剣圧を叩きつけた。
「ぐあっ!」
直撃をくらったザイステルは苦悶の表情を浮かべながら身体を飛ばされ、リューナを通り過ぎて窓を割り宙へと投げ出された。
「くそっ! もう少しだったのに……」
空中で転移石を額に当てる。
「……まあ居場所はわかりましたし、また準備をととのえて出直すとしましょうか」
負け惜しみなのかそう呟いてザイステルは転移し、消えた。
「逃げたか……」
転移石を使って空中でザイステルは消えたように見えたが、念のためフォスターはベッドを跨ぐように身を乗り出し、窓の外にザイステルがいないことを確認してからそう呟いた。
リューナはどうなっているのだろうか。確認するのがとても怖い。フォスターはおそるおそる体温や脈を確かめた。顔に触れてみたが冷たく無くちゃんと温かい。それに息もしている。ただ普通に眠っているように見える。無理矢理薬を吐かせるべきだろうか……と考えているとリューナが声を出した。
「……ぅ……ん……」
「リューナ!? 大丈夫か? しっかりしろ!」
身体を揺すって声をかける。焦りからつい乱暴に揺すってしまい、声も大きくなってしまう。
「……フォスター……?」
意識が戻って目を薄く開けたのを見てほっとする。
「リューナ、よかった……」
「あれ……私……?」
リューナは状況が一瞬だけ理解できていない様子だったがすぐに思い出した。
「あ、そうか……」
リューナはベッドで横になったまま、弱々しく目に手をやり呟く。
「やっぱり……ダメだったんだ……」
両の手のひらで目を覆う。手で覆われていてわからないが、涙を流しているのだろう。
フォスターはどんな言葉をかけたらいいのかわからなかった。かわりに無言で軽く頭を撫でてやった。すると、リューナが突然言った。
「フォスター、ごめんね……」
「? なんでお前が謝るんだ?」
「だって……」
リューナは震える手をフォスターに向かって伸ばしてくる。
「フォスターは……ただ心配してくれただけなのに……私……」
「……いいんだよ」
伸ばした手を握って言った。
「謝るのは俺のほうだ。お前の気持ち、もっと考えてやるべきだった。ごめんな……」
軽く全身を見渡しておかしいところは無いか確認してからリューナに聞いた。
「それより、具合はどうだ? 苦しかったり痛かったりしないか? 変なことされてないか?」
「うん……大丈夫……ただ、眠いだけ……すごく眠いの……まだ、薬、効いてるのかな……」
「そうか……」
今にも眠りに落ちそうだったが、リューナは気になっていたことを聞いた。
「そういえば、ザイス先生は……?」
「…………」
その名前を聞いたとたん、フォスターの中で激しい怒りが湧いてくる。大事な妹を殺そうとした、絶対に許せない相手。人の命を物としか思っていない。あんなのが医者であってたまるか。フォスターは生まれてこのかたここまでの怒りの感情を持ったことなど無かった。
リューナの目が見えないおかげで怖い表情をしていることがばれずにすむ。握っていた手に少し力を入れ、なんとか怒りを飲み込んで答えた。
「……後でな。眠いんなら、寝ろ。無理するな。ゆっくり休めよ」
「うん……おやすみ……フォスター……」
リューナはまたすぐに眠りについた。寝息をたてている。体温もちゃんとある。容態が急変したわけではない。
『死なずに済んだな』
ビスタークは皆まで言わなかった。
「……リューナが死ななくて本当に良かった。……良かったけど……素直に喜べねえよ……」
フォスターの感情は複雑だった。
「まさか、リューナが、本当に破壊神……神の子だったなんて……嘘だよな……嘘だと言ってくれよ……」
色々な感情が押し寄せてきて今度は泣きたい気持ちになってきた。
「これから……俺は一体、どうすればいいんだ……」