残酷な描写あり
R-15
023 友情石
その頃、リューナは自宅の部屋でホノーラと一緒に旅の持ち物を準備していた。
「リューナ、大きな袋ってこんなのでいいのかしら?」
ホノーラはリューナに袋を触らせた。
「うーん。たくさん入るならなんでもいいんじゃないかなあ。どうせ鎧の手首の石に入れちゃうんだし」
「あれ、便利よねえ。買い出しの時用に一つ欲しいわ」
格納石はわりとありふれた神の石なのだが、この石のある収納神ストラージェスの町はかなり遠くにあるためこの辺りでは高額となりあまり普及していない。
「何か他に使うような物あったかな……」
タンスや机の引き出しにリューナは手を入れて探る。机の引き出しの奥に何かあったので引っ張り出した。触って確かめると細長い棒状の物だった。首を傾げながら触っているうちにリューナはそれが何か思い出した。目が見えないため本人にはわからないがそれは不透明な薄い黄色をした石だった。
「あら、それ……」
「うん。おばあちゃんからもらったの」
リューナは子どもの頃を思い出していた。
おばあちゃん、とはカイルの祖母オードラのことである。オードラはリューナと同じ全盲だった。昔、流行り病にかかった際、一命は取り留めたものの高熱で目をやられてしまったのだ。
オードラは町で一番のパイプオルガン奏者だった。その日も神殿の礼拝堂でパイプオルガンを弾いていた。リューナはニアタとソレムに付き添われ、すぐそばで聴いていた。ニアタの子ども達三人も近くで聴いていた。
まだ髪が全部真っ白になっておらず、うっすら紅茶色の髪が混ざっているソレムが夢中で聴いているリューナに話しかけた。
「リューナは本当にオードラの弾くオルガンが好きじゃのう」
「うん! だってキレイだもん」
ニアタが続けてオードラを持ち上げる。
「オードラさんは町で一番の弾き手ですからね」
「いえいえ、そんな」
リューナが曲を弾き終わったオードラに話しかける。
「おばあちゃんも目が見えないのによくオルガンひけるね。わたしもできるようになるかなあ?」
「私は若い頃、見えるうちに弾けるようになったから、どうだろうねえ。一生懸命頑張ればできるようになるかもねえ」
「じゃあ、おばあちゃんにおしえてもらう!」
「あら、リューナちゃん弾いてみたいの?」
「うん!」
「じゃあ今度教えてあげるわね。今日はそろそろ帰る時間じゃないかしら」
オードラがそう言うとちょうどカイルが外から礼拝堂に入ってきた。
「おばあちゃーん。暗くなってきたからそろそろ帰ろうー」
「ああ、やっぱり帰る時間だわ。カイルが来たもの」
オードラは毎日の習慣で帰る時間の感覚が身に付いているようだった。
「リューナちゃんも一緒に帰りましょう」
「うん!」
リューナは元気よく返事をした。
「そういえば、今日はフォスターの声が聞こえないようだけど……」
「お兄ちゃんはね、おねつ出してねてるの」
「あらあら。大丈夫?」
「ねつはあるけど元気だからだいじょうぶっておかあさんが言ってた」
「そう。軽い風邪なら大丈夫よね」
オードラは自分が流行り病の高熱で失明した経験からか、本当に心配そうだった。フォスターは小さい頃はよく風邪などの病気にかかっていたのだ。
「フォスターが遊べないから今日はつまんなかった」
そばに来ていたカイルが不満そうに口を尖らせて言った。
「リューナ、フォスターは明日遊べそう?」
「おかあさんがいいって言ったらあそべるとおもう」
オードラはそれを聞いて遊んだら熱がぶり返すからたぶん駄目だろうと思ったが言うのはやめておいた。
オードラとカイルの髪の色は同じ黄緑色だが、オードラは半分くらい白髪になっているため色が薄く見える。
カイルを真ん中にして手を繋いで神殿前の階段を慎重に降りる。暗くなってきたが目の見えない二人に暗さは関係無い。カイルが一番慎重だった。
階段を降りきって少し歩いたところでオードラが思い出したように言い出した。
「そうだったわ。二人にいいものをあげようと思ってたんだった」
リューナとカイルが同時に聞き返した。
「いいもの?」
「いいものって?」
オードラは服のポケットから細長い石を取り出した。小指から手首くらいの長さで薄い黄色の不透明な石だ。
「長くてきれいな石だね」
カイルがそう言った。
「石?」
リューナがわからないようなのでカイルはオードラの手の上にある石を触らせてあげた。
「これはね、隣町の友神の石で友情石っていうの」
そう言うと石の端を両手でつまみ、簡単に折ってしまった。
「あー! 折っちゃった!」
「いいのよ。こうやって使うものなの。真ん中から折れるようになってるのよ。半分こにするの」
カイルがびっくりして言ったが、オードラはこういうものだと諭す。
「こっちはカイルに。もう一つはリューナちゃんにね」
それぞれに折れた石を手渡した。
「後でお父さんに加工してもらいなさい」
「うん。でも何なの? これ?」
カイルが不思議そうに石を見ながら疑問を口にした。
「これはね、二人がいつまでも友達でいられるようにっていうおまじないの石なの。もし二人がケンカをしても、この石を二人がずっと持っていれば必ず仲直りできるのよ」
「ふーん」
「本当はフォスターにあげようかと思ってたんだけど、今日はいなかったから代わりにリューナちゃんがもらってね。お兄ちゃんにはまた今度別の石を用意するわ」
そうオードラが言ったところで家の前に着いた。
「リューナ、家についたよ」
「うん。ありがと」
カイルは店の扉を開けて中のジーニェルとホノーラに知らせた。
「おじさんとおばさーん、リューナ連れてきたよー」
「ありがとう、カイル」
ホノーラが返事をした。
「お礼にこれ持っていって」
そう言ってホノーラはカイルに小鍋を渡した。
「かぼちゃとお芋のお惣菜。ほんのり甘いからおやつにもいいと思って」
「ありがとう!」
カイルは喜んで受け取った。オードラもお礼を言う。
「ホノーラ、ありがとう」
「いいえー。いつもうちのリューナの面倒みてもらって、こっちのほうこそありがとうございます」
「フォスターは熱出してるんだって?」
「ええ。まあ食欲もあるし元気はあるんで、寝てれば治りますよ」
「それならいいんだけど、お大事にね」
「ありがとうございます」
ホノーラとオードラがご近所ならではのやり取りをしているとリューナがオードラの腕に触れて言った。
「じゃあ、またあしたね。おばあちゃん」
「はい、明日ね」
「オルガンおしえてね!」
「はいはい。わかりましたよ」
そう言いながらリューナは店の中に入っていった。
「オルガン?」
カイルがオードラに聞く。
「そう。リューナちゃんも弾いてみたいんだって」
「ふーん」
「カイルは最近やらなくなっちゃったわねえ」
「だってちっちゃい頃と違って勉強しなきゃならないし」
「そうね、学校に行くようになってから忙しくなっちゃったものね」
二人がそう会話しているのをリューナは店の中で聞きながら、両親に石を見せて報告していた。
「おばあちゃんからこの石もらったの!」
「……そういえばオードラさんからもらったって喜んでたことがあったわね」
ホノーラも引き出しから見つかった石を見てリューナが小さかった頃のことを思い出していた。
「うん」
「結局リューナはオルガン諦めちゃったわね」
「……しょうがないじゃない」
「うん、そうね。仕方なかったわよね」
二人とも思い出しながら悲しげに言う。
「でもこの石、あまり効果はなさそうね……」
「おまじないって言ってたしね。それに……向こうがもう捨てちゃったのかもね」
寂しそうな表情でリューナは呟いた。
「リューナ、大きな袋ってこんなのでいいのかしら?」
ホノーラはリューナに袋を触らせた。
「うーん。たくさん入るならなんでもいいんじゃないかなあ。どうせ鎧の手首の石に入れちゃうんだし」
「あれ、便利よねえ。買い出しの時用に一つ欲しいわ」
格納石はわりとありふれた神の石なのだが、この石のある収納神ストラージェスの町はかなり遠くにあるためこの辺りでは高額となりあまり普及していない。
「何か他に使うような物あったかな……」
タンスや机の引き出しにリューナは手を入れて探る。机の引き出しの奥に何かあったので引っ張り出した。触って確かめると細長い棒状の物だった。首を傾げながら触っているうちにリューナはそれが何か思い出した。目が見えないため本人にはわからないがそれは不透明な薄い黄色をした石だった。
「あら、それ……」
「うん。おばあちゃんからもらったの」
リューナは子どもの頃を思い出していた。
おばあちゃん、とはカイルの祖母オードラのことである。オードラはリューナと同じ全盲だった。昔、流行り病にかかった際、一命は取り留めたものの高熱で目をやられてしまったのだ。
オードラは町で一番のパイプオルガン奏者だった。その日も神殿の礼拝堂でパイプオルガンを弾いていた。リューナはニアタとソレムに付き添われ、すぐそばで聴いていた。ニアタの子ども達三人も近くで聴いていた。
まだ髪が全部真っ白になっておらず、うっすら紅茶色の髪が混ざっているソレムが夢中で聴いているリューナに話しかけた。
「リューナは本当にオードラの弾くオルガンが好きじゃのう」
「うん! だってキレイだもん」
ニアタが続けてオードラを持ち上げる。
「オードラさんは町で一番の弾き手ですからね」
「いえいえ、そんな」
リューナが曲を弾き終わったオードラに話しかける。
「おばあちゃんも目が見えないのによくオルガンひけるね。わたしもできるようになるかなあ?」
「私は若い頃、見えるうちに弾けるようになったから、どうだろうねえ。一生懸命頑張ればできるようになるかもねえ」
「じゃあ、おばあちゃんにおしえてもらう!」
「あら、リューナちゃん弾いてみたいの?」
「うん!」
「じゃあ今度教えてあげるわね。今日はそろそろ帰る時間じゃないかしら」
オードラがそう言うとちょうどカイルが外から礼拝堂に入ってきた。
「おばあちゃーん。暗くなってきたからそろそろ帰ろうー」
「ああ、やっぱり帰る時間だわ。カイルが来たもの」
オードラは毎日の習慣で帰る時間の感覚が身に付いているようだった。
「リューナちゃんも一緒に帰りましょう」
「うん!」
リューナは元気よく返事をした。
「そういえば、今日はフォスターの声が聞こえないようだけど……」
「お兄ちゃんはね、おねつ出してねてるの」
「あらあら。大丈夫?」
「ねつはあるけど元気だからだいじょうぶっておかあさんが言ってた」
「そう。軽い風邪なら大丈夫よね」
オードラは自分が流行り病の高熱で失明した経験からか、本当に心配そうだった。フォスターは小さい頃はよく風邪などの病気にかかっていたのだ。
「フォスターが遊べないから今日はつまんなかった」
そばに来ていたカイルが不満そうに口を尖らせて言った。
「リューナ、フォスターは明日遊べそう?」
「おかあさんがいいって言ったらあそべるとおもう」
オードラはそれを聞いて遊んだら熱がぶり返すからたぶん駄目だろうと思ったが言うのはやめておいた。
オードラとカイルの髪の色は同じ黄緑色だが、オードラは半分くらい白髪になっているため色が薄く見える。
カイルを真ん中にして手を繋いで神殿前の階段を慎重に降りる。暗くなってきたが目の見えない二人に暗さは関係無い。カイルが一番慎重だった。
階段を降りきって少し歩いたところでオードラが思い出したように言い出した。
「そうだったわ。二人にいいものをあげようと思ってたんだった」
リューナとカイルが同時に聞き返した。
「いいもの?」
「いいものって?」
オードラは服のポケットから細長い石を取り出した。小指から手首くらいの長さで薄い黄色の不透明な石だ。
「長くてきれいな石だね」
カイルがそう言った。
「石?」
リューナがわからないようなのでカイルはオードラの手の上にある石を触らせてあげた。
「これはね、隣町の友神の石で友情石っていうの」
そう言うと石の端を両手でつまみ、簡単に折ってしまった。
「あー! 折っちゃった!」
「いいのよ。こうやって使うものなの。真ん中から折れるようになってるのよ。半分こにするの」
カイルがびっくりして言ったが、オードラはこういうものだと諭す。
「こっちはカイルに。もう一つはリューナちゃんにね」
それぞれに折れた石を手渡した。
「後でお父さんに加工してもらいなさい」
「うん。でも何なの? これ?」
カイルが不思議そうに石を見ながら疑問を口にした。
「これはね、二人がいつまでも友達でいられるようにっていうおまじないの石なの。もし二人がケンカをしても、この石を二人がずっと持っていれば必ず仲直りできるのよ」
「ふーん」
「本当はフォスターにあげようかと思ってたんだけど、今日はいなかったから代わりにリューナちゃんがもらってね。お兄ちゃんにはまた今度別の石を用意するわ」
そうオードラが言ったところで家の前に着いた。
「リューナ、家についたよ」
「うん。ありがと」
カイルは店の扉を開けて中のジーニェルとホノーラに知らせた。
「おじさんとおばさーん、リューナ連れてきたよー」
「ありがとう、カイル」
ホノーラが返事をした。
「お礼にこれ持っていって」
そう言ってホノーラはカイルに小鍋を渡した。
「かぼちゃとお芋のお惣菜。ほんのり甘いからおやつにもいいと思って」
「ありがとう!」
カイルは喜んで受け取った。オードラもお礼を言う。
「ホノーラ、ありがとう」
「いいえー。いつもうちのリューナの面倒みてもらって、こっちのほうこそありがとうございます」
「フォスターは熱出してるんだって?」
「ええ。まあ食欲もあるし元気はあるんで、寝てれば治りますよ」
「それならいいんだけど、お大事にね」
「ありがとうございます」
ホノーラとオードラがご近所ならではのやり取りをしているとリューナがオードラの腕に触れて言った。
「じゃあ、またあしたね。おばあちゃん」
「はい、明日ね」
「オルガンおしえてね!」
「はいはい。わかりましたよ」
そう言いながらリューナは店の中に入っていった。
「オルガン?」
カイルがオードラに聞く。
「そう。リューナちゃんも弾いてみたいんだって」
「ふーん」
「カイルは最近やらなくなっちゃったわねえ」
「だってちっちゃい頃と違って勉強しなきゃならないし」
「そうね、学校に行くようになってから忙しくなっちゃったものね」
二人がそう会話しているのをリューナは店の中で聞きながら、両親に石を見せて報告していた。
「おばあちゃんからこの石もらったの!」
「……そういえばオードラさんからもらったって喜んでたことがあったわね」
ホノーラも引き出しから見つかった石を見てリューナが小さかった頃のことを思い出していた。
「うん」
「結局リューナはオルガン諦めちゃったわね」
「……しょうがないじゃない」
「うん、そうね。仕方なかったわよね」
二人とも思い出しながら悲しげに言う。
「でもこの石、あまり効果はなさそうね……」
「おまじないって言ってたしね。それに……向こうがもう捨てちゃったのかもね」
寂しそうな表情でリューナは呟いた。