残酷な描写あり
R-15
024 風琴
ビスタークはニアタとマフティロと共に神殿の中二階にある物置で自分が生前持っていた小袋を探していた。
『俺が入ってた引き出しの近くにねえのかよ?』
「そこ見たけど無いのよね……どこに行っちゃったのかしら」
ここは神殿の礼拝堂のすぐ裏側だ。物置となっている横長の小部屋に雑然と物が並べられている。
『自分で探したいから身体貸してくれよ』
「絶対やだ」
『マフティロならいいだろ』
マフティロはビスタークの宿る帯を掴んでいないのでニアタが通訳する。
「身体貸してほしいって言ってるけど」
「え、僕の? うーん、まあニアタのを貸すくらいなら僕のほうがいいけど、寝ないとダメなんだよね? じゃあ起きてる間に見つからなかったら貸してあげるよ」
愛妻家のマフティロは妻の身体に憑依されるのだけは避けたいらしい。
「しかし、よく十五年も放置されて自我を保っていられたね。普通なら浄化が必要な悪霊化していると思うよ」
ニアタは通訳が面倒だったので帯の端をマフティロに握らせた。
『何度も意識が拡散しそうになったが、ガキ共の声にだいぶ救われた。あとは神様のご加護ってヤツだろうな』
「ふふっ、そうね。ご加護かもね」
何かに思いを馳せるようにニアタは笑った。
「この物置は礼拝堂と学校の間にあるから賑やかだっただろう?」
『お前らの子たちと俺の子たちとその友達の声はよく聞こえてきた。名前が呼ばれてたからわかった。勿論お前らの声も聞こえたぜ。俺に気付かないかと念じたが全然駄目だった』
「ごめんなさい。気付かなくて」
ニアタが謝った。
「あ、これかな? この小袋。上の箱に入ってたよ」
マフティロが棚の上に乗っていた箱を下ろして中を漁って見つけた。
『それだ、それ。俺の集めた石だ。旅に必要かと思ってな』
目的の物、神の石がたくさん入っている小袋がようやく見つかったので物置から廊下へと出た。
『放置されてたのは神託のおかげで見つけてもらえたから今更言ってもしょうがねえしもういい』
「ごめんね。神様って本当に見てるんだなあって思ったわ」
『ほんとにな、助かったぜ。後で聖堂に連れてってくれよ。お祈りするから』
「いいわよ。供物に料理とお酒持ってかなきゃいけないし」
ふと思い出してビスタークが話題を変えた。
『ああ、そういえばヘタクソなオルガンが時々この裏から聞こえてきたな。それも意識保つのに役に立ったな。最近は良くなってきてたがな。……上手いのは十年くらい前から聞こえなくなった』
「十二年……だったと思うわよ」
ニアタは年数を訂正した。
十二年前、リューナはオードラに約束通りパイプオルガンを教わっていた。
「そうそう。指はそこに置くのが基本なの。軽く押して音を確かめるといいわ」
見えない者同士、手探りで教えている。
「まだ手が小さいからやりにくいかな?」
「うん……」
「あせらないでいいからね。ゆっくりやりましょう」
「うん」
礼拝堂には二人の他にニアタもいた。何か必要な時に誰かいないと目の見えない二人だけでは困るからだ。
そこにカイルが顔を出した。フォスターが熱で休んでいるため暇だったのだろう。
「やっぱり。なんか聞こえるなーと思って来ちゃった」
「あれ? カイルかい? 授業はどうしたの?」
「お昼の休憩だよ。二人はお昼食べてきたの?」
「もう済ませたわよ」
「たべてきたよー」
「さっそく教えてるんだね」
「そうよ。ちょっと張り切っちゃったわ」
その言葉を聞いていたニアタがたしなめる。
「あまり無理はしないで下さいね。また倒れでもしたら……お医者さまは隣町まで行かないといないんですから」
「そうだよ、おばあちゃん。あまりがんばりすぎないで」
「おばあちゃん、ぐあいわるいの?」
リューナが心配そうに聞く。
「大丈夫よ。ここのところとっても体の調子がいいの。だから大丈夫よ」
オードラはにっこり笑って子どもたちを安心させた。
「はい、じゃあカイルは教室に戻ってね。そろそろ休憩終わるでしょ」
ニアタはそう言ってカイルに戻るよう促した。
「はーい」
「カイル、べんきょうがんばってね!」
リューナに励まされカイルは教室に戻っていった。
「本当にだいじょうぶかな……?」
カイルはなんとなく不安を感じていた。
その頃フォスターは自分の部屋で寝るのに飽きていた。
「うん。もう熱は下がったわね。食欲もあるし、大丈夫そうね」
ホノーラがフォスターの額に手を当てて熱を確認しながら言った。フォスターは子どもの頃は身体が弱く、よく熱を出すなど具合が悪くなることが多かった。母親のレリアが身体が弱かったため遺伝だろうと思われていた。成長するにつれ丈夫になっていったが。
「うん。もう平気だから遊びに行ってもいい?」
「それはダメよ。学校も休んでるんだし」
「ちぇっ」
フォスターは不満そうに口を尖らせた。
「そういえばリューナは?」
熱を出した最初のうちはちょくちょく様子をうかがいに来ていたが、風邪が移るといけないからと両親に閉め出されていた。諦めたのかその後は来ていない。
「リューナはオードラさんにパイプオルガンを習いに神殿に行ってるわよ」
「おるがん~!?」
予想外の答えにフォスターは驚いた。
「リューナにオルガンなんてできんの?」
「さあ? でも本人がやりたいって言うから」
「どんな感じか見に行っちゃだめ?」
「……あんた、学校休んだのに神殿に行く気なの?」
「……」
頬をふくらませたフォスターにホノーラはため息をついた。
「まったくもう……熱が下がるとじっとしていられないんだから。しょうがないわね。もう授業も終わる時間だと思うし、ちょっとだけなら見に行ってもいいわよ」
「え、いいの?」
やったーという顔をしてベッドから飛び降りる。
「こらっ! 興奮するとまた熱がぶり返すから落ち着いて行動しなさい!」
「はーい」
フォスターはやっとベッドから解放されて自由に行動できる喜びでソワソワしていた。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「こら! 走らない! また熱が出たら今度はベッドから出さないからね!」
既に走っていたフォスターはその言葉を聞いて一度ぴたっと立ち止まりゆっくりと歩き始めた。
「ふう……どうして子どもってちょっと良くなるとじっとしていられないのかしら」
ホノーラは許可を出したことに少し後悔していた。
リューナはオードラのパイプオルガンの音色を聴きながらぼーっとしていた。
「リューナちゃん、疲れちゃった?」
「うん……」
「じゃあ今日はもうおしまいにしようね」
「あーまって!」
リューナは一つおねだりした。
「そのまえにまたひいてほしい!」
「またあの曲かな?」
「うん!」
「じゃあ、あと一回だけね」
「ありがと!」
オードラが曲を弾き始めたところへニアタの娘のセレインが入ってきた。ニアタに目の見えない二人の補佐を頼まれたのだ。
「う……」
しばらく普通に弾いていたオードラが突然演奏をやめ、胸を押さえて苦しみだした。顔色も悪くなっている。
「おばあちゃん?」
様子がおかしいことにリューナは目が見えなくても気が付いた。
「どうしたの?」
セレインも気付く。
「おばあちゃんが! おばあちゃんが!」
「私、お父さんかお母さん呼んでくる!」
セレインが礼拝堂から神殿内部へ駆け出して行った。
「? 何だろ?」
授業を終えたカイルが走っていくセレインを見て疑問符を浮かべながら礼拝堂へ入って行った。そこで見たものは苦しんでいる祖母とその背中を必死にさすりながら泣いているリューナだった。
「おばあちゃん!?」
カイルがオードラのそばへと駆け寄る。
「しっかりして! おばあちゃん!」
「カイル……」
オードラはカイルの声がした方向へ手を伸ばした。カイルはその手を握りオードラに話しかける。
「おばあちゃん、おれはここだよ!」
「ああ、カイル。良かった……最期にカイルに会えて……」
オードラは笑顔をカイルへ向けた。そして同時にカイルに握られた手から力が抜け落ちていった。
『俺が入ってた引き出しの近くにねえのかよ?』
「そこ見たけど無いのよね……どこに行っちゃったのかしら」
ここは神殿の礼拝堂のすぐ裏側だ。物置となっている横長の小部屋に雑然と物が並べられている。
『自分で探したいから身体貸してくれよ』
「絶対やだ」
『マフティロならいいだろ』
マフティロはビスタークの宿る帯を掴んでいないのでニアタが通訳する。
「身体貸してほしいって言ってるけど」
「え、僕の? うーん、まあニアタのを貸すくらいなら僕のほうがいいけど、寝ないとダメなんだよね? じゃあ起きてる間に見つからなかったら貸してあげるよ」
愛妻家のマフティロは妻の身体に憑依されるのだけは避けたいらしい。
「しかし、よく十五年も放置されて自我を保っていられたね。普通なら浄化が必要な悪霊化していると思うよ」
ニアタは通訳が面倒だったので帯の端をマフティロに握らせた。
『何度も意識が拡散しそうになったが、ガキ共の声にだいぶ救われた。あとは神様のご加護ってヤツだろうな』
「ふふっ、そうね。ご加護かもね」
何かに思いを馳せるようにニアタは笑った。
「この物置は礼拝堂と学校の間にあるから賑やかだっただろう?」
『お前らの子たちと俺の子たちとその友達の声はよく聞こえてきた。名前が呼ばれてたからわかった。勿論お前らの声も聞こえたぜ。俺に気付かないかと念じたが全然駄目だった』
「ごめんなさい。気付かなくて」
ニアタが謝った。
「あ、これかな? この小袋。上の箱に入ってたよ」
マフティロが棚の上に乗っていた箱を下ろして中を漁って見つけた。
『それだ、それ。俺の集めた石だ。旅に必要かと思ってな』
目的の物、神の石がたくさん入っている小袋がようやく見つかったので物置から廊下へと出た。
『放置されてたのは神託のおかげで見つけてもらえたから今更言ってもしょうがねえしもういい』
「ごめんね。神様って本当に見てるんだなあって思ったわ」
『ほんとにな、助かったぜ。後で聖堂に連れてってくれよ。お祈りするから』
「いいわよ。供物に料理とお酒持ってかなきゃいけないし」
ふと思い出してビスタークが話題を変えた。
『ああ、そういえばヘタクソなオルガンが時々この裏から聞こえてきたな。それも意識保つのに役に立ったな。最近は良くなってきてたがな。……上手いのは十年くらい前から聞こえなくなった』
「十二年……だったと思うわよ」
ニアタは年数を訂正した。
十二年前、リューナはオードラに約束通りパイプオルガンを教わっていた。
「そうそう。指はそこに置くのが基本なの。軽く押して音を確かめるといいわ」
見えない者同士、手探りで教えている。
「まだ手が小さいからやりにくいかな?」
「うん……」
「あせらないでいいからね。ゆっくりやりましょう」
「うん」
礼拝堂には二人の他にニアタもいた。何か必要な時に誰かいないと目の見えない二人だけでは困るからだ。
そこにカイルが顔を出した。フォスターが熱で休んでいるため暇だったのだろう。
「やっぱり。なんか聞こえるなーと思って来ちゃった」
「あれ? カイルかい? 授業はどうしたの?」
「お昼の休憩だよ。二人はお昼食べてきたの?」
「もう済ませたわよ」
「たべてきたよー」
「さっそく教えてるんだね」
「そうよ。ちょっと張り切っちゃったわ」
その言葉を聞いていたニアタがたしなめる。
「あまり無理はしないで下さいね。また倒れでもしたら……お医者さまは隣町まで行かないといないんですから」
「そうだよ、おばあちゃん。あまりがんばりすぎないで」
「おばあちゃん、ぐあいわるいの?」
リューナが心配そうに聞く。
「大丈夫よ。ここのところとっても体の調子がいいの。だから大丈夫よ」
オードラはにっこり笑って子どもたちを安心させた。
「はい、じゃあカイルは教室に戻ってね。そろそろ休憩終わるでしょ」
ニアタはそう言ってカイルに戻るよう促した。
「はーい」
「カイル、べんきょうがんばってね!」
リューナに励まされカイルは教室に戻っていった。
「本当にだいじょうぶかな……?」
カイルはなんとなく不安を感じていた。
その頃フォスターは自分の部屋で寝るのに飽きていた。
「うん。もう熱は下がったわね。食欲もあるし、大丈夫そうね」
ホノーラがフォスターの額に手を当てて熱を確認しながら言った。フォスターは子どもの頃は身体が弱く、よく熱を出すなど具合が悪くなることが多かった。母親のレリアが身体が弱かったため遺伝だろうと思われていた。成長するにつれ丈夫になっていったが。
「うん。もう平気だから遊びに行ってもいい?」
「それはダメよ。学校も休んでるんだし」
「ちぇっ」
フォスターは不満そうに口を尖らせた。
「そういえばリューナは?」
熱を出した最初のうちはちょくちょく様子をうかがいに来ていたが、風邪が移るといけないからと両親に閉め出されていた。諦めたのかその後は来ていない。
「リューナはオードラさんにパイプオルガンを習いに神殿に行ってるわよ」
「おるがん~!?」
予想外の答えにフォスターは驚いた。
「リューナにオルガンなんてできんの?」
「さあ? でも本人がやりたいって言うから」
「どんな感じか見に行っちゃだめ?」
「……あんた、学校休んだのに神殿に行く気なの?」
「……」
頬をふくらませたフォスターにホノーラはため息をついた。
「まったくもう……熱が下がるとじっとしていられないんだから。しょうがないわね。もう授業も終わる時間だと思うし、ちょっとだけなら見に行ってもいいわよ」
「え、いいの?」
やったーという顔をしてベッドから飛び降りる。
「こらっ! 興奮するとまた熱がぶり返すから落ち着いて行動しなさい!」
「はーい」
フォスターはやっとベッドから解放されて自由に行動できる喜びでソワソワしていた。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「こら! 走らない! また熱が出たら今度はベッドから出さないからね!」
既に走っていたフォスターはその言葉を聞いて一度ぴたっと立ち止まりゆっくりと歩き始めた。
「ふう……どうして子どもってちょっと良くなるとじっとしていられないのかしら」
ホノーラは許可を出したことに少し後悔していた。
リューナはオードラのパイプオルガンの音色を聴きながらぼーっとしていた。
「リューナちゃん、疲れちゃった?」
「うん……」
「じゃあ今日はもうおしまいにしようね」
「あーまって!」
リューナは一つおねだりした。
「そのまえにまたひいてほしい!」
「またあの曲かな?」
「うん!」
「じゃあ、あと一回だけね」
「ありがと!」
オードラが曲を弾き始めたところへニアタの娘のセレインが入ってきた。ニアタに目の見えない二人の補佐を頼まれたのだ。
「う……」
しばらく普通に弾いていたオードラが突然演奏をやめ、胸を押さえて苦しみだした。顔色も悪くなっている。
「おばあちゃん?」
様子がおかしいことにリューナは目が見えなくても気が付いた。
「どうしたの?」
セレインも気付く。
「おばあちゃんが! おばあちゃんが!」
「私、お父さんかお母さん呼んでくる!」
セレインが礼拝堂から神殿内部へ駆け出して行った。
「? 何だろ?」
授業を終えたカイルが走っていくセレインを見て疑問符を浮かべながら礼拝堂へ入って行った。そこで見たものは苦しんでいる祖母とその背中を必死にさすりながら泣いているリューナだった。
「おばあちゃん!?」
カイルがオードラのそばへと駆け寄る。
「しっかりして! おばあちゃん!」
「カイル……」
オードラはカイルの声がした方向へ手を伸ばした。カイルはその手を握りオードラに話しかける。
「おばあちゃん、おれはここだよ!」
「ああ、カイル。良かった……最期にカイルに会えて……」
オードラは笑顔をカイルへ向けた。そして同時にカイルに握られた手から力が抜け落ちていった。